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―Fugue―

「やああああっ!!」


「くっ!? おのれ調子に乗るなというのだ!!」




 夜は更に深まり、闇はより一層その密度を増す。それと対照的に月はその光量を加速させ、浮き立つように存在感を示す。その真下。二つの影が奔る。残響する攻防。戦いは無限ループに迷い込んだように膠着状態が続く。

 ロザリオという武器を得てからというもの、徐々にではあるが攻勢に回れるようになって来た。シェイドは相当警戒している。それもその筈、ヴァンパイアにとって銀のロザリオなど天敵中の天敵。先程は服の上から触れただけで手首が焼け焦げたのだから。傷が治っていない所を見ると、ザルーヴァでも回復し切れないダメージのようだ。

 こちらはとにかくロザリオを振り回す。シェイドは紙一重でかわして何とか反撃を試みようとするが、僕はそれを今度はロザリオを盾にして防ぎに掛かる。防ぎきれそうにない場合が相打ち覚悟で身体を狙う。触れただけでダメージを負うのだから、当然攻撃に出られない。シェイドは結局回避と牽制を優先するしかないのだ。

 だがそれはこちらも同じ。元々身体能力は相手が格段に上。不用意に飛び掛ればあっさりいなされて組み伏せられる。相手は左手が使えない上、『銀に殆どペナルティなく触れられる死徒』という反則級の特権を最大限利用してようやく互角。だが悪い事ばかりでもない。膠着が続いたお陰でザルーヴァの回復能力も少し追い付いて来た。ボロボロだった身体は多少活力を取り戻し、さっき程の極限状態ではなくなったが、勿論まだ予断は許さない。こちらとしても捨て身で一撃喰らう気になればその隙にロザリオをヤツの体に押し付けられるのだが……シェイドもそれは分かっているようで、なかなか不用意な攻撃をして来ない。

 自分が死徒化して分かったが、今の僕なら例え3mの距離で拳銃を撃たれたとしても避けきる自信がある。シェイドの身体能力はそれの更に上。故にロザリオを投げつける訳にも行かない。二つ以上所持しているならともかく、ロザリオは一つきり。かわされた瞬間拾う間もなくやられるのは明白だ。体勢でも崩さない限りはまともに当てる事は出来ないだろう。このままでは埒があかない。ならば……何か体勢を崩すタイミングを作り出せれば……あるいは勝機が見えるかもしれない。


「あああっ!!」


 シェイドの顔面を目掛けてロザリオを振るう。ヤツはそれでも反撃に出る為に最小限の動きでかわす。つまり……こちらの間合いを掴んで上体を後ろに反らして僕の攻撃をかわしているのだ。それは長い膠着状態の中で何度か見せた動き。……ここだ。ここが勝負の分岐点。ロザリオを振りきる瞬間、僕は即座に屈んで


「うおおおっ!!」


 渾身の力を込めて足払いを叩き込んだ―――!


「!?」


 ロザリオを振り回すしか能のなかった僕が、初めてまともに入れた一撃。シェイドにも僅かながら驚愕が走る。大木すらも薙ぎ倒す筈であろうその一撃は、しかし。

 バキッ、と鈍い音がする。足の骨が折れたのだ。……ただし、折れたのは僕の足。シェイドの左足に蹴りを叩き込んだ僕の右足の方が折れてしまったのだ。……肉体の強度が違いすぎる。生身で鉄パイプを蹴ったようなもの。こちらが折れるのは必定。


「くっ!?」


 だが、それも無駄じゃない。上体を反らした格好で足にダメージを受けたのだ。幾らシェイドと言えど多少なりともバランスは崩れる。右足一本を犠牲にしてまで作り出したこの勝機。骨折の痛みを必死で噛み殺して、ロザリオを逆手に持ち腕を振り上げる。正に千載一遇のチャンス―――!


「喰らえシェイドォォォ!!」


 腕はバランスを取る為に泳いでいる。身体はがら空き。僕は迷わず、その無防備な身体にロザリオを突き立てる―――――!!


 ……だが勝利まであとコンマ1秒というその刹那―――






「オレを……甘く見るなというのだ! 半人前が―――――!!!」






 闇夜に鮮血を纏った銀色の十字架が弾け飛び、フェンスを越えて消え去った。


「あ………ぐ………!?」


 鋭すぎる痛みが痛覚神経を突き抜け、全身を蝕む。

 シェイドはあの場面で……上体を倒しながら左足を軸にして右足でロザリオを持った僕の手を蹴り上げた。三日月をなぞるような軌道を描いたその蹴りは死神の鎌めいた凶悪さで僕の手もろともロザリオを弾き飛ばし、軸にした左足はドリルを打ち込んだように足元のコンクリートを抉っている。今までのシェイドの攻撃にしてはあまりに不恰好。されど……その速度と威力は段違いだ。あれが恐らく……シェイドの本気。

