自尊心、召し上がれ
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「一人です」
「ご案内いたします。こちらへどうぞ」
僕は席に通された。
「注文がお決まりになりましたら、こちらのボタンでお呼びください」
「はい」
僕は注文が決まってボタンを押した。
「ご注文をお伺いします」
「マカロニグラタンとエビフライで」
「かしこまりました。では誰を指名しますか?」
「ミノリちゃんでお願いします」
「あの、ミノリちゃんはエビが苦手でして」
「じゃあエビフライをコロッケに変更で」
「かしこまりました。それでは厨房へどうぞ」
僕は料理を作ってテーブルに持っていった。
「ミノリちゃんお待たせ。マカロニグラタンとコロッケだよ」
「超美味しそうなんですけど」
「グラタンは僕の得意料理なんだ。ミノリちゃん、僕が食べさせてあげようか?」
「うん。食べさせてよ」
僕はボタンを押して店員を呼んだ。
「ご注文ですか?」
「はい。『あーん』を一回してあげたいのですが」
「ありがとうございます。『あーん』はただいま半額となっておりますが一回でよろしいですか?」
「はい、一回で」
「かしこまりました」
「ミノリちゃん、あーん」
僕はマカロニをミノリちゃんの口に運んだ。
「何これっ!今までに食べたグラタンの中で一番美味しいよ」
「良かった」
「濃厚でコクがあって、幾ら食べても飽きない味だね」
「喜んでもらえてすごく嬉しいよ」
ミノリちゃんのフォークは休まず動き続ける。
「このコロッケもすごく好きだな」
「ミノリちゃん美味しそうに食べるね」
「だって美味しいんだもん」
僕はミノリちゃんの食べる時の顔が大好きだ。
「オジサンは仕事何してるの?」
「タムラ亭という洋食レストランでシェフをしてるんだ」
「どうりで料理が美味しすぎると思ったんだよ」
ミノリちゃんは咀嚼しながら、ずっと微笑んでいる。
「ミノリちゃんは今ので何食目?」
「今日はまだ20食くらいしか食べてないの」
『まだ』という言葉は1食以下しか食べていない時に使うのが普通なのだが。
「すごく食べてるね」
「そうかな?」
「ミノリちゃん、指名が入りました」
店員の一言が僕の幸福のひとときを終わらせる。
「もう行かなくちゃ。オジサンまた来てね」
「レストランが忙しくてもう来られそうにないんだよ」
「そうか。また食べたいんだけどな」
「バイバイ、ミノリちゃん」
「じゃあね、オジサン。……今度お店に行ってみようかな」
ミノリちゃんは僕の席から去っていった。
「ちょっといいですか?」
僕は店員に小声で話しかけられた。
「あなた、向かいの洋食レストランのシェフですよね」
「そうですけど」
「何が目的で来られてます?」
「僕の料理で女の子が笑顔になるのを見るためです」
店員は明らかに不機嫌な顔をしている。
「嘘ですね。本当は当店の飲食スタッフのミノリちゃんを自分のレストランの客にするためですよね?」
「違いますけど僕のレストランにミノリちゃんが客として来ても別にいいですよね」
「ミノリちゃんがお金を出してご飯を食べるようになったらオシマイですよ」
店員は泣きそうになりながら喋っている。
「他の飲食スタッフが少食なのでミノリちゃんの胃袋を勝手に膨らませられると困るんですよね」
店員にはもっとミノリちゃんの気持ちを考えてほしいものだ。
「ミノリちゃんには自分の意思で行動させてあげてくださいよ」
「絶対に嫌です」
「最後にもう一度聞きます。あなたは当店の大食いスタッフのミノリちゃんを自分のレストランの客にする目的で来られましたね?」
「違います……」
僕は不敵な笑みを浮かべ、コロッケを一口かじった。