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第8章 鷹取家の参戦

1.


「ちょ、ちょっと! 飛び降りたよ!?」

 倉庫街の安全灯と、アルマーレの繰り出した炎による火事。それらに照らされたヘリの後部から、人影が計4つ飛び降りたのだ。ロートらしからぬ素っ頓狂な叫びは、それが原因である。敵と味方、どちらも対峙していることなど忘れたかのようにこの椿事を見上げていた。

 落下する人影は落ち始めてすぐ、皆片方の手をその身の前でさっと振った。するとその手の動きに従って、鈍く輝く布状の物体が現れる。ひらひらとはためくそれに、人影たちは、ある者はバタバタしながら、その他の者は身体を丸めてくるりと前転して足を乗せた。

 その途端、薄物の布状だった物体が、なんと大きく膨らんだではないか! それをクッション代わりにして、人影たちは敵と味方のちょうど中間に降り立った。首周りに先ほどと同じ布をはためかせ、まるで天女のように。

 人影――薄明かりに透かして見る限り、全員女性に見える――は左右に2人ずつ。いずれも、色合いが微妙に異なる揃いの服を身に付けている。その様子はルージュに、巫女服を活動的にアレンジしたような印象を与えた。やや細身に絞られた袴のすそがまとめられ、頑丈そうなブーツの中に入れ込まれているのも、その印象を補強する一因だろう。

 向かって一番左端の女性はショートカットを揺らし、なぜか胸に手を当ててゼイゼイ息を荒げている。先ほどバタバタと布に足を乗せた人だ。

 その右は、ざっと眺める限り、4人のうちの最年長だろうか、ルージュたちより幾つか上に見える。両腕を後ろに組んで落ち着いた雰囲気を醸し出しているが、その表情は読めない。

 少し離れて立っているのは、長い髪をひっつめた女性。最初のバタバタさんと同い年か、やや幼く見える。落ち着き具合は段違いにこちらが上だが。

 幼く見えるといえば、ルージュは右端のポニーテールを結った女性を見て首を傾げざるを得なかった。背丈や肉付きが他の3人と違いすぎて、どう見ても小学校低学年にしか見えないのだ。

 場の沈黙を破ったのは、ひっつめ髪だった。よく通るきれいな声で、

「サヤサマ、サヤサマ」と発したのだ。

 それに反応したのは、最年長の女性。首をわずかに回してひっつめ髪を見やる彼女に向かって、第2声が放たれた。

「ご挨拶をお願いします」

(ごあいさつ……? なにそのユーチョーな態度)

 ちらりと見渡すと、仲間たちも同じ思いなのだろう、戸惑っているのが分かった。

 一方、最年長――サヤサマと呼ばれた女性は、ああそうね、なんてこちらものんびりとのたまうと、首を振って彼我を品定めし始めた。それからすぐに、

「こっちね」とルージュたちを見すえて、お言葉を発した。

「こんばんは」

「は、はあ、こんばんは」

 ついさっきまでの激闘苦戦が嘘のようなあっけらかんとした流れに、それでもバカ正直にあいさつを返してしまう自分が、ルージュは悲しい。

 ついでだ。フツーに訊いてみよう。

「あの、どちら様で?」

 問われたサヤサマは、にっこり笑った。やはり年上らしく、そこはかとない色香が感じられる。

「あなたたちの会長さんのご依頼で、援軍に来たの」

 会長の依頼? 援軍?

 なごやかな挨拶からの急展開に、頭がついていけない。そんなエンデュミオールたちの代わりに唸り声を発したのは、バルディオールだった。

「タカトリケが、ついに……!」

「タカトリケ?」「鷹取って、財閥の?」「まさか……」

 仲間たちの囁きあう声。アルマーレの歯軋り。それら全てを吹き飛ばす、衝撃波が飛んできた。

「といっても、私はバックアップだから、戦うのはこの3人なんだけどね」

「あなたは戦わないんですか?」

「ええ」

「どうして?」

 ブランシュから疑念と不審の声が上がるが、サヤサマは動じない。相変わらずの笑顔をこちらに向けたまま、確かに敵であるはずのアルマーレなど見向きもしない。

「どうしてって……なんで私が戦わなきゃいけないの?」

「だって、4人しか来てないのに、1人減ったら――」

「大丈夫よ。3人とも十分な戦力だから」

 その3人を見やれば、一様に奇妙な表情をしているのに気づいた。『そのとおり』に『しようがないな』あるいは『また始まった』といった表情が混ざった、つまり微苦笑をしているのだ。

