第十七話 三人揃えば酒宴のごとし
どうも皆さま、初めてお会いする方は初めまして。以前にお目にかかられた方は、お久しぶりです。ヌイヴェルでございます。
私は高級娼婦を生業としておりまして、いわゆる上流階級の皆様方に寄生して生きている女吸血鬼でございます。皮肉めいた自己紹介となりましたが、実際のところ、私は魔術を行使できる魔女なのでございます。
どのような魔術なのかと申しますと、触れ合った相手から情報を抜き取る《全てを見通す鑑定眼》という魔術でございまして、触れ合う肌や時間が長ければ長いほど抜き取れる情報も多くなってまいります。
しかも、相手からは抜き取られないという防諜まで備わっておりまして、《永続的隠匿》という情報遮断の魔術まで身に付けてしまいました。つまり、私は自身の手の届く範囲ではございますが、身近におられる方々から断りもなく気付かれることもなく情報を吸い上げてしまうのです。
魔女にして、吸血鬼。ああ、なんと罪深い存在なのでしょうか。神様、ああ、今日も罪深い私をお許しくださいませ。
さて、皆様、私が娼婦という職業に就いていることは幾度となくお話いたしましたが、“娼婦”という存在も多岐にわたってございます。私のような高い代価が必要となる高級娼婦から、金銭に乏しい庶民でも買える程度の低い売春婦まで、それは色々と存在いたします。
そんな中にあって、“完成された”売春婦とは何か、今宵はそれについてお話しいたしましょう。
聞こえはよくても、結局は酔っ払いの戯れなる言の葉にございますれば、お聞き苦しいかも知れませぬが、その点はどうかご容赦くださいませ。
***
その日は暇を持て余しておりました。いつものごとく職場であります娼館に出勤しておりましたが、予約は昼間の一件のみで、そのお客様をお見送りをした後は、簡単な帳簿整理をして過ごしました。
私もさすがに三十代半ばに届こうかという年齢でございますから、そのうち“お払い箱”にでもなりかねません。まあ、今までの稼ぎで十分楽に暮らせるだけの貯蓄もあれば、様々な事業に投資しておりますので、その“あがり”も期待できるというもの。それにたまに舞い込む“裏仕事”の件もございますので、金銭的には何不自由なく過ごせるでしょう。
問題はイノテア家の女としての家業、すなわち娼婦の後釜を用意せねばならぬということ。まあ、それは現役を引退してから、従妹の子供を鍛えることで成し遂げましょうか。腹の中の子が女児であればよいのですが。
などと、埒のないことを考えておりますと、部屋の扉が叩かれ、こちらが返事をする前に女性が一人入ってきました。私の妹分のジュリエッタでございます。
「ヴェル姉様、お疲れ様~。また帳簿整理?」
「ええ。暇ならやっとけと、支配人に押し付けられました」
この娼館の支配人は大叔父ルバン。私の師匠であり祖母でもありますカトリーナお婆様の弟でございます。
私の引退を見越して、事務仕事や働いております他の娼婦の監督指導までやらせてきます。気の早い話ではありますが、かと言って用意を怠るわけにはいきませんし、こうして帳簿を睨み付けるのもよくあることとなってきました。
娼婦から女将になるのも、そう遠い日の事ではありますまいて。
「ジュリエッタ、あなたもやりますか?」
「いやぁ~、結構です。私はほら、“これ”でまだまだ稼ぐつもりですから。あと十年は」
そう言いながら、少し控えめな乳房を服の上から自分で寄せて上げました。まあ、ジュリエッタもまだ二十代半ばにも達しておりませんし、確かに後十年は体で稼げるでしょう。
「でも、玉の輿が見つかったら、すぐに乗るのでしょう?」
「まさに、それ! ああ、どこかに、お金持ちで、家柄も性格も良くて、なおかつ美男子っていないものかな~」
そんな好条件な男性は、すでに“予約”が入っているものですよ。良家の子息など、婚約者がいるのがほぼ当たり前なのでございますから。
