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第15章 つながる未来への幕間劇

1.


 不動尊国際空港の出発ロビーには、帰国するアンヌ一行と、それを見送る『あおぞら』の人々の姿があった。フランク人たちの国外退去時刻が迫っているのだが、先に半ば強制送還に近い形で退去していったニコラ一党と違って、この面々には穏やかな空気が流れていた。

「ではまた、近いうちに」

 ソフィーがそう言って差し出した手を、優菜から順に握る。彼女は祖国で今回の一件に関する事後処理を行ったのち、日本に戻ってくる予定なのだ。『ヴァイユー家参謀部』が2年後を目処に創設される予定であるため、その準備に研修も兼ねて、鷹取家参謀部に観戦武官として赴任してくるのである。

 アンヌとも握手を交わす。アキバで始めて出会った時は、ちょっと変わった外国人という程度の印象だった彼女。それもある時は敵として戦い、ある時は緊急避難してきた彼女と触れ合い、印象ががらりと変わった。

 孤独な人。でもめげない、めげることを許されない。それは彼女が伯爵家の嫡女であることも、多少は影響しているのだろう。

 それももはや、終わった。いや、これからさらに彼女が孤独な境遇に追いやられる可能性は捨てきれない。

 昨日の会が終わった後、ソフィーに呼ばれて、別室で話を聞いたのだ。涙ながらの忠臣が語るのは、伯爵家の無情であった。

 妹のミレーヌが嫡女に昇格すると知って、さっそく人々が群がり始めている。まだあのアンヌの宣言から一昼夜しか経っていないのに。

 ヴァイユー家は、当主である伯爵が全権を握る家父長独裁制だ。権力も富も、全ては伯爵閣下の意のままに左右され、そのおこぼれをあずかる重臣がまたその家臣に……という構図である。

 その構図の中で、アンヌは『遊撃隊指揮官』の地位を与えられる。勇ましい称号の印象は、部下がゼロという事実をもって暗転する。要するに『居候だが次期当主の姉に何か適当な役職を』という政治的配慮なわけだ。

 しかも彼女が取締役を勤めていた企業からは外され、俸給だけは重臣並みというのだから、飼い殺しもここに極まれり。そう言って、さめざめとソフィーは泣いた。彼女が日本に出向するのも、恐らくアンヌの元から引き離すための策だろう。あとでこの話をした真紀と美紀は、そろってそう推察していた。

「アンヌも、また日本に来てね」

 そう、精一杯の笑顔で話しかける。横からるいが口を挟んだ。

「ていうかさ、アンヌさんも日本で観戦武官すればいいのに」

 アンヌは笑って首を振った。

「私にはそういう難しいことはできぬ。ただ剣を振り、敵を斬る。それしか能がない女だ。だからこその参謀部なんだぞ?」

 アンヌのこの言葉には、2通りの意味がある。

 文字どおり、当主を支える参謀部に使われるという意味。もう一つは、アンヌの進言で創設が決まった参謀部だが、余所人が、あるいは位の低い一族がしゃしゃり出てくるのを快く思わない者もいて、アンヌの遊撃隊に付属させるにとどめようという動きもある。そういう意味である。

