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発見

釣り用具の入ったケースをバケツに入れる。

蓋をするように、プランクトンネットとガラス瓶も入れる。

よいしょ、と腰を上げて玄関の扉を開けた。夏といっても早朝はまだ涼しかった。

天気は晴れ、街灯はまだついているが、十分すぎるほど太陽が明るい。

自転車に乗る。カゴにバケツを入れて、左手でロッドとハンドルを握って走り出す。

まだ朝の5時半だ。道をゆけども通行人は見当たらない。ケンジは誰もいないようなこの感覚が好きだった。



十数分で海へはついた。海岸で釣りをしている人はいない。防波堤の近くに自転車を止めて、浜の方へ降りていく。波は穏やかであった。

いつどおり、まずはプランクトンネットを投げる。弧を描いて数メートル先に落ちる。縄を引いて手繰り寄せる。うまい具合に海水が入っていた。コックを回して瓶に海水を入れる。

さぁ、それじゃあカニを探すかな。

浜の海岸線は数キロ続いていた。今日は澄んでいて遠くの埋立地が見える。地方創生の一環として建設された研究施設が霞んで見えた。

遥かに施設を拝みつつ、足元を調べながら歩く。

ケンジの探しているものはスナガニであった。正確に言うとスナガニの巣穴である。

海水を採集してスナガニを取り、釣りをする。これがケンジの毎週の習慣であった。

見つけた!さっそく周りの砂を穴に入れる。そうして穴をほっていく。

砂の色の違いを頼りに黙々と掘り進める。出てきた!慌てて逃げるスナガニをひょいと捕まえて裏側を見る。メスであった。




500メートルほど歩く過程で6匹ほど捕まえた。こいつは唐揚げにするとおいしいのだ。ヒロシも好きで、博物館に持っていっても喜ばれる。

さあてそろそろ引き返そうか。踵を返して足跡をたどる。もう太陽がの光が痛いほど強くなっている。

浜にはペットボトルやポリ袋の残骸が散乱していた。有機物質で出来ているというからいづれは微生物に分解されるらしい。そうはいっても光景は汚い。昔は今以上に浜が汚くて、ここも釣りは出来なかったと聞く。

おや?ケンジは波打ち際にある白いポリ袋のようなものに目が止まった。今動いたような?


近づいて観察してみる。それはクラゲのような生物であった。半透明な10~15センチの比較的小さな個体で、ひし形の頭部から小さな胴がちょこんと出ている。胴の末尾にはヒレが付いていた。

頭部の前方両側にはそれなりに大きな黒目あった。プランクトンをそのまま大きくしたような不思議な格好に、ケンジは強く興味を持った。

クラゲのように見えるけど、それにしては体が丈夫で形が崩れないし、魚にしては不自然な形だし・・・・もしかして深海魚かも?

ヒレが小さく動いた。やっぱり生きている!でも深海魚だとしたらどう飼育したらいいんだろう?

「ええと、とりあえず水入れるか。」

海水をバケツに入れてその中に生物を入れた。カツオノエボシのように毒を持っていないか心配だったが、好奇心には勝てなかった。

今日は休日だし、たしかヒロシが博物館に早く行くって言ってたなぁ、ヒロシに見てもらったらわかるかも?

