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第十六話 魔女に捧げる愛の詩

 どうも皆さま、初めてお会いする方は初めまして。以前にお目にかかられた方は、お久しぶりです。ヌイヴェルでございます。

 私は高級娼婦を生業としておりまして、いわゆる上流階級の皆様方に寄生して生きている女吸血鬼でございます。皮肉めいた自己紹介となりましたが、実際のところ、私は魔術を行使できる魔女なのでございます。

 どのような魔術なのかと申しますと、触れ合った相手から情報を抜き取る《全てを見通す鑑定眼ヴァルタジオーネ・コンプレータ》という魔術でございまして、触れ合う肌や時間が長ければ長いほど抜き取れる情報も多くなってまいります。

 しかも、相手からは抜き取られないという防諜まで備わっておりまして、《永続的隠匿オクルタメント・ペレマメンテ》という情報遮断の魔術まで身に付けてしまいました。つまり、私は自身の手の届く範囲ではございますが、身近におられる方々から断りもなく気付かれることもなく情報を吸い上げてしまうのです。

 魔女にして、吸血鬼。ああ、なんと罪深い存在なのでしょうか。神様、ああ、今日も罪深い私をお許しくださいませ。

 さて、皆様、どなたからか“恋文”なる物を受け取ったことはございませんでしょうか?

 二十六種の文字を繋ぎ合わせ、相手への思いの丈を綴る手紙にございます。

 時に緻密に、時に大胆に、あるいは短くそのままに、あるいは回りくどくも韻を踏み、相手に愛を文字にて伝える代物です。

 私も時折、受け取る事もございますが、心揺さぶられることは一度もございませんでした。そう、ただ一つの例外を除いては。

 今宵は私を揺さぶった唯一の恋文についてお話しいたしましょう。



                ***



 女性だけで楽しむ昼食会が稀に開催されることがございまして、私もそれにお招きに与り、参加しておりました。

 私は都合よく“庶民”と“貴族”の両方の身分を使い分け、双方に顔が利くのでございます。庶民の時は商家の者として、貴族の時は男爵の姉として、それぞれ名乗っております。

 もちろん、私の本職は娼婦でありますから、そうした物を毛嫌いする方もおられますが、概ねは良好な関係をどちらにも築いております。

 その日の昼食会は“庶民”側の会食でございました。まあ、庶民と言いましても、大店や名士の御身内の方々ばかりでございまして、本当の意味で庶民とは言い難い集まりでございました。爵位がないだけで、財布の中身はたんまりある、裕福な庶民というわけでございます。

 基本的に出席なさるのは御夫人方ばかりで、たまにその娘なども顔見せに出て来られます。

 上る話題は、女の話でありますから、服飾や装飾品の流行、あるいは色恋沙汰の醜聞に喜劇、そして、旦那の悪口と、内容には事欠きません。

 私は独り身でありますから伴侶の話題が出ますと居ずらくはなりますが、それを狙ってわざと話を振って来る方もおられます。まあ、その辺りで意地悪をされてしまいますが、私は特に気にもかけずに流してしまいます。

 情報収集の場と割り切っておりますので、その程度の嫌がらせでへそを曲げるのは、それこそ損失でございます。最初から最後まで居座って、余すことなく情報を仕入れる。嫌がらせなどは、入場料と思えば安いものです。

 とはいえ、場慣れしていない者を虐めるのはあまり関心いたしませんので、そうした方への配慮は極力いたしております。居心地悪そうな方に話しかけ、不安あるいは不快感を消し去り、それを縁として後々の布石とする、そういう下心を抱えています。

 そして、その日は一人の夫人、というより少女と言ってもいい方と話しておりました。


「ロッチャーダ夫人、ご気分が優れぬようでありますが、お加減は大丈夫ですかな?」


 声を掛けましたのはロッチャーダ市長の夫人ヴィニス様です。齢にしてまだ十四歳でありますが、すでに既婚の身。まあ、伴侶でありますロッチャーダ市長はすでに五十も半ばを過ぎられる年で、年の差を考えますと、祖父と孫娘くらいになりましょうか。