 こちらはと見返せば、戸惑いの色を濃くする仲間たち。なにやら首を傾げて黙りこくっているブラックの横から進み出て、アクアがブランシュの加勢に回った。

「それならあなたも加われば、より戦力が増す。そうじゃないんですか?」

「だから、私は戦っちゃ だ め な の」

 サヤサマの表情が『聞き分けの無い子たちね』と言わんばかりのものに変わった。だが、ブランシュは止まらず、

「だからどうして?」とついに詰問調になった。

 それに答えてサヤサマは、彼女の後方でにらみつけているアルマーレを、親指でぐいと指し示した。そして同時に笑顔で放たれた、

「だって――」に続くゆったりとした物言いは、戦闘再開を告げるゴングだった。

「こんな雑魚まで私が処理していたら、手下が育たないじゃない」

 いやねもぅ、という雰囲気に包まれた放言が沁みてたっぷり5秒、アルマーレの怒気がはっきり分かるほど膨らんだ。

「ザコ……ザコ、ザコだと?!」

 そう吐き捨てると同時に、みるみるうちに炎光弾が膨張していく。オーガたちが悲鳴を上げながら退避をするのも待ちきれず、

「ザコかどうか、その身をもって思い知るがいい!!」

 長身の彼女の半分ほどにまで膨張した炎光弾が放たれ、狙い過たずサヤサマに向かって直進する!

「来たぞ!」「全員退避!」

 エンデュミオールたちの動揺を、サヤサマは意に介さない様子。アルマーレと炎光弾に正対するため振り向きざま、左手をすっと後方に流した。

 彼女の30センチほど前に、その手の動きにつれて幕――先ほどの布とは違ってより紅色に近い――が出現し、一気に拡がる。幕は炎光弾をまともに受け止め、たわみ、しかし貫きを許さない。サヤサマの手前で炎光弾を食い止めた幕は、そのまま反対に炎光弾を発射主に向かって、

「! 弾き返した……!」

 エンデュミオール6人の一斉攻撃すら凌駕した攻撃を、あんな幕1枚で……!

 予期せぬ高速での反撃にアルマーレは対応が遅れ、自らが放った攻撃をその身にもろに食らった! 吹き飛んで倉庫の壁に激突した轟音が、ルージュたちの耳をつんざく。土煙がすぐに収まった向こうには、うめき声を上げるだけで動かない宿敵の姿を見とめた。

「うん、雑魚確定」

 サヤサマが宣告を追え、振り向いた。ゆったりと通路の端へ後ずさりながら、その手がパンパンと打ち鳴らされる。

「さ、ちゃっちゃと片付けてちょうだい」

 最後だけはお嬢様っぽく、しかし一方的に言い終えて、サヤサマは両腕を後ろに組みまた微笑んだ。



2.


 敵はオーガの群れ。さっきの光弾の往復で1匹吹き飛んだから、残り9匹だ。アルマーレが息を吹き返す前に、奴を守護するために立ち塞がるこの子分たちを片づけないといけない。ブラックは三段ロッドを引き抜くと光をまとわせ、オーガの群れに吶喊した。

 仲間たちも新来の女子たちも、同様にオーガと戦闘に入る。それを横目に、目の前にいたオーガに三段ロッドを思い切り叩きつけた。腕で防がれたものの、勢いが余ったついでに足の裏で蹴り飛ばす。そして、

「危ないっ!」

 オーガ2匹に襲われていた一番小さな女子をかばって横っ飛び。オーガの爪が背中と肩をかすめたが、アスファルトの路面を女子とゴロゴロ転がる痛みのほうが勝った。

「大丈夫か?」と腕の中の女子を見つめれば、本当に――

「こらブラック! ナンパしてんじゃねぇ!」

「誰が小学生ナンパするか!」

 いつのまにか下に降りてきて先ほどのオーガと戦っていたゼフテロス。彼女に揶揄混じりの怒声を浴びて、ブラックは怒鳴り返した。少女の身体から手を離してそのまま場を離れようとして、でもやっぱり気になって戻る。