「リグル男爵様は?」
「既婚者じゃん。愛妾はイヤ。ちゃんと嫁に迎えてくれるとじゃないと無理。どんだけ寵を受けようとも、愛人愛妾じゃ豪華な牢屋の囚人と一緒。それなら娼婦のままでいいわ」
牢屋の囚人ときましたか。まあ、愛妾では飽きられれば捨てられるのがオチでありましょうし、私も真っ平御免です。
私の場合は頭脳と魔術がございますから、愛妾よりも知恵袋として居座る自信はございますが、やはり一度くらいはちゃんとした婚儀を執り行うのも一興でありましょうか。
三十半ばと齢を重ねた元娼婦を娶る物好きがいればですが。
ジュリエッタと他愛無い話をしておりますと、また一人、部屋に誰かが入って参りました。油断ならない老紳士が一人、ルバンお爺様でございました。
「おや、ヌイヴェルとジュリエッタがこんな時間に顔を会わせておるとは珍しい」
「何を仰るやら。私共の予約状況など、支配人ならば把握しているでありましょうに」
そう、この娼館はお客様への完璧なる憩いの場を提供するために、基本的には“完全予約制”を通してございます。準備の点からやむを得ない措置でございます。そのため、誰がいつまでどの客の相手をしているかなどは、支配人ならばすぐに分かってしまうのでございます。
もちろん、何かしらの理由で急な予約を支配人権限で入れてくる場合もありますが、そうした対応のために、たとえ予約が入ってなくても、控室などで待機している場合もございます。
そして、今日は私とジュリエッタが夜の予約が二人揃ってたまたま入っていないので、こうして顔を会わせておしゃべりに興じていたというわけです。
「二人とも、今夜は急用もなしだ。あがっていいぞ」
支配人経由の予約もなし。本日の仕事はこれにて終了。お疲れ様でございました。
「では、久方ぶりに三人が暇をもて余したのでありますから、軽くおしゃべりでもしましょう。もちろん飲みながら」
私は持ち込んでおいた酒瓶を取り出しまして、飲みの催促を二人に出しました。
「うは、バローロじゃん! なかなか手に入らないのに、ヴェル姉様、よく手に入りましたね」
「今日のお客様はアロフォート様でしたからね。差し入れとして置いていかれたのですよ」
アロフォート様率いるボロンゴ商会は、珍しい食材や酒類などを多く扱っている大店。上等な葡萄酒くらいすんなり手に入れれることでございましょう。
名酒をポンとお土産代わりに置いていけるあたり、商売は今日も順調なご様子。またのご来店をお待ちしておりますわ。
「やれやれ、ヌイヴェルめ、とんだ悪女よな。我が知性と品位の城館に、そのような劇物を持ち込むとは嘆かわしい」
などと言いつつ、きっちりこの執務室の中にグラスを用意しているあたり、ルバンお爺様も知性と品位がすでに失陥していると言わざるを得ません。
私は用意されました三つのグラスに理性を剥ぎ取る劇物を注ぎ込みました。
「では、今日という日を無事に過ごせましたることに感謝を込めて、乾杯!」
「「乾杯!」」
三人揃ってグイっと一飲みに注がれた赤い液体を体内に流し込み、欲望と悦楽が溜息となって、口から漏れ出しました。
「んんん、旨い! この深いコク、程よい渋み、最高ね!」
「うむ、これこそ葡萄酒の王様である」
「滅多に味わえぬこのお酒、アロフォート様に感謝ですわね」
一口の酒で早速理性という名の仮面が剥ぎ取られ、三人揃って上機嫌に笑い始めました。さらに、娼館の厨房よりチーズと豚首の生ハムをくすねて参りまして、さながら宴が始まったかのように盛り上がって参りました。
ルバンお爺様のいうところの知性と品位の城館は早くも城門を打ち破られ、陥落寸前といった具合でありましょうか。ああ、嘆かわしいかな。
と思いつつ、もう一杯。
「そういえば、お爺様。今日の会合はいかかでしたか?」
仕事中は支配人とお呼びしますが、すでに“あがり”となった身の上。昔から顔を会わせておりますことから、孫と祖父のようなもの。
