第十話 帝王は何処か 後編
前編、中編からの続きです。
そちらからお読みください。
(≧▽≦)
どうも皆様、お待たせいたしました、ヌイヴェルでございます。
さて、場所を陰気な地下からチェンニー伯爵家の邸宅に移しまして、今はアルベルト様に同行しております。現在、この邸宅は事件の調査を名目に立ち入り禁止となっておりまして、関係者以外は立ち入ることができないようになっております。
私が立ち入ることを許されたのは、もちろんアルベルト様のご厚意でございます。探していた鍵の在処を吐かせたのでございますから、当然の役得でありましょう。
従卒の一人が執務室の暖炉を調べ、隙間のあるレンガを見つけました。それい鉄串の先端を引っ掛けましてゆっくりと取り出しますと、レンガの裏側にくぼみがあり、そこに鍵が収まっておりました。
従卒がそれをアルベルト様に差し出しますと、大層喜んで私の方を見つめて参りました。
「ヌイヴェル殿、お手柄だ! これだ、これを探していたのだ」
「アルベルト様、逸る気持ちは分かりますが、ちゃんと開くかどうかの確認が先でございます」
「おお、そうだ、その通りだ。では、早速・・・」
執務室の机の上には、問題の箱がすでに持ち運ばれてございます。あの中に皆が求める“帝王”が眠っておられるのです。
アルベルト様はゆっくりと手にした鍵を鍵穴に差し込み、そして捻る。カチリッ、という音がしまして、どうやら無事に鍵が解除されたようでございます。
「おお、解錠されたようでございますね」
「来た、見た、勝った、さあ帝王よ、その雄姿を拝ませてもらおうか」
私を含めた何人かが見守る中、箱の蓋がゆっくりと開けられていきました。そして、一枚の紙切れがまず目に飛び込んでまいりまして、そこには“思い通りにさせるものか”と乱暴に書きなぐってございました。
「なんだ、これは?」
アルベルト様はその紙きれを掴みますと、その下には問題の装身具が安置されておりました。金銀や宝石を鏤めました見事な一品。その中央には帝王の顔が彫り込まれた水晶がございました。
しかし、これは“探していた”秘宝などではございません。
「アルベルト様、これは偽物にございます! 本物でしたらば、紫水晶に彫り込まれているはずです」
見た目はよくできておりますが、見る者が見ればすぐに分かる贋作でございました。
「ど、どういうことだ!? ここにあると聞かされ、実際、見つからぬ鍵の在処を追い求め、ようやく探し当てて開けてみれば、明らかな贋作とは」
アルベルト様も周囲の方々も、皆揃って顔を見合わせ動揺いたしました。ようやく苦労して箱を開けてみればこの有様でございますから無理もありません。
「あの小娘め・・・、まんまとたばかりおったな!」
私は声を荒げてアリーシャ嬢をなじりました。ここにないということは、どこか別の場所に隠したはず。偽物の収まる箱を開けるのに右往左往する様を、あの可愛らしい顔の裏でほくそ笑んでおったということです。完全にしてやられました。
「アルベルト様! これはアリーシャ嬢と今一度、“お話し合い”をするべきかと」
動揺する皆様方を後目に、私はそう提案しました。どのみち、箱を開ける鍵の在処をちゃんと知っていちゃということは、中身がどうなっているのかも知っているはずだと考えた次第です。
アルベルト様もそれに同意なさり、頷いて応じられました。
こうして、私達は二人のいる再び陰気な地下室へと戻っていきました。
***
馬や馬車を走らせ、二人がおります屋敷へと急ぎました。駆け足で地下へと降りていき、その最奥部にあります一室に戻ってきました。
看守が扉を開けますと、そこには仲良く肩を並べて地べたに座っております二人がおりました。
「ええい、小娘が・・・。まんまとはめてくれたのう!」
私は怒りを露わにし、部屋に入った一団の先頭に進み出て、彼女をなじりました。
「これはこれは、魔女のお姉様、ご機嫌麗しゅう。そのご様子では、箱の中身を確認されたのでございますね。いい気味ね、魔女。こういうときはこう言えばいいのでしたか。“貴族”と口約束などを信じる方がどうかしていますわ!」
「ほほう・・・。ようも言うたのう、小娘が!」
