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第十四話 あらゆる女性が欲するもの

 どうも皆さま、初めてお会いする方は初めまして。以前にお目にかかられた方は、お久しぶりです。ヌイヴェルでございます。

 私は高級娼婦を生業としておりまして、いわゆる上流階級の皆様方に寄生して生きている女吸血鬼でございます。皮肉めいた自己紹介となりましたが、実際のところ、私は魔術を行使できる魔女なのでございます。

 どのような魔術なのかと申しますと、触れ合った相手から情報を抜き取る《全てを見通す鑑定眼ヴァルタジオーネ・コンプレータ》という魔術でございまして、触れ合う肌や時間が長ければ長いほど抜き取れる情報も多くなってまいります。

 しかも、相手からは抜き取られないという防諜まで備わっておりまして、《永続的隠匿オクルタメント・ペレマメンテ》という情報遮断の魔術まで身に付けてしまいました。つまり、私は自身の手の届く範囲ではございますが、身近におられる方々から断りもなく気付かれることもなく情報を吸い上げてしまうのです。

 魔女にして、吸血鬼。ああ、なんと罪深い存在なのでしょうか。神様、ああ、今日も罪深い私をお許しくださいませ。

 さて、皆様、もし神様が目の前に現れて、「汝が欲するものを一つ叶えてやろう。いかなる物でも事象でも可とする」と述べられましたらば、いかなるお願い事を頼まれますか?

 十人十色という言葉がございますように、人の願いという形は、人の数だけ存在するものでありましょう。

 私も欲しいものはたくさんございます。金銀財宝の山、おとぎ話に出てくるような大きなお城にかしずく従者や侍女達、いかなる危機をも助けてくれる騎士、そして、素敵な伴侶、挙げていけば切りがございません。

 なにしろ、私は業突張りな魔女なのですから。一つ選べなどと言われましても、それだけで幾日も悩み通すことでありましょう。

 まあ、願い事の数を増やせなどというズルはいたしませんが。

 そんな悩ましい女性の願い事について、今宵はお話しすることといたしましょう。



                 ***



 ある日のことでございました。知己の貴公子が私の邸宅に訪ねて参りました。いつもは悠然と、それでいて隙など一切見せぬ御仁でありますが、その日だけは血相を変えておりました。


「ヌイヴェル殿、是非にもご助力願いたい」


 そう申してきましたのはアルベルト様。我が国でも一、二を争うほどの大貴族ジェノヴェーゼ公爵家の方で、現当主フェルディナンド様の異母弟にあたられる方でございます。

 普段はこうも慌てた雰囲気など出さない方なのですが、余程の難事が降りかかって参ったのでしょう。まあ、そんなことをこちらに振られましても、たかが一娼婦の身の上では困るのでありますが。


「何やら大いに慌てられているご様子。公爵閣下になにかございましたか?」


「あ、いや、今回は公爵家の関係ではない。私個人を助けてほしいのだ」


「アルベルト様ご自身を、でございますか」


 これまた珍しい。アルベルト様が動かれるのは、ほぼ間違いなく公爵家の絡んだ案件でございます。なにしろ、アルベルト様は公爵家の“暗部”に触れておられる方。公爵家に仇成す存在を闇に葬る“裏仕事”をなさっておいでなのです。

 私も時折、その手伝いを頼まれ、一方的に巻き込まれたりもするのでございますが、“上がり”も中々のものでございますので、一方的な迷惑というほどのことはございません。ちゃんと相応の対価をお支払いいただけるのでしたらば、大抵のことは引き受けるのが我が信条にございます。


「先日のことだ。所用に隣町に行って、その帰り道、賊に襲われた」


「いつものことではございませんか」


 アルベルト様は日の当たるところではございませんが、方々でご活躍の方。“消して”しまいたいと思われる方も多く、活躍の度合いに応じて恨みも買ってございます。刺客を消すために刺客を放つ、まさに暗闘という言葉が当てはまる事象でございます。


「まあ、それ自体はさして問題はない。森の木陰から次々と刺客が飛び出してきたが、まあ、ざっと二十名ほど森に“還して”やったわ」


 強い。相変わらず強すぎますわよ、アルベルト様。アルベルト様を始末するのでありますから、相手方もそれ相応の手練れを用意したのでありましょうが、それを返り討ちにされてしまうとは。