まあ、私も子供どころか、早ければ孫すら持ちえる齢でございますが、残念ながらまだ伴侶を手にしてはおりませんので、この人の前だけは孫娘のままでございます。
「なぁに、いつもの教会からの“おこごと”よ。今の教皇聖下は堅苦しくていかん」
ルバンお爺様は娼館の支配人であり、同時に服飾店の経営も手掛けております町の名士。たまに会合などにお呼ばれする時がございます。
今日は教会絡みの祭事の打ち合わせであったと記憶してございます。服飾店の店主でもありますから、礼装の設えも行っておりますから。
「なんでも最近、聖下は風紀の乱れがどうのと仰られて、風俗業に口出しされておるそうな。もっと取り締まれと。娼婦があちこちのさばるから、人々が悪い道に堕ちていくのだとな」
おやおや。今の教皇聖下は堅物だと伺っておりましたが、よもや我々の生業にまで口を挟んで来られるとは、余程にお暇なのでございましょう。
「バカじゃないの。神様に祈ってりゃ満たされる枯れた爺さんばっかの聖なる丘と、そこいらの町を一緒にされるのは困るわ。てか、世間を知らなさすぎでしょ」
ジュリエッタも怒りをあらわにしまして、酒を更にぐいっと飲み干し、鼻息も荒く噴き出しております。
「そりゃあねえ、売春が道徳的見地から見て、糾弾されたり蔑まれたりするのは分かるわよ。実際、その自覚は持ってるし、教会の連中からすればふしだらでしょうよ。けど、それは人間の本質の否定でしかないわ。抑制できない欲望の行き着く果てが、女の股座なのは、これまでの歴史を紐解けば分かることでしょ。いったいいつから“売春”なんて商売が続いていると思ってんのよ!? 大昔からある商売よ。傭兵が先か、娼婦が先かってくらいには!」
酒が回って参りましたのか、ジュリエッタの口調も激しさを増しております。それほど強い方ではないのに、よい酒だからと飲ませ過ぎましたか。
「第一、説教垂れてるジジイ共だって、元を正せば女の股から飛び出したってのに、何を御高説垂れてんだか。酒、博打、売春、行き過ぎは戒められて当然でしょうけど、グダグダ横から説教を言われるのは腹立たしいわね」
「まあ、ジュリエッタの気持ちも分かりますわね。教会の方の中にも、身分を隠して娼館に来られている方もいますし、あるいは私邸に囲い女のおられる方もおりますからね。甥っ子をお持ちの方がどれ程おられるやら」
聖職者は神に仕える者として、妻帯を禁じております。出家前の子供ならいざ知らず、出家後の子作りともなると大問題となります。しかし、致してしまえば、神の思し召しにより。子を授かることもございましょう。
そこで我が子を“甥”や“姪”などと呼んでおられる例が数多くございます。祖母が昵懇てあった三代前の教皇聖下も、たしか若かりし日は“甥”と呼ばれていたと伺っています。
「なんでも聖下は、『娼婦は男を誘惑し、悪の道へと誘う魔女だ。これを解決せねば、風紀の乱れは直らない』と娼婦を狩り立てて、矯正施設に放り込むと息巻いているそうだぞ。教会の司祭様から、その点で忠告を受けた」
意外と深刻でありますわね。かつての魔女狩りの狂った情熱を、今度は娼婦にぶつけてきたというわけでございますか。
「娼婦にして魔女である私が言うのもなんですが、はっきり言えばバカですわね。誰も彼もが伴侶と結ばれるとも限らないのに、欲望をどこに向ければよいのやら」
それとも、教会が結婚斡旋所にでもなるおつもりでしょうか。体も性格も相性の良い男女なんぞ、そうそういるものでもございませんのに、現実が見えておりませんわね。抑圧すれば事がなると思っているのであれば、愚行もここに極まれりですわ。
「まあ、ヌイヴェルの意見には賛成だな。欲望を奪い去った所で、それは人としての死以外の何物でもないからな」
お爺様の言う通り。愛と情欲は紙一重。少なくとも、私はそう考えております。欲がなければ、未来へと人の歩みを繋げていくことはできませんからね。情欲がなければ、実りもございませんから。