不敵な笑みを浮かべ、こちらを見上げておりますアリーシャ嬢。ババアではなく、お姉様と呼んでくれたことは褒めて差し上げましょう。ですが、秘宝の事を話してもらわなくてはなりませぬ。
「本物の《帝王の沈み彫り》はどこじゃ!? どこにあるのじゃ!?」
「そんなもの、もうどこにもないわよ!」
「なんじゃと!?」
あると思っていた秘宝がない。この喪失感は言い表すことのできません。
「父の酒に毒を混ぜ、解毒剤をちらつかせながら、全部吐かせたの! そして、用済みになったから殺した。意気揚々と箱を開け、それを売り払って駆け落ちするつもりだったのに、中身は贋作だった。すぐに分かるくらいの贋作! これじゃあお金に換えられないと思って、父が事故死したように偽装して、相続の財産分与でお金が手に入ると思っていたのに、いきなり屋敷に乗り込まれて捕まった」
なるほど、そういう話でございましたか。ジョルノ様を殺すのが早かった。ちゃんと物を確認してから始末すればよかったものを、あちらもあちらでまんまと騙されたというわけでございますか。
「だからもう、帝王のある場所なんて分からないわよ!」
吐き出すように騒ぐアリーシャ嬢と、それを宥めようとするマルコ。どうにもならぬこの状況にあって、二人の密やかな関係を誰憚らずにさらしております。
「ほら、魔女の大好きな玩具よ! それで梨には不似合いな真っ赤な花でも咲かせてみなさい!」
そう言うと、アリシャー嬢は側に転がっていた“苦悩の梨”を掴み、そして、それを私に投げつけて参りました。狙ってやったのか、私の顔面めがけて飛んで参りまして、私はそれを両手でしっかりと受け止めました。
「よう言うたのう、アリーシャ嬢。お望み通り、まずはその口を壊して差し上げましょう。二度と減らず口を叩けぬようにしてくれるわ!」
“梨”をしっかり握り、震える二人に向かって足を進めました。ああ、私は今、魔女になりきっております。高ぶる心を抑えられません。早く血飛沫にて梨の花を染め上げねば、どうにも止まりませぬ。
ですが、それはあっさり止められました。歩み寄ろうとする私の肩にアルベルト様が手を置き、逆に自分が前に出られました。
「アリーシャ嬢よ、本当に知らぬのだな?」
「知ってたら、こんな場所になんかいないわよ! 私はマルコと一緒にいたいだけ! 二人で静かに暮らせればそれでよかったのに、何もかもぶち壊されたわ! 純潔も、秘宝も、何もかも!」
父ジョルノ様への怒りは凄まじいものがございます。そもそも事件を起こすきっかけも、ジョルノ様が実の娘に手を出すという悪行が発端でございますれば、その怒りも納得でございます。
「ならばよい。鍵の在処を大人しく吐いたことに免じ、君らは手早く処刑してやることにするよ。あの世とやらで、二人仲良く過ごすがいい。もっとも、赴く先は地獄であろうがな」
アルベルト様がせめても慈悲を述べられました。父親殺し、主人殺しはどういう状況であれ大罪でございます。地獄の底におります裏切りの三人組と顔を並べて、氷の中に沈められるやもしれません。
「では、短い時間となろうが、最後の時を過ごされよ」
アルベルト様はそう言うと、私を含めた連れ立つ者を引き連れて部屋を出ていかれました。
***
部屋を出て、地下から出ようと通路を進み、その途中で私はアルベルト様に声をかけました。
「アルベルト様、よろしいでございましょうか?」
「何かね、ヌイヴェル殿」
「いえいえ、逢瀬のお誘いにございます」
私は扉の前で立ち止まり、それを見ながらアルベルト様をお誘いしました。意を察したアルベルト様はニヤリと笑いました。
「お前達は上で待っていろ。看守、人払いだ。誰も近づけるな」
さすがはアルベルト様、全てを言わずとも、すんなり理解してくださいますか。
「アゾット、おぬしは先に帰っておれ。今日は潰れたい気分ゆえ、強めの酒を用意しておきなさい」
私は持っていた梨をアゾットの放り投げますと、アゾットはそれを受け取り、恭しく頭を下げてから去っていきました。
私とアルベルト様は扉を開けて中に入りました。そこはつい数刻前までアリーシャ嬢をいたぶっておりました拷問部屋でございます。