 なにしろ、アルベルト様は強力な魔術の使い手。その名も《腐食する黒い手シコロードノ・マニネーレ》。その効果は『黒い手に触れた物は空気と植物以外のすべてを腐食させる』というものです。鉄を掴めばたちまち錆に覆われ、人を掴めば壊死させる。とんでもない攻撃的な術でございます。

 アルベルト様の鍛え上げられた肉体に加え、この術が合わされば怖いものなし。剣や槍で襲い掛かってきましても、たちまちそれは腐食させられ使い物にならなくなり、固い鎧も触れればボロボロになってしまいます。

 まあ、私でしたらば、木剣と木盾で武装した者を集め、殴打で攻撃いたします。ただ、それだとアルベルト様の体術の方で対処されてしまうでしょうが、やはり一筋縄ではいきません。


「問題はその後なのだ。バカ者共を片付けて、さて帰ろうかとしたところで、森の中から漆黒の甲冑に身を包んだ者が現れたのだ。刺客共の親玉かと判断し、どんな面構えをしているのかと、鎧兜を潰して中身を出してやろうと掴みかかった。だが、その鎧は何の変化もなかったのだ」


「なんですと!?」


 話を聞いて、私は驚きました。アルベルト様の術式は強力で、今まで通用しなかったなどという話は聞いたことがなかったからであります。

 にもかかわらず通じなかったということは、その鎧の材質が術の適応外であります植物由来の材質であったのか、もしくは術そのものが通用しなかったか、そのいずれかでありましょう。


「その甲冑が植物性であったのでは?」


「それはない。触れた感触は、間違いなく金属のそれ。肌ざわりからひんやりとした感じまで、間違いなくなんらかの金属であったわ」


「邪を払うと伝わる精霊銀ミスリルか、あるいは不滅の金属とも伝わります不変鋼オリハルコンか、そういうことでありましょうか。どのみち、そんな金属はおとぎ話の中だけのお話」


 などと言葉にしましたが、そんなことはありません。伝説でのみ伝わる話が、あるいは真実であるなどということは往々にしてあるもの。なにしろ、我が家のお抱え医師は賢者の石エリクシャーをそのうち錬成することができるようになるのですから。

 ならば、アルベルト様が使う術を防ぐ金属や、あるいは防ぐ魔術が存在しても不思議ではありません。


「そしてな、呪いをかけられたのだ。甲冑野郎が私の心臓に指先を当て、何かを注ぎ込まれた感じであった。そして、こう告げられた。『お前はあと十日で死を迎えることになる』と」


「残念ですが、私は魔女と申せど、解呪の心得はございませんよ」


 私の魔術はあくまで“情報”に関すること。情報を盗み、盗ませぬ術であります。

 あるいは、その呪いをかけた主に触れれば、呪いの正体を見破り、解呪の手助けができるやもしれませんが、アルベルト様ですら軽くあしらわれる方。甲冑を脱がせて、中身の情報を取り出すなど、私には不可能でございますよ。


「私も狼狽したが、術を防がれた手前といい、それが事実だと覚悟した。ああ、十日の内に死んでしまうのか、とな。だが、そんな覚悟を決めた私に、相手はさらにこう告げてきた。『今からお前に謎かけをしてやる。その答えを持ってきたらば、呪いは解いてやろう』と」


 随分とお優しい死神でありますこと。私は思わず笑ってしまいました。


「なんと申しますか、私が思いますに、森にお住いの悪霊が自身の領域内で暴れ回った者への懲罰として、あるいは退屈しのぎに、そのようなことをなさったのではありませんか?」


「なるほど。ヌイヴェル殿の言も一理あるな。魔術を行使する身として、森の恐ろしさを軽視していたな。これは反省せねば」


 この世とあの世の境に冥河ステュルクがありますように、人の住まう平野とその領域外の森には一種の境界がございます。差し込む光が違いますように、森はより幽世かくりよに近しい場所。ひょんなことから、あちら側に引き込まれることもありましょう。

 私も以前、森で迷子になり、吸血鬼ヴァンピーロの屋敷に招かれたこともございます。今回もまた、その類なのでありましょうか。


「アルベルト様、反省できるのは生きる人間にのみ与えられた権利。呪いを解かねば、反省の意味を成しませんよ」


「その通りだ。だから、こうして訪ねてきたのだ」


 なるほど。つまり、その謎かけとやらの答えを求めて、私の下へやって来たというわけですか。まあ、私もそれなりに知恵の回ります身。答え出しの助力くらいはできるやもしれません。