 四十以上の年の差婚、もちろん政略結婚でございます。貴族や富豪、名士の家に名を連ねます者は自由に恋愛することなど難しく、結婚相手は親や家門の主が勝手に決めて、見も知らぬ男女が婚儀を結ぶこともよくある話でございます。

 ロッチャーダ市長は年近い御夫人とご結婚なさっておいででしたが、病で死別してしまいまして、独り身となっておりました。そこへ若い娘との再婚話が持ち上がってのでございます。

 ヴィニス様は国一番の大富豪パリチィ家の一族に名を連ねておりまして、勢力拡大の一環としてロッチャーダ市長に嫁いできたのです。ロッチャーダ市長は自身の子息よりも年若い娘との再婚に当初は戸惑っていましたが、パリチィ家との良好な関係を維持するため、この話を受けたのでございます。


「あ、イノテア様・・・、その、気分が優れぬと言いますか、どうもこういう席が苦手でして」


「ああ、そういうことでございましたか」


 目の前の少女とはそれほど付き合いがあるわけでなく、顔見知りになったのも結婚以降の話。それまでは趣味の刺繡や読書をして過ごされるばかりで、こうした席に出ることもなかったようでございます。

 しかし、市長夫人となった今は、その状況が一変。慣れぬ社交の場に駆り出され、それ相応の振る舞いが求められる。普段一人で過ごされていたその身では、周囲の変化に戸惑うのも当然でしょうか。

 ですが、それは表面的なことだと、すぐに私は勘づきました。今少し深く調べてみようと考えまして、歓談の合間合間に指を少女の肌にそれとなく滑らせました。触れ合った相手から情報を抜き取る《全てを見通す鑑定眼ヴァルタジオーネ・コンプレータ》という魔術、なかなか便利でございますよ。

 そして、目の前の少女が“愛”に飢えているのだと知り得ました。

 ロッチャーダ市長は大変優秀な方です。貴族の持つ特権的な不入権を侵すことなく、方々で発生する問題事を巧みに調停し、庶民の間にも積極的に関わって、どちらの側からも評判は上々。

 ちなみに、我が町の市長は貴族や名士等が推挙して、それを国王陛下が直々に任命される形式をとっております。そのため、市長は常にそうした方々の顔色を窺っており、なかなか思うように市政を動かせないのでありますが、今の市長は前例が見当たらぬほどに別格な御仁。どの派閥や勢力も自陣営に取り込まんと親しくお付き合いしております。

 そんな身の上でありますから、市長の日々の職務は激務も激務。朝も早くに出掛けられ、夜遅くに帰って来てはすぐに眠りに入る。

 つまり、孫ほど離れた新妻を、まったく相手してやれていないということでございます。

 一方のヴィニス様は孤独の中に埋もれております。いきなりの婚儀から実家を離れ、しかも結婚相手は年の大きく離れた相手。挙げ句、戸籍上は“年上の息子”までいるのでありますから、孤独と困惑に拍車がかかってございます。

 市長を始め、嫁ぎ先の方々は名家の令嬢ということもあって丁重に扱ってくれていますが、どこかよそよそしいとヴィニス様は感じられているご様子。

 大事にはされているが、愛されてはいない、それゆえの悩みということでございます。

 おまけに、市長は結婚してからというもの、新妻とまだ床入りされていないということ。仕事にかまけて“夫”としての義務を放棄しているのです。ヴィニス様の年齢を考えますと、そろそろ色恋沙汰に目覚められ、燃え上がる情熱か、はたまた淡くも揺れる恋心か、そういう感情が出てくるでありましょう。

 しかし、夫は四十も年上で、しかも仕事が忙しくて相手もしてくれない。こんな生活がずっと続くと考えますと、十四の身の上では気が滅入るでありましょう。

 ですが、これは私にとっては好機。市長夫人と仲良くなれば、市長と懇意になることもできましょう。忙しくて交流の場を設けれなかった市長との付き合い、悪くはございませんわ。

 私は言葉巧みにヴィニス様を社交場サロンの別室に招きました。大広間で歓談をするのが社交の場でございますが、少人数で白熱した議論を交わす際にはこうした小部屋が利用されます。まあ、聞かれて困る密談にも使われますが。

