勇者と魔王
一つの暗く広い部屋の奥に、扉からの細い光を浴び足を組んで座っている男が一人いた。
「やあ、捕まってしまった」
重い扉を開けて入って来た爽やかな笑顔の青年に笑顔でその男は迎える。
「探したよ」
どさりと手にもっていた肉の塊を手放す。
よく見ると青年の服は真っ赤に染まっていた。
男は顔色一つ変えないで青年を見る。
青年もまた笑顔を保ち男を見る。
「いつから私たちは道を踏み外したのだろうか」
男が目を伏せ静かにいう。
青年はきょとんとすると言っている意味がわかったのかニヤリと笑う。
「さあ?いつからだろうね。そもそもボク達は間違っているのかな」
カツリカツリと青年のブーツが床を叩いて音を鳴らす。
広い部屋に音は響き反響した。
「…それもまた、正解なのだろう」
男は寂しそうに笑む。
青年は血濡れたその剣を両手で持つとずりずりと引きずりながら男に近づく。
「分かっているんだろう?長旅の飢餓。人間と魔物はこうあるべきなんだ。分かり合うことは出来ない。そう、世界の秩序で決まっているんだ」
青年は自らがオデッセイ・ハンガーと呼んだ男を笑顔で見据える。
ハンガーは何も言わず静かに頷き立ち上がる。
「そなたが長旅でどれほどのものを失ったのかは私はわからぬ。私はただ人と魔物が分かり合える世界を作りたかった、それだけだった。そなたの村は」
「予想外、だろう?」
ハンガーの言葉を遮り青年は言う。
「…予想外…そう、だな。あんなことになるとは」
「思わなかった。ボクもアンタも。思わないといけなかった。人間の村の結界の中に魔物を入れる、それも魔王を。当然結界は壊れ、狂化した魔物が入ってくる。それを予期できなかった。いや、分かりきっていたことなのに分からなかった」
「悪気はなかったんだ、すまないと思っている」
「謝ってボクの家族が帰ってくるなら返せよッ!」
青年は叫ぶ。
笑顔は消え、そこには憎悪しか残っていなかった。
剣を握る手に力がこもる。
ハンガーは悲しそうに笑むだけだった。
「返せよッ!父さんを、母さんを、アスターを、みんなをッ!!!!」
喉が潰れるのではないかと思うほど大きな声で叫ぶ。
その顔は憔悴しきっていて、先程の笑顔は無理した結果の作り物なのを語る。
「…返すことはできない」
静かにハンガーは言う。
その声は恐ろしく落ち着いていて、悲しそうだった。
「謝って済むことではないことは分かっている。あの時逃げてしまったのは今となってはただの心の棘。深く刺さって痛くて夜も眠れない」
そう言うと胸に手を当て服を握りしめる。
その手は震えていて、顔は泣きそうだった。
「だから」
ハンガーは顔を上げる。
「私をころして欲しい」
「ふざけるな」
スッと青年の顔から表情が消える。
剣を引きずりながらハンガーに近づき目の前まで来ると顔を限界まで近づける。
「死んだら許される?そう思ってるのか。簡単には殺さない。
屈辱的に殺してやる」
そう言うと青年は剣を構えた。