第八話 帝王は何処か 前編
前、中、後の三編になっております。
どうも皆さま、初めてお会いする方は初めまして。以前にお目にかかられた方は、お久しぶりです。ヌイヴェルでございます。
私は高級娼婦を生業としておりまして、いわゆる上流階級の皆様方に寄生して生きている女吸血鬼でございます。皮肉めいた自己紹介となりましたが、実際のところ、私は魔術を行使できる魔女なのでございます。
どのような魔術なのかと申しますと、触れ合った相手から情報を抜き取る《全てを見通す鑑定眼》という魔術でございまして、触れ合う肌や時間が長ければ長いほど抜き取れる情報も多くなってまいります。
しかも、相手からは抜き取られないという防諜まで備わっておりまして、《永続的隠匿》という情報遮断の魔術まで身に付けてしまいました。つまり、私は自身の手の届く範囲ではございますが、身近におられる方々から断りもなく気付かれることもなく情報を吸い上げてしまうのです。
魔女にして、吸血鬼。ああ、なんと罪深い存在なのでしょうか。神様、ああ、今日も罪深い私をお許しくださいませ。
人は数々の罪を犯してしまう生き物です。無思慮と無分別を友とする愚かなる人間は、生まれながらにして罪を背負い、それより解き放たれるために神に祈りを捧げ、正しき道を歩んでいかねばなりません。
色欲に溺れることなく純潔を貫き、強欲に求めることなく寛容を以て接し、暴食に浸ることなく節制を心掛け、憤怒に身を焼くことなく忍耐にて乗り越え、怠惰に沈むことなく勤勉を旨とし、嫉妬に狂うことなく感謝を抱き、傲慢になることなく謙虚に過ごす。
当たり前のことを当たり前に過ごす。それができないからこそ、人は思い悩むのです。
まあ、偉そうにご高説を述べておりますが、私自身、一に色欲、二に強欲、これらの罪を背負い、恥じることなくそれらを重ねる悪名高き魔女でございます。今更生き方を帰ることなどできませぬゆえ、他の善行にて重ねる罪を浅ましくも薄めようと足掻いております。
そして今、目の前には咎人が二人、立てられた木の杭に縛り付けられて、火炙りにされようとしております。縛られる二人の足下には薪が山と積まれていき、それらを見守る群衆もいつ火が付くのかと、ざわめきと共に見守ってございます。
縛られた咎人は、片方は愛らしい少女であり、もう片方は秀麗なる青年でございます。今は少々やつれてはございますが、それを抜きにしても神の恩寵を賜ったとしか思えぬほど、見目麗しい二人の容姿には人々の注目を集めるのでございます。
この二人の罪状は“父親殺し”、もしくは“主人殺し”でございます。少女から見れば父親を、青年から見れば雇い主を、殺してしまったのでございます。
今にも火にかけられそうな二人を、私は少し離れた位置に停めておいた馬車の窓から眺めています。
今宵は二人がなぜこのようなことになったのか、それをお話しいたしましょう。
***
少女の名前はアリーシャ、青年の名前はマルコと申します。また、アリーシャの父親、すなわち二人に殺された人物はジョルノ様と申しまして、チェンニー伯爵家の当主でございました。
チェンニー伯爵家は古くから続く由緒ある家柄で、何代か前には王妃を輩出したこともある名門貴族でございます。肥沃な領地を有し、財も豊かで、伯爵位でありながら有力諸侯と見られてしまうほどの威勢を誇っております。
当主のジョルノ様は勇猛果敢な武人でもあり、数多の戦場をその武才にて切り抜け勇名を欲しいままにしていました。それでいて政治感覚にも優れ、国内の二大派閥であるジェノベーゼ公爵派、ヴォイヤー公爵派にも明確には属さず、両派を始めあちこちの派閥の間を行ったり来たりと遊泳し、旨い話にはちゃっかりと乗っかるという強かな御仁でございました。
ただ、この御仁は面倒な一面がございます。酒癖と女癖が悪いのです。気分が高じては酒を煽り、手当たり次第に女に手を出す、これを繰り返していました。
奥方様が存命の時にはまだ大人しかったのでございますが、亡くなられてからは女癖の悪さに拍車がかかりまして、宴で知り合った婦人から自家の女中、果ては遠征先の現地の女性まで、それは手当たり次第という有り様。
