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第5章 クズ無き勝利――連戦3

1.


『隼人……毎日愚者の石を使って……痛がって苦しんで……だんだん、あれ(・・)が取れるまでの間隔が……短くなってて……』

 朝、大学へ行こうとしていた圭は、優菜からの電話を受けていた。もう既に涙声の優菜に、先日見た映像が思い起こされる。

 3日前、隼人が愚者の石を使用した時の一部始終は、動画という形で西東京支部長によって全支部に回覧されていた。それを圭たちも視たのだ。一部のスタッフが吐き気を催したほどの衝撃映像は、あれ以来支部では"タブー"になっている。

 それを毎夜目の当たりにしているのだ。彼女の心痛はとても言葉にできないほどだろう。そう思って、

「取り上げちゃえよ、そんなもの」と、視聴したあと口々に出てきた疑問をぶつけてみた。

『したよ……横田さんと伊藤君に押さえつけてもらって……だめなんだ……戻ってきちゃうんだよ、あいつのところに……』

「なにそれ……」

 呪いのアイテム。ゲーム内ですら使用をためらうブツを、よりにもよって幼馴染が使用しているなんて。

『あいつ、どんどん痩せて……でも、学校もバイトも……休めないからって……体、辛いはずなのに……』

「そうだ! あいつ、バイトで忙しいんだろ? だったら、あいつが来る前に出動しちゃえばいいじゃん?」

 思いつきとは、大抵誰もが思いつくものである。既にその方策は昨晩に実行済みだった。

 そして、結果は惨憺たるものだった。北入り口10メートルほど先から一歩も進めず、焦りは空回りするばかり。そして時間切れ――ブラックの登場となってしまった。

『敵も分かってて……あいつが変身すると、逃げちゃうの……』

 結果、バリケードの破壊だけが進む。そして、隼人は傷んでゆく。

『このままじゃ……隼人が、隼人が死んじゃう――』

 もはや男言葉の仮面など脱ぎ捨てて、むせび泣く優菜。その事実が、圭に決断をさせた。

「千早とすぐそっち行くから。隼人を抑えて」

 慰めの言葉を数語投げかけて通話を終えた圭は、スマホを下ろすと眼を怒らせた。

「あの馬鹿野郎……」



2.


 厚く敷かれていたコンクリートの床を割って、さらに地中深く掘り下げた穴。

 そこに設置された器具に膝まで脚を差し入れて、ニコラ・ド・ヴァイユーは佇立していた。

 眼を閉じれば、足下からの地脈の噴出が感じ取れる。もちろんそれだけでそのエネルギーを体内に取り込めるわけもなく、複雑な儀式を毎朝挙行していた。

 これを朝の9時から夜の9時まで、もう5日間行っている。

(まだだ……もっと、もっと、もっと寄越せ……)

 永遠の命を手に入れるために。この国の、いや、世界の全てを手に入れるために。

 やがて、昼休憩となった。宿舎に戻ると、手回し良く執事が調えていた昼食を摂る。

 クロードが恭しく近づいてきた。

「摂政閣下、ミシェルは明日保釈されるそうです」

「まったく、手間をかけさせおって……」と苦々しげにワインをあおる。

 ミシェルが未成年買春で現行犯逮捕された。この情報は、弁護士からご注進を受けたニコラの速断にもかかわらず、日仏のメディアに漏れた。

 日本では3面のベタ記事扱いだったが、フランクではそうはいかない。ミシェルは伯爵家傘下の大企業を一つ任されているVIPなのだ。その男が、極東の島国にお忍びで長期滞在して、未成年の少女を買っていた。しかも拒絶されて暴行に及ぶというおまけ付き。

 既にミシェルに任せていた企業だけではなく、関連企業の株価も下落を続けている。

 彼の保釈が決まったのは、被害者の女性が未成年を装って相手を恐喝するつもりでいたことが判明したからである。だが、金は払っていたのだから、『未成年買春』から『未成年』が取れただけ。罪状が一気に軽くなったからこその保釈なのだが、犯罪に変わりはない。