 そして、今はまさに後者の方でございます。

 席に着いたヴィニス様の後ろに私は立ち、御髪おぐしに身に付けた装飾品を外し、下ろしました。通常、年若い娘は髪を下ろし、既婚者になると結い上げるのが我が国の一般的な女性の装いでございます。そのため、ある程度の年齢を重ねた女性が髪を下ろした姿で人前に出てきますと、一目で素性がばれてしまうのでございます。“行き遅れ”か、あるいは“娼婦”だということが。そうした事情がございますので、私は改まった席やあるいはお客様からの要望がない限りは、髪を下ろして過ごしております。

 娼婦であることに誇りと矜持を持っておりますので、私は他人の目など気にはしませんが、他の女性はそう思っている方が少なく、人前で髪を下ろすのを恥と考える方が多くいます。

 実際、ヴィニス様は驚かれたご様子で、目を丸くしておりました。

 そんな少女を私は優しく頭を撫で、艶やかな髪に指を滑らせました。


「ロッチャーダ夫人・・・、いえ、ヴィニス様、ここには誰もおりません。魔女はいますが、喋りかけれれば返事をする置物と思ってください。肩の力を抜き、溜まった物を吐露なさい。私でよければお伺い致しますわ」


 そこからは決壊した堤防のごとく、感情が溢れてまいりました。不安と不満が入り混じり、何をどうすればいいのか分からぬ日々。嫁いだと申せど、その扱いは新たな家族というよりかは、丁重にもてなす客人扱い。

 どこか居心地のいい居場所を求めど、“夫人”の肩書が邪魔をして、なかなか自由に動くことすらできない。

 仕事で顔を合わすことさえ少ない夫、どう接してよいか分からない年上の息子、まあ、十四の娘には厳しい環境でございますわね。

 そうなってきますと、下心よりも同情心が勝って参りまして、優しく髪を梳き、柔肌を解きほぐしながら親身に話を聴き入りました。

 そうこうしているうちに時間が過ぎてまいりました。ヴィニス様の髪を結いあげて、装飾品も元に戻し、人前に出れる姿に仕上げました。


「ヴィニス様、名残惜しくはございますが、本日はこれまでにございます」


 市長夫人に対してはいささか礼を欠く行為でございましたが、孤独な少女を慰める方がよいと考え、少しばかり羽目を外してしまいましたが、特段怒ってはいないご様子。


「あの・・・、イノテア様」


「ヌイヴェルとお呼び下さい。私もヴィニス様とお呼びいたしておりますから」


 さすがに、人前で馴れ馴れしく名前をお呼びするわけには参りませんが、人目を気にしないこうした場所でならば問題はありません。親しみを込めて接するのには、やはり家名などではなく、お互いの名前で呼び合うのが一番でございますから。


「では・・・、ヌイヴェル様、またお会いしてもよろしいでしょうか?」


「はい、こうした場にはよく顔だしますので、またお会いいたしましょう」


 こうして、年の差で言えば親子ほども離れた娘御と親しくなりまして、後々の布石に繋げていくのでありますが、これが思いもよらぬ結果を呼び起こすのでした。



               ***



 その日は働いております娼館にて、書類仕事に追われておりました。私も齢を三十を数え、いつまで娼婦を続けれるかという年でございます。表の華やかな仕事は後進に譲り、こうした裏方の仕事をやる日が来るでしょう。

 まあ、今日のはそのための予行演習だとでも思っておけと、娼館の支配人でもある大叔父に種類仕事を押し付けられたというのが正しいのでありますが。

 そうして仕事が一段落して、豆茶カッファを楽しんでおりますと、執務室の扉が叩かれました。こちらの返事を待たずにササっと入って参りましたのは、私と同じく娼館で働いておりますジュリエッタでございました。私の師である祖母の教育を受けた者で、私にとっては妹のようなものでございます。


「ヴェル姉様、お手紙が届いておりますよ」


 封書をヒラヒラさせながら、机の前までジュリエッタが歩み寄って参りました。


「どちら様からの手紙?」


「ええっと、ヴィニス=ロッチャーダって書いてあるから、市長夫人からですね」


 ヴィニス様とはあれからも何度か顔を合わせることがございました。週に一度くらいは何かしらの集まりで出会っては他愛無い話で談笑しておりました。

 まあ、最近は本職や“裏仕事”に加え、男爵家の領地の仕事も入ったりと、多忙を極めておりました。昼食会や他の行事も欠席続きで、ここしばらくは顔を合わせる機会がありませんでした。