「小学生だよね?」

「え?! は、はい」

 なりゆきに目を丸くして固まっているが、よく見るとかなり可愛い。ブラックは思わずあごに手を当てて唸った。

「んー、10年後かぁ……」

 その時、左側面から脅威を察知! ブラックは迷わずしゃがみ、頭上を唸りを上げて飛び越えていく氷球に身震いした。

「なにすんだブランシュ! 危ねぇだろ!」

「な に が 10 年 後 よ あ な た っ て 人 は……ッ!」

 きつく握りしめた氷槍に悲鳴を上げさせて、白いエンデュミオールは大立ち回りを始めた。



「なんか、白い人が暴れてる……」

 鈴香はなるべくそちらに近づかないことを選択した。右のオーガの爪を避けて、遅刃を叩き込む。オーガは悲鳴を上げ、たたらを踏んで後退した。

「よし! 次、次」

 そうつぶやいて、次はあの少し向こうにいるオーガを琴音と共同で。そう考えた刹那、右腕に鋭い痛みを感じた。さっきのオーガがダメージをものともせず、鈴香に反撃の爪を突き立ててきたのだ。

 今度はこちらが悲鳴を上げた。嵩にかかって襲ってきたオーガを、水柱が吹き飛ばす。誰が飛ばしたのかと頭を巡らす余裕もなく、鈴香は痛みでうずくまった。

 琴音と美玖が駆け寄ってくる。

「鈴香様! 大丈夫ですか?!」

「いたい……長爪より頑丈だわあれ……」

「ざっくりやられてるわね」と琴音が袖をまくって傷を確認してくれた。

「待ってて。化のう止めを――」

 琴音が腰のポーチに手をやる間もなく、鈴香の負傷した腕全体に青く光る霧が降り注いだ。瞬く間に痛みが消え、

「! 治っちゃった……」

 驚いた美玖が鈴香の袖を確認すると、オーガの攻撃でついているはずの破れまで消え失せているではないか。

「すごい……」

「だいじょぶだった?」

 声を掛けてきたのは、青いベリーショートの魔法少女だった。立ち上がってお礼を言うと、ウィンクで返される。

「どーいたしまして。ああそれ、傷は治るけど――」

「ええ、知ってます。体力は回復しないんですよね?」と琴音が受けた。

「へー、予習済みかぁ。これが終わったらそっちのこと、いろいろ教えてね。あ、ルージュ、ブラックの支援よろしく」

 突然、琴音が月輪を飛ばした! アクアの向こうでオーガのタックルを食らって、黄色い魔法少女の一人が転倒したのだ。月輪は追い討ちをかけようとするオーガの背中に突き立ち、大きく切り裂いた。

「へー、そーゆーこともできるんだ。すごいすごい!」

「いえいえ、あなたの治癒のほうが断然――」

「アクア! こっちも治癒お願い! アンバーが負傷!」

「オッケー、ロート! ちょっと待ってて」

 アクアと呼ばれた魔法少女の声は、美玖と琴音の驚嘆する声で語尾が掻き消された。少し向こうで、黒いエンデュミオールが両腕を左右に開いて薄い光の刃状の攻撃を繰り出したのだ。

「わ! ヴェティカルギロチンだ!!」

「え?! なんで知ってるの?!」

 アクアはぎょっとした顔で振り向き、呼ばれた先に向けた足を止めた。



 アスールとトゥオーノは、共同でオーガと戦っていた。数的にはエンデュミオール側が優位ながら、これもアルマーレの強大な力ゆえか、オーガの地力もこれまでのそれとは段違いに高いように思える。

 逆に言えば、そういった観察ができるような余裕が生まれているということなのだ。

(これも、あの援軍の人たちのおかげかな?)

 そんなことを考えながら、目の前のオーガに水の鞭を叩きつける。トゥオーノの電撃も追い討ちとなって、オーガは大きくよろめいた。

 その時、オーガの1体がアンバーとイエローの攻撃をかわし、こっちへダッシュしてきた!