 そうソフィーから説明されて、

「「道は険しいね……」」

 悲しげにつぶやく双子に笑いかけて、アンヌは片目をつぶった。

「ま、いずれ日本にはまた来る。ソフィーにいい人ができたら、冷やかしにな」

 生真面目な家臣は、真っ赤になった。

「お戯れを……それでは永遠に来られなくなります」

「いい人といえば、隼人は?」

 ……なんというか、支部に逃げ込んできた時より、だいぶ会話がこなれたというか、下卑たというべきか……

「「朝早くからバイトやで。ソフィーさんに、お帰りを楽しみしてますて言っといてって」」

「じゃあ伝えておいてくれ」とソフィーが頬を染めたまま、

「わたしはお前に会いに来るわけじゃない、って」

「なるほど」とるいが笑い出した。

「まず焦らすわけですか。さすがアムール人、勉強になるぅ」

 搭乗を促すアナウンスが流れ始めた。ソフィーはにらみ、しかし口元は笑いながら手を上げてゲートに向かおうとした。が、主君が動かない。

「優菜――」

「はい?」

 アンヌは真剣な表情で切り出した。

「卒業したら、私の元で働かないか? ああいや、もし就職がうまくいかなかったら、というか……」

 優菜は少し考えて、ゆっくりと答えた。

「考えときます。でも、やっぱりあたしは日本人なんで、できればこの国で仕事を見つけたい。そう思ってます」

 その答えに、一定の満足を得たのだろうか。アンヌは顔をほころばせると、ソフィー同様手を振ってゲートをくぐっていった。

 手を振り返していると、ミキマキがうなり始めた。

「なんだよ?」

「なるほどねぇ、と思ったんよ」「せやね」

「なになにどゆこと?」と勢い込むるい。双子は笑って続けた。

「「隼人君が、2人にじゃなくてソフィーさんだけに言付けした理由よ」」

 きょとんとしたるいは、すぐニヤニヤし始めた。

「なるほどねぇ……」「せやろ?」「さすが人類の敵、やろ?」

「気持ち悪いぞお前ら」

 優菜はニヤニヤたちをひとにらみすると、意味も分からぬまま踵を返した。



2.


 数日後、琴音は横浜で千早、圭と会っていた。取引先の一つであるニイミの重役と面会して社屋を出たところでばったり千早と出くわしたのだ。そこで圭も誘ってランチということになった。

