―Canon―
「な………な…………」
ただ、唖然。僕の後ろにいる親族の皆さんも一様に同じリアクションをしているのが何となく分かる。……そりゃそうだろう。葬式中に被葬送人が飛び起きるなど前代未聞。あり得ない事だしあってはならない事だ。
「も〜何でこんなに暑いの? てゆーか私、何でこんな箱の中で寝てるの? あれ?何で親戚のおじさん達が家にいるの? お盆……はまだ先よね。今日って何の日? あ、淳くん家に来てくれたんだっ♪ やっほっ☆ 淳くんが家に上がるの初めてだよねっ♪ 嬉しいなっ♪ ママー! 昨日買ったアンリ・シャルパンティエのケーキ、まだあるでしょ? 淳くんに出してあげてー!」
やっほっ☆ じゃねえよ! お前なんでそんなに能天気なんだよ!! ……と全力で突っ込みたい所なのだけど……遺憾ながら声が出ない。喉が声を出させてくれない。
「あれ? 今日誰かのお葬式? ……って私の!? 嘘!? 私死んじゃったの!? てゆーかこの写真、映り悪すぎなんですけどっ! この前の大会の時に撮った写真の方がいいよぉ! それにこの格好、どうにかならないの!? 去年おばあちゃんがお葬式の時に着てたのと同じ服じゃない! 淳くんの前でこんなダサい服着て居たくないんですけどっ!!」
周りの唖然をガン無視して恋する乙女力をガッツリ発揮している黄泉帰り。……や、生き返り。こんな時にまで写真映りだの服装だのを気にするあたり、流石というか何と言うか……。女の子って分からない。……つーかお願いしますんでいい加減空気読んで下さい。
と、その時。
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?』
僕の後ろにいる親族の皆さんが揃って絶叫を上げ、声の波動が津波みたいに僕と美彩の間を駆け抜ける。そして口々に
「うをー! 美彩が生き返ったぁーー!!」
とか
「よかったっ! 美彩ちゃんよかったよぉーー!!」
とか
「んだよ! 詐欺じゃねえか! 香典返せーーー!!」
とか
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏………」
とか言っているのが聞こえる。……美彩が生き返った事について誰も不思議に思っていないあたり、流石美彩の親族というか何と言うか……。空気読まないのは血筋の関係だろうか?
「お……お前……美彩、ど、どうして……」
ようやく僕の喉が声を発する事を許可してくれた。混乱しまくっている頭をどうにか押さえつけて、疑問を問い質そうとするが……やっぱり上手く頭が回らない。
「ん? やだ淳くん、そんなに見つめないでよ……。は、恥ずかしいよぅ……♪」
……こちらの意を解さず、何やらモジモジし出す死に装束娘。
まだ鮮明に焼きついている。血で真っ赤に染まった美彩。ピクリとも動かなくて、僕がいくら呼びかけても応じない。心を支配する圧倒的なまでの喪失感と絶望感。この3日間、思い出しただけで何度も嘔吐し、枯れるほど涙を流し、喉が潰れるほど嗚咽を漏らした。それが……全て夢だったとでも言うのか? ……何か………いい加減腹が立ってきた……!
「美彩! お前何で生きてるんだよっ!!」
僕は挑みかかるような勢いで美彩の肩を掴む。
「え~? 生きてちゃイケナイの? それって酷くない? 淳くんは私が死んだ方がいいと思ってるの?」
「い、いや……美彩が生きてるのは凄く嬉しいんだけど……そ、それとこれとは話が別だ! 僕はお前が死んでる所を見てるんだぞ!?」
「そ……それはきっと何かの見間違いよ。うん。ほら私、たぬき寝入りにはちょっと自信あるし……」
「たぬき寝入りとかそういう次元の話じゃねえよ! 僕は何度も確かめたんだ! ほらこうやって!!」
そういうと僕は美彩の胸に耳を当てる。美彩が生きているならば心音が聴こえるはずだ。そう、心音が。
……心音が……
………
……この頬に当たる、むにむにとしてやーらかい、それでいて程良く弾力があり、男子永遠の夢の具現たる嬉し恥ずかしな感触は……。
「―――――――――――!!!」
物凄く近くで、耳をつんざく絶叫のようなものが聞こえた気がした。その内容を理解する瞬間
世界が、反転した――――――




