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―Overture―

「うん、いいよ。だって私も淳くんの事好きだもん」




 今からほんの一ヶ月と3日前。僕・深嶋(みしま) 淳之介(じゅんのすけ)は告白した女の子にこう言われた。

 相手は蹟弥(せきや) 美彩(みさ)。幼馴染……という程の関係ではないが、小学校からずっと同じ学校に通っていた女の子。高校三年の現在も同じ学校・クラスに在籍していた。明るくて可愛い、小学校から一貫してクラスの中心的存在で、僕は昔から美彩の事が好きだった。……否、憧れていた。

 で、高校生活最後の年、いつ以来か同じクラスになったのをキッカケに一大決心をし(僕が美彩の事を好きなのは周知の事実だったようで、友人たちにせっつかれた面もあるが)、彼女に告白をしたのだ。それこそ前日は緊張して一晩中眠れず、これから戦争に臨む兵士さながらの心持ちで一念発起、告白する正にその瞬間まで心臓が破裂しそうな程バクバク言っていたのだが……そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、随分とあっさり事も無げにその場でOKの返事をしてくる美彩。その間隙、実に1秒を切るだろう。……いや、まあ、即決してくれたのは嬉しいんだけど……こうもあっさりさっぱり返されると逆に……。


「はぁ!? お前そんな簡単に返事していいの!? 遊びに行こうってのとは訳が違うんだぞ!? 付き合うだぞ付き合う! もっと真剣に考えろよ!」


 夕焼け差し込む放課後の教室。美彩と二人っきり。響くのは自分でも何でこんな事言っているのか分からない僕の叫び声。普段なら放課後は飽きもせずお喋りをしている生徒が幾人か残っているものだが、今日に限っては僕ら以外誰もいない。何やら友人たちが気を利かせて居残り組を街へ連れ出してくれたらしい。


「え~? 何で? 私は淳くんの事好きだし、淳くんも私の事好きなんでしょ? だったら悩む必要なんてないよ。てゆーかさ、コクるの随分遅くない? 私、淳くんが告白してくれるの何年も前からずっと待ってたんですけどっ」


 な……何でこいつはこう赤面モノの台詞を恥ずかしげもなく……。


「だ……だって……僕は性格暗いし……頭も良くないし……顔も大した事ないし……美彩となんてとても釣り合いが……」


「確かにちょっと暗く見られちゃうけど、淳くんがホントは優しいのは昔から知ってるし、私より常に成績いいのも知ってるし、顔に関してはクラスの子にも結構評判いいよ? 私も同意見だし。無理矢理自分を貶めて何のつもり? もしかして自分から告白しておきながら、私と付き合うの嫌なの? 悪いけど、今更告白の撤回は認めないからね?」


 があーっと矢継ぎ早に容赦なく僕を攻め立てるや、口を尖らせてジト目でこちらを睨む。最早逃げ道なんて見つからない。……まあ逃げる必要なんてないんだけど。僕も美彩を見習って、少しは素直にならないと……。


「うっ………ゴメン。撤回はしないよ。OK貰えて本当に嬉しい。……これでいい?」


 僕の言葉を聞いて、美彩はにぱー☆ っと擬音がするくらい分かりやすく表情を輝かせる。……ああ、やっぱり美彩には笑顔が似合う。


「うん、よろしい。じゃあ早速一緒に帰ろっ♪ ……と言いたい所なんだけど、ちょっと部活に顔出さないと。今日は先生お休みだから自主練なんだけどね、大会近いから少しでも身体動かしておきたいの。ゴメンね」


 手を合わせてウィンクすると、美彩は部活用らしきバッグを持って立ち上がる。

 美彩は幼い頃から新体操をやっている。種目はリボン。その腕前はオリンピック候補の合宿に参加する程で、『期待のホープ』だの『リボンの妖精』だの言われており、その筋では知らない人はいないくらいの有名人だ。そのルックスと性格、そして完成度の高い演技で将来を嘱望されているらしい。僕が気後れする原因の一端は間違いなくここにあるのだけど……当の本人は全然気にしていない。少しは気にしないと周りが迷惑しますよ、妖精さん?


