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―Requiem―

「お前が……お前なんかと付き合わなければ……美彩は……美彩は……! 私の美彩を返せぇ! 美彩はお前なんかとは違うんだ! お前が全てを台無しにしたんだぞ! それをのうのうとこんな所にまで現われやがって……! お前が代わりに死ねばよかったんだ!!」


「……………………」




 事件から3日後の放課後。妙に長引いた梅雨もようやく明けて夏到来も間近に控え、けれどまだ充分に過ごしやすい気温の中、葬儀が行われる美彩の自宅の玄関で、僕は彼女の父親にこんな事を言われていた。侮蔑と怨嗟の入り混じった呪詛のような辛辣な言葉。僕は甘んじて受け入れる。だって……おじさんは何も間違った事は言っていない。僕自身でさえまるで同じ事を思っていたのだから。

 見るに耐えないと言った様子で親戚らしき人達がおじさんを押し留めて別室に連れて行く。僕はおじさんに頭を下げた格好のまま動けなかった。……そう、全ては僕の力不足の所為だ。悔やんでも悔やみきれない。


「淳之介くん、ちょっと」


 奥の廊下から美彩の母親が顔を出して僕の名を呼ぶ。小学校からの付き合いもある上、最近は美彩を自宅まで送っていたから彼女の両親とは多少の面識があった。おばさんに呼ばれるがまま、家に上がる。


「ゴメンなさいね。あの人、美彩の事になるとちょっと感情的になりすぎちゃうから」


 おばさんは疲れた表情で幽かに微笑んで謝罪してくる。……疲れるのも当然だろう。愛娘の死に加え、葬儀の準備、親戚への応対、各方面への通達や手配など。仕事はそれこそ山のようにある。むしろよく倒れず気丈に振舞えるものだと感心する程だ。


「……いえ、本当の事ですから……」


「そんな悲しい事言わないで。……最近ね、いつも美彩がとっても嬉しそうな顔をしてたの。とっても幸せそうな顔で、貴方の事を話していたのよ。『ああ、この子、本当に彼の事が好きなんだなぁ』って、見ているこっちが羨ましくなるくらいね。ふふふっ、あの人はそれをいつも不機嫌そうに眺めていてね。大事な娘を盗られた貴方に嫉妬してるのよ。これだから男親ってのは……うふふっ」


 美彩とそっくりな微笑みを見せて、おばさんは笑う。懐かしむように、反芻するように、思い出を心に刻み込むように、笑っている。


「……本当に、すみませんでした……」


 僕は居たたまれなくなってもう一度、深々と頭を下げる。


「貴方の所為じゃないんでしょ? 貴方が私たちに頭を下げる必要なんてないわ。通り魔に襲われるなんて、運が悪かったとしか言いようがないもの。もう謝らないで。ね? 貴方は貴方で、精一杯美彩を守ろうとしてくれたんでしょうから」


 おばさんは僕の肩を掴んで優しく諭す。


「さ、美彩に挨拶してあげて。あの子も淳之介くんが来てくれて喜んでると思うから」


 おばさんに促されて居間に入り、上座に置かれた棺の前に座る。僕の父は敬虔なクリスチャンである為、実はこう言った仏教系の葬式って初めて出席するので、いまいちマナーが分からない。前の人がやっていたのを見よう見まねで線香を上げ、手を合わせる。

 ……こうして落ち着いてみると、僕の中にはとても多くの美彩が溢れている。付き合ってからはたった一ヶ月だったけど、もう十年近く美彩を見続けて、憧れ続けて来たのだから。悔しくて涙が落ちる。憎むべきは通り魔。もう既に何人も殺しているらしい凶悪犯なのだ。……でも、『美彩を守る』と、一緒にいながら救えなかった僕にも、大きな責任がある筈だ。それが悔しくて情けなくて、自分を許せなくて……。

 ふと視線を落とすと、右手薬指に嵌められている指輪が目に入った。事件の日、つまり3日前の『付き合い始めて一ヶ月目の記念日』に、揃いの指輪を買ってお互いに交換したのだ。小さな十字架のデザインがあしらわれている露天商で買った安物銀細工だけど、これが僕らの初めてのプレゼントであり美彩との唯一の思い出の品だ。僕は指輪を外して彼女の棺に入れようと思い、棺の中を覗いた。


「…………………」


 その表情は穏やかで、一見すると眠っているようにしか見えない。死に化粧の所為なのか、妙に血色がよく見える。………死人に血色? 自分でも随分おかしな事を思ってしまったと心の中で苦笑する。僕は指輪をそのままポケットに仕舞った。これは美彩との思い出だ。僕が持っていなくてどうする。

 僕が立ち上がってその場を離れようとした、その時―――




「あ………」




 ………え? 今、美彩が喋ったような……。幻聴? 僕は棺に張り付いて美彩の遺体を凝視する。背後からは「何やってんだ、アイツ」と言った声が聞こえるが、気にしない。すると薄っすら汗をかいているように見える気が……。表情も何か……少し苦しそうになっているような……。最初からこんな表情だったっけ?

 不審に思って暫く観察していたのだが……唐突に信じられない、否、あり得ない事が起きた―――






「あっつーーーーーーい!!!」






 天を衝くようなけたたましい叫び声と共に、何と死んでいた筈の美彩が飛び起きてしまったのだ―――――



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