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第四話  処女食い 前編

 どうも皆様、初めてお会いする方は初めまして。以前にお目にかかられた方は、お久しぶりです。ヌイヴェルでございます。

 私は高級娼婦を生業としておりまして、いわゆる上流階級の皆様方に寄生して生きている女吸血鬼でございます。皮肉めいた自己紹介となりましたが、実際のところ、私は魔術を行使できる魔女なのでございます。

 どのような魔術なのかと申しますと、触れ合った相手から情報を抜き取る《全てを見通す鑑定眼ヴァルタジオーネ・コンプレータ》という魔術でございまして、触れ合う肌や時間が長ければ長いほど抜き取れる情報も多くなってまいります。

 しかも、相手からは抜き取られないという防諜まで備わっておりまして、《永続的隠匿オクルタメント・ペレマメンテ》という情報遮断の魔術まで身に付けてしまいました。つまり、私は自身の手の届く範囲ではございますが、身近におられる方々から断りもなく気付かれることもなく情報を吸い上げてしまうのです。

 魔女にして、吸血鬼。ああ、なんと罪深い存在なのでしょうか。神様、ああ、今日も罪深い私をお許しくださいませ。

 今日は教会の方々と貧民街(ビドンビーレに赴き、パンを配る慈善活動に参加いたしました。貧民街(スラム)は食うにすら困る人々ばかり。教会や私が用意しました配膳の荷馬車が着きますと、我先にと手を延びしてパンを求めて参りました。

 余程お腹を空かせていたのでしょう。手にしたパンを貪るように召し上がり、中にはもっと欲しいとさらにせがむ者までおりました。私も従者も側仕えも次から次へとパンを貧民に渡していきました。

 あれよあれよと言う間にパンもなくなり、なくなるとささっと人影も消えてなくなりました。皆さん、神の恩寵をお忘れなきよう。いつも天より見守られております。

 私のような魔女でさえ、神は優しく手を差し伸べてくださるのです。あなた方にも優しい光が差し込むことでしょう。

 ですから、早くパンの焼き方でも覚えなさい。配られる物だけ食べていては、いつまでたってもここから抜け出せませんよ。努力と献身こそ、神の求めたもうものなのですから。

 慈善活動も一段落して、帰路に着きます。本日は安息日ですので、今夜はお店もお休みです。来客の予定が一件あるだけで、後はのんびり過ごします。

 夕食も済ませ、予定のお客様は少し遅れているみたいですので、居間でゆっくり読書で時間を過ごしていると、私の耳に歌声が飛び込んでまいりました。



 肉屋よ肉屋よ、待たせたな♪


 ほれほれ、研ぎ立て、肉包丁♪


 鍛冶屋よ鍛冶屋よ、助かった♪


 お礼だ、いい肉、ほれどうぞ♪


 それは助かる、肉屋の亭主♪


 それはそれとて、銭寄越せ♪


 まあまあ待て待て、鍛冶屋の主♪


 これを売ったら、銭作る♪



 軽やかな歌声を聴かせてくれるのは、私の側仕えをしておりま愛らしい夜啼鳥(ナイチンゲール)。とある事件の際に、魔女の釜底を覗き込んでしまった女の子。

 名前はリミア=セヴァスト=デ=ボーリン。知己のボーリン男爵様の次女なのですが、今は魔女の使い魔に成り果ててございます。魔女の使い魔といえば鴉と相場が決まっていますのに、こんな愛らしい夜啼鳥ナイチンゲールを連れていては、私まで可愛らしく見られてしまいます。

 困ったものです。このような可憐な使い魔を従える魔女など、どこの世界におりましょうや。

 では、今日はこの可愛い小鳥さんと、それと出会う切っ掛けとなりました、とある事件についてお話いたしましょう。



                 ***



 その日は珍しいお客様が私の屋敷に来訪されておりました。現在、私の屋敷はチロール伯爵家の別邸を利用させていただいております。ここの本来の主はブヒブヒ(のたま)いながら、鉱山を眺めておいでのことでしょう。