「いやはや、ヌイヴェル殿から逢瀬のお誘いを受けるとは光栄の極み。・・・と言いたいところであるが、中々に随分と賑やかな密会場所であるな」
なにしろ、ここは拷問部屋。ずらりと並ぶ拷問道具をアルベルト様は一瞥なさり、それから椅子に腰かけられました。私も机を挟んだ反対側に腰かけ、まずは頭を下げました。
「完璧とは参りませんでしたが、まずは目的達成のお祝いを申し上げます」
「ほう、目的達成とな」
早速アルベルト様の視線が鋭いものへと変わってしまいました。まあ、これはいつものことでございますし、そちらの顔の方が素敵でございますよ。
「率直に申し上げますと、今回の騒動、秘宝云々はどちらかと言うと“ついで”であって、本来の目的はチェンニー伯爵家の御取り潰し、ないし吸収が目的でありましょう?」
「なんだ、気付いておったのか」
すんなり返答がありました。やはり予想は当たっておりましたか。
「チェンニー伯爵家が目障りだったのでございましょう? あちこちの派閥から派閥へと飛び回り、定まった場所に留まらぬ渡り鳥。ジェノベーゼ公爵家からすれば、機会があれば潰すなりなんなりしておきたい、と」
「その通りだ。まあ、今回は王位継承に絡む案件ゆえ、早めに事を進めて起きたかったのだがな」
おやおや、私の知らぬ情報が出て参りました。まあ、一娼婦には縁遠い話なのでありますが、興味はとてもございますので、聞き漏らすまいと意識を集中させました。
「知ってるとは思うが、今の国王陛下には男子がおらぬ。しかも最近は御病気で弱って来ておられる。つまり、遅かれ早かれ、後継者を巡って、国内は荒れることだろう」
「左様でございましたね。それがチェンニー伯爵家にどのような関係があるのでしょうか?」
「後継者の候補に上がっておるのは、我がジェノベーゼ公爵家が推す陛下の娘の息子、つまりは孫だな。こちらの御仁には妹が嫁いでおる。で、政敵であるヴォイアー公爵家が推すのは陛下の妹の息子、つまりは甥だな。こちらにはヴォイアー公爵の娘が嫁いでおる」
つまり、どちらかが新国王となれば、その外戚としてそれぞれの公爵家の勢力が増すということ。これは熾烈な権力闘争が始まることにございましょう。
「で、チェンニー伯爵家の件だか、こちらも陛下の親類を担ぎ上げる動きをしていたのだ。陛下の従弟をな。派閥を渡り歩いていたのも、自分の派閥を立ち上げる下準備で、密かに同調者を集めておったのよ。準備が整い次第それを表に出し、自分の娘をその担ぎ上げる御輿に添えて、後継者争いに参戦するつもりだったそうな」
「それが事実でしたらば、ご自身で献上物を汚してしまったことになりますが、なんとも間の抜けた話にございます」
「全くもってその通りよ。いくら最上級の女子とて、自分の娘に手を出すとは、いやはや酒の力は恐ろしい」
思わず二人で笑ってしまいましたが、決して馬鹿にはできません。古来から酒は人類の“悪友”でございますれば、その悪意ある囁きに一体幾人もの人間が潰されてきましたかは、歴史をひもとけばご理解いただけることでしょう。
「なるほど。唯でさえ揉めそうな後継者争いに、余計な第三勢力まで加わられては、更なる面倒な事態に成りかねないと危惧されたわけでございますか」
「そういうことだ。内輪揉めが長引きすぎると、他国の干渉を受けかねんからな。手早く終わらせるためにも、物事は白か黒かの単純な方がよい」
それは理解できます。やはり物事は分かりやすい方が何よりでございます。
「それで、ヌイヴェル殿はどのようにして気付かれたのかな?」
「執事見習いに訛りがございました。ある程度は修正されておりましたが、南方訛りに間違いありません。いくら貴族の執事に他家のあぶれた者を雇い入れるのが常とは言えど、他国の者まで雇い入れるのは稀でございます。あとは最近の貴族様方の動きや噂を元に思考を進めていきますと、何らかの工作員として潜り込ませたのではないかと考えた次第です。もっとも、王位継承に関わることは存じておりませんでしたが」
「おっと、これは失言であったな。まあ、ヌイヴェル殿ならば問題ないか」
「そこまで信頼していただけたとは光栄にございます」