 クズめ、と罵りかけて、ニコラはセレブらしく自重した。執事を指で招いてワインを注がせながら、眼を閉じて考え込む。

 もう少し、手綱を引き締めるべきだったか。ミシェルにその手の趣味があることをうすうす感づいていた身としては、慙愧に耐えない。あるいは鷹取家の謀略かとも考えたが、そう断じきれないのがもどかしい。

 眼を開けると、クロードがまだ目の前に立っていて、軽く頭を下げた。報告の続きがあるようだ。

「事前に用意したバリケードも、だいぶ在庫が少なくなりました。やはりあの黒い奴の攻撃は、凄まじいものがありますな」

「ふむ、もう少しここでエネルギーを溜めたかったが……」

 このような磯臭い場所で敵を迎え撃つなど、この高貴な身にはふさわしくない。

「では、ミシェルめは本拠で出迎えるとするか……」

 クロードに命じる。昼休憩を終えて、外で唸り始めた重機の駆動音に負けないように、しかし、生来備わっている威厳をもって。

「あれの準備をせよ」と。

 鷹取家の監視の目からニコラを隠すための、箱舟を。



3.


 夜。隼人はバイトを終えて、西東京支部へとやってきた――そしてあっさり取り押さえられてしまった。隼人を見つけたミキマキがいつものごとく両腕にしがみついてきて、あっと思う間もなく関節を極められてしまったのだ。

「ミキマキさん、なんでそんなこと器用にできるんすか?」

「「ふっふっふっふっ、謎の双子だからやで」」

 そんな軽口を叩かれながら腕と足を縛られて、会議室のパイプ椅子に座らされてしまった。

 るいが隼人の前に仁王立ちする。

「隼人君、キミは今日、お休みだから」

 そういうわけにはいかないよと口にしかけたが、美紀が掲げた鏡の中を見て言葉を失ってしまった。

「な? 分かるか? お前はこんなにやつれてんの。だから一日休みな」

 優菜の口調と表情が妙にアンマッチで、なぜかおかしみを感じているところに、彼女たちはやってきた。

「よう、千早、圭。見てのとおりさ、俺はお休みだってよ」

 せめておどけて冗談に流そうとして、圭がぐんぐん近づいてきて、右拳が振り上げられる。そこまで、瞬きするほどの間もなかった。

 左頬にフックを食らって、吹き飛んだ。縛られた手ではリノリウムの床に受身も取れず叩きつけられて、頭がぐわんぐわんと鳴る。そこへ、圭の声が振ってきた。

「このクズ! 女の子泣かしてヘラヘラ笑ってんじゃねぇ!!」

 伊藤と優菜が息を飲んだ以外は声も出ない。そんな中、千早が近づいてきてしゃがみこんだ。

「みんな、あんたのこと心配してるんだよ。あんたにいなくなってもらっちゃ困るの。あたしだって……」

 そのあと何か口の中でつぶやいて、千早は腰を上げた。

「さあ、会議室に行こうか」

――5分後、会議室に腰を落ち着けた千早と圭は、支部長から倉庫街要塞の概略を説明された。

「センサーとか、監視カメラの類はないんですか?」

「ざっと見た感じ、無いね」と横田が答えた。

 理佐が脚を組み直して、口を開く。

「今朝ふと思ったんだけど、どうして敵は対応が遅いのかしら?」

 物問いたげな目を向けると、詳しく説明してくれた。侵入してから20分から30分経って、やっと敵がお出ましになるのだという。

「どうせなら、入り口にこう、なんていうか――」

「「待機場所を作ればいいのにってことやろ?」」

 双子――久しぶりにユニゾンを見ると、ビクッとする――もそれを疑問に思ったようだ。るいがそれを聞いて机に頬杖を突き、しゃべり始めた。その表情は至って真面目で、千早が見たことのないものだ。