 そこへ来訪して参りましたのはファルス男爵ディカブリオ。私の従弟にございます。


「ディカブリオよ、今日はいかなるご用かえ? 嫁御が孕んでおるゆえ、可愛い愛人が入り用かのう? 私の店でよい娘を紹介いたしますわよ」


「姉上、冗談にしても面白くありませぬ」


 ムキになって怒るところが可愛いところよのう。すっかり、ラケスの虜になりおって。裏で手を回した甲斐があったというものよ。浮気もせずに一途なこと。


「まあ、そう言うな、ディカブリオ。場を和ませるための冗談よ。お連れの方を見れば、そんなことではないことくらい分かります」


 ディカブリオと一緒にやって来た御仁に視線を向けますと、そこにはアルベルト様がおられます。この国で一、二を争う大貴族ジェノヴェーゼ公爵家の方で、現当主フェルディナンド様の異母弟にあたります。恐ろしい魔術の使い手であり、表沙汰にできない“裏仕事”をなさっておいでなのです。

 そんな方がディカブリオを伴って私の下へ参られたのは、一つしか考えられませぬ。


「わざわざアルベルト様がお越しになられたということは、娼婦としてでなく、魔女としての私に依頼したいことがある、と?」


「その通りなのですが、本件に限って言えば、本職の方にもかかってくる内容ですので、ヌイヴェル殿の耳にも入れておきたいと、兄様が申されましてな。こうして参上した次第です」


 ほほう。娼婦としての私にもご助力願いたいとは、話の内容が気になりますわね。


「して、どのようなご用向きでございましょうか?」


「不快に思われるかもしれませぬが、『処女食い』というのをご存じでしょうか?」


 聞きたくもない下劣な単語が耳を汚してしまったのう。あとでしっかり水で清めねばならぬわ。


「男を知らぬ若い女子ばかりを突け狙うアホ共のことよのう。誘拐、恐喝、かどわかし、なんでもござれの下衆げすい連中ね。汚れを知らぬ乙女を辱め、あとはそのまま売春宿へ売り捌く。いや、中には処女の乙女を売りにした売春宿すらあると聞いたことがあるわ。同じ娼婦や売春業といえど、私とは真反対に位置する関わりたくもない奴らですわ」


 直接関わったこともないので、あくまで噂程度でしか知らぬ存在。まったく、生娘を虐めて、何が面白いと言うのか。なんの技前も持たぬ女など、抱いても楽しくはなかろうに。私の下へ来たのなら、二度とそんな気を起こさぬくらいに、悦と楽に沈めてやるのにのう。もちろん、金子の払いは高値となるが。