「して、謎かけとはどのようなものでしょうか?」


「うむ。相手の出してきた謎かけはこうだ。『あらゆる女性が最も求めるものとは何か?』だ」


 これは難問でありますわね。死神様も相当な意地悪でございます。この謎かけ、“童貞”のアルベルト様にはかなりきついものでございましょう。


「それで、アルベルト様はいかがいたしました?」


「答えが分からないから、あちこち女性に尋ねてみた。道行く女性から、知己の御婦人やら令嬢やら、とにかく片っ端にな」


 行動自体は間違っておりません。分からないなら誰かに聞く。当然の行動でありましょう。


「して、皆様の回答は?」


「全員バラバラ。十人十色、千差万別、返って来る答えがもう多種多様。“あらゆる女性”という点が全然当てはまらぬのだ」


「まあ、そうでありましょうな」


 人の数だけ欲望がございます。それを定まった共通の形にせよなど、無理難題にも程があります。これは確かに、難解な謎かけでございます。


「ある女性は『見せびらかしたいから大きな宝石が欲しい』とか、別の女性は『一度でいいから大きなお城に住んでお姫様みたいに暮らしたい』だとか、あるいは『世界中の美味しい物を食べたい』だとか、『私だけの素敵な殿方と結婚したい』だとか、もう欲望むき出しの答えばかり。しかも、どれもこれも一つとして定まったものはない」


「欲望に忠実、という一点のみ、整っておりますわね」


「いやはやまったく、その通り。一番好感の持てる回答としましては、『幼き日に亡くなった父に会いたい。そして、できなかった孝行をしたい』と」


 なるほど、それは確かに好感の持てる回答でございます。しかし、謎かけの“あらゆる女性”が欲する物とは違います。

 欲望の先に答えはない。ならばと発想を逆転。欲しいものではなく、女性が“持っていないもの”は何かという考え方で、思考を進めていきました。

 そして、あることに気付きました。


「・・・あ、分かった」


「なんと!」


 思わず漏れ出た私の声に反応し、アルベルト様が身を乗り出して参りました。まあ、ご自身の御命がかかっております問題ですので、答えは是が非でも得たいのでありましょう。

 当然、私はそこに付け込みます。なにしろ、私は業突張りな魔女。そして、目の前におりますのは何かと私を厄介事に巻き込む御仁。上から目線で相手に要求できるまたとない機会。

 この童貞の貴公子に跨りますのもまた一興。これほどの荒馬を乗りこなすのも面白そうでございますわね。楽しいお馬さん遊びになりそうでございます。


「ぜ、是非にもご教授願いたい」


「嫌でございます」


 きっぱりとお断りいたしました。すんなり答えを教えてしまっては、交渉になりませんので。こちらには用のない品であろうとも、相手にとっては是が非でも欲しい品。存分に焦らして、値を釣り上げるのが商人としては正しい行いでございます。


「ぬ、ヌイヴェル殿、私に死ねと!?」


「さすがにそこまでは申しませぬ。ただ、あっさりと答えを知ってしまっては、出題者に失礼でありましょう。ですから、期日となります十日目の朝まで、答えをお出しするのは控えさせていただきます。期日が迫りましたら、しかと教えますので、その点は確約いたしましょう。ただ、それまではしっかりと悩み抜き、回答を自力でお探しください。あるいは、私以外に答えに気付く方がおられるやもしれません」


「むむむ・・・」


 アルベルト様が悩ましい顔になってございます。ああ、なんと心地よいことでありましょうか。普段のすまし顔からは想像できぬ苦悶に満ちた表情。貴公子なれば、憂う顔もまた魅力的でありますわよ。


「分かった。ならば、それまでに何としてでも探して参ろう。どうしても答えを得ることができなかったらば、魔女の知恵に縋らせてもらう」


「承りました。では、十日目の朝にまたお会いいたしましょう。まあ、魔女に頼らずとも、解決するのが一番でありましょうが」


 私は席を立ち、アルベルト様に一礼をして、お帰りいただくよう促しました。アルベルト様も意を決されましたのか、立ち上がり、一度頷いてから背を向けました。


「ああ、一つだけございます。もし、私の知恵を借りられるのでありましたらば、いかほどの報酬をいただけるのでありましょうか?」


 これは最重要なことでございますよ、アルベルト様。下手な額を提示して、私の機嫌を損ねてしまうこともありますので、存分にお悩み下さい。


「私の命に関わる事であるからな。私にできる事であれば何でもするぞ」


「ん? 今、何でもすると仰いましたか?」


 こちらとしましては、願ってもない手札が切られて参りました。まあ、命に関わりますことですので、焦る気持ちも分からなくもございませぬが、魔女相手にその提案は悪手でございますよ。