「ヴィニス夫人とは最近、会っていませんでしたからね。色々と仕事が重なって。先方には今度お会いする時には、何か良き品でも用意いたしましょう」


「お姉様の営業もマメですよね」


「あなたもそのうち分かりますよ。放っておいても客が付いて、縁故が広がるのも若い内だけ。小さなことでも積み重ねておくことで、縁という糸を伸ばしていくのです。手札を増やしておくのに、損ということはありませんよ」


 私は手紙を受け取りまして、送り主の名前を確認し、その顔を思い浮かべました。寂しい思いをなさっている一人の夫人、少女と呼んでも差し支えないその籠の鳥を、少しでも元気づけれるよう思案をしていると、妙なことに気付きました。


「宛名が・・・、ない? あ、魔女って書いてあるわね」


「しかも、愛しの魔女様へ、だって」


 この娼館で魔女と呼ばれているのは私一人。つまり、この手紙は私宛なのは間違いありません。妙な枕詞が気になりますが。

 さてさて、どんな用件で手紙を出してきたのかと、封書を開封して中身を確認しますと、以下のように書かれておりました。



                ***




窓より入る月明り 不安な私を包み込む



静かに開くその扉 きしむ音色に胸跳ねる



あなたの笑みが眩しくて 私は顔を赤らめる



白く輝くその手指てゆび くしの代わりに髪を



腰に回したその腕で 抱き寄せられるこの体



今この時だけ大胆に 小さな胸を押し当てる



思慕に心を燃えさせて 私はそっと目を閉じる



口と口とが触れ合って 舌と舌とが絡み合う



今の今までこのような 口づけなどは覚え無し



愛に溺れしこの身では 支えなしでは生きられぬ



そしてあなたは手を放し 私は後ろに倒れ込む



投げ出されしはこの体 しとねがふわり受け止める



あなたは覆いかぶさって 指が衣服に滑り込む



その手は肌を滑り落ち 裸を知ろうと撫で回す



巧みな手管に抗えず 真弓のように反り返る



あるいは肌を振るわせて 乱れる寝床は波のよう



身じろぐ私に微笑んで 登りて下りる熱い股



はだけた衣服が剝ぎ取られ 心も同じく盗まれた



赤い瞳が見つめるは よがりて狂うこの私



魔女の魔術に捕まって あなたのとりこと成り果てた



気付いた時には日が昇り 小鳥さえずる朝が来た



昇る朝日は輝いて 魔女の瞳を見てるよう



あなたの姿は消え去って さながら夢か幻か



それでも魔女はここにいた 乱れた臥布がその(あかし)



これはそのまま置いておく 体形からだかたちを記憶して 



乱れた御髪おぐしもそのままに 手の感触が消えぬよう



今日は風呂にも入るまい 愛撫の触りが消えぬよう



紅も塗らずにそのままに あの温もりが失せぬよう



部屋の扉も閉めたまま あの思い出が飛ばぬよう



昨夜の思い出この胸に 寝床が私を(いざな)って



横になりては香り行く その残り香が鼻をつく



夢見心地のこの時を ずっと続けと乞い願う



このまま鳥になりまして あなたの側へ飛び立つわ



しかし私は籠の中 羽ばたくことは夢の夢



言い表せず口下手で 思い綴りて筆を取る



そんな私が好きなのは この世に一人あなたです




               ***



「恋文ぃ・・・、でしょうかね? しかも、艶事てんこ盛り」


 固まる私にジュリエッタが横から覗き込むように話しかけた参りました。ハッと正気に戻った私は、もう一度手紙を読みましたが、もちろん内容は変わりません。頭がますます混乱してまいりました。


