【猫と魚と……】別視点・第二十七話のあと
※シェーン・メレからセンの森へ行こうとする際のお話です。ヴァルハイト視点。
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「ねーねールカちゃん」
「なんだ」
「なんか、忘れてない?」
「……そうか?」
商業ギルドにてやることを終え、いざ王都へ! ……の前に。
この街──美しい海の名を冠するシェーン・メレに来ることになって、思っていたこと。
……海鮮!
海の幸!
魚!
それが、食べたい!
「またまたぁ、ルカちゃんも食べたいでしょ! お魚料理」
「まぁ……多少?」
「急ぐ旅だけど! 腹ごしらえ、大事! 王都に着く前に、ルカちゃん倒れちゃうよ!」
「誰がひ弱だ、お前が食べたいだけだろう」
「そうとも言う!」
「……はぁ」
その土地その土地の景色を観るのも楽しいけど、やっぱり料理。美味しいもの。
これこそ冒険者の醍醐味ってやつだ。
「あ、ルカちゃんあそこ! あそこ良いんじゃない?」
「お前の好きなようにするといい」
「あーでたでた、面倒さん! はいはい、どーせオレだけが食べたいんですよ~」
「……はぁ。僕もそこが良い……これでいいか?」
「おー♪ 決まりぃ」
なかば強引にルカからも賛成の意を引き出して、目についた屋台に行く。
外で豪快に焼かれている魚や、麺に魚介の出汁を絡めた料理など多種多様で実においしそう。
良い香りが辺りに漂っている。
旅って、イイなぁ。
五感が刺激されて、『生きている』ってことを実感できる。
「おっちゃーん! それナニー?」
「お、兄ちゃんシェーン・メレは初めてかい? シャインバルシュだよ」
「へー?」
「鱗が光に反射して輝くようにみえる、キレイな魚なんだ!」
「白身魚、ってヤツ? それの串焼きひとつ!」
「あいよー!」
「ルカちゃんはー?」
「ふむ……、ではそれの味付けが違うものをもらおう」
「あいよっと!」
どうやらこの地域で良く獲れる魚らしい。
一本の串で通すには少々大きいらしく、ぶつ切りの身の表面にタレを付け焼いて、身がボロボロにならないよう調理されていた。
ルカは串状ではなく、普通に鉄板で焼いたムニエルみたいな料理を頼んでいた。
どちらも美味しそう。
「そこ座ろう~♪」
「ああ」
商業ギルドから東の門へ向かう途中。
街の中心地とまではいかないが、この街の産業の中心である海へ行く道にも屋台は並ぶ。
それに沿うように、イスやテーブルも置かれていた。
「お魚~♪」
「ずいぶんとご機嫌だな?」
「やっぱり焼きたての魚って、美味しそうじゃん!」
「? ……まぁ」
もちろん冷めても美味しいんだけど。
……ルーシェントじゃ、温かい料理なんて久しく食べてないからなぁ。
これも旅の醍醐味ってやつだ。
「では、いっただっきまーす!」
「いただこ──」
ルカがまさに口に入れようとした瞬間。
なにかがオレ達のテーブルの上を横切った。
「「!?」」
殺気はない。
あのバカどもの仲間ではないはず。
「な、なんだなんだ!」
「! ヴァルハイト、あそこだ」
ルカが示す方を見れば、一匹の黒猫。
道の脇にある植木に逃げこもうとしていた。
……魚をくわえて。
「猫に盗られたか、不覚だ」
「た……」
「?」
「──た、たいへんルカちゃん! お魚くわえた泥棒ねこよー!!」
「~、お前は! 一々、うるさい!」
食事時を狙うなんて、あの猫は相当手練れにちがいない!
食べ物の恨みは恐ろしいということ、分からせてやらねば。
「ルカちゃん、追うよー!」
「はぁ? 放っておけばいいだろう」
「ダメだよ! 食べ物の恨みは恐ろしいんだから!」
「僕がいいと言っているんだが……」
「ほら、早く!」
「……はぁ」
◇
「…………見失った……ねぇ?」
「だから言ったんだ」
植木に逃げ込み、その先の路地を抜けて海沿いの倉庫辺りを疾走したところまでは見掛けた。
だが、この辺りは彼らのテリトリー。
よそ者のオレ達が見失うのも無理はない。
「うーん、暗いところでこっそり食べてるとかかなぁ」
「……味の付いたものを食べて平気なのだろうか……」
「なになに? ねこの心配? ルカちゃん、やっさしぃ!」
「っ、うるさいぞ」
何軒か連なる倉庫を一つ一つ確認して、しらみつぶしに探す。
「──あ」
すると、倉庫と倉庫の間。
暗くて路地と呼べるかもあやしいほど狭い場所に、うごめく影が見えた。
「……子供、か?」
そこには、さきほどオレ達から獲物をかすめ取った黒猫と、見るからに小さい子猫が三匹。
「あー、親子……なのかな?」
「子のため……、か」
「かわいいねぇ」
なんだか、先程までの気力が途端になくなってしまった。
お腹を空かせた子供のため、親が必死に食料を確保する姿。
それを見て、……食べ物の恨みー! とは言えないよなぁ。
「お腹空かしてたんだろうねぇ。……仕方ない、ゆずってあげましょう!」
「……そうだな」
親、かぁ。
実際の関係はともかく、立場上こんな風に親子のやり取りがあっただろうか。
うらやましい、……とは少し違うな?
なんだろう、どこか、遠いもの。神聖なものとして、この猫の親子が目に映る。
「……普通は」
「んー?」
「…………いや」
ふつうは……、なに?
親からご飯をもらうのが、ふつう?
親から愛情をもらうのが、ふつう?
誰かと常につながるのが、ふつう?
絆? 愛?
ふつう、フツウ、普通。
ふつうって、何だろうな。
オレにも正直分からない。
でも、普通ってなにも『すべて』を指す言葉じゃない。
七割くらいが同意見であることを普通と称するなら、残りの三割が違う意見であっても何らおかしくない。
普通じゃないことがある。
それが、この世の『普通』だ。
「おっ」
「──っ」
小難しいことを考えていたら、子猫がまるでお礼を言うようにルカの足元に擦り寄った。
……なんか、満更じゃなさそう。
「ルカちゃん……もしかして、ねこ好き?」
「……わるいか」
「いや~? 意外だなーって!」
「人間と違って、見た目でどうとか言わないからな」
「なるほど~」
「煩わしくないものほど、好ましいものはない」
「へぇ~、じゃぁオレって好印象なんだ!」
「……お前の前向きな思考には、恐れ入る……」
確かに、ルカの言うことも分かる。
見た目、立場、強さ、利益、……人同士だと色んな思考が混ざりあって、複雑な人間関係ができあがる。
きっと、それに振り回されてきた……オレたち。
「……似た者同士って、惹かれあうのかもね~」
「誰が小動物だ」
まぁそれもなんだけどさ。
たまたま出会っただけなのに、妙にしっくりくる。
おまけに『はみだし者』なオレたち。
「うーん」
「なんだ?」
「いや、世界は広いし、面白いな! ってね」
「それは良かったな」
「ほんとにねー」
この世に自分は存在していいのかと、そう錯覚せざるを得なかった毎日。
……そして、そんな考えを払拭させてくれる、旅とその仲間。
「メーレンスに来れて……、良かったな~!」
「分かったから、さっさと先を急ぐぞ」
「えー! もう一回屋台で同じの買おうよ! ねーねー!」
「っ分かったから、うるさい!」
旅の目的はあれど、この瞬間が少しでも長く続けばと。
そう願うのは、贅沢なことだろうか。