「まあ、そこまでしていただく必要はございませんわ。どんなものをご用意いたしますかは、アルベルト様の“好きなように”なさいませ」


「怖いなあ、魔女の言うところの“好きなように”とは」


「フフッ。では、期日にお会いいたしましょう。解決できますことを祈っておりますわ」


 などと心にもないことを述べて、アルベルト様をお見送りしました。むしろ、解決しないでください。私を頼ってください。そして、私にあなた様への命令権を譲渡してくださいませ。

 ああ、期日が待ち遠しいですわ。



               ***



 そして、期日の朝がやって参りました。その日の夕刻までに答えを持って呪いの主に会わねば、アルベルト様が呪い殺されてしまいます運命の日でございます。

 はてさてどうなるかと考えておりますと、早速来客がございました。もちろん、やって来ましたのはアルベルト様。必死で答えを求め、あちこちを探し回り、悩んだことでございましょうか。少しやつれてございました。


「ヌイヴェル殿、降参だ。結局、“これだ!”と確証を持てる答えを得ることはできなかった」


「そうでありましょう。おそらく、この国であの答えに行きつける思考を持つ女性は、私だけでございましょうから」


 私は用意しておりました封書をアルベルト様に差し出しました。


「それが答えにございます。もし、アルベルト様のお気に召す回答が得られなければ、すぐにでもその“黒い手”で私を絞め殺しても構いません」


 アルベルト様は封書を開けまして、中より紙切れを一枚取り出しました。そこには例の謎かけに対する答えが書かれておりまして、それを見るなり、アルベルト様は目を丸くしました。そして、ゆっくりと私の方に視線を移し、最後にこれでもかというほどの大声で笑われました。


「これは参った! ああ、こんな答えがあろうとは! 確かに、この答えはヌイヴェル殿にしか出せぬ答えであったわ!」


「ご納得いただけましたか?」


「ああ、納得したとも! 数多くの女性に聞いて回ったが、これに勝る説得力ある答えはなかった」


 どうやら私の用意いたしました回答に満足なさったご様子で、紙を再び封書に入れて、それを懐にしまわれてしまいました。


「ヌイヴェル殿、ご助言感謝する。仮にこれが間違いだとしても、これ以上の納得できる答えがなかった以上、私も腹を決めたぞ。これを持って、あやつの所へ行こう」


「左様でございますか。御武運をお祈りいたします」


 戦場に赴く騎士を見送る貴婦人とは、このような感情なのでありましょうか。まあ、答えの知れた謎解きの回答に出向くだけでありましょうから、大丈夫でありましょう。


「ならば、明日の昼にでもまたお会いいたしましょう。明日は安息日ゆえ、朝の礼拝に教会に出向きましたる後は時間が空いておりますので、のんびりとアルベルト様の武勇譚でもお聞かせ願いましょう」


「うむ。では、行ってくるぞ。凱旋の祝宴でも開いてくれると嬉しいのだがな」


「かしこまりました。良き酒と料理をご用意いたして、無事の帰還をお待ちしております」


 私が恭しく頭を下げて送り出しますと、アルベルト様は意気揚々と部屋を出ていかれました。

 まあ、魔女の入れ知恵がある以上、勝利は疑う余地もなし。ささやかではございますが、宴の準備をしておきましょう。



                ***



 こうして翌日、安息日の礼拝を終えて自邸に帰宅しましたところ、アルベルト様がお越しになられておりました。こうして無事な姿を拝見できましたということは、謎かけの答えは私の用意いたしましたもので正解ということでございましょう。

 用意しておきました部屋には、酒と料理が並べられ、ささやかなではありますが、アルベルト様の無事をお祝いする宴でございます。


「どうなるかと思ったが、無事に乗り来られてよかったよ。これもヌイヴェル殿のおかげだ。改めて礼を言わせていただこう」


 席に着きましたアルベルト様は、机を挟んで座りましたる私に頭を下げて参りました。


「お気になさらず。これもまた、私のためでございますから」


 なにしろ、アルベルト様に大きな貸しが一つ、できたのでありますからね。命を代償といたしました貸し、釣り針どころか、返しの有る銛を突き刺したようなものでございます。さてさて、これをどう利用いたしましたものか、悩ましいものでございますわ。