「さすがです、ヴェル姉様。市長夫人を完璧に篭絡できましたわね」


「・・・薬が効き過ぎましたか、これは」


 十四歳の少女の妄想力を侮っておりました。


「ちなみに、ヴェル姉様、手紙の内容は事実ですか?」


「ほぼ虚構です。大半は妄想の産物」


「ほぼ、ということは、一部はやっている、と」


 まあ、確かに情報収集のために多少の肌の触れ合いはしましたが、相手の肌を軽く擦る程度の手や指を滑らせた程度ですが。


「あぁ~、これはあれですね。寂しい思いをしている自分に突然、親身になって優しく接してくれる人が現れて、幾度も楽しいひとときを過ごす。しかし、突然の音信不通。肌の温もりが忘れられず、今まで以上に不安と寂しさに締め付けられ、とうとう筆を手に取って手紙を書いた、と。しかも、艶事たっぷりのやつを」


「・・・私にどうしろと?」


「手紙の内容を現実のものにするべきです」


 他人事だと思って、ジュリエッタは簡単に言ってくるものです。まあ、体の構造は男も女も熟知しておりますからやってやれなくもないですが、私はごく普通に殿方と睦み合いたいのです。


「今度お会いしたときには、どうにかごまかす算段でもしておかねばなりませんね」


「えぇ~、つまらないなぁ」


 文句を垂れるジュリエッタを無視しまして、手紙は封書に戻して見なかったことにし、杯に残っておりました豆茶カッファを飲み干しました。

 そして、再び扉が叩かれ、入ってきましたのは一人の老紳士。私の大叔父でありますルバンお爺様でございました。この娼館の支配人でもあります。


「お帰りなさいませ、支配人」


「うむ。それより、ヌイヴェルよ、急な話で済まぬが、急遽予約が入った。おそらく上得意となるであろう上客だ。しっかり励め」


 この娼館は高級娼館を謳っておりまして、完璧なおもてなしをするために準備に余念がなく、そのため“完全予約制”を通しております。この完全予約制に加えて高い料金設定、普通の客はまず寄り付かず、実質“一見様お断り”状態になっております。

 では、新規の客はどうやって当館に来るのかというと、別のお客様よりの紹介という形で来店するのでございます。例えば、ジュリエッタの上得意でありますリグル男爵様は、私にとっての常連でございますジェノヴェーゼ公爵閣下と一緒にお越しになられたのが、初来店でございました。

 そして、もう一つ抜け穴がございまして、支配人でありますルバンお爺様に直接予約のお願いをするのでございます。店に所属する娼婦の予約は全て頭の中にはいっておりますので、お爺様に頼めば都合を付けてもらえるのです。

 しかし、今回はさらに別格。当日予約は準備の点から受けないのが常なのですが、それでも今日の案件に限っては珍しく受けたということ。余程の逃したくない御仁が現れたのでありましょう。


「かしこまりました。すぐに準備に取り掛かります。ときに、どちらの御仁がやって来られるのでありましょうか?」


「市長夫人だ」


 言葉の意味を理解するのに時間を要しました。そして、意味を理解した時、頭の中は混乱して大爆発を起こしました。


「・・・はい?」


「だから、市長夫人が今夜の客だと言っただろう?」


「冗談でもなんでもなく!?」


「当然だ。仕事のことでは、嘘も冗談もなしだ」


 どうやら本当のようでございます。急遽入れられた予約の客は、なんとヴィニス様だというではありませんか。


「ど、どうしてこうなった・・・」


「そりゃあ、ヴェル姉様が魅力的だからですよ。同性でさえも虜にするヴェル姉様の話術と手管、さすがですわ!」


 気楽に言ってくれますわね、ジュリエッタ。そのうち、面倒な客を宛がって差し上げますから、覚悟なさいよ。


「先程の手紙は、まさかの前振りだったと!?」


「手紙? ああ、そうだ。市長から手紙を預かっていたのだ」


 そう言うと、お爺様は懐から手紙を取り出して、私に差し出しました。私はそれを受け取ると急いで開封し、中身を確認いたしました。


『ヌイヴェル殿へ。寂しい思いをさせてしまっているに妻に、何かと寄り添って慰めてくれていると聞き及んでおります。こう言うのもなんですが、成り行きで結婚してしまったとは言え、幼い妻を持て余しておりました。大事には扱っているのですが、夫としての義務も、家族としての憩いの時間も持てぬ多忙な身の上を悩んでおりました。家の者に聞き及ぶところ、妻は最近、恋愛物の本を読み漁り、その都度ため息を吐いているのだとか。我が不徳の至りであると痛感しております。先頃、久々に妻と食事をする時間を持つことができ、何か用立てるものはないかと尋ねたところ、とにかくあなたにお会いしたいとの懇願をされました。急な話ではございますが、ささやかな妻の願いを叶えるべく、なにとぞ“一肌脱いで”いただくようお願い申し上げます』