「教会の連中は分からず屋が多すぎるわい。怠惰に溺れることなく勤勉に労働し、贅沢に陥ることなく節制を心掛け、快楽に浸ることなく人と幸福に浸る。これが本当にできると思っているから嘆かわしい。人はそこまで真面目になれない者の方が大多数だというのにな」
「同感同感! ルバン爺様の言う通り! まずはキンキラキンの法衣を脱いでから喋ろっての!」
二人の熱も更に上がって参りました。人目を気にせず酒が飲めれば、弁にも熱がこもるというものでしょう。人生を斜に構えているお爺様やジュリエッタなればこそ、私も気兼ねなく話せるのでありますが。
真面目な従弟や、常に一歩引いてる従者では、こうは参りません。
「いっそのこと、物心ついたときから、手仕事でも覚えさせるのはどうかしら? ひたすら働いてたら、あるいは情欲が心の隙間に入り込むことはないかもしれませんよ」
まあ、このやり口は奴隷のそれですから、あまりお勧めはできませんが。
「無理だな。そんなもん“職場恋愛”の巣窟にしかならんわ。子供の内はともかく、大人になればいずれそうなる。娼館を全閉鎖して、欲望のはけ口を失った男なんぞ、手近な者に手を出すに決まっておる。そちらの方がよほど風紀の乱れに繋がるだろうよ」
ルバンお爺様のバッサリとした一言。仰る通り、溜まった男は何をするか分かりませんからね。程よく発散させるに限ります。そのために、娼館があって、娼婦がいて、金銭を対価に男を掃除していると言えなくもありませんから。
「男女を完全分離させなきゃ成立しないし、したらしたでどうすんのって話よ。それこそ、町中修道院にでもしないと無理だし、それが存続できるとも思わないわ。色も華もない生活に、普通の人達が耐えられるとは考えられないもの」
修道院、なるほど、ジュリエッタの言う通り、規律正しい生活という点では修道院は手本となりましょう。まあ、俗世を捨ててしまう方が集う場所ですから、俗世に浸りきった我々には不可能ではありますね。
多分、私なら発狂すると思います。なにしろ、欲望に身を浸す娼婦にして魔女ですから。
「修道院・・・、か。そういえば、姉上が以前、こう言っていたな。『完成された娼婦とは、それすなわち“修道女”である』と。無論、意味は理解しておるぞ」
ルバンお爺様の姉、すなわち私の師匠でもあるカトリーナお婆様。あのよく欲望の塊を奸智と美貌で覆い隠していたような方が、まさか自身が就いていた職業である“娼婦”の完成形が、よりにもよって“修道女”であると断じるのは、意外や意外でございます。
「えぇ~、師匠がそんなこと言ってたの? 意外って言うか、無理って言うか・・・、とにかく、賛同しかねる意見だわ」
ジュリエッタの言も分かります。“娼婦”と“修道女”、比べてみれば、これほど差異大きい存在というのもありますまい。
贅沢と享楽に身を落とす娼婦、節制と勤勉によって幸福を見出す修道女、まさに真逆と呼べるほどに方向性の違う存在でございます。
ですが、あの祖母がそんな無意味かつ非現実的な発言をするとは思えません。少し頭を働かせて考えてみますと、一つ筋の通った答えに行きつきました。
「完成された・・・、か。なるほど、お婆様らしい発言ですわね、それは」
「えぇ~、ヴェル姉様は師匠の言葉に納得できるの!?」
驚き呆れるジュリエッタでございますが、気持ちは分かります。納得できることと、実行できることは、また別の案件でありますから。
「視点の問題ですわね。我々、娼婦の側からしたら、修道女になれって言われても、反発や忌避感しか生み出しませんからね。ですが、視点をお爺様のような管理者側に移すと、修道女ほど優れた娼婦はいませんわ。勤勉でよく働く女、命令には絶対に逆らわない従順なる女、それでいて理性を保ち享楽を求めない女、管理する側にとって、これほど“完成された”娼婦はいませんわよ」