「ごめんアスール! 1匹行った!」

「トゥオーノ! 撃って!」「溜めが間に合いません!」

 仕方なく水の鞭を振り上げようと身構えたが、オーガは急に向きを変えるとそちらへ向かった。その先には、

「あら」

 サヤサマとかいう女性が、相変わらず後ろ手で突っ立っていた。『ちゃっちゃと片付けて』なんて勝手なこと言って下がって以来、戦闘をぼんやりと見つめて何もしていない。

 オーガが牙を剥いて吠え掛かる。闘志むき出しのエンデュミオールより組し易しと踏んだのだろうか。常人なら怖気づくところなのに、サヤサマはまたアスールの意表を突いてきた。口に左手を添えて、

「ミクチャーン」と声を張り上げたのだ。それに答えたのは、あの小学生だった。

「これ、そっちへあげるから、対処してみて」

「はーい! お願いしまーす!」

 とミクも慣れた即応っぷりで、アスールは苦笑を禁じえない。

(ほんとにバックアップに徹するつもりなんだ……)

 そんな会話に構う敵ではなく、爪を彼女の身に突き立てようと両手を挙げようとした。そのオーガに向かって右手を突き出すと、サヤサマは掛け声も明るくその身を払った。

「やあ」

 軽く、どう見ても本当にさっくりと手の甲で払っただけなのに……

「……ごめーん、潰しちゃった」

「だいじょぶでーす! またお願いしまーす!」

 サヤサマはべっとりと血糊の付いた手を見つめてつぶやいた。

「まだ力の加減がいまいちだわ……これがブランク……やぁね……」

 アスールと、さっきのオーガにとどめを刺して寄ってきたトゥオーノは、顔を見合わせて呆然となった。

「なにあの人……」「スナップ一発オーガ粉々って……」



 プロテスはコンビネーションでオーガを追い詰めると、大きく蹴り飛ばして倉庫の壁際から引き剥がした。

「行くぞゼフテロス!」「おう!」

 昨今のアイテムてんこ盛りな軟弱ライバーと違って、ボタンだのスイッチだのを押す手間は必要ない。ただ左拳を握り締め! ふらついているオーガに向かって駆け寄ってェ!

「ライバーダブルパーンチ!!」

 だが、必殺のパンチはゼフテロスとタイミングがずれ、オーガをただ吹き飛ばしただけに終わってしまった。

 ブラックがニヤニヤしながら寄ってくるのが癪にさわる。

「さすが技のプロテス。時間差パンチとは恐れ入ったぜ」

「うっさいな裏切り者! 黙ってチマチマ光線撃ってろ!」

 ブラックとにらみ合っていると、イエローが警戒の声を上げた。

「何よイエロー」

「上、上!」

 見上げれば、炎の固まりが打ち上げられている。それは上昇の頂上で分散して地上に降り注ぎ、どういう意思疎通をしたのか、あるじの前面に退却したオーガとアルマーレ自身を治癒した。

「あっちも復活か! みんな、気合入れていくぞ!」

 ルージュの掛け声は、ひっつめ髪女子の一言で台無しとなった。彼女がまたサヤサマに呼びかけたのだ。戦闘再開前の、あののんびりとした口調で。しかも、

「もういい時間ですから、援護していただけませんか?」ときたもんだ。

「あらほんと」

 サヤサマは優雅な手つきで手首の内側をちらりと見やると、ひっつめ髪に向かって、いささか憮然といった調子で返した。

「仕方が無いわね。援護してあげる」

 言い終えた瞬間、サヤサマの後方一杯に、数え切れないほどの三日月状の光が顕現する!

「伏せて!」

 ひっつめ髪の発した短い警告に機敏に感応して、プロテスは地に伏せた! 10月のひんやりしたアスファルトを頬で感じる間もなく、幾筋もの三日月が回転しながら通過する音を背中で聞いた。

 オーガたちの絶叫が重なってしばらく。

(このまま伏せてたら、反撃食らうじゃん!)

 そう思い至って跳ね起きて構えを取る――必要は無かった。

 オーガは全て、文字どおりの微塵に切り刻まれていた。先ほど女子たちが放っていたものに比べて段違いの威力に、伏せが遅れていたら自分もこうなっていたという恐怖が加わって、身体の芯から震えが来る。

 構えを取る必要が無い、もう一つの理由。それは、肉片の山向こうに片膝を突くアルマーレの苦悶の表情だった。オーガを切り裂いた三日月に、まだ余力があったということなのか。黒いコスチュームのところどころに開いた切り傷から流血し、顔色が悪い。