「多分敵は、十分な数がいないんだと思う」

 攻撃側には、攻勢地点を選ぶ自由があり、そこに戦力を集中できる。このケースのように、防衛側の突出を心配する必要がないなら、その抑えに戦力を割く必要も無い。

 それに対して、防衛側には敵がどこから攻めてきてもいいように、兵力を万遍なく配置する必要がある。倉庫街要塞の南側は海だから、残る三方を守備せねばならないのだ。

「だから中心部に待機していて、侵入を察知したら出動するんだと思う。空を飛べるからね」

 るいはそう結んだ。

「それにしたって、ちょっと遅い気がしますけど」

 とは祐希の反論。始めて会う子だ。というか、北東京支部のフロントスタッフとは全員初顔合わせである。

(確か、隼人にいちいち突っかかってくる子だよね)

「そうだよね。もうちょっと前で待機すりゃいいのにとは思ってた」

 小森――桃香というかわいい名前は気に入らないらしく、名字で呼んでくれとか――がつぶやき、万梨亜――エスパニョール系のハーフらしい、派手な顔がかわいい――もうなずいている。

「でね――」とるいが身を乗り出した。

「2つほど、今回の対策を考えたんだけど」

 るいの瞳は、面白げに光っている。

(キテレツな対策じゃなきゃいいけど)

 るいの性格を知っているだけに、少し危惧する千早。だが、5分後には認識を改めることになる。



4.


 アンヌとソフィーがユウナたちを見かけたのは、彼女たちがちょうど出動しようとしている時だった。チハヤとケイがいることに気がついて挨拶を交わす。

「ん? 今日はあの男は休みか?」

「ええ。ローテーションで休みを取ってるんで」

「……余裕だな」

 ユウナが何か言いかけたが、黙ってしまった。

「るいたちも、生活がありますから」

 そういうものかと考えていると、珍しく話しかけてきたのはユウキとかいう小娘だ。

「あの、アンヌさんたちにお伺いしたいことがあるんですけど」

 たちまち警戒するソフィーを目で制して、アンヌはユウキに質問を許した。

「アンヌさんたちは、どうして鳥人化しなかったんですか?」

「? わたしはしていたぞ?」

 ソフィーの反問に、慌てるユウキは訂正した。

「ごめんなさい。アンヌさんがでした」

「わたしが?」

 ユウキは心なしか目を輝かせて説明を始めた。今戦っている相手は、鳥人がバルディオールに変身している。その力は強大である。ならばなぜ、アンヌはああしないのか。

 しばらくためらったあと、アンヌは切り出した。

「ヒトではなくなるからだ」

 困ったような顔の小娘たちに、言葉を継ぐ。

「わたしもソフィーもヒトだ。鳥人化できるとしてもな。だが、黒水晶には変身者を酷薄にさせる作用があるようだ。わたしが――」

 ちらりとユウキを見やる。

「お前の首をためらいなく刎ねようとしたように。ユウナの腹を切り裂いたように」

 アンヌは廊下の向こうの暗がりを話し相手に選んだ。

「そこに鳥人化が加われば、まさに一片もヒトとしての感情が無くなってしまう。敵に対する敬意も、命を奪うことへの躊躇も」

 吐き捨てるように、つぶやく。

「それはもう、ヒトじゃない」

「なるほど、だからあの高火力なのか……」

 ルイが考え込むそぶりを見せた。

「さ、行こう。アンヌ、お休みなさい」

 ユウナの言葉に、皆が動き出す。そこを、アンヌは敢えて呼び止めた。

「戻ってこい。必ずだ。お前とは、我が故郷のことでまだまだ話し足りないのだから」

 柔らかく笑って、ユウナたちは出撃していった。

 見送って、お休みなさいを返し忘れたことに気付いてヘコむのは、5分後のことになる。


5.


 今日は東側出入り口から侵入することになった。敵の意表を突いてみようという、るいの提案で。だから機材を積んだライトバンも、人員を載せたワゴン車もそちらに停めたのに。

『今すぐ来て』

 会長からのメールにどう返信しようか。支部長の可奈はしばらく逡巡して、結局了解と送ったあと、全力疾走して目的地に向かった。

 呼び出された先は、人の気配の全くない廃ビル。当然エレベーターも動かない。これを階段使って8階まで登れとは!