「じゃあまた明日ね。……や、夜に電話してもいい?」


「それは構わないけど……終わるまで待ってるよ。すぐ終わるんだろ? 最近物騒だしな。一緒に帰ろう」


「ホントに? 嬉しいなっ♪ そっかぁ、淳くんが私を守ってくれるのかぁ……♪ 淳くんは私のナイト様だねっ♪ じゃあ待っててね。あ、何なら見学しててもいいよ? 淳くんが見ててくれたら、私チョー張り切っちゃうかもっ♪」


「……張り切りすぎて怪我でもされて、その上それを僕の所為にされたらたまったもんじゃないからな。大人しく図書室にでもいるよ」


「ぶー……分かった。じゃあなるべく早く終わらせてくるから。……あ、その間に浮気なんかしちゃダメだよ?」


「……しないよ。いいから早く行って来い」


「えへへ~♪ じゃあ行って来るねっ」


 バッグを抱えると小走りで入り口へ向かう。僕はそんな美彩の後姿を眺めていたのだけど……ドアを開けた所で、美彩が唐突にこちらを向く。


「淳くん。今日から恋人同士だねっ♪ 私、今とっても嬉しいのっ♪」


 そしておもむろにお辞儀をすると―――




「変な女ですが、これからもよろしくお願いします」




 物凄く穏やかな声色で、そんな事を言った。


「………ああ、こちらこそ、よろしく」


 僕がそう答えると、美彩は顔を上げる。鮮やかな茜色に染まったその表情は、今まで僕が見てきた美彩のどんな笑顔よりも綺麗で優しくて眩しくて、何より幸せに満ち溢れているものだった。これが美彩の本当の笑顔、なのかもしれない。僕はこの笑顔を決して忘れる事はないだろう。




 それからの一ヶ月は、本当に幸せだった。


 この次の日には僕たちの関係がクラス中にあっさりバレてしまってあれよと言う間に公認の仲になり、当初は随分とからかわれたものだが、美彩がその度嬉しそうに『私達に妬いてるだけだよっ』と切り返すのですぐに沈静化した。……表向きには。そりゃあもう、人気者の美彩を彼女にしたのだから、男共の攻撃たるや凄まじい。クラスメイトはおろか、他学年やら何故か他校の生徒までもが恨み・つらみ・嫉妬その他が入り混じる視線(死線?)をこれでもかって言う程かまして来て、精神とか胃あたりによくない感じで日々を過ごすハメになった。……まあそれを補って余りある程幸せだったのだけど、と惚気を一つ。

 お昼は一緒に摂るようになり、両親が共働きの為いつも購買でパンを買っていた僕を慮ってか、美彩は僕の分まで弁当を用意してくれる。しかも何と手作り。元々美彩はあまり料理が得意な方ではなく、最初は形も歪で正直あまり美味しくなくてお世辞に苦労したものだが、日を追う毎に美味しくなる上達ぶりには驚いた。3週間もするとすっかり僕の好みを把握したようで、無理もせず素直に賞賛の言葉が出るようになった。そして、美彩が僕の為に毎朝弁当を作ってくれているという事実が、何より嬉しかった。

 美彩が出場する新体操の大会にも応援に行った。演技前、美彩は客席にいた僕へ嬉しそうに手を振ると、そこから人が変わったように圧巻の演技を見せつけ、史上類を見ないほどの高得点で優勝した。『僕が観ていると張り切る』というのは本当だったらしい。流石にこれ程のものだとは思わなかったが。

 大会が終わってからは練習量も減ったようで、僕と過ごす時間も増えた。放課後屋上でお喋りして、必ず一緒に帰って、夜には毎日長電話をした。僕の家と美彩の家はちょっと離れていて、彼女を送ると結構な回り道になってしまうのだが、美彩と一緒にいられるならそんなの全く苦にならなかった。休日には街に遊びにも行った。まだ手を繋ぐ程度しか出来ていないプラトニックな関係だったけど、それでも僕は幸せだった。今まで近くても遠かった美彩が、僕の隣で嬉しそうに微笑んでいる。時折、こんな事ならもっと早く告白するんだったと後悔してしまう程。


 ……でも今は、あの笑顔はもう見られない。美彩の声も、もう聞けない。僕の隣に美彩の姿は見つからない。




 何故なら……今日は美彩の葬式なのだから―――――



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