「前々からその手の話はありましたが、ここ最近、特にひどくなりましてな」


「で、被害者の娘に貴族か関わりの深い富豪の娘がおったと」


「話が早くて助かります」


 公爵閣下が動かれているということは、まあ、関係者が被害をうけたということでしょう。庶民の誘拐事件で、大貴族が動くわけがあるまいて。


「被害に遭われたましたのは、ボーリン男爵の娘御です」


 私も知っている貴族の名前です。特に親しいというわけではございませんが、舞踏会等で何度かお会いして、たわいない世間話をした記憶はございます。


「あそこは確か、娘が二人おったと思うが」


「被害に遭ったのは姉の方で、齢は十四の間近といったところです」


 それは痛かろうて。心にも体にも傷を負うて、不憫でならぬわ。

 まあ、私もその頃に破瓜したので、よく分かりますとも。もっとも、あの時は別の意味で暴れてしまい、相手の方にはご迷惑をかけてしまいましたが。

 しかし、進んでやったのと、無理やり奪われたのでは、受ける痛みも違います。


「ここ一月の被害者は全部で十五名。中には十歳の娘までおりまして、痛ましい姿で打ち捨てられておりました」


 おぞましいにも程がある。伸びゆく若い苗木を手折る所業、見過ごすわけには参りませんぬ。


「死者まで出ておるのか」


「あくまで確認されたり、発見された者の数です。行方知れずや捜索の届け出等を出していない者は含まれてません」


 さらに被害が増えるというのか。ここまで大がかりじゃと、組織立って動いておるようじゃのう。どのみち、全員火炙りにでもしてやりたいわ。


「事情は理解いたしました。私は色街に潜む愚か者どもを、炙り出すなり見付けるなりすればよいと?」


「いかにも。無論、こちらも探しておりますが、やはり色街の情報収集ですと、内側にいる人間の方がやり易いかと思いましてな。なにとぞ、ご協力を」


 アルベルト様が軽く会釈なさいました。普段は頭を下げる方ではありませんが、それだけ事態が深刻なのでしょう。この街はフェルディナンド様が居を構える屋敷もございます。あまり治安が悪くなりますと、人心は乱れていき、住み心地が悪い場所になりかねません。そんなの真っ平ごめんだわ。


「お引き受けいたしましょう。お任せあれ、と公爵閣下にお伝え下さい。ディカブリオ、アゾットを使わせてもらうぞ。こういうときにこそ、あやつの肩書きが役に立つ」


 アゾットは我が家のお抱え医師。魔女の従者にて、名医と評判の男にございます。往診だの治療だのとの名目で、あちこち出向いたとて怪しまれませぬ。

 二人でしばし、情報収集と参ろうか。



            ***


 こうして、私が参ったのは、ボーリン男爵様の御屋敷です。無論、目当ては被害者の娘。当人から直接情報収集するのは当然のこと。話してもらうのが一番ですが、それすらできないことも考えられますので、いざとなれば我が魔術にて抜き取らせていただきます。


「わざわざ見舞いにお越しくださって申し訳ありません。あれ以来、娘は寝台より起き上がれませんでな。私にすら怯える始末にて、どうしたものかと悩んでおりました」


 暗い表情で説明するのは、ボーリン男爵様です。突然の訪問でありましたが、見舞いと往診に来たと告げると、すんなり屋敷の中へと通されました。

 礼儀正しく人当たりのよい点以外は特に取り柄のない男で、男爵といえど裕福とは言えぬ家門。古い家柄なのは間違いございませぬが、ただそれだけです。

 二代しか重ねておらぬ我が家の方がはるかに財を抱えております。まあ、“女”の稼ぎが大きいでございますから、それはやむ無きことではないかと。


「いえいえ、何程のことはございませぬ。事件のことが耳に入りまして、何かお力添えができればと、参じた次第にございます。我が家の医者は優秀ですので、ご安心を」


「おお、噂に聞きます、ファルス男爵お抱えのアゾット医師ですな。何卒宜しくお願い致します」


 爵位持ちだというのに、妙に腰が低い。まあ、才ある者を丁重に扱うのは良いことです。身分差をひけらかして尊大に振る舞うのは、あまり感心しませぬゆえ、男爵様の態度は非常に好感を持てますぞ。


「アゾットや、しっかり頼むぞ」


「心得てございます。ですが、今回は私などよりも、我が主人の方が適任かと思われます」


 アゾットの申すことも分かります。傷云々よりも、心に深手を負っていれば、医者よりも魔女の領分。魔術と話術、私の三枚舌が役に立つというものよ。

 娘の部屋の前に来ますと、男爵様が扉を叩かれました。


「私だ。入らせてもらうよ」


「どうぞお入り下さい」


 中より返事がありまして、男爵様は扉を開けました。中には少女が二人。一人は寝台に横になり、今一人は寝台の横の椅子に腰掛けておりました。椅子に腰掛けておりました少女はスッと立ち上がり、部屋に入ってきた私達に御辞儀をしました。

 しかし、寝込んでいる娘はガタガタ震え出し、軽く呻いているご様子。どうやら、思っていた以上に深刻なようです。


「男爵様、ここは私が。アゾット、お主も下がっておれ」


 私はアゾットが持っていた荷物を受け取り、男性二人を部屋の外へと出しました。

 私やアゾットの予想していた通り、どうやら魔術の出番のようです。見たところ、男性に対して強い恐怖心を抱いている様子。一筋縄ではいかぬし、時間が必要であると感じました。