 エンデュミオールたちの唖然呆然。それを総括してくれたのは、

「あのー、これあたしらいらないんじゃ……」

 ルージュのおずおずとしたつぶやきだった。相手はもちろん、

「だ か ら、私が戦っちゃダメなの? 分かる?」

 しれっとした答えを返すサヤサマである。その表情に、ちらりと悪戯っぽい色が見えたのはプロテスの気のせいなのだろうか。

 と、突然アルマーレが地に足を踏ん張って屹立した。咆哮とともに、またあの炎光弾が膨張する。もはやかなわぬと悟って、エンデュミオールを幾人かでも倒そうというのか。それとも、援軍の女子たちか。

 そして、そんなことをあのが看過するはずもなく。

「させねぇぇぇ!」

 ブラックもまた吼え、胸の白水晶の前で両拳を合わせた。みるみるあふれ出す黄金色の光を左右に目一杯引き伸ばして、炎光弾の発射ギリギリまで溜めて、L字に組んだ腕から光線を発射した!

 炎光弾と激突した黄金色の光線は、一瞬押し戻されるように後退した。だが、炎光弾の進撃はそこまで。逆に急激に膨らみ、あっという間に四散してしまった。押し勝った光線はそのまま怒涛のごとくアルマーレの身体を貫く!

 小さくガッツポーズをしたプロテスの横で、跳ねるようなうねるような歓声が上がった。

「ふおおおおおおラ・プラス フォールトだ!!」

 びっくりして振り向けば、ひっつめ髪と小学生だった。その両眼が輝いているのは、光線の照り返しだけじゃないご様子。

 サヤサマも、今までの様子とは違って、関心も露わな声を発した。

「しかもグリッターバージョン……」

「あの、なんでそんなに詳しいんですか? さっきから」

 ゼフテロスの問いに「見れば分かるじゃない」と答えになっていない答えを発しているサヤサマ。そのそばから、イエローが走り出した。中心部に向かったのだ。

 もはや目の光を失ったアルマーレに、眼前を通り過ぎる黄色いエンデュミオールを静止する力は無い。ただひとこと何かを搾り出すように叫んで、仰向けに倒れた。爆発するような歓喜がエンデュミオールたちからほとばしり出て、倉庫街に木霊する。

「あいつ、なんて言ってたの?」

 とルージュに訊いたが、肩をすくめられた。代わりに教えてくれたのは、サヤサマだった。

「摂政閣下万歳、だったわ」

 その前に走っていったアクアがアルマーレの黒水晶を拾って、また駆け戻ってきた。

「よかった、殺さなかったんだ」

 ルージュの心からの安堵の声に、からかいの虫がうごめくプロテスが口を開こうとしたその時、黒水晶を受け取ったブラックが文字どおり食いつかれた。ひっつめ髪と小学生が先ほどからの輝く瞳のまま、ますます跳ねる声色で。

「あの、あのっ!」

「は、はい?」

「光の共和国の方ですか?」

「え?! い、いや、地球人ですが……」

 返答を聞いても勢いの収まらない2人は、近づいてきたサヤサマと協議を始めた。

(どう思われます叔母さま?)

(そりゃそう言うわよね。最初から正体を明かすなんて普通しないし)

(さっき、インフィニティ・ブレイドを使ってましたよね?)

(エルニベルソ警備隊の先輩たちから技を伝授してもらって来てるのよ、きっと)

(どうしましょう叔母さま、おばあさまや父様に報告したほうがいいんでしょうか)

 プロテスはブラックの肩に手をやった。ニヤつきが止まらない。

「なんか壮大な勘違いをされてるよ、あんた」

「なんで俺って、信じてもらえないんだろうないつも」

 がくりとうなだれるモトカレの向こうから、ユニゾンが走ってきた。

「「おーい、みんなー」」

「真紀ちゃん! 無事だったんだね!」

 みんなで真紀を囲んで、無事を喜ぶ。一方で、それどころじゃない人もいる。

「あ、あれ? 黄色の人が増えた……?」

「そんなことより、みんなに悲しいお知らせやで?」

 真紀は楽しそうな瞳に似合わぬ悲しげな顔をした。

「ここ、もぬけの殻や。あのおっさん以外、誰もおらへんのよ」



3.