親には8~9時に帰ると行っているからまだ時間はある。とりあえず博物館へ行ってみようか。




博物館の玄関は開いていた。中へ入って事務室へ行く。明かりはついていたが誰もいなかった。

「おーい、来たよ。」

大声で呼んでみる。資料室の方から声が帰ってきた。


資料室ではヒロシが剥製を触っていた。

「展示用?」

「そうそう、今度小学生を対象にした展示会あるから、それの準備。」

「展示会ってたしか来週でしょ?こんな早くにこなくてもよくない?」

「院生は毎日研究があんの!今日も午後から大学行かないといけないし、時間がなかなかとれないんだよ。」

「ははぁ、それはなかなか厳しいね。」

ちょっとした話をしたあとにヒロシが聞いてきた。

「珍しいな、お前今頃釣りでもしてるんじゃなかったんか?」

「うん、さっきまでやってたんだけどね、ちょっと変なもの見つけたから、見せようと思って。」

「変なもの?」

床においていたバケツを拾って中を見せた。浮いてしまっているが動いている。

「なんだこりゃぁ?魚、いやクラゲか?」

ヒロシがバケツを受け取って中を覗いた。

「持ってもいい?おお、意外と重いな。うろこはないのか。この目ン玉、なんか不思議だな。ザラつきがある?」

「あんまり触らないほうがいいかも。なんか弱ってるし。」

「確かにな。とりあえず容器に移したほうがいいかも。海洋コーナーの水槽にでも入れようか。あとは餌だけど・・・」

ヒロシがバケツの中を食い入るように見つめた。

「こいつ・・・口はどこにあるんだ?というかエラもないし肛門も見えないし、魚じゃなさそうなんだよなぁ。やっぱりクラゲか軟体動物かもな。」

「あんたでも知らないんだ。もしかして新種かも?」

「俺は海洋資源選択なの!海洋生物あんま知ってるわけじゃないんだよ。でもまぁ、見たことがないし新種っぽいような。これどこで見つけたんだ?」

「いつもどおりの海岸に打ち上げられてた。」

「この辺か・・・。このあたりは南からの海流で流されてくるものが多いからな。南の海溝に生息してるものかもしれん。」

「つまり深海魚ってわけ?」

バケツを運びながらケンジが言った。

「たぶんそうだと思うんだけど・・・・・・いやわからんわ。ちゃんと調べてみないと。」

海洋コーナーに入る。プレートのシールは剥がれて音の字が見えていた。

「よし、この水槽に入れよう。」

1メートルほどの大きさの水槽にはクマノミやハコフグが入っていた。その中にヒロシがバケツを傾ける。クラゲのような生物は一旦沈んだあと浮いてしまった。

「うーん、あとは酸素を吸って生きてくれたらいいだけどなぁ。」

ケンジが壁の時計を見た。もう8時を超えていた。

「ごめん、そろそろ帰るわ。なんかあったら連絡ちょうだい。」

「おけ、家の電話にか?」

「それしかないだろ。」

「この時代に大変よな。」

胸ポケットのスティックを確認しながらヒロシが言った。軽く手を振って外に出る。




「へー、そんな生き物がいたんだ。」

すっかり冷えた朝飯を電子レンジで温めながら母親が言った。

「それがもし新種だったら、あんたが名前決めれるわけ?」

「まだ新種と決まったわけじゃないけど、多分できるんじゃない?ササキなんちゃらとか。」

「すごいねえ、もしそうなったら私、職場の人に言いまくると思うな。あれが子供が見つけた魚ですって。」

「魚かどうかはまだわかってないんけどな。」

玄米入りごはんとベーコンエッグを食べながら答える。ベーコンエッグはやや焦げ気味だった。

「話は変わるけどさ、いつになったらタブレット買っていいの?今日とかも博物館に連絡できなくて辛かったんだけど。」

「それはお父さんに言ってほしいんだけどね、私としてはどっちでもいいよ。」

「高校生で持ってないのって俺かガリ勉のやつだけなんだよ?どうせ父さんだって高校生のときには持ってたはずでしょ。」

「持ってたと思うけどね、なんかゲームとかにハマっちゃうことが多かったみたい。柔軟な学生時代はゲームとかの代わりに、本よんだりいろいろ体験しろってことだろうね。」

「母さんはどうだったの?」

「私?私はまぁ・・・それなりに使ってたけど。」

「あーあ、母さんがもっと言ってくれればいいのになぁ。」

「私が言っても多分契約してくれないって。あんたが父さんを打ち任せるくらいの思考力を身に着けないと。」

そりゃ無理だ、と思いながら最後のベーコンかけらをほおばる。あの厳格な父親をどうやって説得する?


