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052、神の手とマエストロ

挿絵(By みてみん)



挿絵(By みてみん)



 青鎬と音叉が、再び強化結界に招かれたと自覚した時、彼らはこれを記号持ちたちの仕業か、敦人によるものなのか惑った。

 だが、現れた厳めしい顔の男は黒い単衣に袴を穿いていた。腰には佩刀。まるで暗色の刺客さながらの恰好は、敦人陣営であることを連想させた。


「篠蛾敦人のお身内かい?」


 どうせ答えまいと思っての問いだったが、相手は律儀に首肯した。


「然り。初音と申す。敦人様に身命を捧げた者。以後、見知りおきを」

「行儀の良い部下だね」


 青鎬は音叉をこの結界から弾き出すかどうか迷った。今なら出来るだろう。だが青鎬が迷っている内に音叉が動いた。11・1秒の奇跡だ。初音に迫り、笹切りを首元に当てる。初音はこれを音叉の速度に匹敵せんばかりの速さで避けたが、首に浅い傷が出来る。この時点で青鎬は音叉をここに留め置くことに決めた。肉親の情の前に、彼女は戦力となる。何より青鎬は刀の相手が難しい。不可能ではないが、素手で初音を仕留められるかどうか自信がない。


「砂嘴班長を損なったのは敦人の意思か」

「然り。そしてあの方の意思はまた私の意思でもある」

「よく解った。お前はぶっ殺す」


 音叉が動き、それに合わせて青鎬が動く。初音が抜刀する。抜刀した先から水が溢れ出て、空間の全てを、初音を除いて満たした。音叉がすかさず111メートル以内の空間を白で染め上げ、初音の水を弾いた。ポタポタと青鎬はスーツから水を垂らしながら初音に殺到した。回し蹴りを仕掛ける。初音のバランスが崩れたところで、首筋に黒炎を纏わせた両の拳を打ち付けた。普通はここで首の骨が折れるか、軽くても昏倒するところである。初音は違った。体勢をすぐさま立て直し、青鎬に向けて刃を繰り出した。青鎬は切っ先から身を退き、上段蹴りを放つ。初音には効いた様子がない。どうやらこの男は並外れて頑丈らしい。その上、得物を手にしている。音叉がまたも笹切りを斬りつけるが、児戯のようにかわされる。

 それにしても、と青鎬は思う。

 自分と音叉という異能持ち二人に対して、この男一人を遣わすというのは、舐めた話ではないか。その答えはすぐに出た。

 腐乱した肉塊が、上から次々、降ってきたのだ。


「音叉! これに触るな!」


「良い勘をしている。それに触れると痺れるからね」


 敦人は常の座敷で、強化結界の中を〝遠隔操作〟していた。初音を選んだのはその実力からでもあるが、何より敦人が遠隔操作するに適した媒介となり得る人物だったからである。初音の実家は神社で、初音は(かんなぎ)としての素質に秀でていた。敦人が、初音を媒介に、強化結界にいる音叉と青鎬をなぶるように殺す。その積りでいた。出来ればうんと残忍に、惨たらしく。敦人は尾曽道の件ではかなり立腹していたのである。


「ほら、次だ。踊れ踊れ人形たちよ。お前の全ては我にある。それは天が天であるように、地が地であるように明白な理なのだ。アップテンポ、アップテンポ、狂騒曲を奏でろ」


 青鎬たちの上に鋭利な刀剣の類が降って来る。今、敦人は、強化結界の中の神だった。


「……篠蛾敦人かっ」


 青鎬は音叉を庇った為に右肩を損傷した。駆け寄ろうとする音叉に手で動くなと命じる。


「黒だけじゃ足りねえな」


 ぽつりと呟く。


「白炎、来い!」


 白い炎は黒い炎より尚、熱い。流石にその熱波に初音が数歩、後退る。


「音叉、遠くに行け」


 白い炎を纏った青鎬の両腕は、その強烈さに反して神々しかった。神の手。その神の手で以て、青鎬は初音と渡り合おうとの心積もりだった。そこにまた、腐乱した果物や花が落ちてくる。


「うるせえんだよ」


 青鎬がそれらを手で凪ぐと、燃える間もなく敦人の落下物は消えた。少し青鎬を甘く見ていたかもしれないと敦人は思う。しかし、初音にはこのまま戦い続けてもらおう。貴重な戦力ではあるが、喪ったらその時はその時だ。初音の刀も只の刀ではない。


 青鎬の腕と初音の刀が交錯した。ジュワッと焼ける音がする。初音の刀はご神刀だ。そう簡単に燃やせる代物ではない。但し、青鎬の強力な炎に対してどれだけ凌ぎ切れるか。しばらくの間は、炎と刀の打ち合いが続いた。


「仕方ないね」


 敦人が、青鎬の指示を守り距離を置いて二人の戦いを見守っていた音叉のほうに、ひょい、と指を指す。音叉が異常に気付いて上を見上げると、火の塊がコロリコロリと降って来ていた。色は黒。普段、青鎬が使う炎と同じだ。つまり、威力も同じ炎が自分目掛けて降って来る――――。

 音叉の悲鳴に、青鎬は瞬時、動いた。腕をばねのようにして初音の刀を跳ね上げ、音叉のもとに走る。焦げ臭い、皮膚の焼ける音。


「音叉! 音叉! 畜生、もう俺は喪う訳にはいかねえんだよ!!」


 上着を脱いで音叉の肩に掛ける。


 敦人はその状況をにやにやしながら視ていた。

 人の悲嘆は美味しい。人の義憤は滑稽だ。


「ああ……。父上様、母上様。これは私の罪の(あがな)いとなりましょうや?」


 初音が意味不明なことを呟く。それをちらと冷たい視線で敦人は見る。それから青鎬たちに視線を戻す。


「火傷したなら冷やしてやらねばな」


 指を動かす。指揮者のように。マエストロのように。


 ざぱりと強化結界内に水が降って来る。煌めきの圧殺。初音はある種、あらゆる覚悟が出来ていた。鋼鉄の意思だ。青鎬は、精神の柔らかいところをまだ持っていた。二人を別ったのはそれだろうか。水は幸いなことにまたすぐ消えたが、青鎬はその直後、またしても襲い掛かる初音の刀の相手をしなければならなかった。彼の脳内は今、音叉を早く治癒の異能を持つ者に診せなくてはということに満たされていた。だが現実は容赦ない。初音はどこまでも執念深く青鎬との戦闘を続けようとする。早く。早くしなければならないというのに。その焦りが隙を呼んだ。

 青鎬の腰骨を、初音の刀が一閃した。



絵はモノカキコさんよりいただきました。

友情出演:音叉さん

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