 ゼイゼイ言いながら登って、辺りを見回す。会長のメールにあったマグライトの光は、すぐに見つかった。廊下が真っ暗だったのだから。

 息をまず整えて、その先の出入り口にあったはずの扉を踏み越えて入ると、窓辺に会長が立っていた。今夜はいつになく覚束なげに見えるのは、可奈の気のせいだろうか。

「今日は、隼人君はお休みですよ」

 可奈の冷やかしに、会長はぷいと窓の外を向いてしまった。そのまま、少し先の倉庫街要塞を見つめる会長の横に立った。

「どうされたんですか?」

「そばに、いて欲しかったから」

 やっぱり、覚束なげだ。

「みんな、不審に思ってますよ。どうして会長が出てこないのかって」

 それは、22年前の可奈たちも抱いた疑問だった。『あおぞら』の正規職員になって、昇進して支部長になって、やっとその理由を知ることができた。そして、それをなぜほかのスタッフに説明できないのかも。

『私は黒い愚者の石には近づけない。白い愚者の石も近づけてはならない。破滅が起こってしまうのよ。普段から戦闘に出ないのも、そのため。むざむざと敵に居場所を知られたくないの。だからいざという時に、私抜きで戦える集団を作ってほしい』

 それが、支部長就任の時に会長から託された使命だった。

 だからって。だからといって、

「なぜ愚者の石を彼に託したのですか?」

 可奈の口調は詰問調になっていた。

 会長は、可奈のほうを振り向かず答えた。

「彼なら、あの力でみんなを護ってくれる。そう思ったからよ……彼に伝えておいて。黒い愚者の石には近づくな、って」

 さらに問い詰めようとした可奈の視界の隅で、閃光が煌めいた。

「始まったわ」

 ここからは、無線も通じない。観戦に徹するしかないのだ。



 侵入した東出入り口は、思っていた以上にバリケードの数が少なかった。今夜はそれを破壊しない。しない代わりに、3人に増えた質量変化系を使う。

 彼女たちはバリケードを持ち上げるやいなや、倉庫の平らな屋根の上に放り上げている。破壊することでブランシュやロートの体力を消費することなく、かつ敵が再配置しにくい場所に移動させようという目的である。

「敵が来ませんね」

『警戒忘れずに』

「ガンガン進むで~」

「イエロー、どう?」

「中心部でバタバタしてる影が見えるよ。そろそろお出ましちゃう?」

 指揮所や仲間たちの交わす通信を聞きながら、ブランシュはじっと耐えた。今日の戦闘要員は彼女のほかに、ルージュ、アクア、イエロー(少し先行して倉庫の屋根上で哨戒中)、ロート、アスール、トゥオーノである。

 近接戦闘要員が彼女しかいない。そのことが、彼女に異様な昂ぶりとモチベーションを与えていた。

 ここでしっかり働けば、目立てる。敵を倒せば、隼人君にもう一度振り向いてもらえる、かも。

「かも、じゃない……」

 敵が来た。飛び出したい自分を、必死で抑える。

 ここまでの集団戦闘は、彼女に己の戦闘スタイルについて内省する機会を与えていた。動きの鈍いオーガや単身で暴れるバルディオールに対するのとは違う、新しいスタイルを。

 光弾が飛んで来る。それをただかわすだけでは、後方の味方に被害が出てしまう。だから、味方の投射系スキルの射程に敵が入るまで、壁を作るのだ。

 誰が? 一番前にいる、彼女が。

「ミラー」「プラス、アトランティック・ウォール!」

 かつて戦った――そして今は寝返ってこちらをサポートしている――バルディオール・ミラーの、投射系攻撃反射スキル。それをブランシュは唱えた。通路をちょうど塞ぐように。自分と仲間たちを護る壁のように。