ちなみに、私の勤めております娼館にも来られた事があり、私もお相手を勤めたことがございます。一度、魔女の味を確かめておきたいのだとか申しまして、噂通りの益荒男ぶりを床の上にて披露なさいました。
はい、それはもう戦場かと思うほどの荒々しさでございました。
そのお肌の触れ合いの際に、不埒な考えをお持ちなのだということも知ってしまいました。
とはいえ、お客様の不埒な考えを知ったところで、何かしようなどとは思いません。あくまで、客と娼婦の関係は部屋の中でのことですので、得た情報で脅したり、あるいは漏らしたりするのは戒めております。
たとえ、“実の娘に邪な情欲”を抱いていようとも、です。
そして、事件は起きました。ジョルノ様が自邸のバルコニーから誤って転落し、頭にひどい怪我を負ってお亡くなりになりました。その直後になぜか娘と執事見習いの青年が捕まったとの情報が入ってきましたが、無視しました。
前後の状況、ジョルノ様より抜き取った情報、これは間違いなく面倒事が起こっていると考え、関わり合いたくないので静観しておくことにしました。
ですが、嫌でも巻き込もうとする方が現れたのでございます。
「ようこそいらっしゃいました、アルベルト様。突然のお越しゆえ、さしたる御持て成しもできませぬが、ゆっくりしていらしてください」
そう、私の屋敷にやって来たのはアルベルト様。ジェノヴェーゼ公爵家の方で、現当主のフェルディナンド様の異母弟になります。表沙汰にできない“裏仕事”に関わっておられ、時折それ絡みで依頼にこられるのです。
そして、そのアルベルト様がいらしたということは、嫌でも巻き込まれるということでございます。相手は公爵家で、こちらは一娼婦。断ることは実質不可能というものです。
「まあ、そう警戒しないでくれ、ヌイヴェル殿。ちょっと頼みたいことがあってね」
アルベルト様はそう仰いますが、絶対にちょっとで済まないことは分かっています。
「一応お尋ねしますが、チェンニー伯の件でございましょうか?」
「毎度、察しが良くて助かりますな」
公爵家が動く大事で、町中に噂が飛び交う話となれば、気付かない方がおかしいでございます、アルベルト様。白々しいにも程がありますが、笑顔を崩さずに応対します。どういう依頼や仕事であれ、お客様の前ではしたない姿は晒せませぬ。
「では、仕事の内容と、こちらに渡せる情報の開示をお願いいします」
全部の情報を渡してくれるとは思っておりません。貴族同士の暗闘など、いつものことでございますが、大抵は闇に葬り去られるか、表に出していい情報だけでてくるか、あるいは改竄されて毒抜きされた話だけが出てくるのです。
その辺りを割り切っておかねば、暗部を渡り歩くことはできません。
「まず、チェンニー伯は事故ではなく、殺害されたということ。自分が検死に立ち会いましたが、斧か鉈などで脳天をかち割った痕跡がありました。酒に酔ってバルコニーから誤って転落との“娘”からの通報でしたが、転落はそれを隠すための偽装ですな」
なるほど。石畳に上手く落とせば頭はグチャグチャ。頭の傷を隠せるというわけですが、それが不十分な結果に終わり、アルベルト様に気付かれてしまったということですか。
「娘と執事見習いの青年が捕まったと耳にしましたが、犯人はその二人で?」
「間違いなくな。娘であるアリーシャ嬢が第一発見者で通報者。しかも嘘の通報をしている。で、チェンニー伯は武人で名の通った人物、娘一人でどうこうできるとは思えず、まず共犯がいるはずだ。そして、当時の犯行のあった邸宅で現場不在証明が、娘以外から裏が取れないのがその執事見習いのみ」
おおよそ見えてきました。ジョルノ様がアリーシャ嬢に手を出し、それを恨んだアリーシャ嬢が執事見習いを抱き込んでジョルノ様を殺した、といったところでありましょうか。
ですが、そこに重大な疑問が生じてきました。