 私は二人に会釈して、笑みと共に挨拶をしました。


「お初にお目にかかります、お嬢様方。私、ヌイヴェル=イノテア=デ=ファルスと申します。以後、お見知りおきを」


 正確には、私はファルス男爵の爵位にはないのですが、貴族相手の時には拝借させていただいております。貴族の中には身分を偏狭的に信奉なさる方もいて、爵位を持たぬ平民に横柄極まる態度をとられる方もかなりいらっしゃるのです。従弟と公爵閣下のご理解があればこその偽りの仮面にございますが。

 あとは“本職”の仕事をしているときでございますね。貴婦人を抱いてる感じがしてよいと、それはそれで評判なのです。


「お噂は予々(かねがね)窺ってございます。私、ボーリン男爵の娘にて、次女のリミアと申します。(しとね)より起き上がれませぬ姉のクレアに成り代わりまして、訪問を歓迎いたします」


 どのような噂を聞いておるのか気になるところではありますが、父親同様に礼儀正しい娘でございました。

 まったく、チロール伯爵を名乗るあの豚野郎も、この娘の十分の一ほど礼儀作法を身に付けておれば、島流しに合わずとも済んだやもせれぬのに。


「本日は貴婦人の御指(ディータ・ディ・ダーマ)をお持ちいたしました。是非、お召し上がりください」


 私が差し出しました箱の中身は、最近流行りの円筒形に焼き上げたビスコッティでございます。繊細な仕上がり具合から、貴婦人になぞらえたそうです。簡単に嚙み砕けますので、弱っている身には良いかと思い、持ってきました。


「ご丁寧にありがとうございます。お姉様、お菓子をいただきましたよ。食があまり進んでおりませんし、甘いお菓子ならいかがでございましょうか?」


「・・・いい」


 リミア嬢の言葉にも反応が薄い。やはり深刻なご様子です。

 私は横になっているクレア嬢の前に立ち、そして、寝台に腰かけました。僅かに怯えて体を離そうとしましたが、私はそっと頭を撫でて差し上げました。

 目と目が合い、私は微笑みかけました。


「クレアお嬢様、心中お察し申し上げます。痛かったでありましょう。怖かったでありましょう。辛かったでありましょう。ですが、今は大丈夫にございます。ここにはあなたを傷つける者はおりませぬ。私もあなたを守って差し上げます。ですから、どうぞ、お顔をしっかりとお上げくださいまし」


 しばしの間、じっと見つめ合った後、私はすぐ横で心配そうにこの光景を眺めておりますリミア嬢に手を差し出しました。察してくれたリミア嬢は私の手のひらに貴婦人の御指ディータ・ディ・ダーマを箱から取り出して乗せました。

 私はそれを指で摘まみ、クレア嬢の口元へと運びました。


「お食べなさい。きっとその指があなたを引っ張り上げてくれましょうや」


 もっとも、指の主は貴婦人の皮を被った魔女にございますが、このまま沈み込むよりかはマシにございましょう。

 クレア嬢は口元に運ばれてきた貴婦人の御指ディータ・ディ・ダーマを一齧り。すると、虚ろであった目がカッとを見開き、貪るように食べてしまわれました。

 上手くいったと感じた私はリミア嬢より次々と受け取り、その都度、貴婦人の御指ディータ・ディ・ダーマをクレア嬢に差し出しました。二本、三本と召し上がられ、涙と食べかすがシーツの上にボロボロとこぼれてしまいました。