 アルマーレが孤高の敗北を喫した、ちょうどそのころ。

 アンヌはソフィーを探して西東京支部の内部を歩き回っていた。

 仮寝所でテレビを見ながら、国際情勢について語り合っているうちに飽きて、チャンネルを変えた。衛星放送チャンネルで見つけた番組は、1年ほど前に全世界ロードショーされていた映画だった。

 なかなかに泣ける内容で、ぐっときたのだが、アンヌ以上に涙を抑えきれなかったのはソフィーだった。

『ちょっと食堂で、気分転換をしてきます』

 一緒に行っては、気分転換などできないだろう。気を利かせて30分、ちっとも帰ってこない。探しに出ようとする執事とメイドに、『私も気分転換がてら、捜しに行く』と言って出た。それからかれこれ10分ほど探し回ったのだが、留守番のスタッフ以外の人に出会わない。

『ソフィーさんなら、30分くらい前に食堂で会いましたよ』

 部屋に戻ったのだとばかり思っていた。スタッフのその言葉に踵を返したのだが、アンヌはその時気づけなかったのだ。スタッフの醸し出す、申し訳なさそうな雰囲気を。

 部屋にゆっくりと戻ると、いたいた……だが、様子がおかしい。ベッドの一つに座って、顔を両手で覆っているではないか。

 あるじが入ってくるのを見とめて、困惑を隠しきれないといった表情の執事に問う。

「いったいどうしたのだ?」

「それが……お嬢様が戻るまで、待ってほしいと……」

 まさか、

「あのスタッフに何かされたのか?」

 手で覆ったまま首を振って、ソフィーは消え入りそうな声でつぶやいた。

「ナガタサン……」

「ナガタ? 彼女がどうかしたのか?」

「恋人を……オーガに殺されて……お、お腹の子も……流れたって……」

 執事は動揺をその職業意識で必死に抑え、メイドはひっと息を吸う。静寂が支配する仮寝所で、肉体も、魂も、心も。全てがずり落ちて、アンヌは声を失ったまま床に膝を屈した。

 同じ高さになったソフィーが発する声は、嗚咽混じりに変わる。

「こんな、こと……わたしたち……破壊と、憎悪を撒き散らして……殺される……支配なんて……」

 ソフィーのつぶやきを聞いて、アンヌの脳裏に電光と戦慄が走ったのは、その時だった。

 ナガタと行動を共にした時の奇妙な圧迫感。あれは、殺意だったのだ。

 あれに比べれば、ディアーブルの放つ害意すら生ぬるく感じる。

 ミシェル一党が向けてきた敵意など、何ほどのことがあろうか。

 最愛の恋人と、そのあいだにできた愛の結晶。3人で迎えるはずだった幸せ。それら全てをぶち壊した相手に対する突き刺さんばかりの殺意を、『仕事だから』というオブラートで包んだだけのものだったのだ。

 なぜなら、アンヌはオーガの、バルディオールの主だから。伯爵家の嫡女なのだから。

 こんなことを続けていて、いいのか。

『インベーダーなんですよ? 皆さん』

 あの小娘が言い放ったひとことは、核心を突いていたのだな。だが、だが何もしなければ、少なくとも侵略はともかく、愚者の石だけでも確保しなければ、父上が――

 仮寝所の扉がノックされた。我に返って誰何すると、サポートスタッフの女性だった。扉越しの声は、なにやら慌てている。

 入室を許可して早々、彼女は叫んだ。

「テレビ! テレビつけてください!」

 ベルゾーイに目線を送ってスイッチを入れさせる。しばらくして画面に映ったのは、がれきの積み重なった焦土の空撮映像だった……!

「さっき支部長から連絡があったんです! ニコラと配下の鳥人が北東京支部を襲撃したって! 支部のビルも含めて、周辺を攻撃で破壊し――」

 アンヌは皆まで聞かず、ゆらりと立ち上がった。テレビに近づいて角をつかむと、目を皿のようにして、探す。

 脳裏に、老妻の自分を拝むあの姿が蘇ったがゆえに。

 だが、どれほど探し続けても、いかに祈り続けても、あの特徴的なとんがり屋根は見つからなかった。

「なぜ北東京支部を? 港の倉庫街で儀式をしているはずでは……」

「わたしに聞かれても――」

「許さん――」

 液晶テレビの薄い角をミシミシといわせる程度にとどめて、代わりにアンヌは声に怒りを乗せて叫んだ。

「許さんぞ! ニコラ!」

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