「では、無事を祝して、飲みましょう。掛け声は“アレ”で」


 給仕に命じて酒を注がせ、私とアルベルト様は杯を手に取り、そして、掲げました。


「「自由をリベルタ!」」


 私とアルベルト様の声が部屋に響き、注がれた酒を口に運びました。

 そして、お互いにかけたその言葉こそ、謎かけの“正答”なのでございます。


「“自由”、まさかこれが正答であったとはな。これは考えなんだわ」


「まあ、普通は思い至らぬものでございますよ。私のような好き放題をしていて、且つ相手の気持ちを汲んでやれる女性にしか出せぬ回答でございますから」


 女性には自由な意思など存在しません。ただただ、言いなりになるだけ、というのがよくある話。生まれてからは父に従い、嫁いでからは夫に従い、夫と死別してからは息子に従う。

 親の言われたとおりに躾けられ、親もしくは家門の当主に結婚相手も決められて、それを唯々諾々とするしかないのが女の人生でございます。

 理由は多々ありますが、決定的なのは我が国が強い父権社会で、女性の相続に制限が設けられている点です。特に土地と爵位の相続、継承は禁じられております。

 だからこそ、祖母は完全に割り切って、一族の者に次の言葉を残し、今もそれを家訓としています。


“男は土地を耕し、物を採れ。女は糸を紡ぎ、銭を釣れ”


 土地の管理や運営は相続権を持つ男衆がやり、女は商売にでも精を出して銭を貯めろ、ということです。祖母は文字通りの意味で、“体を張って”大きな蓄財を成し、最終的には自分の息子、私から見れば叔父に男爵位まで就けることに成功いたしました。

 そんなわけで、我がイノテア家では最大の功労者が女性ということで、相続に関することは国法に定められた通りになりますが、家庭内での発言権は女性が強いという状態になっております。

 それを理解しているため、一門の家長たる従弟のディカブリオは私の行動に一切の制限を設けず、好きにさせてくれてます。なにしろ、放っておいた方がどこからともなく稼いでくれて、一門の財が増えていくのですから、首輪を嵌めるような愚かなマネはしないのです。

 他の家ならば、女が大きな顔をするのを嫌い、稼ぎよりも面目優先で、女に好き放題やらせるのを嫌う方も多いですが、祖母の功績でイノテア家はその縛りがございません。

 つまり、私は“自由”になれる材料を備えている稀有な存在というわけです。家長の理解と女性の強い発言力、自分で生活できる財力や仕事、独立独歩の精神や思想、それらをすべて持っているのです。一つでも欠ければ、女性が“自由”でいられないわけです。

 女性が求めていようとも、手にすることができないもの、“自由”。結婚相手も仕事も親の言いなりで、何一つ自分で決めれぬ女性。もし、自由に何でもできるのであれば、それは素晴らしいことでありましょう。

 ですが、自由とはその度合いに応じて“責任”が生じるということ。決意や覚悟を持って挑まねば、自立など叶わぬ願いというわけでございます。

 誰しもが求める自由も、結局は責任を回避するために従属に甘んじる女性の多いこと。

 望みながらも望めぬもの、“自由”とはそういうものなのです。

 しかも、私は貴族と平民の間を行き来できる特殊な立ち位置。状況に応じて立場を使い分け、その場その場で都合のいい方に身を置くのでございます。これもまた、自由を謳歌する秘訣の一つ。

 縛りの薄い平民になったかと思えば、社交場サロンに出入りするために貴族を名乗る。なんとも都合のいい立場ややり方でございます。

 私くらい条件の整った人物はおりませんが、私が好き放題を維持するために、稼ぎをどれほど方々にばら撒いておりましょうか考えれば、安易な自立など口にはできないことでありましょう。もちろん、知恵を磨き、研鑽を怠らぬのも重要でございます。

 自由であることは、なんと難しいことでありましょうか。

 そう、苦難の自由か、安易な隷属か。自由を味わったことのない女性は、自由の味を求めることでありましょう。それが苦難の道と知らぬのですから。


「それゆえに、謎かけの答えは“自由”。好き放題にできる女性はいないのでありますから、望みえぬ願いとして誰しもが心に抱く願望。望みえぬからこそ、言葉として口にするという発想が出ない。本来でしたらば、これは決して正答が見つからないでありましょうね」


