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055、桜舞い私怨舞う

挿絵(By みてみん)

青鎬の車椅子姿、というものを想像した者がいるだろうか。少なくとも凍上には想像出来なかった。病室の窓際に、膝に青い毛布を載せ車椅子に腰掛けて窓の外の景色を眺めていた青鎬は、凍上の気配に振り向いた。笑う。


「お前にこんな姿見られるとはな。ざまあねえや」

「――――見舞いの花です。花瓶もありますので活けて来ますね」


 青鎬の自虐的な言葉は聴かなかった振りをして、凍上は桜の枝とそれを活けるに相応しい切子細工の透明な花瓶を持って室外に出た。手洗い場でザーーーーと水を出して花瓶に溜め、花屋で貰った栄養剤を入れて桜の花を活けた。あんなに悄然とした青鎬は初めて見た。いつ、何があっても彼には豪快な笑みが似合った。青鎬は生まれついての戦士(ソルジャー)だ。その彼から戦場を奪うとは、死ねと言うも同じことだ。

 有栖の能力では補い切れなかった彼の下肢はついぞ動く素振りを忘れたように沈黙している。

 だから。

 だから凍上は篠蛾敦人を殺さなければならないのだ。理由はそれで十分だった。水はもうとうに花瓶から溢れていたが凍上は気づかなかった。銀色の流しに目を伏せる。zを大切にしろという砂嘴の言葉が蘇った。今回ばかりは日頃忙殺されている凍上に三課課長大山田大二郎から直々に見舞いの許可が出た。大山田も渋面だった。それはそうだろう。三課の華の腕が手折られ、次にはエースを戦線離脱させられるに至ったのだから。

外には桜が八分咲きで、入院患者や見舞客の目を楽しませている。空は和むように柔らかな青。日が丁度、天頂を過ぎたあたりだった。凍上は滅多に強化結界で人を招かない。不得手なのだ。だから今だけ、〝彼〟の力を借りようと思った。

 病室に戻り、サイドテーブルに手早く花瓶を置くと、それじゃあ、俺はこれでと言って青鎬に背を向ける。青鎬も余り長居されたくはないだろう。見られたくないだろうと、そう思えた。今の自分の姿を。


「π君。俺をそちらに導いてくれ。決して危害は加えないと約束する」


 確固とした声が病院の廊下に響き、一瞬後、凍上の姿はそこから掻き失せていた。


 凍上の声を聴いた時、πは唇に指をあて一考した。

 凍上の考えんとするところは解る。そして冷たいようだが自分にその手助けをする義理はない。だが。

 数美の面影が浮かぶ。

 彼女ならば凍上の助力を進んでするだろうと容易に考えついてしまう。解り切った回答だ。だからπも、愛する少女のように動いてみようかと思った。凍上は、信頼に足る人物だとも思える。

 やがて現れた凍上は、自分の周囲を見渡した。

 そこはπたちの家のリビングで、凍上の正面にπ、その向かって右にカレン、左にxが並んでいた。加えてΩが凍上の座るソファーの隣に立ち腕組みしている。この家の住人たちの資料はあらかた頭に入っている凍上にとって、驚くべきことはなかった。香澄の不在は彼を安堵させるものでもあった。

 πがやや前のめりになり両手の指を組む。


「復讐なんて止めたほうが良い」

「催馬楽吉馬の復讐を考える君が言うのかい?」

「篠蛾敦人の能力は底が知れない。俺でさえ、敵うかどうか」

「構わない」


 すう、とπの紫の瞳孔が細くなった。


「貴方は貴方の命を随分軽視しているようだが、自分が死んだらzがどれだけ嘆くのかは考えないのかい?」


 凍上の中、香澄の笑顔が浮かんで、消える。翡翠色の瞳の貴い人。


「…………」

「それでも、そこを推して、とまで言うなら、良いよ。俺の能力で篠蛾敦人を招く強化結界を作ろう」


 その時、場違いに冷蔵庫の扉が開いてバタンと閉まる音がした。次いでグラスに液体を注ぐ音、嚥下する音――――――――。


「っく~~~~! これこれ、この一杯が堪らないのよ。やっぱ日が明るい内は白ワインよね。ビールは夜の飲み物よ」


 紫に長い髪を染めた豊満な女性が威勢の良いハスキーボイスで言うのを、凍上は呆気に取られて見ていた。その内、その視線に気づいた女性がはあい、と愛想良く手を振る。大柄な造作だが美人の部類に入るだろう。


「初めまして、男前さん。あたしはy。まあ、もう統監府のリストには入ってるんでしょうけど」


 言うだけ言うとグラスとボトルを持ってさっさと廊下の向こうに消えてしまう。πが溜息を吐いた。仕切り直しで、πが凍上に念押しした。


「貴方一人で良いの? うちからも戦力は出せるけど。あの酔っぱらいとか」


 凍上は微笑する。


「これは俺の私怨だから」


 無関係の人を巻き込む訳にはいかないんだよと続けて、凍上は強化結界の内に身を委ねた。


「うちのzを泣かせてくれるなよ」


 ぽつりと落とした呟きは、凍上には届いただろうか。


これらの経緯を視ていて慌てたのは観測者である慶伍、斗支夜、久真だった。彼らは統監府近くのホテルの一室内に身を寄せて、ひたすら統監府、記号持ち、異能の王たちの動向を監視、観察していた。


「あ。やば」

「やばいやばいやばい、今、凍上薫に死なれる訳にはいかん! 1と2と3の鍵を握るのは彼だ!」

「どうする? 不干渉が大前提なんだが」

「……止むを得んな。斗支夜、行けるか」

「解った」

「引き際も考えろよ、お前まで死ぬんじゃないよ!」

「注文が多いな」


 心配性の慶伍の言葉に斗支夜は苦笑し、πの創り出した強化結界に侵入した。


 一つの強化結界内に、集った人間が三人。


 篠蛾敦人、凍上薫、堅洲斗支夜。


「これはこれは。そちらから招いてくれるとは有り難い。あれかな? さしずめ初音にやられた後遺症で青鎬湯楽里が使えん駒になったかな?」


 明らかに挑発ととれる言葉。安易に乗る程、凍上も愚かではない。淡々と氷の銃を作り出す。

 ちらりと斗支夜を見たものの、敵ではないとのざっくりした判断の末、敦人との戦闘に挑むことにする。斗支夜は中国拳法のような変わった構えをしている。

 凍上が作り出した氷銃の標準がぴたりと敦人の眉間に据えられた。



友情出演:黒猫の住む図書館さん、堅洲斗支夜さん、美風慶伍さん、月乃輪久真さん

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