 貴族のお嬢様が寝台で横になりながら物を食べ散らかすなど、いささかはしたない所業にございましたが、今は何も言いますまい。

 あとは時間をかけて、少しずつ元に戻していけばいいのです。戻らぬものもありますが、若い身の上、いずれ良きこともありましょう。

 やれやれ、医者の真似事はせぬと誓い、アゾットを侍らせておるというのに、またしても柄にないことをしてしまったわ。

 私はもう一度、クレア嬢の頭を撫でてやり、それから腰かけていた寝台より立ち上がりました。それから振り向いて見降ろしますと、クレア嬢は落ち着かれたのか、静かな寝息を立ててございました。


「これでもう大丈夫でしょう。時間はかかりましょうが、きっとよくなりますよ。私がクレアお嬢様にして差し上げるのはここまで。ここからは、家族のなすべき領域にございますれば」


「ありがとうございました、ヌイヴェル様」


 リミア嬢は深々と頭を下げて、礼を述べられました。姉が少しでも元気になったのですから、妹としてはうれしいのでしょう。

 さて、姉の方から情報を得たことですし、犯人の顔は分かりました。よもや、“あやつ”がこの娘御を拐かした愚か者とは。

 これは大掛かりな準備がいるなと考えつつ、部屋を出ようと(きびす)を返すと、リミア嬢が私を呼び止めました。


「ヌイヴェル様、申し訳ございませんでした。皆が魔女だと噂して、てっきり怖いお方だと勘違いいたしておりました。まずはその事をお詫び申し上げます」


 リミア嬢がペコリと頭を下げまして、私はそれを笑顔で応じました。


「私は魔女ゆえ、いくつも仮面を付けてますのよ。今は年頃の女の子の前に出る年上にお姉さんですわ。お気になさらず」


 さすがに二十も離れた娘を相手にお姉さんでは盛り過ぎたかと思いましたが、リミア嬢はクスリと笑い、素直に受け止めてくれたご様子です。


「ならばお尋ねしますが、怖いお顔もお持ちでしょうか?」


「持っておるとも。人々を阿鼻叫喚の地獄へ叩き落す、怖い魔女もまた私の顔の一つなれば」


 まあ、その顔を見せることは滅多にないが、今回は久方ぶりに“全力”で魔女を演じるつもりゆえ、じきに見ることも叶おうて。進んで見るものではございませんが。


「でしたらば、お願いしたいことがございます」


「いかなる用向きでありましょうか?」


「お姉様の復讐を。こんなひどいことをやった人達を、阿鼻叫喚の地獄に落としてください」


 静かだが、怒りに満ち満ちた声。許せぬのじゃろう。怒っておるのじゃろう。その気配が体の隅々から溢れております。その気持ちは大いに分かる。

 まあ、公爵閣下からの依頼ゆえ、その件は心配ありませぬが、引き受けておけば公爵閣下とこの娘、報酬の二重取りとなりましょうか。それもよしと思いつつ、少し試してみようかしら。


「お引き受けいたしましょう。すべてこの魔女たるヌイヴェルにお任せあれ。しかし、お嬢様、一つ肝心なことが抜けております」


「何がでございましょうか?」


「報酬。いかほどお支払いいただけますか?」


 私は右手の親指と人差し指にて輪を作り、金子の支払いを求めました。


「仕事というものは、契約を交わし、それに則った報酬が支払われてこそ成立するもの。まあ、急な話ですので、今回は特別に後払いで結構でございますが、どれほどご用意できましょうや? 金子でなくとも、宝石や芸術品、工芸品でも構いませぬ。なんなら、土地でもよろしいですわ」