「アルベルト様、失礼ではありますが、そこまで調べが付いているのでしたらば、私の出る幕はないと思われますが?」
犯人、共犯ともに縛につき、今は取り調べと言う名の“拷問”が加えられていることでしょう。そんな状況では、娼婦としても、魔女としても、出る幕はありません。
「まあ、表に出ている情報ならそう考えるだろうが、話に裏がある。まあ、手打ちというやつだ」
これもいつものこと。表沙汰にしたくないことはあるもので、それを消したり出さないことを条件に取引するのでございます。もっとも、口止め料は破格の金子を要求されるのが常ですが。
「今回の件はチェンニー伯爵家にとって致命傷になりかねんからな。どんな諍いがあったかは知らないが、当主が実の娘に殺されたとあっては一大事だ。で、家の者との取引で、《帝王の沈み彫り》を差し出すことで、まあ穏便に済ませることになった」
「まあ、噂に聞きますあの秘宝をですか!」
予想外のお宝の登場に私は思わず叫んでしまいました。
かつて世界に冠たる大帝国を築き上げた帝王の顔を紫水晶に彫り込み、さらに何種類かの宝石を鏤められた装身具でございます。
《帝王の沈み彫り》はかつてはいくつも存在していたそうですが、時代と共に破損したり紛失したりと数が減っていき、今ではチェンニー伯爵家が所蔵する物が最後の一つだと言われております。
複製品はございますが、帝国時代に作成されたと鑑定されている品はただ一つだけ。
「現存するたった一つのお宝ですからね。兄様もそれを欲しているのですよ」
「分かりますわ。秘宝とあらば、是非とも拝見したいものです。ですが、それが私とどのような関係がありますのでしょうか?」
「そのお宝の入った箱の鍵をアリーシャ嬢が隠し、どこにあるのか分からないのだ」
財宝の場所は分かっていても、それを取り出す鍵がない。無理やりこじ開けては、最後の一品を台無しにする可能性がある。そう考えますと、鍵を入手するのが最優先でありましょうか。
「なるほどなるほど。つまり、鍵の在処が分かるまでは、アリーシャ嬢は父殺しの罪人であると同時に、大切な御客人と言うわけですか」
さて、そうなって来ると、先程の予想が“ハズレ”の場合も出てきました。ジョルノ様がアリーシャ嬢に手を出して殺されたのか、あるいは財宝目当てにアリーシャ嬢が先手を打ったのか、現状では不明となりました。
「つまり、私が“拷問官”になって、鍵の在処を聞き出せ、と」
「拷問官などとんでもない。こちらがヌイヴェル殿に期待するのは、あくまで穏便な“お話し合い”による解決ですよ」
不穏な言い回しをなさいます。アルベルト様、顔は笑っておりますが、目は笑っておりませんよ。
「・・・それで、“どの程度”まで許容できるのでしょうか?」
「鍵の在処をちゃんと聞き出せるのであれば、“多少手荒”でも構いませんよ」
こういう場面での“手荒い”やり方という意味合いは、生きていれば問題なし、ということです。
やれやれでございます。今のやり取り、完全な悪役同士の密儀ではありませんか。まあ、実際のところ、魔女が魔術を用いて可憐な少女を嬲り、口を割らせる。今回は完全な悪役でございますわ。
一昔前でしたら、魔女が異端審問官に拷問されておりましたが、今度は魔女が拷問役でございますか。時代の流れとは言え、なんとも不思議な感覚でございます。
「承知いたしました。アルベルト様、ご依頼の件は確かに承りました、と公爵閣下にお伝えください」
「おお、それは助かります」
アルベルト様は席を立ち、こちらに手を差し出して参りました。私も席を立ち、差し出された手を握って握手を交わします。こういう場面でしたら、手袋を外すのが礼儀でありましょうが、アルベルト様はそれができません。
なにしろ、アルベルト様がお持ちの魔術は、《腐食する黒い手》というもの。その手に掴んだ物は空気と植物以外のすべてを腐食させてしまいます。親しい知人縁者といえど、いえ、親しいからこそ手袋越しにしか触れ合うことができません。
手にはめられた手袋こそ、この貴公子の孤独と恐怖、あるいは苦悩の証なのでございます。