私は今一度頭を下げ、ジェノベーゼ公爵家への恭順の態度を示しました。敵と見なされば潰される、まさに目の前の光景でございますれば、ここは慎重にいかねばなりません。
「まあ、執事見習いの身の上話だが、あいつは南の国の出身で、とある男爵家の五男坊だ。一昨年、あちらと戦があったであろう? その時、男爵家当主と嫡男が揃って戦死するという惨事に見舞われてな。相続問題で家がぐちゃぐちゃになった挙げ句、無一文で放り出されてしまったのだ。で、父と兄の戦死の原因がジョルノというわけだ」
「なるほど。親兄弟の仇討ち、自身の不遇の報復として、この国にやって来たと」
「そうだ。それを我が家の分家筋が嗅ぎ付けてな。ちょうどチェンニー伯爵家への工作を考えていたところだから、南方訛りを消してから送り出したのだ。もちろん、身元は分からぬよう適当な男爵家のあぶれ者という偽の身分を与えた上でな。情報収集程度に考えていたが、まさか伯爵家そのものを潰す切っ掛けになってくれたわけであるし、あの端麗な容姿は実に役に立ったよ」
まあ、潜入先のお嬢様と懇ろになって、標的を抹殺したのでありますから、送り出したジェノベーゼ側としては願ったり叶ったりでありましょう。
もっとも、マルコから事前に情報は盗んでおりますので、こうして説明を受ける前からおおよそは知っておりましたが。
「親兄弟を殺され、家を潰され、放浪の身の上となり、復讐のため身をやつして敵に近付き、その敵方の姫君と恋に落ちて、力を合わせて暴君たる敵を打ち倒す。貴種流離譚としては完璧にございますわね」
「結末が火炙りでなければな」
冷たく言い放つアルベルト様。やはり結末は変わりませぬか。
「二人を助けることはできませぬか?」
「無理だな。二人の利用価値はもはや、伯爵家を徹底的に貶めるための材料になることだけだ。おぞましい醜聞の数々を喧伝するためのな。有ること無いことばら蒔いて、チェンニー伯爵家の名声を地の底まで落としてやれば、伯爵領の領民も反抗することなく収まりが付くと言うものだ。無論、教会側も口うるさくは言ってくるまい。そうした諸々の事情を考えると、二人には死んでもらわねばならん」
やはりそうでありましょうな。二人が火炙りになる結末は変えられれませんか。アリーシャ嬢、マルコ、やはり力及ばず、あなた方を救い上げることはできそうにありません。
「まあ、ヌイヴェル殿の気持ちも分からんでもないよ。アリーシャ嬢は父親から辱しめを受けた被害者でもあるからな。だが、父親殺しという事実は動かぬ。それに、執事見習いだけを火炙りにして、それでアリーシャ嬢が救われるとでも? いっそのこと、二人揃ってあの世へ送り出してやることが、私に出来るせめてもの慈悲や手向けだよ」
話はこれまでとばかりにアルベルト様は席から立ち上がり、扉に向かって歩き出されました。
そして、扉の前で立ち止まり、私の方を振り向かれました。
「伯爵家潰しという最低限の仕事は果たした。秘宝のことは残念に思われるであろうがな。兄様もそれなりにご執心であったし。ヌイヴェル殿は鍵の在処を見つけてくれたし、仕事は完遂したと認識している。その件はいずれ改めて礼をさせてもらおう」
私は頭を下げ、アルベルト様が出ていかれるのを待ちました。扉が閉まる音が耳に入って来てから頭を上げ、そして、周囲を見回しました。
拷問部屋でただ一人、魔女が何をするでもなく、道具を一つ一つ眺めて参ります。僅かに血の染みがある物もありまして、実際に使われたことでありましょう。
「今回はこれらを使わずに片付けれることができましたが、次はこう上手くいくやら。それに、使う側ではなく、使われる側に回ることもありますか。ああ、恐ろしい恐ろしい」
隙を見せれば潰される。食うか食われるかの世界、それが貴族の住まう上流階級の住処なのでございます。私は魔女として、なにより娼婦として、それらに関わってございますが、いつ何時自分が生贄となるか分かったものではありません。
アリーシャ嬢とて、ほんの少し前までは美しい伯爵令嬢として皆の注目を集めていただけの、ただのお嬢様でありました。それが今や火炙りを待つ哀れな身の上。同情は禁じ得ませぬ。
私もそうならぬよう気を付けなばと、薄暗い拷問部屋を後にしました。
