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卒塔婆の街のブンヤ 7

       






 目的の場所へと到着した。先程の場所からそう離れていない所にそれはあった。

 四畳半程度の狭いスペースに昭和の頃からあるような駄菓子が古臭いスチール棚にぎゅうぎゅうに押し込まれ店中に並んでいる、今や絶滅危惧種ぜつめつきぐしゅの駄菓子屋。

 レジ台前にはくじ引き形式の玩具おもちゃがぶら下げられたり、写っている人物の年代がおかしいプロマイドが半分遺影(いえい)みたいになっちゃってる物も。

 そんな子供の為の店のように見えるのに、通りに面した壁には煙草販売の為の窓口があったり。

 昔はそういう区切りが滅茶苦茶だったんだなあとしみじみ感じた。

 そう、取材の目的地は、ここ。勿論もちろんサボる為の口実こうじつではない。


「おばちゃーん、これ下さいなー」


 駄菓子の中からオレンジ味の丸いガムが入った商品をレジ台に置くと童心どうしんに帰った気持ちで店主を呼んだ。我ながらキモかった。

 そしてキモさに呼応するかのように奥から低い声が響いた。


「…税込22億円だよ」


 なんてこった桁外ケタはずれだ。ジンバブラーかよ。


「はいよ、22億円」


 10円玉二枚と1円玉二枚を取り出し差し出した。


「あと21億9999万9978円足りないよ。警察呼ぶかね」

「本当に申し訳御座いませんでした綺麗キレイなお姉様」


 直立で深々とお詫び申し上げました。


「フン、冗談だよ。まいど。久し振りじゃないか零児レイジ、まだ生きてたんだね」


 ヌッと声の主───この店の店主である女性が姿を現した。

 子供相手だというのに電子煙草を咥え、絶対に子供は好きじゃないんだろうなってオーラ全開の鋭い目つきをしたばーちゃn…お姉さん。この人物こそが俺の取材相手、というかネタ元だ。


「お陰様で。さっきちょっとだけ死にかけたけどな」

「カッカッカッ! そりゃ相変わらずで何より」


 あんたもな。


大吾ダイゴは元気かい? 近いんだからたまには顔見せる様に言ってくれ」

「こないだ『あのゴウツクババアに会うとパンツのゴムまでむしられるから会いたくない』って言ってたぞ」

「かーーーっ! 毟る程の毛も残ってないクセにあの小僧は全く!」

「確かに。最近更にやべぇよ」


 不審なナリの中年と妖怪婆、ぐふぐふと笑う。最高に怪しい図だった。


「で、どうしたんだい。まさかわざわざ会いに来ただけじゃないだろう?」

「ああ…」


 店の前の通りを過ぎる人の気配。ただの通行人だろう。

 視界には入らないが何となく目線を配る。

 バッグから煙草の空箱を取り出し、お姉…オバちゃんに見せた。(言い直すのめんどくせぇ)


「 " 切らしちゃったから半カートン欲しい " 」


 一瞬、オバちゃんの目が鋭く光る。


「 " 棚の上に積んであるから代わりに取ってもらえるかい? " 」

「OK。もう歳だしマジで危ないもんな」


 レジ台の内側に通された俺のケツをオバちゃんが蹴り上げた。


「痛ぇ!」

「ひと言余計なんだよ!」





  ◆◇◆◇◆





 オバちゃんは橘八重たちばなやえちゃん、72歳さそり座。生まれも育ちもこの街という、もはや街の生き字引だ。

 オヤジとはくさえんらしく仕事の面でもみょうに理解を示している。嘘か本当か若い頃はオヤジの(悪い意味で)相棒としてやんちゃしてたとか何とか。俺もこの国に養子として連れて来られた時から何かと付き合いがあった。いい事も悪い事も半分はこの人から教わった。

 八重ちゃんは店の奥の居間いまに上がると、今まで見た事の無かった壁のスイッチをオンにする。


「何のスイッチ?」

「店の入り口の人感じんかんセンサー。新しく付けたんだよ。最近は物騒ぶっそうだからね」


 俺が入った時に反応しなかったのはそういう事か。


「いつもの煙草、やめたんだ?」


 椅子に乗って棚の上からマイブランド煙草を引っ張り出すと、半カートン貰って代金を手渡す。本当に切らしてたし。


「時代の流れってヤツだよ。店先で吸ってるとガキんちょらの親がうるさくてね。こんなんじゃ吸ってる気がしないがまあ仕方ない」


 半カートンの代金のお釣りを俺に手渡すと、電子煙草を親指と人差し指で摘まみプラプラ揺らす。


「不思議なモンだよ。こいつだってこの国じゃ結局は煙草と同じあつかいだってのに、アタシがこれに変えた途端とたん苦情がパッタリ止んだ。浅い部分で他人を判断するこの国の気質きしつそのものだ」