触れ合うことができない握手を終え、互いに再び椅子に腰かけ、話を続けます。
「さて、早速ではありますが、いくつかお聞きしたことと、準備をしておきたいことがございます」
「なんなりとお聞きください」
アルベルト様はにこやかな笑みとともに話すように促して参りました。ああ、この笑顔がなんとも恐ろしく、そして魅力的です。なにしろ、この御仁は敬愛する兄のために、この笑顔を崩すことなく何人もの人間を屠って来たのでありますから、背筋がゾクゾクいたします。
「捕縛したのはアリーシャ嬢と執事見習いとお聞きしましたが、二人はいずこに?」
「知己の伯爵家の別邸にて逗留していますよ。もちろん、別々の部屋にね。鍵の在処を聞き出すまでは死んでもらっては困りますから、それなりに丁重な待遇で滞在してもらっています。ああ、それとまだ使ってはいないが拷問部屋も完備してあるから、好きに使ってくれていいぞ」
物は言い様でございますわね。アルベルト様、それは逗留でも滞在でもなく、監禁と言うのでございますよ。まして、拷問部屋まで使えとは、さすがに手慣れていらっしゃる。
「なるほど。では、互いが同じ屋敷にいることは知っている、と」
「ああ。連れ立ってそこへ護送したからな。もっとも、運び込まれて以降は顔を合わせておらんよ」
その情報を元に、私はいくつかの思案を巡らせ、そして、口を開きました。
「ならば、私が尋問して、しっかりと聞き出しましょう。それといくつか“薬”を処方いたしますゆえ、アゾットを連れていきますがよろしいでしょうか?」
アゾットは我が家のお抱え医師で、上流階級でも名医の中の名医と評判の男にございます。ただし、それは表の顔でございまして、裏では魔女の従者を務めてございます。
アルベルト様に彼を連れていってよいかと尋ねたのは、秘密の共有をしてもよいかどうかの確認でございます。こうした状況は真相や裏の事情を知る人間が少ない方がよいので、ちゃんと許可を取っておかないと、後々面倒なことになりかねません。
その点、アゾットは信用のできる男。口の堅さは確かなものでありますし、私への恩義からなにかと働いてくれております。ただ、私が信用しておりましても、アルベルト様が受けるかどうかは別儀でございますから、こうした確認は重要なのでございます。
「ああ、あの医者の男か。まあ、そういうことでしたら構いませんよ」
すんなり受けてくれました。まあ、アゾットの裏の顔は何度もお見せしてますし、問題なしとのお墨付きをいただけたのは幸いでございます。
「では、すぐにでも準備いたしますゆえ、明日にでも迎えを寄こしてください。明日は安息日ですので、店はお休みでございます」
「ハハッ、安息日に勤勉にして“労働”をなさるとは」
「しかも“罰当たり”な労働を、でございますね」
なにしろ、囚われの少女を嬲るお仕事でございますから、神も呆れ果てることでございましょう。仕事が終わったら、許しを請うためにまた教会に通い詰めねばなりませんわ。
ああ、何とも気が重い。その気持ちを和らげてくれるのは、神への祈りと、お宝への渇望といったところでありましょうか。
どちらの御方にも、早くお会いしたいものでございます。
***
アルベルト様がお帰りになられ、許可を得た私はアゾットに諸事情を話しました。
「医者は人を治すのが本分なれば、人を壊すのは正直なところ気が進みません」
主人の命だというのに、はっきりと嫌悪感を示してくるとは、それでこそアゾット。であるからこそ、信用に値するというものよ。その場その場で取りくつろう奴など信用できません。そのような者など、側には置かぬわ。
「まあ、安心せい。拷問道具でズタボロにするのは趣味ではない。壊すのは心。強いて言うのであれば、娘と執事見習いの“絆”を壊す」
「・・・ああ、そういうことでございますか。伯爵様を殺したのは、それ以前から“繋がっていた”二人が逆恨みしての犯行である、と」
本当に頭のよく回る従者だこと。最小限の言葉で意を汲み、言葉を返してくるのはさすがです。