***
そして、とうとう二人の火刑執行の時がやって参りました。
広場に集まる群衆、頭巾から衣服まですべて黒一色の執行人、離れたところの物陰には、アルベルト様の姿も確認できます。手向けと言った以上、最後まで見届けるおつもりなのでしょう。“裏仕事”に従事されているわりには、本当に律儀な方でございます。
アリーシャ嬢とマルコは周囲を見ましておりますが、特に怯えた風はございません。とうに覚悟は済ませたのでございましょう。
そして、二人の視線が私の乗る馬車を捉え、窓から覗き込む私と視線が合いました。二人揃って僅かに微笑み、それから頭を下げて礼をしていまいりました。
「笑って死ぬるか、二人とも。礼などせずともよいのにな」
思わず声が出てしまいましたが、偽らざる本音でございます。
結局、私はあの二人に何もしてやれなかった。せいぜい、状況を少しばかり動かして、逢瀬の時間を僅かばかり作ってやっただけだというのに。
さようなら、不幸な幸せ者よ。あの世で仲良く過ごすことを願っておりますわ。
「偉大にして慈悲深くあられる我らが神よ、間もなくそちらへ一組の男女が参ります。罪深き者ではございますが、どうか前後の事情を鑑みて、寛大なる処遇をお願い申し上げます。私もまた、罪を重ねたる愚か者にございますが、どうか願いをお聞き届けください」
そして、二人の足下に火が放たれました。勢いよく炎と煙が舞い上がり、二人は程なくして首が垂れましてございます。火炙りは残酷な刑ではありますが、煙による息苦しさですぐに意識を失い、そのまま天へと召されるので、そこまで苦しくはないそうでございます。
かつて魔女狩りが行われていた頃にはよく行われていたそうでございますが、今は余程の重罪人を見せしめにするためか、大きな被害を出した放火の犯人に適応されるのみでございます。
今回は前者でございます。チェンニー伯爵家での騒動は今や国の中で誰も知らないほどの大きな話となっております。嘘も真もひっくるめて、明らかに情報を拡散させた動きがございます。
勇名を馳せたチェンニー伯爵家は今や風前の灯火。それを象徴するかのような、娘と家臣の火炙りの刑。その炎と共に一つの伯爵家が燃え尽きる事でありましょう。
喰うか喰われるかがこの世界の習わしとは言え、今回の一件は決して気分の良いものではありません。
「御者よ、もうよいぞ。屋敷へ帰れ」
私の命に従い、御者は馬に鞭を入れ、馬車を走らせました。ちなみに馬車の中には私、アゾット、そして従弟のディカブリオが乗っております。漂う焼け焦げた匂いと、人々のざわめきを耳に入れながらその場を離れました。
「今回の仕事はあまり気持ちの良いものとはいえなさそうですな。任された仕事はちゃんとこなされましたというのに」
ディカブリオの申す通り、アルベルト様より頼まれました仕事は確かに果たしました。ですが、私はあの二人を死なせてしまった。分かっていたこととはいえ、人の命を救うことは難しいものでございます。
「結局、手に入ったのは使い道のないこの一品だけか」
私はアゾットが持っていた小箱を受け取り、そこに収められておりました“苦悩の梨”を取り出しました。あの二人を脅す際に用いた食べられぬ金属製の梨でございます。
グルリグルリとネジを回しますと、鉄の梨が花開き、そこから現れましたるは紫水晶に彫り込まれました“帝王”。
「・・・え? そ、それは《帝王の沈み彫り》ではございませんか!? いつの間にこれを手になさったのですか!?」
ディカブリオが驚くのも無理はない。この秘宝は確かにチェンニー伯爵家所蔵の逸品。ですが、それを密かに私が貰い受けていたのですから。
「無論、あの娘から貰い受けたのよ。僅かな時間とはいえ、愛する者と心置きなく睦み合える時間と場所を用意した、私に対しての対価ですよ」
私は梨より生み出された秘宝を摘まみ、じっくりと眺めました。紫水晶を土台にして帝王の顔が彫り込まれ、その周りにいくつかの宝石が散りばめられた見事な仕上がりの装身具。服やマントの留め金に使うのですが、さすがにこんな高価な物を日常的には身に付けれませんし、芸術品と見た方が良いでしょう。これだけでも相当な値打ち物でございますが、帝国時代から生き残った最後の一つという経歴から、さらに歴史的な価値というのも付与されまして、これを欲しがる好事家や権力者はいくらでもおられることでございましょう。