電話がなった。今どき固定電話を置いているのはうちと老人夫婦くらいだろうか。母が出る。

「はいもしもし、佐々木です。あ、はい。そうです。ええと、ヒロシさんですね。」

「ケンジ、博物館のヒロシさんから。なんかあんたの見つけた新種についてみたい。」

新種かどうからわからんけどな、そう思いながら電話に出る。

「代わったよ。どうしたの?」

「「ええと、あの後あれ、浮いたままでさ。もし深海魚だとしたらやっぱり水圧調整しなきゃいけないと思うんだよね。資料室に高圧水槽あったの知ってる?」」

「あー、なんか見たことあるかも。でもあれ使えんの?」

「「一応動かそうとしてるんだけどさ、装置が大掛かりだからちょっと手伝ってほしくて。」」

「わかった。今から行くよ。」




資料室から出された高圧水槽はかなりホコリを被っていた。

丈夫に球状の耐圧ガラスでできた水槽、下部に圧力ポンプが設置されていた。高さは1メートルはあるだろうか。水槽を支える鉄枠は若干錆びていた。

水槽には既に海水が入っていた。ヒロシがポンプを調整している。

「はえー、こんなものがあったんだね。こんなお高そうなもの!」

「当時は数十万円はしただろうな。市の水族館に設置されてたらしい。廃館になったときにこっちに来たんだって。でもまぁ、うーん。ちょっとメンテナンスがいるなぁ。オイル取ってくれない?」

「床にあるこれ?」

「そそ。なんかギアも欠けてるぽいから、本格的に修理は難しいな。こういうときに近藤さんがいればなぁ。」

「近藤さんなら明日来るんじゃない?」

「そうだったっけ。それなら明日、ちゃんと見てもらおう。今ん所はこれでいいかな。ポンプ動かすからあの生き物持ってきてくれない?」

「りょうかい。」

資料室、もとい給食室を出て海洋コーナーに行く。ぷかあと浮かんでいる生物をバケツに入れて持っていく。



二人でいろいろいじりながら、なんとか起動できるところまで修理ができた。

くすんでいたガラス球も、一応の輝きを取り戻した。ヒロシがスイッチを押す。

ポンプが唸りだした・・・かと思えば甲高い音を出して停止した。

「うーん、モーターのほうもおかしくなってるのかもしれないな・・・。これはちょっと、俺らだけじゃどうしようもないな。」

「ええっ、でもこれ直さないとあいつ、死んじゃうかもしれないでしょ?」

「深海魚ってのは生きるほうが少ないからな、まぁ死んだ後に上手に標本にすればいいんじゃないか?近藤さんが明日来るから、明日まで持てばなんとかなるかもしれないんだけどなぁ。」

「なんとかって・・・・、これはもう無理なような気がするけどね。」

ヒロシがちらと時計を見た。もう11時になっていた。

「ごめん、そろそろ大学行かなきゃならないんだわ。一応写真とっとくから、魚に詳しい人に見せるよ。お前はこの後どうするんだ?」

「うーん、一応もうちょっと修理してみるよ。構造自体はそんなに難しくなさそうだし。今日は暇なんでね。」

「わかった。感電しないように気をつけろよ?」





ヒロシがいなくなった後もケンジは修理を続けた。しかし一向に直る気配はなかった。もう3時間ほど過ぎていた。

修理にも飽きてきたとき、気の緩みからか装置を倒してしまった。

「あーっ!」

幸い、ガラス球の部分は近くのダンボールの上に落ちた。音はしたものの割れてはいない。

しかしポンプ部分が大きな音をたてて床に打ち付けられてしまった。

「あーもう、これ絶対壊れたでしょ・・・・。」

とりあえず起き上がらせてスイッチを入れてみる。

ポンプは少し音をたてながらも、順調に動き出した。圧力メータの矢印が徐々に上がっていく。エアーも出始めた。

「マジ、直った?」

床を見ると小さな金属片が落ちていた。形からして歯車の欠片だろうか。倒れたときに落ちたらしい。

「これが歯車に噛んでたのかな・・・、まぁいいか!直ったし。」

早速、水槽に戻していた謎の生物をガラス球の中に入れる。蓋を固定してポンプを始動する。

生物は息も絶え絶えといった様子だ。

「さぁなんとか生き延びてくれよ~?」







翌日、ヒロシは博物館に向かった。

昨日中途半端に終わった、来週の催しへの準備のためだ。

朝の8時頃に向かったのだが、既に玄関は開いていた。誰が来たのだろうか?

事務室の方から声が聞こえた。ケンジの声であった。

「おい、お前こんな早くからどうしたんだ?なんか忘れ物でもしたのか?」

振り返ったケンジの先には昨日の高圧水槽がおいてあった。中にはあの生き物が入っている。

「あ、おはよ。なぁこの生物、すごいんだよ!こいつラジオ使って話せるんだ!」


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