「そ、それは・・・」


 まあ、このお嬢様では動かせる額は高が知れていましょう。ボーリン男爵様も裕福とは言えぬのですから。何より“それ”が今回の一件の一因でもありますから。


「報酬が支払えぬと言うのであれば、仕事の話はなしにございます。割安で引き受けてくださるその筋の方でもお探しあれ」


 話はこれまでと私はリミア嬢に背を向け、扉の方へと歩み出しました。


「お、お待ちください!」


「おや、何か良い思案でも浮かんだかえ?」


 足を止め、クルリとリミア嬢の方へと振り向いて、微笑みかけました。お支払いいただけるのでしたら、お好みの地獄へ叩き落して差し上げますわ。


「ほ、報酬として、私をいかようにでもお使いください!」


 おやおや、そうきましたか。まあ、身を差し出して報酬とするのはなくはない話でございますが、かような若い娘から、そのような言葉が口から出ようとは思いませなんだが。


「リミア嬢、おいくつになられましたか?」


「先月、十二になりました」


 若いです。とても若いです。報酬として受け取るには、あまりにも若すぎます。“処女食い”ならば、大喜びで受け取りましょうが、私はそんなことなどいたしませぬ。

 なにしろ、これから地獄へ叩き落すのがそやつらなのですから、そんな下衆野郎と一緒にされるのは断固としてお断りでございます。

 針子なり側仕えなりにいたしましょうか。まあ、これはほんの悪戯心が生み出した座興にございますれば、報酬などいただかなくても結構でございますよ。お気持ちだけで十分です。


「なるほど、よく分かりました」


 私はリミア嬢に歩み寄り、そっと腕を回して抱き寄せました。息がかかるほどに顔を近付け、そして微笑みかけました。


「姉を想う妹の心意気、確かに受け取りました。それで十分にございます。魔女の糧は人の心にございますれば、今のお嬢様の心意気にて腹は満たされてございます。報酬は受け取りましたゆえ、姉君の側にて安んじてお待ちあれ。多少協力をお願いするやもしれませぬが、そのときは良しなに」


 今一度しっかりと抱き締め、リミア嬢も涙を流しながら抱き返して参りました。

 美しき妹の献身、しかと受け取りましたぞえ。これで、引けぬ理由が加わりました。やはり、“全力”で魔女にならねばなりませぬか。

 私は部屋を出ますと、そこには廊下をウロウロしながらお待ちになられております、ボーリン男爵様がおられました。


「ヌイヴェル殿、クレアはいかがでございましょうか?」


 余程心配なのでしょう。慌てる様子をさらけ出し、私に詰め寄って参りました。


「私がお持ちした菓子を召し上がられ、今は落ち着いてお休みになられました」


「おお、かたじけない! なんとお礼を申してよいか」


「リミアお嬢様よりお礼は受け取っておりますゆえ、左様に申されずとも結構でございます」


 私は男爵様に一礼し、クレア嬢の平癒をお祈り申し上げました。


「それと、男爵様。リミアお嬢様よりの頼まれ事なのですが、今回の一件の犯人を探し出して欲しいと申されましてな。私も心痛めておりましたので、方々に当たってみようかと思うております。また、お話を聞きにお邪魔するやもしれませぬが、構いませぬか?」


「リミアがそのようなことを・・・。分かりました。大した役には立てませぬが、できるだけのことは致します」


 よし、男爵様の言質はいただいた。これで“あの作戦”を使えるというもの。見ておれ、下衆共よ、約定通り、阿鼻叫喚の地獄へ落としてやるわ。

 私はアゾット共に馬車に乗り込み、ボーリン男爵邸を後にいたしました。



                 ***



 帰りの馬車の中にて、私は向かい合うアゾットに部屋での出来事を話しました。


「相変わらずの見事な御手前、さすがと言わざるを得ませぬ、我が主人よ」


「褒めても何も出ぬぞ。それより、重大なことをクレア嬢より盗んでおいた」


 実はアゾットにも私の魔術の事は話しております。今までは従弟のディカブリオのみが魔術の事を知っておりましたが、これで二人目の“共犯者”にございます。拾い上げた私への恩義と信頼、妹ラケスとの絆、そして私からのアゾットへの能力と性格への信頼、これらをすべて加味した上での決断でした。

 当初はアゾットは呆気に取られ、次に笑い、そして改めての忠誠を誓って参りました。どういう事情があれ、兄妹揃って拾い上げられた事実は変わりませぬゆえ、裏の事情を知ったとて、今まで通りというわけです。