「いつの間にあの二人とやり取りをしたのですか?」
「筆談を用いたのですが、それだけでは不十分。アゾットにマルコを介抱するよう指示を出した際、あらかじめ用意しておいた台本を記した紙を渡したのですよ。看守の目を盗んでね」
まあ、看守も間抜けではないゆえ、注意を逸らすのにそれなりに苦労したようじゃが、アゾットはしっかりやってくれたぞ。
「それでも渡す“機”がありませんでしたので、マルコに飛び掛かるよう密かに合図を送りまして、腹への一撃を入れるフリをして、梨をそこで渡しました。前のめりに倒れてそのまま腹を抱えていれば、梨の姿は見えますまい。主人よりどうにか渡せと事前に言われておりましたが、看守の目もあり、中々機会がありませんでした」
あの場面でそこいらに転がっていては梨を回収されるやもしれませんので、密かに渡す機会があればそれでよし。なければ作ってしまえばよし。アゾットの腹打ちは本当に見事としか言いようがない。
「あとは渡していた台本通りに行動してもらうだけ。もっとも、ちゃんとお宝が梨の中に納まるかどうかはぶっつけ本番というやつでしたが、上手くいってよかったわ」
「いやはや、なんとも」
ディカブリオはその場にいなかったので私とアゾットの主従の連携を見せておりませんが、その情景がアリアリと見えるようで、ただただ驚き頷くだけでございます。
「しかし、あの娘が所持していたとどうして気付かれたのですか?」
「秘宝の場所は当初分からなかったが、いくつか候補を絞っておいた。屋敷から持ち出せなかった場合は“箱の中”、屋敷から持ち出せたのなら“娘の中”とな。箱の中なら鍵を渡せばアルベルト様の手に収まるので、秘宝を手にすることはできぬが、ご機嫌な公爵閣下にゴマでもすってそれなりの御褒美をもらうだけ。娘が屋敷から持ち出せたのなら、こちらが手にする機会はあった。それだけじゃ」
「しかし、どこに? 持ち出せたとしても、調べられたらすぐにばれて奪われるでしょうに」
「そこがおぬしの限界よ。今少し視野を広く持て」
私はペチッとディカブリオの額を叩き、それから指で摘まんでいた秘宝を顔の前に突き出した。
「この程度の大きさなら、“女子”であれば入れれる場所があるではないか!」
少し思考を進めた後、ディカブリオはようやく気付き、顔を真っ赤にいたしました。これじゃ。これがあるから、こやつを今回の仕事から外したのじゃ。
「では、秘宝はずっと“娘の中”にあったと!?」
「それがのう、お宝を持ち出して駆け落ちするはずが、思いの外早く誰かに気付かれ、やむなく事故に見せかけて通報。しかし、やって来た官憲はジェノヴェーゼ公爵家の息がかかったもので、二人揃って囚われの身となる。なにしろ、ジェノヴェーゼ公爵家はチェンニー伯爵家を潰す算段であったから、これ幸いと騒動を利用して強引に突っ込んできたというわけじゃ。そのあたりのどさくさの際に、秘宝を渡すまいと、どうにか隠したというのが真相じゃ」
これは二人の記憶を読み取って知り得た情報。可愛らしい顔立ちをしながら、随分と大胆な行動をするものじゃのう、アリーシャ嬢は。
「しかも、傑作なのは、箱の中身を入れ替えたことじゃ。本物を取り出した後、贋作を入れて殴り書きした偽文書まで仕込んでな。誰かが鍵の在処を知り、箱を開けたときに悔しがるようにしたのだそうだ。意外とお茶目なことよ」
「なんとまあ・・・。アリーシャ嬢がそこまでやっていたとは」
「ホホッ、女に奥手なおぬしや、“童貞”のアルベルト様には思いつかぬ隠し場所じゃろう?」
ディカブリオはさらに顔を真っ赤にし、私のことを睨んで参りました。まったく、従妹と引っ付ける際にも、こちらがどれほど苦労したと思っておるのじゃ。何度も煽ってやったというのに、ちっとも仲が進まぬので、ずっと気を揉んでいたのじゃぞ。
やはり、こやつは今回の仕事から外して良かったわ。
「それで、この秘宝はどうなさるので? 公爵閣下に献上なさいますか?」
