なぜウチの会社は社長が花見の場所取りをするのか?
新入社員の俺は、公園で先輩と昼飯を食べていた。
この公園は会社が入っているビルから道路を挟んだ向かいにある。桜の木が十数本植えられており、もうすぐ満開といった風情だ。
「先輩、ウチの会社って花見とかないんですか?」
俺は先輩に聞いた。
「あるぜ。やるとしたら……来週の金曜だな。まだギリ桜を楽しめる頃だ」
「マジですか? ってことは場所取りとかは?」
「ウチはあそこにある一番大きい桜の木でいつもやるんだ。人気もあるから、場所取りも当然やる」
「場所取りといえば新入りの仕事ですよね? やったぁ!」
「場所取りしたいのか? 変わった奴だな」
「だって仕事しなくて済むじゃないですか~」
「お前なぁ」
先輩がため息をつく。
「だけど残念だったな。場所取りはお前の仕事じゃないぞ」
「え、どうしてです?」
「なぜならウチの会社は、花見の場所取りはいつも社長がやるからだ」
***
俺が新卒で入ったのは、とあるデザイン会社。社員数は30名ほどで、規模は小さいが、活気はあるし士気も高い。
これというのもまだ50代の社長がやり手で、社員であるデザイナー達もいずれも業界でその人ありと言われる腕利き揃い。
俺はそんな会社に入れたことを誇りに思っている。
……といってもまだまだ学生気分だが。
オフィスで俺はさっきの話を蒸し返す。
「先輩、さっきの話なんですけど」
「なんだよ」
「どうして社長が場所取りするんです? 普通そういうのは下っ端の仕事でしょ?」
「俺に聞かれてもなぁ、俺が入った時にはもうそういうもんだったし」
先輩は入社三年目である。
「言っとくけど間違っても社長に聞くんじゃねえぞ。まだ新入りなんだから。それにどうせ、聞いたってはぐらかされるだけだ」
先輩も似たような道を通ったのかな、と俺は思った。
さて、こんなことで引き下がる俺ではない。
なぜなら俺はちょっとしたミステリー好き。刑事ドラマをよく観るし、推理小説もちょくちょく読む。根っからの好奇心旺盛タイプだ。
社長の謎……花見までに俺が解き明かしてやる!
名探偵にでもなった気分で、俺は心の中でこんな決意をした。
***
とりあえず、自分の中でルールを決めた。
社長に直接聞くのは無しだ。それじゃ何も面白くないし、先輩が言ってた「どうせはぐらかされる」ってのはおそらく真実な気がする。入社したてなのに社長の心証を損ねるのも避けたいし。
「すみませ~ん」
というわけで、俺は入社十数年目のベテラン社員さんに尋ねることにした。袖をまくった姿が絵になる敏腕デザイナーだ。
「おお、どうした?」
「ウチの会社も花見ってやりますよね」
「そうだな。すぐそこにある公園でやるんだ」
「桜綺麗ですもんね。その時、場所取りって社長がやるらしいんですけど……なんでかって知ってます?」
いきなり真相にたどり着けることも正直期待した。
「そういやそうだなぁ……なんでだろうな」
「ずっと昔からそうなんですか?」
「そうだな……ここ五、六年のことじゃないかな」
入社三年目の先輩が「俺が入った時にはそうだった」と言うのは当然だった。
「そういや、ちょうどそのぐらいの時にあの公園で騒ぎがあったんだよ」
「騒ぎ?」
「自殺騒ぎだ」
いきなり物騒なワードが出てきた。
「今思うと……社長の物腰が柔らかくなったのも、ちょうどそのぐらいだった気がする」
「柔らかくなった?」
「昔は今よりもっと厳しかったんだよ」
「え、それってどういうこと――」
プルルルルル……。
電話が鳴り、大きな仕事が舞い込んだ。急に立て込み始め、これ以上聞くのは難しい状況になってしまった。
だが、俺の中で一つの真相が組み立てられた。さっそく先輩に披露してやろう。
***
「きっとこういうことだったんですよ!」
俺は意気揚々と先輩に話し始める。
「昔、この会社はブラック企業で、自殺者が出ちゃったんです。それで社長は反省して性格が丸くなって、その社員を供養するために、花見の場所取りを……」
「アホか」
バッサリだった。
「ウチから自殺者が出てたら、あの人からしたら同僚死んでるんだぜ? そんなことを他人事みたいに話すわけないだろ」
「あ、そっか」
「ったくお前なー。俺も余計なこと話しちゃったと反省してるけど、あまり他人の秘密嗅ぎまわるような真似すんな。嫌われちゃうぞ」
「先輩も身に覚えがあるんですか?」
「ん、まあな……ってうるせえよ!」
ノリツッコミされた。バラエティ番組ではよく見るが、自分がされるのは初めてだ。
「とにかく、その件は社内であまり話すな。分かったな!」
「はい……」
と言いつつ、これしきでくじけない俺なのであった。
***
昼休み、俺は公園に来ていた。
道路を挟んで、向こうには俺の会社が入ってるビルがある。ちなみに俺の会社は四階だ。社長室や応接室がある窓がここからでも確認できる。
なぜ公園にいるかというと、社内がダメなら社外で聞き込みしよう、というわけだ。
この公園でランチをとるサラリーマンやOLは多い。さっそく調査開始!
