表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/12

―Aria―

『現代に蘇る悪夢の吸血鬼』




 それが最近この街及びその周辺で事件を起こしている通り魔。新聞報道でいつもこのような見出しが躍る。被害者は常に十代の少女。その数既に十余名に上るという。

 そして何より、この通り魔が『吸血鬼』と呼ばれるには理由がある。被害者は皆一様に、体中の血液が抜き取られているのだ。遺体は体液という体液を失い、ミイラのように干乾びているのだという。これを吸血鬼の所業と言わずして何というのか。




 3日前の、ちょうど休日と重なった梅雨最後の雨の日。僕らは『付き合い始めて一ヶ月目の記念日』と称してデートしていた。話題の映画を観て、食事をして、カラオケに行って、ウィンドウショッピングをして、お互いのプレゼントを交換して……。至って普通の、けれど僕らにとっては掛け替えの無い幸福な時間を過ごしたその日の夜。


 僕らは『アイツ』と出会ってしまった。


 通り魔事件が多発している事もある所為か、夜8時にしては人通りが全くない道を美彩と二人、傘を差して手を繋いで歩いていた。

 僕らはあまりにも警戒心が薄すぎた。デートに浮かれていたのかもしれない。気が付いた時にはもう遅く、『アイツ』は雨の中、傘も差さずに僕らの正面に立っていた。

 雨夜の闇にも溶け込まないマントのようにも見える漆黒の長い服。身長は優に180cmを越えているだろう。銀にも似た白い長髪。そして……整った顔立ちの中で異様に光る紅い瞳。右手をポケットに突っ込みながら、嘲笑うように、見定めるように僕ら…いや、美彩を見ていた。

 ……アイツは怖い。理性ではなく本能がそう悟っていた。どうにか恐怖を振り払い、美彩の手を引いて逃げようとした、その瞬間。信じられない速度と力でヤツが美彩を捕まえた―――


 ………実はここから先がいまいちよく分からない。数分の間の記憶に消しゴムを掛けたような空白。気付いた時には血まみれの美彩が横たわっていた。息をしていない。幾ら呼びかけても、身体を揺すっても何の反応もしない。心音さえも聴こえない。何度も何度も確かめるが、結果は同じ。……何て無慈悲。

 いつの間にか雨足は更に強まり、アイツの姿はなくなっていた。騒ぎを聞きつけた通りすがりの人々が取り囲む中、僕は激しい雨に打たれながら美彩の亡骸を抱き締めて意識が擦り切れるまで絶叫した―――――




 翌日、僕は警察の事情聴取を受けた。現場から今までの犯人像と一致する黒柄の怪人が走り去る所を目撃していた人がいたようで、僕に変な嫌疑を掛けてくる事はなかったが、記憶がない事を随分執拗に責められた。あの怪人には警察も手を焼いているのだという。

 警察の見解は、美彩の被害が他の被害者と違う(美彩の死因は失血性のショック死だったが、全身の血が抜かれているというほどのものでもなかったらしい)のは僕が一緒にいてそれなりに抵抗したからだろうとの結論に達したのだそうだ。事実、当時の僕には殴られたような痣があったらしい。……そんな痣、今では何処にも見つからないが。

 自宅に戻った僕を迎えたのは、『心配』を絵に描いたような顔をした両親だった。母さんは甲斐甲斐しく僕を慰めてくるし、父さんはいつまでも神に祈っていた。……そんなものが何になるというのか。何を言われた所で、何をしたって、美彩はもう帰って来ないのだから。僕は家に居るのが苦痛で、母さんの気遣いも振り切って学校へ行く事にした。

 ……だが学校での反応も両親のそれとあまり変わらなかった。皆は僕と美彩が付き合っていた事を知っているのだから。耳を突くのは僕への慰め。美彩を失った事への嘆き。事件、犯人への義憤。その全てを聞き流し、曖昧に相槌を打つ。自閉症のような、むしろ僕の方が死人のような状態で、窓際の席に座って空を眺めていた。そして、あの映像がフィードバックしては屋上で一人泣いていた。

 だから僕がクラスを代表して美彩の葬儀に出席すると言った時、クラスメイトはさぞかし驚いた事だろう。良くも悪くも進学校で、しかもテスト期間が押し迫っていたこの時期、葬儀に出席出来るのは一人だけだと学校側に決められた。その一人に僕が立候補したのだ。明らかに精神状態が普通ではない僕を慮ってクラスメイトは制止に掛かってきた。その時僕が何と言って皆を説得したのかはよく覚えていない。恐らくかなり支離滅裂な事を口にしていたのは想像に難くないが。それでもクラスメイトは理解を示してくれて、晴れて僕がクラスの代表として美彩の葬儀に出席する運びとなったのだ。




 ……そして今、美彩は確かに生きていて僕の目の前にいる。あれ程の絶望、あれ程の虚無を味わったのが嘘のように、美彩は今までと何ら変わらず微笑んでいる。美彩の言う通り、あれは全部見間違いだったのか。それとも、今夢を見ているか。正直僕には分からない事だらけだ。

 でも……今はまだ、それを考える時ではない気がする。考えるべきではない気がする。膨大な疑問、それを凌駕するくらいの安堵感が、僕の心を満たしている内は―――――



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