 鴻池に連絡を取ってもらって、スキル構築の方法を教えてもらったのだ。むろん、1時間そこらの練習――今夜の戦闘に体力を残しておかなければならないため――で完全取得などできるはずもない。

 手伝ってもらったルージュのスキルで破られてしまい、がっくりしていると、るいが言ったのだ。

『逸らしちゃったら?』と。

『結局さ、るいたちのスキルって、エネルギーを変換してるんだよね。鳥人間のもそうだと思うんだ。てことは――』

 そこから先は何を言っているのかさっぱり分からなかったが、要するに、『まず1枚目の壁を突破させることでエネルギーを減らし、2枚目で弾くのではなく逸らせ』ということらしい。

 目論見どおり、光弾が一斉に1枚目にぶち当たり、粉々に砕け散る。その前にアクアが張った水壁によってエネルギーを吸収された光弾は氷壁によってさらに大きさと勢いを減じ、2枚目の氷壁の傾斜によって逸らされた。エンデュミオールが存在しえない、空へ。

 2枚目の壁も半壊し、できた空間を勇敢にも潜り抜けて、あるいは光弾で拡げて攻め込んでくる鳥人バルディオール。

「小細工を! 死ね!」

「やだね!」

 ルージュがクイと指を上げると、倉庫の屋根に潜ませていた炎の蛇――スキル『フラン・サーペント』によって生成したもの――が3匹躍り出て、鳥人バルディオールを上から強襲する!

 炎蛇は敵と格闘を始めた。いや、伯爵家の者たちは明らかに嫌がって逃げ回り、切って捨てようと長剣を振り回している。

「セッ!!」

 そこを、ブランシュは突く。味方を利用して、一緒に戦い、敵を撃破する。かつて西東京支部所属のフロントスタッフが3人しかいなかった時していたこと。それを、ブランシュはようやく思い出していた。

 突き込んだ槍に手応えあり。青い鳥人バルディオールの胴を突き、その身体に淡い光がまたたいた。そこへ、横合いからもう1体が振りかぶった剣を振り下ろしてくる。あわよくばブランシュの頭をカチ割り、外れても槍の柄を両断して仲間を助けようという魂胆だろう。

 グリーンたちが無線で何か言っているが、ブランシュは迷わなかった。氷槍を手放すと、思いっきりよく後転してすぐしゃがんだのだ。味方の射線を通すため。

「ティロ・エレクトリカ!」「ファイアーゾイラ!」

 トゥオーノの電撃とロートの火柱が頭上をそれぞれの轟音を上げながら通過し、槍の穂先が刺さった敵に電撃が、槍の柄を斬ってこちらに飛びかかろうとしていた敵に火柱が襲いかかった!

「ブランシュ! こっちこっち!」

 自分と仲間の戦果を見定める暇もなく、アクアに呼ばれる。もう1体の鳥人バルディオールが彼女たちを襲っていた。炎蛇に絡まれて翼を焼かれながら、大立ち回りを演じている。

 そちらに向かって走りながら、氷槍を作り出す。が、片手で絵を引っ掴むと走る勢いのままそれを投げた!

 そしてもう一度ダッシュ! 父の道場でも競技でも――もちろん体育の授業でも――槍投げなんてしたことない。おまけにブランシュの氷槍は穂が割れて十文字になる変則的な代物。まともに飛ぶわけがない。

 だが、それでいい。そのためのダッシュだ。

 距離が短かったこともあってか、槍はどうにか真っ直ぐ飛んでくれた。当初狙った胸ではなく、鳥人バルディオールの頭部目がけてしゅるしゅると迫る。

 それがかえって怯ませる結果になったのか、敵はアクアたちへの攻撃の手を止めて、槍をかわそうとしゃがんだ。

 そこへ、ブランシュが猛然と体当たりを敢行する! 手刀まるごと凍らせて煌くは、スキルで創り出した氷のダガー。それを鳥人バルディオールの横っ腹にぶっ刺して、ぐいとひねって内臓をえぐった。