いわゆる、都合のいい女というわけです。これほど管理しやすく、利益をもたらす女もおりますまい。そういう意味では、お婆様の言は的を射ています。ただし、おそらくは“自分以外の”という言葉が頭に付くでありましょうが。
自身が完成されたと宣った修道女、お婆様の生き方を照らし合わせても、これほど真逆なのもありますまい。欲望と奸智の権化、それでいて家族想い。私の手本でありますから。
「まあ、お前らには無理だがな」
ここでズバッとお爺様の一言。私とジュリエッタは、勤勉ではない、命令に従わない、あげくに享楽を求めるふしだらな女だと、上司がはっきりと言ってしまったのです。
ですが、私もジュリエッタも気にはしません。なぜなら、完成された存在になど、なりたくはなかったからです。
「お爺様からしたら、そういう女がやりやすいと言えばやりやすいのでありましょうが、同時に不必要だともお考えでは?」
「その通り。この娼館には、“高級”娼館には無用な存在だ。そんな完成された娼婦なんぞ、“下”の連中に任せておけばよい。お前らを単なる欲望のはけ口に落とすつもりはないからな」
そう、お爺様の言う通り、この娼館に来られるお方は性欲を満たすだけでなく、“それ以上”を求めて来られる方ばかり。だからこそ、それに応えれるよう、私にしろジュリエッタにしろ、知性と知識の研鑽と集積には手を抜くことはありません。
高級娼婦だの、高嶺の花だのと看板掲げる者として、それ相応の矜持や自負を抱いておりますれば、規律正しき修道女など、真っ平御免です。型にはまったやり方では、満足いただける男性など、型にはまれる男性しかいないからです。
「しかし、高級と名の付く存在が、低級の存在より完成度が低いとは、お婆様らしい皮肉でありましょうかしら」
「完成とは、それで止まるという意味でもあるからな。性欲を満たすだけの客であれば、それに特化された完成された娼婦を用意すればよい。だが、ここの娼館の客は十人十色、求める物が各々に差異がある。不完全であればこそ、変われるのだよ。機に臨んで変に応じよ、だな」
なんだか、妙に楽しそうなお爺様。まあ、私もジュリエッタもお爺様にすれば扱いにくいのかもしれませんが、それもまた支配人の腕の見せ所といったところでありましょうか。少なくとも、こんな老人になるまで続けている以上、この娼館の管理は楽しいのでありましょうか。
「そうそう。大多数の欲望は、そういった下の連中に洗い流してもらうのが一番よ。溜め込むのは、何事もよくない。まあ、私はそんな“精液の排水溝”を請け負うのはイヤだけどね」
身も蓋もないジュリエッタの言い方。しかし、賛同せざるを得ません。排水溝が詰まってしまえば、汚水が溢れ出て、病気に悪臭、色々と面倒事が起こるというもの。男は吐き出さねばならない生き物でありますから、こればかりは用意しなくてはなりません。
風紀の乱れだなんだのと宣う教会は、表面的な風紀にのみ注意が行き、その先にある破滅的な結果をもたらす害毒を理解していない様子。お爺様が苛立つのも無理はありませんわ。
娯楽とは堕落へと通じる道でありますが、それなくして社会が成り立つと言うのであれば、やってみるといいでしょう。窮屈な生活にどこまで耐えれるのか、ある意味見物でございますわ。
しかし、そうした役目を務めるのは、自分以外の誰かにやらせたいというのが、私やジュリエッタの偽りなき本音。そうならないために、高級娼婦の看板を背負っているのですから。
安くて都合のいい女など、願い下げでございます。
そして、悲しいことに、安くて都合のいい女の供給は、絶えることがないのです。
借金で身を売ることを選択したのか、あるいは誘拐やかどわかしで娼館に鎖で繋がれたか、安易に金を稼ぐための怠惰な性格ゆえか、とにかく、あの界隈に入り込む女のなんと多いことか。