「私この近くのデザイン会社の者で、看板を建てる企画をしてるんですけど……」というニセ口実で、ベテランさんが漏らした自殺騒ぎについて尋ねることにした。
大半の人は忙しいからと断り、残りの人も自殺騒ぎのことなど知らなかった。
ところが――
「ああ、そういえばそんなことあったなぁ」
ややくたびれた印象の中年男性が知っていた。
「え、教えて下さい!」
「確か若い女の子がねえ……首を吊っちゃったんだよ」
「首を……というともしかして桜の木で?」
「ああ、一番大きいあの桜の木だったはずだ」
ウチの会社の花見に使う木だ。
「いつぐらいの話かって覚えてます?」
「僕が今の部署に移る前だから……五年ぐらい前だったと思うよ」
時間的にも合ってる。
やはりこの公園の桜で自殺騒ぎがあり、社長は明らかにそれに影響を受けて、自分で花見の場所取りを始めるようになった。
ここまでは分かった。
……のだが、その後も聞き込みを続けたが、結局めぼしい情報は得られなかった。
それにしても、自殺者が若い女の子だったとは……痛ましい話だ。
社長はその女の子と不倫でもしていて、酷い別れ方をした。それを苦にして、女の子は自殺……? こんな展開が頭をよぎってしまう。
社長が不倫するタイプには見えないが、人は見かけによらないっていうしな。
だけどこの推理を先輩に話すのはやめとこう……また怒られそうだ。
***
花見まであと三日に迫った。
聞き込みは捗らず、ネット検索にも頼ってみたがこれといった情報は得られず、捜査は難航していた。新入りの俺にも仕事が増えてきたし、そろそろケリをつけたいところなのだが。
俺は捜査方針を転換することにした。
今までは公園にいる人のみを聞き込み対象にしていたが、それを広げる。
例えば自殺騒ぎなら……近所のおばさんなんかが詳しいのでは、そう考えたのだ。
結論から言うと、この転換は大成功だった。
会社近くの商店街を巡って、三軒目。
有力な情報提供者――とてもおしゃべりなおばちゃんをキャッチすることができたのだ。
「あったわね~、そんなこと!」
「詳しく聞かせて下さい!」
「あら、なに。あなた、死んだ子のお友達とか?」
「ええと、まあ、そのようなものです」
訂正するのは面倒だし、話を合わせることにした。
「可哀想な子だったのよぉ。なんでもねえ、いつも会社でいじめられてたらしくって」
「いじめられてた……」
「いびられてたとか、使い走りにされてたとか、そんな感じね」
なるほど、自殺の原因は分かってきた。
しかし、なぜあの公園で死んだのか。
「私も後で知ったんだけど、その子、よく近くの公園で泣いてたらしいわ。一人きりで」
近くの公園。いうまでもなく、桜の木がある公園だろう。
若い女の子が職場でいじめられるたび、誰にも相談できず、公園で一人泣く。
想像するだけで心が曇る。
「それで……もう五年ぐらい前になるかしらね。桜の木で首を吊っちゃったのよ」
「こんなこと聞くのは野暮かもしれませんが、どうしてそこを選んだんでしょう?」
「いじめの一環でね。花見の場所取りをさせて、誰も行かない、みたいなことを会社の連中がやったらしいのよ。それで多分衝動的に……」
みんなが仕事をしてる中、一人花見の場所取りをやらされる。もしかすると、これでいじめがなくなる、と張り切ったかもしれない。
しかし、いくら待っても同僚は一人も来ない。
どういう種明かしがされたか分からないが、おそらく残酷な方法だったのだろう。
そして――
「その会社はどうなったんですか」
「さあ……だけどその事件があってから、なくなっちゃったって聞くわね」
経営が傾いてたからいじめなどやったのだろうか。それとも遺族が会社を訴えるなどして頑張ったのか。あるいは移転しただけか。