 ダガーを引き抜いて心臓にとどめを刺そうとしたとき、

「下がって!」

 襟首を掴まれて引っ張られた。彼女がいた空間に、光弾が降り注ぐ。

 鳥人の援軍が2体来ていたのだ。1体はこちらにそのまま降下してきて牽制を始め、もう1体は先ほど腹をえぐった敵――致命傷だったらしく、変身が強制解除されている――を味方のほうへ引きずっていく。

 そこへ、

「enchente(鉄砲水)」

 ブランシュたちを飛び越えて、大量の水が襲い掛かった! アスールが放ったスキルはただ一面を水浸しにするのではなく、まるで意思をもって統率されているかのようにあちらこちらには広がらず、一塊の奔流として敵を押し流す。

(そういえば、アスールのスキルって対象の破壊には向かないって言ってたような……)

 息を整えながら、ブランシュは彼方の敵を見渡し、そして愕然とした。

 奔流と鳥人たちが向かった先は、幾重にも折り重なったバリケードによって堰き止められていた。あの辺りは確か、ブランシュがミラーを展開した残骸があったはず。いまだ通路の端まで塞いでいるそれを利用したのだ。手筈を整えたのは、

「よっしゃ、イエロー出番やで」

 と合図を妹に送るグリーンとプロテス、ゼフテロスの緑組だろう。

 そして、まだ屋根の上に残っていたイエローが雷の矢をつがえて叫んだ。

「見たくない人は、眼ェつむっとってや」

 半ば溺れながら必死で水塊から逃れようともがく鳥人たちが眼を剥く。だがその眼前に光弾が膨らむより早く、イエローは雷矢を水塊に向かって放った。

 あっと思うも間に合わず、閃光が眼を射て、ブランシュは顔を背けた。

「わあ! 大勢飛んできます!」

 トゥオーノの声に眼を凝らすと、彼方の中心部から、第2次の防衛陣が飛んでくるのが見える。

「さ、戦利品担いで逃げるで!」

 グリーンが屋根上から飛び降りてきて、鳥人と変身解除したバルディオールを1体ずつ肩に担いだ。続いてプロテスも降りてきて、同じようにしようとするのを、

「いやそれ死体やから、いらんよ」

「ぎゃー! 触っちゃった!」

 仰天して死体を放り出すプロテスと、それをたしなめながらちゃっかりグリーンに判断を仰いでいるゼフテロスと。3人を援護しながら、もう一度ミラーまで張って、ブランシュたちは退却していった。



6.


 支部への帰り道、ワンボックス車のシートで揺られながら、ブランシュは震えていた。

 とどめを刺したのがイエローの電撃とはいえ、バルディオールを2人、変身解除にまで追い込んだのはブランシュなのだ。

 これでわたしも、人殺し。

 戦場でプロテスが騒いだ時、思わずそちらを振り向いて見てしまった。その白目を剥いた眼を、見てしまったのだ。

 ブランシュの隣で、グリーンとイエローが掛け合いをしている。勝ったという高揚感からか、同乗者たちの反応は明るい。

 あなたは、なんともないの? 人が2人、死んだんだよ? あなたが、みんなが殺したんだよ?

 ブランシュは、いや理佐はその事実に改めて震え、そして逃避した。

 隼人君、褒めてくれるかな?

 あなたの代わりに、わたし、がんばったんだよ?

 あなたのために、わたし、もっとがんばるから。

 褒めて、くれるかな?



 期待に満ち溢れて飛び込んだ控室に、隼人の姿は無かった。

 残っていた伊藤曰く、みんなが控室を出て行ってすぐ船を漕ぎ始めて、危うくイスから転げ落ちてしまうところだったらしい。仕方がないのでベルゾーイの助けを借りて男性用仮眠室まで運び、拘束を解いて寝かした。そう伊藤は結んだ。

 落胆している自分がいる。彼にすぐ報告して、喜ぶ笑顔が見たかったのに。

「そっか、寝たんだ……よかった……」

 優菜が心の底から安堵した表情をしている。よかった。けど、よくない。理佐は複雑な心境のまま、帰途に着いた。

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