 吐き捨てる様に文句を垂れる。


「ならいっそやめりゃいいのに…いい歳なんだし」

「お黙り。こいつはもう人生の一部なのさ。やめる時は死ぬ時だよ」


 八重ちゃんが底意地の悪そうな顔でニィッと歯を見せる。入れ歯じゃないのが自慢と言っていた頑丈そうな歯並びだ。

 こりゃ当分は死にそうにねぇな。電子煙草に変えたし尚更。

 俺は今し方代金を払ったばかりの煙草の箱の封を切ると、新鮮なモクの香り漂うその一本を抜きくわえる。


「換気扇の下でお吸い」

「へいへい。ここもですか」


 言われた通り台所の換気扇を回し、ついでに換気効率を上げるために窓も少し開けて火を点ける。

 吐き出した煙が勢い良く気流に巻き込まれ強制的に外界に吐き出される。かつて自由にもてはやされていたモノが行き場を追われていく、まるでこの世界の様だった。


「アンタがここに来たって事は、アレの取材が目的だろ?」

御明察ごめいさつ

「最近じゃ世界各国で問題になってるようだねえ」


 八重ちゃんが炬燵こたつの上の新聞を持ち上げ数ページめくるとくだんの記事がっていた様だった。


「どう思う? いやどう思うって質問もどうかと思うけどさ」


 これがまともな取材では無い事は分かっているけど、質問している相手もまともじゃないからまあ問題は無いだろう。


「アンタの中で見立ては出来てんだろう? なのにわざわざ聞きに来たのかい?」

「や、それもお見通しですか」


 ボサボサの後頭部をポリポリ搔く。


「オバちゃんが2年前に会ったって " カイゾク " …、実際にはどんな感じだったの?」

「イケメンでした!」


 言葉が手裏剣のような鋭さをもって勢いよくカッ飛んできた。


「あ"?」

「もうねーアレねー何て言うの? 運命? 財布入ったバッグがひったくりに取られちゃってどうしようかと思った瞬間に彼が颯爽さっそうと飛び出していってあっという間に取り返してくれたのよねぇ。もうヒーローっていうの? それとも王子様? しかも 『礼なら要らねぇよ』ってああああ最高カッコいいアハァァァァ!!! 」


 八重ちゃんが…コワレタ…。


「でもそのまま無言で去ろうとしたんだけど突然倒れちゃってね、あわてて介抱かいほうしたら『飯食って無くて…力が…』ってまさかのお茶目さんでね! そりゃもう腕によりをかけて満貫全席まんがんぜんせき振る舞ったのよ❤ ウメェウメェ言って涙流しながら完食してたわ❤❤ その時思ったのよね、『ああこの人にはアタシのような人間が必要なんだ』って! ヒャハッ!!」


 これは思ったよりもキツイ。老いらくの恋か?


「ちょ、ちょっとストップ! 分かったから! 分かったけどどうしてそこからそいつがカイゾクだって話になったのさ!? それってただ行き倒れた恩人おんじん餌付えづけしただけじゃん」

「だってその後に自分はカイゾクだって言ったし、あのウワサの乗り物も実は隠してあって近くにあるって言ってたし」

「まじかよ(それだけ?)」

「まじさね(それだけ。)」


 ていうか、自分の事をカイゾクだという人間に対して何にも思わなかったんだろうか。普通に考えたらとんでも無い事言ってるんだが。俺だったら警察に電話するかタツにUMAネタとして売ってる。


「ああ、そう言えば…探してる物があるって言ってたっけねぇ」

「探してる物? 何を?」


 八重ちゃんはこめかみを人差し指でツンツンしつつ記憶を辿たどる。

 換気の為に開いた窓の外を自転車が通る音が静かな室内に飛び込んだ。


「うーん、そこまでは聞いた記憶は無いねぇ。まあ聞くに聞けない雰囲気ふんいきもあった気がするし」

「そっか…」


 何かを探すために現れた正体不明のカイゾク…。うーむ、記事にするにはちょっとまだ情報不足だ。


「そいつと最近暴れてる奴って別なのかね」

「まあそうだろうね」


 八重ちゃんが間を置かずに即答する。

 表の通りから子供のはしゃぐ声がした。客ではなさそうだ。


「どうしてそう思うのさ?」


 吸う事を忘れてた煙草を再びくわえ、紫煙を換気扇に吐き出す。


「『面倒な奴等に追われてる』って言ってたしねぇ」

「追われてる…?」

「追われてるって人間が世界中で暴れてえて目立つような危険をわざわざおかすかね?」

「確かに…」


 探し物があって、追われてる。

 なんか頭に引っかかった。何だ…?

 その時、ピンポーンという来客を知らせるチャイムが鳴り響いた。子供の声がする。

 どうやら来客の様だ。


「ちょっと出るからね」

「ああ」


 八重ちゃんはスタスタと店の方に。丁度いいから今の内に調べるか。

 吸ってた煙草を携帯灰皿にじ込み消火したのを確認すると、携帯電話を取り出して検索。

 調べるのはカイゾクの出現地域。そして


「あ…」


 なるほど、そういう事か。

 おぼろげではあるが、八重ちゃんの言っていた事の意味がつながった。







 (次話へ続く)







       

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