「犯人・・・、というより、クレア嬢を辱めた奴は分かったわ。私の面識がある人物ですので」


「その言い方ですと、誘拐犯と実際に凌辱なさった者とは別、というわけですな」


 まさにその通り。奴隷商人と、奴隷の使役者が同一人物とは限らぬからな。


「が、問題なのは、その凌辱した者は、私では迂闊に手が出せぬのじゃ」


「・・・! では、きぞ」


 私は慌てて口に指を押し当て、アゾットの言葉を遮りました。口に出してはならぬことが、世の中には多すぎるのでございます。


「ですが、それですと、公爵閣下に動いていただかねばなりませぬ」


「それは先方も分かっていよう。アルベルト様の動きが早かったのも、あるいは犯人がやんごとなき方だとある程度の目星をつけてたのやもしれんのう」


 情報を伏せたり、伏せられたりするのもいつものこと。この世界、口にできぬことも多いのでございます。例えそれが協力関係にある者同士であろうとも。


「アゾット、これからいくつか目ぼしい場所を周るし、お主にも行って調べてほしいことがある。しばしの間、医者は休業じゃ。事件が片付くまで、魔女の従者になってもらうぞ」


「心得てございます。妹の出産までには片付けて、この街を綺麗にいたしましょう」


「ホホッ、アゾットや、そこまではかからんわ。ものの数日で片付けてやるわ。あの姉妹が安心して過ごせるようにのう」


 腕が鳴るのう。久々の大仕事じゃ。見事、魔女になりきって差し上げましょう。



               ***


 さてさて、ボーリン男爵様のお屋敷を出た後、私はいくつかの施設を訪問し、知人縁者を訪ねて周りました。うら若き乙女ばかりを狙う下衆な連中を一網打尽にするべく、色々と準備が必要でございまして、なにかと苦労いたしました。

 そして、数日の時間が過ぎ、舞台は再びボーリン男爵様のお屋敷にございます。クレア嬢を見舞うため、足を運んだのでございます。

 屋敷の前には馬車がおりまして、そこに男爵様の次女リミア嬢が乗り込まれました。今日の御用事は男爵様の叔父上が病で床に伏せられ、そのお見舞いにでかけるのだそうです。


「リミア、すまぬな。私が行けばよいのだが、どうしても外せぬ仕事があってな。叔父上にはよろしくと伝えておいてくれ」


 ボーリン男爵様は心配そうに娘に向かって告げられました。それもそうであろう。なにしろ、長女のクレア嬢は所用で出かけられた際に、山賊に襲われて、傷物にされてしまったのですから。娘一人送り出すのは気が気でないのでございましょう。


「お父様、心配なさらないでください。大叔父様のお見舞いを終わらせましたら、すぐに帰って参ります。それまでクレアお姉様をお願いいたします」


 リミア嬢は父を心配させまいと、にこやかに微笑みかけられました。


「ヌイヴェル様、折角お越し下さったのに、出かける用事ができてしまい、申し訳ございませぬ」


「いえいえ、構いませぬとも。日を改めて参ります。クレアお嬢様には、気に入っていただけた貴婦人の御指ディータ・ディ・ダーマを渡しておきましょう。早く帰っていただかねば、すべて姉君に食べられてしまいますわよ」


 私も笑顔をでお見送り。リミア嬢も笑顔を向けられた後、窓のカーテンを閉められました。

 そして、私は馬車を操る御者に視線を向けました。


「御者殿、最近何かと物騒な話を聞きまする。お嬢様をしかと無事に送って差し上げなさい」


 私の注意喚起に御者は無言で頷き、そして馬に鞭が入れられました。馬車がゆっくりと進みだし、徐々に小さくなっていきました。

 小さくなって見えなくなる馬車を心配そうに眺める男爵様。まあ、これから起こることを考えますと、その表情は妥当なものでございましょう。


「ヌイヴェル殿、娘は大丈夫でしょうか?」


「大丈夫ではありません。確実に賊に襲われます。といいますか、襲ってもらわなくては困ります」


 ああ、なんと哀れなことでしょう。リミアお嬢様の馬車は道中の森で賊に襲われます。それを止める術はございませぬ。当然、この回答には男爵様も狼狽なさいますが、そんなことはお構いなしに続けます。