需要があるからこそ供給がなされ、商売として成り立つのでありますから、おそらくは誰も止められないでしょう。せいぜい、管理がしやすいように整備整理をするのが関の山。娼館の全封鎖など、世間の穢れを見ないことにしている教会の、それもその最上位者達の戯言に過ぎませんわ。
欲望を完全に抑え込める方法があるのでしたらば、是非にもご教授願いたいものです。
「しかし、娼婦の大半はそちら界隈なのは仕方のないことでございますわね。安売りの女、一夜ひとときの逢瀬という点では私達と変わりませんが、支払う対価が文字通りの桁違いでありますからね」
そして、私は再び酒をグラスに注ぎ、それをジッと見つめる。
「高々一杯の酒と変わらぬ小銭で、身を売る者の多いこと」
「しかも、こんないい酒どころか、安い葡萄酒や麦酒一杯と変わらない金額でね」
よくまあそんなバカバカしい値段で商売できるものだと、ジュリエッタは呆れ半分哀れみ半分と言う感じで述べました。
もし、私やジュリエッタを注文すれば、それこそ上物の酒に換算すれば、ダース単位が必要になりましょう。無論、それに見合うだけの悦楽を与える自信はございますよ。
「そういう安売りな店はあれだぞ。飲み代が主な売上となっておる。客に酒を勧めて飲んで、気分よくなったところで事を致す。で、また酒を勧める。この繰り返しだ。娼婦の方も酒を飲ませて店に売上で貢献し、飲ませた酒代の一部が娼婦に還元される。娼館と提携してる商店で使える札を支給していると聞いたことがある」
「へぇ~、そんな感じになってるんですか。下は下で、上手く金を回してるんですね」
ジュリエッタは素直に感心している様子。どこにあろうとも、商売人はどこまで行っても商売人。金の回し方を心得ているものです。
娼館は酒と女を提供し、女は体で対価を得る。得た対価で女は商店で必要な生活品を購入し、商店はまた娼館に物を卸す。スケベエな男達が落とす金によって、見事に経済を、金銭を回しております。
薄利多売を地で行くやり方と言ったところでありましょうか。
まあ、こちらは徹底した高級志向。最上の女と空間を求めて、庶民では積めない銭の山を積んでまでも、いい女と過ごしたいという方の集まる場所。修道女のごとき安売りの女と、貴婦人を気取る高嶺の女、どちらにも需要があるのがまた面白いですわね。
そして、どちらも締め上げようとする神の代理人達には、憤りと呆れを覚えます。
この俗世は欲望に満ちており、それを綺麗にして品行方正なる地上を作りたいのは分からないでもありませんが、罪を全て消し去れるほど、人間は進歩してはいませんし、今後も進歩するとは考えておりません。やり方は変われど、本質は変わらない、ずっと続いていくことでしょう。
人が存在し続ける限り、決してなくならぬ男と女の情事。睦み合うのか、貪るだけか、はたまたねじ伏せるか、やり方は色々ございますが、私もまたその中で対価を頂戴する娼婦というふしだらな女。
ですが、修道女のような娼婦になるつもりはございませんよ。楽しみもなく、ただ日銭を稼ぐだけの生活なんて、私には耐えられないでしょうから。
だから私は今日も磨く。体を、顔を、技を、知識を、そして、悪知恵を。すべては相手から富と悦楽を貪るために。
なにしろ、ここは享楽と退廃の園、すなわち娼館。日頃の苦労や悩みを忘れ、悦楽と安穏を得る非日常の空間でございます。娼婦と客が巡り会い、どこのどちらであろうとも金子という対価をいただきますれば、精一杯のおもてなしをさせていただきます。
お望みならば、歌も音楽もございます。酒も料理も良い物を揃えてございます。もちろん、女も最上級の者をご用意いたしますわ。
私は高級娼婦ヌイヴェル。魔女で、女吸血鬼で、神に救いを求めて天を目指す哀れな一本の宿木でございます。
いつかあたながご来店なさるのを、心よりお待ち申し上げております。絡みついて富と精を搾り上げてしまいますが、それもまたご愛嬌ということで。
さてさて、次なるお客様はどこのどちらさまになりましょうか。




