卒塔婆の街のブンヤ 2
コーヒーまだ物足りないならおかわりしよ。
俺はソファーから立ち上がると再び水屋の方へと歩く。その俺の背中に独り言のようにマサが呟く。
「二年前、都心上空に突如現れた小型戦闘機と思われる謎の飛行物体───。世界中現存するどの系統の戦闘機にも該当せず所属も不明。嘘か本当か、後に搭乗していたのは同じ人類であった事、自らを " カイゾク " だと名乗った事などが明らかになる───」
さっき使ったばかりだけど癖でつい電気ケトルを水で濯いでしまった。まあ問題無いよな。
カルキ臭い水を少量注ぐと台座にセットしてスイッチオン。
「最初の遭遇から約半年は何のコンタクトもされなかったが、形状は違えど共通点の見られる同型飛行艇が世界の至る場所にて目撃されるようになり、そしてとうとう世界に牙を剥き始めた、か」
「さすが重役、俺より詳しいんじゃね? 取材代わるか?」
俺はへっへっと冷やかしながら使ったカップをケトルと同じように軽く流水で濯ぐ。
「馬鹿言うな。俺が知ってるのはせいぜいニュースの見出し程度さ。お前の取材量がどれだけ多いかなんて分かってる」
「お褒めにあずかり僥倖至極」
濯いだカップに先程と同じように先にインスタントコーヒーと砂糖とミルクを混ぜ入れておく。
「被害が出たのは勿論問題ではあるっちゃあるんだけどさ、何つーか…最初に現れたカイゾクと今世界中で悪さしてるカイゾクは…うーん…」
「あ?」
電気ケトルが沸騰した。
カップにそのまま熱湯を流し込む。
「多分、全然違うんじゃねーかな」
湯気が立ち上り鼻腔をくすぐる。インスタントであろうとこの瞬間の香りだけはおっさんになるまで生きてても好きなままだ。
「何故そう思う?」
「勘」
「勘かよ」
「勘ですよ」
カップに口を付ける。あっつ!!
飲むのは一旦置いといてソファーへ。今度はこぼさないように座る。
「最初に目撃された戦闘機に乗っていた人物と " 誰か " に接触してカイゾクと名乗った人物は恐らく同一人物だ。けどその後現れて暴れてる奴等はカイゾクって肩書だけパクったただの侵略者か愉快犯だと睨んでる」
マサが飲むか迷っていたカップをまたテーブルに戻した。
まだ飲めないのかよ。どんだけだ。風味なんてもう残らず死んだぞ似非グルメめ。
「勘という割には随分と自信有り気じゃないか。何か掴んでるのか?」
「企業秘密です」
淹れたてのコーヒーをズズっと啜る。
「大した企業じゃないだろう、ウチは」
「おぃィ…問題発言だぞそりゃ」
おっさん二人、深夜の小汚いオフィスで含み笑い。
これが今の日常だった。
「まあ冗談はさておき、実はその " 最初にカイゾクとコンタクトした誰か " と偶然にもオトモダチだったんだよな、俺」
「…! マジか!?」
「大マジ」
俺はニヤリとVサインを向けた。
恐らくその画は全世界瞬間最高小汚い指数上位だったと思う。
「これ以上のヒントは流石に言えないけど」
「当たり前だろ。その人物にどんな危険があるか分かったもんじゃない。俺にだって言う事じゃ無いだろう」
これだからお前は信用出来るんだぞ、マサよ。
「じゃあ今後やっこさんに何かあったら喋ったお前のせいだって事だな」
「馬鹿野郎」
ヤレヤレという複雑な表情で俺を睨む。
「それにしても───」
「あん?」
マサが再びカップを手にする。
お、いよいよ飲むのか? 飲めるのか?
「何で、そこまでカイゾクを追うんだ?」
両手でカップを一回りさせるとまたテーブルに置く。
何してんだお前…茶道かよ。
「何で?ってまた何でだよ」
「いや、何て言うか…悪い意味に取らないで欲しいんだが、お前が何かに興味を持つのが珍しいと言うか…」
「悪い意味に取ったわ」
「すまん」
「嘘だよ真に受けるなアホ」
へっへっと笑いカップを煽る。
「そうだなあ…確かにお前の言う通り、何かに興味を持ったりってあまりしなかったんだけどさ」
カップの底に僅かに残るコーヒーが頭上の蛍光灯を映している。
こちらを覗き込む小汚いおっさんもついでに。
「なーーんか、昔から知ってる気がすんだよな、カイゾクって奴等」
「昔からって…まさか」
マサがハッとした顔をする。
「多分、オヤジに拾われる前。戦争孤児になるもっと前から」
「どういう事だ…? その前の事は全く憶えていないんだろう?」
「さてね。ただの気のせいかもしれんし、けどカイゾクの件はそれとは別に興味はあるし、もしかしたら?って程度だよ」
深淵《水面》からこちらを覗き込む男《俺》をグイっと飲み込む。
「…思い出したいって、今でも思ったりするのか?」
気を遣ってるのか、それとも興味本位か。まあマサの性格なら前者か。
「35年も経ちゃ別に今更どっちでもいいさ。思い出したところで今の自分が変わる訳でも無し」
「まあ、確かに」
「悪い意味に取ったわ」
「す、すまん」
「嘘だよ学習しろよ。真面目か」
ゴシップ漁りで食ってはいるが、こいつは生来普通に " いい奴 " なのだ。俺なんかとは真逆で。
だからこそ友達の少ない俺の貴重な理解者なのだ。
「…思い出せるといいな」
再度、カップを持ち上げ、注意深く口を付ける。
「さあな」
ぐびっと飲み込むマサ。
「んぐっ…マズっ!? …お前なぁ!!」
…それ、俺のせいなの??
(次話へ続く)