 その蹴りを受けて、手が無事である筈はない。指の骨という骨が粉々になって肉と神経がズタズタにされた。ロザリオを持っていなかったら、もしかしたら手首から切り飛ばされていたかもしれない。それ程の一撃。だがシェイドとてロザリオに触ったのだ。右足が焼け焦げて白煙を上げている。もうまともに使えないだろう。


 ……数瞬前の勝敗が一気に逆転する。僕は右手と右足、シェイドは左手首と右足をそれぞれ負傷し、両者のダメージは一見するとほぼ互角。……だが、こちらは打倒する術そのものを失い、あちらにはまだ僕を殺すだけの余力がある。


「随分と手こずらせてくれたな……半人前」


 いち早く立ち上がったシェイドが、右足を引き摺りながら僕の首を残った右手で掴み上げる。


「が……っ!?」


「これ程傷付けられたのは久方ぶりだ。正直見直したぞ。貴様、役者としては三流だが演出家としてはなかなかだ」


 ……万事休す。首をギリギリと絞められ、脳から急激に酸素が無くなっていく。視界がチカチカと瞬いて、意識が墜ちかかる。


「淳くん………!!」


 随分と遠くから近くにいる筈の美彩の声が聞こえる。どうにか力を振り絞って気道を確保し、そちらに視線を向ける。月明かりを受けてぼんやりと泣いている美彩の顔が見えた。……また泣かせちゃったな……。ゴメン美彩……守りきれなかった……。せめて今の内に美彩だけでも逃げ………ん……? その手に何か……鈍く光るものが……。………ああ、そうか………あれは…………。


「さて……本来ならばここで会話の余地などないのだがな。少々気が変わったぞ。貴様、オレの下僕になる気はないか? 貴様のそのザルーヴァ濃度は貴重だ。色々と利用価値がありそうだ。さすれば娘は見逃してやってもいい。このままではどうせ二人共死ぬのだ。貴様が首を縦に振るだけで命までは取らぬと言っている。そう悪い話ではあるまい?」


 僕はシェイドに気取られないように無傷の左手で素早くポケットを探る。『それ』はすぐに見つかった。先の戦闘で落とした事もなかったようだ。……まだ打つ手はある。僕は『それ』の固い感触と微かな熱を確かめ、拳に握り込む。


「……ふん、お前の部下なんて、死んでもお断りだ。美彩に手を出してみろ。例えここで負けても、いずれ復活して必ずお前を倒してやる……!」


「フッ……この窮地でよくぞそこまで強気になれるものだ。反抗したい心中も察してやらぬ事もないが……とても賢い選択とは言えぬな。よかろう、ならば全身の血を吸い尽くしてまかり間違っても生き返らぬよう殺してやる。案ずるな、娘もすぐに同じ場所に送ってやろう。このオレに盾突いた事を地獄で後悔するがいい………!!」


 迫り来る死の幻影。シェイドが僕の血を飲み干さんと牙を剥いて僕の首筋に喰らい付こうとする、その刹那―――






 僕は左手を解放し、その手に握り込んでいた『それ』をシェイドの口の中に押し込んだ。






「が……ぐっ!?」


 ゴクン、という固いものを飲み込む嚥下の音。勢いよく口に放り込まれて、吐き出す間もなく飲み込んでしまったのだろう。シェイドは僕の首を掴んでいた手を離して、喉を押さえながらフラフラと後退する。


「き……貴様………!!」


「僕が持つ銀がロザリオ一つだけなんて、誰が言った? お前の負けだ、シェイド。お前は僕を侮りすぎたんだよ。僕達の『絆』の強さを思い知れ……!」


 そう。僕がシェイドに飲み込ませたのは、3日前の美彩とのデートの時に交換した『指輪』。葬式の時に外してそのままポケットに入れっぱなしになっていたものだ。露天商で買った安物で、ロザリオとは比べる程もないくらい純銀含有量は低いだろうけど、直接体内に取り込めばヴァンパイアにとってそれは充分な致死量毒へと成り代わる。

 ……これは僕と美彩の『絆』。僕らが付き合っていなければ、持っていなかった筈のものだ。金銭的には大した価値はないだろうけど……それでも僕らを繋ぐ掛け替えのない『絆』なのだ。それをこんなヤツの為に使うのは惜しいが……それでも僕らの『絆』が、この結末を引き寄せたのだ。他の誰でもない、僕と美彩だったからこそ成し得た奇跡。『絆』が生んだ、唯一無二の奇跡の光だった。




「フ……フフフ……よもや貴様のような出来損ないに不覚を取るとは……オレも堕ちたものだ……ハハハハハハハハ………ぐっ……ぐふっ………ぐ……ぐがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ………!!!!」




 自嘲気味に儚く嗤う真祖。銀を取り込んだ腹から発光すると、その光は瞬く間に全身を覆い尽し、シェイドの身体は灰になって崩れ去り、風に流され指輪と共に消えて行った。






 こうして……500年を生きた真祖は断末魔の叫びを響かせて夜空へと還る。影絵めいた月明かりの下、僕は囚われた悪夢に終止符を打った―――――



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