「まさにその通り。自由を知るヌイヴェル殿がいたからこそ出た答え」


「まあ、それでも不完全でありますわよ。自由を知っていても、それが全ての女性の願いかどうかはわかりません。私が正答を導き出しましたのは、出題者の意図を汲み取れたからでございます。望みつつも口には出せない願い、そう考えたのでございましょうね」


 相手の機微を読み取り、夢心地の空間を作り出す高級娼婦、なめてもらっては困りますわ。出題者もアルベルト様の近くに私がいたことが不運でございましたわね。


「それにヌイヴェル殿はちゃんと取っ掛かりを述べてくれていたのですな。それに気付かなかったのは、痛恨の極みだが」


「ようやく気付いてくれましたか」


「ああ。前に来た時、最後にこう言ったよな。『好きなようになさいませ』と。あれは“自由”という正答への道標だったというわけですな」


「左様でございます。アルベルト様は上得意でいらっしゃいますから、折角お越しになられましたのに、手ぶらでお帰りいただくのは気が引けましたので」


 それで気付いていただければよかったのですが、さすがに無茶が過ぎましたか。まあ、結果としてアルベルト様の困り顔を拝めたのでよしといたしましょう。


「そうそう。奴が最後に妙なことを吐いて消え去ったな」


「どのような言葉を残していかれましたか?」


「うむ。『この答えをもたらした女性を大切にせよ』だったな」


 おやおや、随分と気の回る死神さんだこと。ですが、その気の回し方では不十分でありますわよ。

それにしても前にお会いした吸血鬼ヴァンピーロのお嬢様もそうでしたが、幽世かくりよにお住まいの方は妙に優しいのでありますわね。


「まあ、ありきたりな捨て台詞ではありませんか。答えが出ない出題がまんまと解かれたのでありますから、解いた者を上げておかねば、身の置き場がございませんわ。ですから、自分を負かした知恵者を丁重に扱えよ、ということでありますわよ」


「ヌイヴェル殿のことは大切に思っているよ。これほどの知恵者、他を探してもおりますまい。懇意にするのは当然のこと。これからも知恵を借りに来ることがあるやもしれぬが、その時はまたお願いいたしますぞ」


 思った通り、アルベルト様は全く理期しておりませんでした。

 死神さんはわざわざ“女性”と言ったのですよ。だというのに、アルベルト様の頭の中ではそれが知恵者に置き換わっております。女性という言葉がすっぽり抜かれております。

 女性を大切にせよ、この言葉の意味を理解していないのは明白。奥手の中の奥手であった従弟のディカブリオでございましたが、苦労の末に結婚までこぎつけましたが、類は友を呼ぶようで、それ以上の朴念仁が目の前におりましたわ。

 これは先が思いやられますわ。

 さて、これにて今宵のお話は終わりといたしましょう。

 自由と責任は天秤のようなもの。責任を重くすれば、それに比して自由は上がっていき、責任を軽くすれば、自由は沈んでいくものでございましょう。

 今の世の中、女性は責任から解放される代わりに自由がない。では、どこまで責任を負い、どこまで自由になりたいか。今は動かぬ天秤をじっと見つめるより他ありません。

 私のように好き勝手出来る方が珍しいのでありますから。その代わりに、浴びる責任は一人で受け止め、問題も自分で解決しておりますわよ。それができるようになったら、いつでも自由を謳歌するがよろしいですわ。

 自由という道を闊歩いたしますお仲間として、歓迎いたしますわ。

 そう、宿木やどりぎのごとく、伸びてまいります。好き放題に絡まり、枝を伸ばして日を求める者。どこまでも自由に大きく高くなりますわよ。

 私は高級娼婦ヌイヴェル。魔女で、女吸血鬼で、神に救いを求めて天を目指す哀れな一本の宿木やどりぎでございます。

 さてさて、次のお客様はどちらの方になるでしょうか。

自由と責任。


自由を求めて、責任を負うか。


責任回避のために、自由を縛るか。


後者を選ぶ人が意外と多いんですよね。なにしろ、あれこれ厄介事を考えずに済みますから。


あるいは一番幸福な人生とは、慈悲深く聡明な主人の下にいる奴隷、なのかもしれません。


もちろん、自由を知る身の上では、自分で考えて行動することに至上の喜びを持っていますけどね。


いざ、フリーダム!

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[一言] あれ? アルベルト殿は報酬を踏み倒されましたかな?
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