「それはダメ。娘はむざむざ公爵家に渡るのを嫌がって、私にこれを託したのですよ。あの娘の最後の心意気、無下にはできまい」
私はもう一度、秘宝をじっくりと眺めました。見れば見るほど見事な出来栄えで、これは誰かに渡すのが惜しいと感じてしまいます。
「しかし、秘宝は公爵閣下の探していた逸品。それを横取りするなど・・・」
「勘違いするな。よく考えてみよ。アルベルト様からの今回の仕事の内容は?」
それを聞いて、ディカブリオはようやく気付きました。
「鍵を探せと言われただけで、箱の中身がどうこうなどとは一切承っていません」
「そういうことじゃ。なので、秘宝は行方不明。そして、なぜか魔女の懐に転がり込んできたというわけじゃ。ねえ、“帝王”、あなた様は随分な女好きと聞き及んでおりますが、若い娘の陰に隠れていた気分はいかがですか? 次は私と遊びませぬか?」
今一度秘宝を指で撫でた後、それを再び梨の中に戻し、ネジを回して再び封印しました。
「先程も言いましたが、これには使い道がない。換金すればとんでもない額を積まれるでしょうが、世界に一つしかないお宝の換金なんて、足が付くのは確実です。よって、売ることも見せびらかすこともできません。しばらくは封印しておかねばなりません」
「まあ、それが妥当にございましょう。それでどれほど封印しておきましょうか?」
「今回の事件の関係者、全員が神の御許へ旅立つまで、じゃな」
何十年先になることやら。とにかく、これを表に出すのはずっとずっと先の話。
「無論、それには私達自身も含まれているわ。次の世代か、その次の世代にでも託しましょう。いつか我が家から“帝王”のごとき英雄を輩出することを願いながら」
「我らイノテア家の秘密の家宝となりますかな」
「で、ございますな」
三人で顔を見合わせ、思わず吹き出してしまいました。後味の悪い事件ではございましたが、これだけは収穫でございます。この梨がもたらすのは、我が家の繫栄か、あるいは破滅か、それは誰にも分かりませぬ。
「梨の花言葉は確か“愛情”であったかな?」
「左様でございます。あと、梨の木にも言葉がございまして、そちらは“癒し”でございます」
「“愛情”と“癒し”か。あの娘に一番当てはまる花言葉よな」
「ですが、“苦悩”が枕詞になりましょう」
ああ、まったく、アゾットの申す通りじゃ。今、私の手の内にある娘より託された梨は、苦悩が詰まっておるのじゃ。“苦悩の梨”より生み出されしは、苦悩する愛情、苦悩する癒しというわけか。
ある意味、こちらの方がアリーシャ嬢の事を表しておるやもしれん。
「まあ、あの二人ならば、あの世でもそれなりにやっていくであろう。今はただ、その冥福を祈ろうではないか」
しんみりとした気分に浸り、私は梨を小箱に入れて封印し、そして二人が無事に神の御許へ辿り着けるよう、再び祈りを捧げた。
アリーシャ嬢、マルコ、この世で幸薄い人生であったかもしれませんが、それでも二人はめぐり逢い、共にあの世へ旅立つ覚悟を持った。ならば、私も笑って送り出しましょう。
そしていつの日か、手にする梨から苦悩が消えて、愛情溢れる素晴らしい未来が訪れること願います。
さて、これにて、火炙りになりました二人のお話を終わります。長々とご拝聴いただきました皆様には、重ね重ねお礼申し上げます。
人と人を繋ぐ縁という物は、どれがどのように繋がっているのか分からないもの。偶然の産物なのでございましょう。ですが、その偶然の出会いがあればこそ、今回の事件のような悲劇があり喜劇があり、そして奇跡が起こるのでございます。
私もアリーシャ嬢のような身を焦がす愛情を誰かに注げる日が来るのでありましょうか。その縁とやらが目の前に現れるまで分かりますまい。
ですが、そんな愛情にかまけるつもりは今のところはございませぬ。なにしろ、私は高級娼婦ヌイヴェル。魔女で、女吸血鬼で、神に救いを求めて天を目指す哀れな一本の宿木でございます。
さてさて、次のお客様はどちらの方になるでしょうか。
長々とありがとうございます。
一話完結型とは一体・・・?
うん、ギャグ回はともかく、シリアス回は短くまとめるのが難しいです。
(-ω-;)ウーン