彼女をいじめてた連中には天罰が下ったと信じたい。
その後、おばちゃんの愚痴などをお礼代わりにひとしきり聞いた後、俺は会社に戻った。
***
自殺騒ぎの真相は分かった。
痛ましい事件だった。
外野が「死ぬほどのことじゃない」「そんな会社辞めればよかった」「労基にでも駆け込めば……」とあれこれ評論するのは容易い。しかし、俺はそういうことを考えようとはしなかった。
自殺はよくないことだが、その選択をしてしまった彼女をさらに責めるような真似はしたくなかった。
それに、まだ一つだけ分かってないことがある。
なぜ、社長がその子を悼むような行為をしているのか? 彼女とは縁もゆかりもないはずなのに。
「おーい!」
先輩に呼ばれる。
「このデザイン図、社長室に置いて来てくれないか?」
「分かりました」
社長不在は分かってるが、ノックしてから入る。
デスクにデザイン図を置いて、早く仕事に戻ろう……とした時。
俺はあることに気づいた。
「あ……。この窓からだと公園を見渡せるんだ……」
オフィスは四階、社長室の窓は公園側にあり、公園内の散り始めた桜の木々が一望できる。
ベンチでくつろいでるサラリーマン、歩いてるカップル、騒いでる高校生などもよく見える。
俺はやっと分かったような気がした。
社長はおそらくこの窓からいつも自殺した女の子を見ていた。泣いてるところや落ち込んでるところを。
気にかけていたのかもしれない。が、自分も忙しい身。どうすることもできなかった。
やがて、彼女は命を絶ってしまう。花見の場所取りをやらされ、誰も来ないといういじめがトリガーになって。
社長はそれを知り、悔やんだ。だからせめて、彼女ができなかったこと――花見を盛大にやろうと決めたのではないか。自分が率先して場所取りをしてまで。以前より性格が丸くなったこととも無関係ではないだろう。
……まあ、全部推測なんだけど。
これを社長に確かめるつもりはない。当たってたら社長の傷をえぐることになるし、外れてたら恥ずかしいし。
全てを心の内にしまうことを誓ってから、俺は仕事に戻った。ボチボチ学生気分を抜いていかないとな。
***
金曜日、花見の日。
その日はやはり午前中から社長が場所取りをし、最も大きな桜の木の下に得意げにブルーシートを敷いていた。仕事は木曜までにこなし、あとはスマホやパソコンで対応したらしい。できる男は違う。
「さあ、花見を始めよう。今年度は始まったばかりだが、花見で盛り上がって英気を養おう!」
社長の音頭で花見が開始する。
ビールやチューハイが次々消費される。はっきりいって花より酒状態だ。
先輩が絡んでくる。
「飲んでるかぁ~?」
「飲んでますよ~」
社には下戸の人もいるが、そんな人に飲酒を無理強いしたりはしない。いい会社だ、と俺は思った。
宴が進むうち、俺はついにサシで社長と話す機会を得た。
「会社は慣れたか?」
「まだまだです」
「君には期待してるからな」
「ありがとうございます」
貫禄はあるが、社長は優しかった。息子みたいな年齢の俺に励ましの言葉をかけてくれる。社長との会話は年配に対する気兼ねを必要としなかった。
そんな空気と酒が入っていたのもあって、俺はついこう口走ってしまう。
「社長が場所取りまでして下さって……こうして大勢で花見で盛り上がって……きっと彼女も喜んでると思いますよ!」
俺はしまった、と思った。
「彼女」とは誰のことなのか、取り繕おうにもいい言い訳が思い浮かばない。
社長は一瞬怪訝な表情を浮かべたが、すぐにニコリと笑ってこう答えてくれた。
「ああ、私もそう願っているよ」
~おわり~
春の企画に挑戦してみました。
感想等頂けると嬉しいです。