 文体は重いのに、妙に楽しげな雰囲気すら漂わせるこの手紙。市長は絶対にウキウキ気分で筆を進ませたのでございましょう。


「押し付けられた!?」


「任されたと言わんか、馬鹿者」


 物は言いようでございますわね、お爺様。どう考えましても、持て余していた妻の、気分転換に私を使おうという腹積もりではありませんか。


「ですが、本当によろしいのですか? 市長夫人を“客”として招いても」


「客は男であらねばならない、などという規則はどこにもないぞ」


 それもそうでございました。まあ、娼館に女が客として来るなど前代未聞でございますし、妙な前例が出来上がりそうでございます。


「ちなみに、予約の取り消しは・・・」


「できんぞ。前金で全額支払ってもらっている」


 逃げ出すことはできません。すでに退路は断たれました。今宵は籠の中の鳥と一夜の逢瀬を営むことになりそうです。こんな悩ましいのは、始めて客を取った時以来でございます。


「ヌイヴェル、迷っておるようだが、誠心誠意おもてなししろ。部屋の中で夢の世界へ誘うのが娼婦たるお前の務めだ」


「心得ております」


 ああ、そうでございました。この年になって基本を忘れるなどもっての外でございます。どなたが客であろうとも、おもてなしするのが娼婦たる私の務めでありました。


「それに、だ。ヌイヴェル、イノテア家の家訓を言ってみろ」


「男は土地を耕し、物を採れ。女は糸を紡ぎ、銭を釣れ」


「そうだ。お前は縁という糸を紡ぎ、そして、金づるが釣れたのだ。これを喜ばずにどうするのというのだ?」


 仰る通りでございました。単に股座またぐらぶつがついていないだけで、金を落とす者は誰であろうと客は客。しっかりともてなさねば、不作法にも程があります。


「そうですよ、ヴェル姉様。相手は市長ですよ、市長! こんな上客、なかなかいませんよ」


「正確には、その夫人じゃがな」


「お財布は市長名義ですから、意味は同じですよ」


 相変わらずジュリエッタめ、現金な性格をしてますわね。まあ、確かにお代は市長の方から払われておりますから、あながち間違いとは言えませんが。

 よくよく考え得てみれば、一連の動きは成功でありましたわね。夫人と仲良くなる、市長との縁ができる、美味しい話をいただく、この下心が達成されたわけでありますから。

 もっとも、予想とは大きく外れた奇妙な仕事を引き受けることにはなりましたが、これもまた縁というものなのでしょうか。あるいは愛の天使アモールがイタズラ心を呼び起こし、女同士の心に矢を撃ち込んだのかもしれません。

 こうして私はこの仕事で初めて“女”の客を取ることになったのでございます。具合が良かったのか、常連になったのは、いささか複雑な心境ではありますが。

 ですが、私の本分はあくまで娼婦。部屋の中では、お客様にひとときの安らぎと楽しみを与えることを、至上の喜びとする者でございます。例え、やって来たのが女性の客であろうとも、変わることなどありません。

 さて、次なるお客様はどのような方でありましょうか。 

少々、実験的な要素を盛り込んでみました。


R指定の境界として、まあこれくらいならokだろうと。


ほら、我が国最初のエロ小説である『源氏物語』も教科書に載るんだし、雅な感じでごまかしちゃえばいいじゃん、と韻を踏んだ詩文を書いてみました。


でも、やっぱ難しいわ~。一応、七五調で合わせてはみたんですが、普段小説しか書いてないんで、韻を踏むのがなかなかに難しい。


まだまだ研鑽せねばなりませんわ。


(-ω-;)ウーン

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― 新着の感想 ―
[一言] 下世話な表現だと、百合ですか~ これもまた俺には書けないわ。恐れ入りました。
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