―Waltz―
「も~、大勢の前で女の子の胸に顔を埋めるなんて、何考えてるの!? 私チョー恥ずかしかったんだからねっ!?」
「め……面目ない……。僕も混乱してたみたいだ……」
時は宵口。僕は美彩の部屋の前の廊下にジュースとケーキの乗ったお盆を抱えて立っていた。そして美彩自身はと言うと、自分の部屋で今現在着替えの真っ最中。あの服装がどうしても気に入らなかったらしい。妙に時間が掛かっているが……中からゴソゴソ音がしているから多分部屋の整理もしているのだろう。
……実はあの後、大変だった。絶叫した美彩から、それこそヘビー級パンチャーもかくやという一撃を喰らい(何をどう喰らったのかははっきりしない)、うっかり去年他界したとかいう美彩のおばあちゃんに会いに逝きかけた。我ながらよく首が付いていたなぁとしみじみ思い耽る。
その後、例によって後ろの親族の皆さんから
『うをー! このまま葬式から結婚式へシフトチェンジか!?』
とか
『おめでとうっ! 美彩ちゃんおめでとうねーー!!』
とか
『けっ、香典の次は祝儀かよ。どんだけふんだくるつもりだ?』
とか
『南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏………』
とか
『貴様ぁぁぁぁ!! 私ですらまだ触った事がないと言うのにっ!! やはり貴様を認める事は出来ん!! 今ここで死ねぇぇぇぇィ!!!』
とか色々言われていた訳で。……や、最後の台詞を言っていたのは突然乱入してきたおじさんですけど。ナイフや包丁あたりならまだしも、チェーンソーを持ち出してくるあたりおじさんも筋金入りだ。今後の関係が心配で胃がイテーす。
で、その阿鼻叫喚をどう収集したのかと言うと、おじさん(クラス:バーサーカー)の背後から現れたおばさん(クラス:アサシン?)が、世界を狙える素晴らしい角度で更にコークスクリュー気味に捻りを加えながらレバーブローを叩き込み、僅か一撃でおじさんを黙らせたのだった。……ふむ、いくら将来美彩と結婚するにしても、取り敢えず婿養子は考えものだろう。命がいくつあっても足りないっぽい。
現在、僕は美彩の着替えを会話しながら待っている。途中おばさんがお盆を持ってやって来て、僕にお盆を手渡しながら
『今、下は立て込んでるから多少物音がしても誰も気付かないわよ。……うふふ……ごゆっくり♪』
とか何とか意味深な事を言って階下へ去って行った。……母親がこう言うキャラなのは何かのテンプレだったりするんだろうか?
まあ確かに階下は立て込んでいるのだろう。美彩が起きたのだから結局葬式は途中で流れてしまったのだが、集まった親族の皆さんはそのままなし崩し的に宴会を始めてしまい、更に何処からか情報を聞きつけたマスコミが取材に来た。おばさんはその両方の対応とレバーブローで昏倒したおじさんの介抱に追われて忙しそうだったが、僕らがいては逆に邪魔になるとの事で僕と美彩は美彩の部屋がある二階へと退避してきたのだった。もしかしたら僕らに気を利かせてくれたのかもしれない。
……でもおばさん、忙しい割にすごく嬉しそうだった。それはそうだろう。一度は死んだと、もう二度と逢えないと諦めた愛娘に再会出来たのだから。多分今の僕もそれと同じ……いや、それ以上にニヤケている事だろう。
「……何ニヤニヤしてるの、淳くん。……やーらしい」
「うげっ!?」
嬉しさのあまりニヤケた表情のままでいたら、着替えが終わったのか美彩が部屋のドアから小悪魔っぽい表情で顔を覗かせていた。……い、いかん、これではただエロい事考えてニヤケてたように見えてしまう……。
「淳くんは既にセクハラの現行犯だしなぁ~。お部屋に入れちゃったら私、襲われちゃうかも。くすくす♪」
指を唇に当てて片目を瞑りながら僕をからかう小悪魔。……むう、このままだと主導権を握られたままかもしれない。そんな訳で、奥の手。
「……そーですか。じゃあ僕は美彩に嫌われた腹いせとして、このケーキを自棄食いするとしよう。嗚呼…美彩に嫌われた僕は、明日からどう生きていけばいいのだろう。寒い。梅雨明けしたのに心が寒い。そんな訳で、いただきま―――」
「きゃーーーっ!? ダメーーーっ! アンリ・シャルパンティエのヴァシュラン・ダルザス、一人で食べちゃダメーーーっ!! からかったのは謝るからっ! ねっ!? ゴメンね!? だから一緒に食べよ? ……それとついでに、淳くんの事は嫌ってないからね?」
そうなのだ。美彩は甘いものに目が無い。しかもアンリ・シャルパンティエの限定ケーキとなれば尚更。それに僕に嫌われたもしくはその逆とかそういう所を異常に気にする。だからその辺を匂わせるだけで立場は容易に覆るのだ。本心ではそんな事欠片も思っていなくても、時には利用させてもらうのが賢いやり方。まあ愛情の成せる業だと思ってくれ。はっはっは。
……どうでもいいが、それちょっと優先順位間違ってないか?