「ああ、そういえば千早さん、ニイミさんのご長男さんとお付き合いしてるんでしたね」

「やっぱ、調べてるんだ」

 黙ってうなずく。交友関係を結んだ人間は、傘下の興信所を使って身元調査を行う。金銭目的その他なんらかの利得ずくで近づいてくる輩が少なからずいるためである。

 理解を得ようとそのことを説明したら、あっさり受け入れてくれた。

「あたしも彼氏と付き合うとき、調べが入ったし」

 気遣わしげな圭の視線が気になったが何かを言い出されることはなく、その後は和やかにランチが進んだ。

 食後のコーヒーをいただいていると、圭が話しかけてきた。

「今さらだけど、鈴香ちゃんは?」

「今日は大学に行ってますよ。わたしも、たまには独りになりたいんです。それに――」

 琴音は不満を口にした。親族にはなかなか言えないそれを、新来の友人に話してみることにしたのだ。

「最近、鈴香がわたしを隼人さんとくっつけようとして、やいやい言ってくるのがちょっとうっとおしくって」

「やめときな。理佐ちゃんの惨状を見たっしょ? ああなりたい?」

「……千早さんを見る限り、楽しそうですけれど?」

 切り返してみたら、圭に吹き出された。

「な? 前々から言ってるだろ? お前の言葉は説得力がないって」

 そっぽを向いてしまったモトカノを見やりながら、カップをゆっくりと傾けて考える。

 この人、確かこのあいだ、隼人が愚者の石に憑依された時、『返して』とか言ってたはず。あれはやはり、幼馴染としてなのだろうか。それとも……

 千早に見つめ返されたので、思い切って今思案した内容を訊いてみた。ずいぶんと大胆になっている自分に密かに驚きながら。

「幼馴染として、腐れ縁としてだよ」

 そう言ってカップを手に持ち、窓の外を往く人たちを見やる千早。

「もう戻れない。戻る必要が無い。あんなに周りにすぐ女の子が群れる奴に、戻ってやる必要がどこにあると思う?」

「……薩摩切子を大切に使ってくれていても?」

「貧乏性なんだよ、あいつ」

 そう斬り捨てて、急に琴音の眼をのぞき込んでくる。

「まさか、『捨てられた相手のくれた物を大切にしてる隼人さんって』とか考えて、キュンキュンしてないでしょうね?」

「してません」考えたこともなかった。というか、

「理佐さんは、その、キュンキュンしてるんじゃないですか? もしかしたら、もしかするかもって」

 それは、優菜やるい、その他西東京支部の人々の結論でもあった。

 爆笑、のちヤレヤレ。それが千早と圭の反応として返ってきて、琴音はちょっぴりムッとする。顔に出たのを見て謝られたが。

「みんな、ほんとーに分かってないなぁ」

「というと?」

「琴音ちゃんはまだ行ったことないと思うんだけどさ――」

 そう言いながら、圭がデザートに匙を入れる。

「あいつ、本当に片付けない奴なんだ」

 隼人の下宿のことを言っているようだ。洗濯をすることはなごみに躾けられて、ようやくできるようになったという。

(なごみ……義理の姉妹の、お姉さんのほうよね……)

 部屋を時々片づけに来る、義理の妹。男性的にはなかなかにドキドキするシチュエーションだと思うし、実際なごみは隼人に気があるのだが、隼人には全くその気がないらしい。

 話が逸れたことを詫びられて、今度は千早が切り出した。その悪戯っぽい顔は、なかなかに魅力的だ。

「その片付けない隼人が自分で(・・・)服を衣装ケースにしまった。――もう、分かるよね?」

「……つまり、もう二度とその服は日の目を見ないと?」

 おまけに彼の衣替えをするのがなごみだと聞けば、

(なるほど……面白いわ、とっても)

 琴音はできるだけ優雅な手つきで紅茶をいただくと、二人と別れたあとに手帳に記す文案をこっそり練り始めた。



3.


 理佐は、鼻歌を歌う。

 登校、あるいは下校の時。いや、朝起きて、朝食のパンをトーストしている時も。

 講義室でも、気がつくとしている。さすがに講義の時間中はしないが。今もついしてしまい、ゼミの仲間にいじられているところだ。

「なんか、明るくて不気味なんだけど」

「そう? 前からこうだけど?」

 高校以来の付き合い――というほど深いわけでもないが――の彼女に軽く切り返すと、

「そういやさ、この前カレシとすっごい喧嘩してたって聞いたけど」

 聞いた聞いた私は見た。彼女たちは口々に言う。それを打ち消すのが私の使命。だって、彼と喧嘩したわけじゃないんだから。

「ちょっと行き違いがあって、言い合いになっただけよ」

 その言葉を聞いて、みんな黙り込んでしまった。そうそう、分かればいいのよ。

 担当教官が入室してくるまで、理佐はスマホでネットをチェックするのに没頭した。そのため、周囲の人々が交わす囁き――薮蛇を嫌った男子や理佐たちとは別のグループの女子まで加わった――は耳に入らなかった。



 夕方、家庭教師斡旋業者のオフィスに立ち寄る。が、今のところ新規の依頼が無いと言われた。

「まあほら、2学期の期末の結果を見て慌てる親御さんもいるから、もう少し気長に待ってよ」

 スタッフにそう言われて引き下がる前に、理佐は気になっていたことを訊いてみることにした。以前担当していた女の子が今どうしているかを。

「んー、新しいカテキョーさんについては特に何も言ってきてないよ」

 そうか、と安堵する。彼女は教えている時の態度が悪いと生徒の母親からクレームを入れられて、担当を下ろされたのだ。あの母親も今はおとなしくしているらしい。隼人にメールを打っていただけなのに。

 その時かかってきた電話を取った別のスタッフが、そのまま理佐を避けるようにすっと奥へ下がった。そのことにも気づかぬまま、オフィスを後にする。

 夕食を求めて近くのコンビニへ足を向けながら、理佐は考えた。

 久しぶりにどこか飲食店のバイトをしてみようかな。服屋もいいな。それとも、

「隼人君と同じ塾に行ってみようかな。驚くだろうな、隼人君……」

 ほくそ笑みながら、鼻歌を歌う。

 数日後、理佐は優菜たちと連れ立って、セレクトショップ『Le femme,le femme!』に向かっていた。先日立ち寄ったコンビニでもらった求人誌をつらつら眺めているうちに、なかなかの好条件なバイト先を見つけたのだ。それがこのセレクトショップだった。

