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―Nocturne―

「………………………」




 そんな訳で、美彩の部屋である。『THE女の子の部屋』である。今まで女の子と付き合った事もなければ家族にだって母さんしか女がいない僕にとって、未知の領域以外の何物でもない。

一言でいうと、ファンシー。もしくはフェミニン。可愛らしいぬいぐるみやらレースのカーテン、大きな姿見、CDラックにステレオに大きなタンス、ベッドにクッションに勉強机に本棚、全体的にパステル系の色合いでまとめられた、実に少女趣味の美彩らしい部屋だ。何かもう部屋にあるもの全てがいちいち女の子らしくて身悶える。これで緊張するなという方が無理。新体操で取ったトロフィーやら賞状やらは見当たらない。恐らく物凄い量を貰っている筈なのだけど。多分その辺は部屋の趣味に合わないから違う所にでも飾っているのだろう。……何か誰かの意図を感じる気がするけど……そこはまあ、敢えて気にしない方向で。


「淳くんがこの部屋にいるなんて、何か恥ずかしいな……。あ、勿論嬉しいんだけどねっ♪ クッション使っていいから適当に座って?」


 僕は借りてきた猫みたいに大人しく、しずしずとクッションに腰を下ろして、お盆に乗っているジュースを一気飲み。もう味どころか何のジュースだったのかも分かりません。美彩を直視出来なくて、何となく姿見の方に目を移した。こんな状況でいつも通り接せられるかっての。

 ………ん? 何か…僕の姿がぼやけてないか? 鏡が曇っている…訳でもなさそうだ。目が霞んでいるのかと思い擦ってみたが……同じ。視線を落とし直に手を見てみる。しかし別段おかしな所はない。ぼやけてもいない。……何かの見間違いなのか……?


「ん? 淳くんどうしたの、鏡なんか見て? 身嗜みなんて気にしなくても淳くんはいつもカッコイイよ?」


 鏡越しにベッドに腰掛けている美彩が見える。その姿も……何となくぼやけているような……? 美彩は何も気にしてないようだ。至っていつも通りの態度で、美味しそうにケーキを食べている。つまり僕にだけ、ぼやけて見える……という事なのか?


「……いや、ちょっと疲れているみたいだ…………」


 適当に話を逸らしてはみたものの、疲れているのは事実だろう。事件からこっちの3日、殆ど寝た覚えも無いしまともに食事も喉を通らなかったのだから。その割に全然辛くないが……多分疲れが表面化していないだけだろう。こんな状態で体調が悪くならない人間なんていない。

 僕は頭を振って美彩に向き直る。そうなれば必然、美彩の姿が目に飛び込んでしまう訳で。ピンクでフリルの付いたキャミソールに白の半袖パーカーを羽織って、セミロングの黒髪をアップに纏めている。化粧も直してあるようだ。そして……何と言ってもデニムのホットパンツに素足。眩しすぎる。白くて細くて健康的な太ももが惜しげもなく露になっているのだ。……直接触ると怒るのに、こうやって自分から挑発するのはOKなのか……。女の子ってミステリー。

 因みにこっちの格好は葬式に出席する為に来たのだから当然制服。着替えに帰る間もなくここに連れてこられたのだから当然だろう。開襟シャツの夏服ではあるが場違いにも、釣り合わないにも程がある。……マズイ、何か居たたまれなくなってきた……。せめて何か話題を提供しなければ。


「と、ところで、美彩はどうして無事だったの……か……っ!?」


 僕は急いで口を噤む。美彩の姿に当てられて煮沸しかかった頭で咄嗟に話題を出そうとしたら、よりによってこんな話題を選択してしまった……。この問題はまだ気にしないと決めたばかりなのに……。美彩のケーキを食べる手が止まり、表情が翳る。


「ご、ゴメン! こんな話なんてどうでもいいよね! 美彩は今ここでこうしてるんだし! あ、あは、あはははは……」


 取り繕おうと空笑い。ジュースを飲もうとしたらもう飲み干した後だった。……くっそ、僕はバカだ。何でわざわざこんな話を……。


「淳くんは……覚えてないの?」


「えっ……?」


 暗く翳った表情で俯いたまま、美彩がポツリと話しかけてくる。今美彩は淳くん『は』と言った。それは即ち……


「ん~とね、実は私にもよく分からないのっ♪ ゴメンね、心配かけて」

 

 顔を上げた美彩はいつもと同じ悪戯っぽい笑顔で舌を出す。……僕の心配は杞憂だったのか。それにしてはどうにも腑に落ちない……。美彩が分からないと言い張る以上、今はまだこんな詮索をしても無意味なのは分かっている。だが一度湧いてしまった疑問はなかなか消えないのもまた事実。……ここは思い切って追求すべきなのか……。

 そんな僕の内心を見透かすように、


「……でもね。一つだけ、確かな事があるよ」


 静かな声で、美彩が言う。そして顔を上げて―――




「淳くんは私を守ってくれたんだよ。私が今ここでこうしていられるのは、間違いなく淳くんのお陰なんだよ。ありがと、淳くん。やっぱり淳くんは私のナイト様だよねっ♪」




 ……やっぱり美彩には敵わない。こんな可愛い笑顔を見せられたら疑問なんて瑣末。胸を支配する言い様のない不安や懐疑はいともあっさりと押し流されてしまった。


「……そ、そんな事……僕は何も……」


 どうにも美彩を直視出来ず、照れくさくなって再び顔を背ける。すると……美彩がベッドから立ち上がって僕の隣に座る気配が伝わった。


「淳くん……」


 声に反応して美彩の方へ振り向くと、美彩は頬を真っ赤に染めて顔をこちらに向けている。星を散りばめたように潤んで輝く瞳が目の前に。しばし見つめ合う。……と言うより動けないし逸らせない。そしてその吸い込まれそうな魔力を秘めた瞳は…ゆっくりと閉じられた。………こ……これはもしかして………キ、『キスしろ』って……意思表示………?

 勿論僕は今までに女の子とキスした事などない。緊張からゴクリ、と唾を嚥下する。心臓の鼓動が高鳴りを通り越して最高速度を凌駕。視界から美彩以外の全てが消え去る。熱に浮かされるようによろよろと、美彩の華奢な肩を掴む。僕に掴まれた事で美彩も身体を強張らせた。だがそれも一瞬。安心したのかすぐに力が抜けるのが分かる。……そんな些細な変化すら感じ取れるほどに、美彩が僕の傍にいる。今まではせいぜい手を繋ぐ程度だった。それが今は身も心もこんな近くに……。

 僕は意を決して美彩に顔を近づける。もしもこれが本当に夢なら、せめてあともう少しだけ醒めないで欲しいと心の底から願った。


 ……だがその刹那―――






「フフフ………いい身分だな。半人前」






 悪夢よりも恐ろしい現実が、唐突に目の前に現れたのだった―――――



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