「男爵様、それにつきましては、先日お話ししたはずでございますが?」


「そ、それはそうだが・・・。できる限りのことはいたしますとは申しましたが、いくら、なんでも娘を囮に使うなど・・・」


「リミアお嬢様が望まれましたゆえ」


 私の考えた策は、クレアお嬢様が襲われた際の“状況再現”でございます。クレアお嬢様が襲われた際、馬車で隣町に出かけになられておりました。それをもう一度やろうというわけにございます。

 今、リミアお嬢様はろくな護衛も付けず、馬車にてお出かけになられました。そして、この情報は事前に私の手の者が方々にばら撒いておきました。当然、このような格好の獲物、“処女食い”共が逃すはずはございませぬ。

 今までは庶民の子女をかどわかし、食らいついては売るか捨てるかでございましたが、とうとう貴族の御令嬢にまで手を出す始末。おそらくは、庶民の娘では味わえぬ、極上の背徳感、征服感を味わったことでございましょう。ならばこう考えるはずです。


 “高貴な生娘をまた食べたい”


 そこへ格好の餌を投げ込めば、我慢できようはずがございませぬ。こういう時の男とは、堪え性のない者にございますれば、必ず動いてまいりましょう。

 そして、考えましたのは、事件の再現を狙って、リミアお嬢様を使った囮作戦。囮に食らいついた際に、いえ、食らいつく前に一網打尽にする作戦にございます。

 当然、男爵様は反対なさいました。娘が傷物にされ、もう一人の娘まで危ない目に合わせることとなる。これに異を唱えぬ親御はおりますまい。男爵様の反応は至極真っ当なものにございます。

 むしろ、積極的にやると賛同された、リミア嬢の方が異常なのでございます。

 余程腹に据えかねたのでしょう。姉を傷物にされ、復讐を私に願い出て、しかも自分の身まで差し出そうとしたその気概、中々のものでございます。

 少女の心意気を無下にせぬよう、私も全力で魔女を演じ切らねばなりますまい。


「アゾット、準備はよいか?」


 私は従者を呼ぶと、アゾットが二頭の馬を引き連れて現れました。


「往診のために身に付けさせられました馬術が、まさかこのような形で役に立ちますとは」


 アゾットは我が家のお抱え医師ではございますが、腕前のほどを聞きつけ、貴族の皆様方も往診を依頼されます評判の名医にございます。移動を楽にできるよう、馬術を覚えてもらいましたが、よもやの事で役立つものです。


「世の中、何があるか分からんのう。じゃからこそ面白い」


 私とアゾットはそれぞれ馬に飛び乗り、馬上から失礼ではありますが、男爵様を見下ろしました。


「では、男爵様、行ってまいります。リミアお嬢様には悪党の指一本とて触れさせませぬゆえ、安心してお待ちください」


 どれほど言葉で安心せよと述べようとも、娘の無事な姿を見るまでは、曇った表情は直りますまい。ならば、一刻も早く仕事を終わらせ、本当に安堵させるのが私の務め。

 馬を駆り、先行する馬車に見つからぬよう、裏道を使って先回りじゃ。


「アゾット、お主は予定通り、例の地点で待機しておれ。私は馬車に細工して参る。馬車が不自然な位置で止まったら、それが合図じゃ!」


「心得ましてございます!」


 さあさあ、一世一代の大捕り物ぞ。これから伸びゆく若い苗木を踏み荒らす愚か者どもよ、魔女の恐ろしさを見せつけてくれるわ。

 さて、話が盛り上がって参りましたが、長く語り過ぎたゆえ、ここらで一度休憩といたしましょう。いえいえ、すぐに再開いたしますので、安んじてお待ちあれ。



                ~ 後半に続く ~

  



 

後編に続くので、そちらも呼んでください♪


(≧▽≦)

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