「確証は当人らに聞かねばならぬが、まず間違いなかろう。そうでなければ、執事見習いが主人殺しに加担するとは思えぬ。実家に迷惑がかかるのでな」
貴族の執事というのは、貴族の出身者が勤めるのが大半でございます。貴族と申しましても三男、四男と数が増えていきますと財産の分与に与れない者も出てしまいます。遥か北国においても、以前王族でありながら財産分与に漏れてしまい、欠地王と揶揄された人物もございました。
では、そうした者達はどうするのか? ある程度の支度金を渡されて放り出されるか、もしくは他家に仕える場合が多いのでございます。騎士、あるいは執事などがそうした受け皿になります。
つまり、貴族の家に仕える騎士、執事、あるいは女給仕は別の家の貴族の三男四男などの相続に与れなかった者や子女が多くいるのです。一般庶民と違って、貴族出身であるならば武芸や教養、礼儀作法を身に付けている者が三男四男などにも多くいるため、一から教育していく手間が省けるからです。
「おそらくは、裕福な伯爵家の執事見習いであるならば、どこか別の貴族の出なのはほぼ確実。それが騒動を起こしたとなれば、実家の方に飛び火しかねない事態となるでしょう。そんな状況であっても主人殺しを行ったのであれば、それは主従関係よりも燃え上がる“色恋沙汰”という名の鎖があったのでは、というのが私の考え」
「十分あり得る話です」
アゾットも私の考えに同意してくれました。
「つまり、今回の仕事は拷問ではなく、煽動です。お互い別々の部屋に閉じ込められているのですから、お互いがどういう状況なのか分かっていないことでしょう。それを利用し、私はそれぞれに嘘と真を吹き込んで心を揺さぶります。最終的には仲違いさせて、どちらかが吐けば終了というわけです」
「なるほど、我が主らしい、実に厭らしいやり方でございます」
こやつめ、本当に言うようになってきたわ。
「しかし、それでしたらば、我が主の魔術で盗み取った方が早いのでは?」
「そういうわけにもいかぬ。私の魔術も万能ではないゆえな」
私の使う魔術は触れ合った相手から情報を抜き取る《全てを見通す鑑定眼》というもの。取り調べ中であれば触り放題ゆえ、情報は取得できます。
ですが、それは相手の心が隙だらけだという大前提がございます。なにしろ、私が情報を掠め取るお客様方は私の乳房や股座に向かって裸で飛び込んでらっしゃる方々ばかり。貪り愛でるのに夢中で、自分から抜き取られていると考えもしない隙だらけの状態。
一方、今回の二人は初めから最大級の警戒状態。拷問され、吐かされるかもと身構えておりますれば、心を閉じてしまっていることでしょう。
全開の水道管と詰まった水道管、どちらが多くの水を通すのか、考えるまでもありません。
「飴にしろ鞭にしろ、心をこじ開けてやる必要がある。が、捕まえて尋問した手前、飴はもう通用すまい。父親殺し、主人殺しは果てしなく重い罪じゃからな。放免というわけにはいかぬ。ならば、耐えること、それ自体に意味をなくしてしまえばよい」
私は今、間違いなく悪い顔になっていることでございましょう。部屋に鏡が無くて幸いでございました。
「耐えるというものは、甘美な試練に通じるものよ。殉教者を気取る者であるならば、拷問ですら受け入れてしまう。それは苦痛もまた天上への階段を踏みしめる試練と捉えてしまうから。忍耐、忍従はそうした者にとっては最大の美徳であり、支えであり、願いとなる」
「それで、二人の絆を引き裂き、耐えることを無意味にしてしまおうというのですか」
「お互いが口を閉じている、そう信じているからこそ現在の膠着があるのです。ならば、その状況を揺さぶってやればよいのです。どこまで耐えられるか、あるいは信じられるか、ああ、愛する者同士の抱く想いがどこまで強いか、《魔女娼婦》が見定めて差し上げましょう」
さてさて、今宵も話が長くなってしまいましたので、ここで一度休憩を挟みたいと思います。いえいえ、すぐに戻って参りますゆえ、安んじてお待ちあれ。
~ 中編に続く ~
中編に続きます。
ヾ(*´∀`*)ノ