 雑居ビルの1階にあるその店構えは普通。だが、午後4時だというのに、外から見ただけでも結構繁盛しているのがウィンドウ越しに分かる。というか、

「ネットの評判どおりやね」「繁盛してまんな」

 さ、突撃突撃。ミキマキの掛け声につられて入店すると、シャンソンだろうか、女性歌手の低くハスキーな歌声に出迎えられた。それが抑えたボリュームで流れる店内は、量販店によくあるようなけばけばしいポップもなく、かといって無案内に商品が陳列してあるだけということもない。整然とした店内配置といい、店長の確かなセンスが見て取れた。

 思わず買い物に走ろうとして、理佐はわずかに踏みとどまった。とどまらなかったのは同伴者たちで、珍しく優菜と真紀、るいと美紀に分かれてあれこれ物色に散ってしまった。

「まったく……」

 少し早く着いてしまったのだから、わたしも時間まで少し店内を散策するか。そう考え直して、服をいくつか見て回る。理佐に合うサイズも豊富なのは、付いているタグから見ても明らかにあちらの製品を買い付けているのだろう。どちらかというとシンプルなデザインの服が多いが、日本のアパレルメーカーとは毛色が違う面白いラインナップに、つい夢中になって見てしまう。

 忙しいせいもあるのだろうが、2人ほどいる店員が張り付いてくることもない。それにしてもあの髪の色……

(赤黒と青黒……どこかであんな色の……)

 いぶかしみ始めた理佐の耳に、こんなこじゃれた店には実に似つかわしくない音が聞こえた。

「げ」

 優菜と真紀の上げた声は、そろっているような不協和音のような。ていうか、なによその台詞……

 眉根を寄せて2人に近づいた理佐は、そこにありうべからざるものを、いや、者を見てしまった。

「やっぱりあなただったのね……」

「沙耶さん?!」

 そう、レジの前に立っていたのは、鷹取沙耶だったのだ。

 理佐が上げた素っ頓狂な声に反応して寄ってくる、るいと美紀。それに構わず沙耶は、バックヤードに向かって声をかけた。

「たずなさん、バイト志望の子が来ましたよ」

「たずな……さん?」

 聞き覚えがあるその名は確か、あの日の捕食者のもの。

「はい、いらっしゃい」

 主任参謀はこのあいだとは違い、『服屋の女店長』としての笑顔で理佐たちの前に姿を現した。



「よかったな、採用してもらえて」

 お店からの帰り道、お祝いも兼ねて呑みに行くことになって、優菜が心から喜んでくれている。そのことが、理佐もうれしい。

「しかしまた、偶然もあるもんやな」

「ほんまやで。理佐ちゃん、ほんまに求人誌見たん?」

 双子はなんとなく疑わしげ。

「ほんとよ。なんでそんなこと疑うのよ?」

「「実はサブリミナル効果で、何を見てもあの店のバイトに募集するようにやね……」」

 るいが笑って双子の肩を抱く。

「なにそのノーメリットな事案発生」

「団長、もうちぃとしゃきっとせな」「せやで。妖怪乳お化けの前で緊張してたやん」

「えーだって」

 とちっぱい団の団長は反論する。珍しく少し目が泳いだのは、理佐の気のせいだろうか。

「来て2分であのショギョーだよ? 尊敬しない?」

「しねーよ」と優菜がお店の戸を開けた。

「優菜ちゃんも、もっと積極的にいってええんやで?」

「そーそー、あんな風に完全に頭挟み込むのは無理にしてもやね」

「帰る」

 まあまあとみんなで引き留めて、赤面の優菜を座敷に引っ張り上げたが、

「あたしは主賓じゃないっての。あっちあっち」

 理佐をお誕生日席に据えて、ささやかなお祝いが始まった。

「ちょっと遠いけど、まあいいとこじゃん」

 るいがさっそく日本酒をあおりながら言い出すと、みんな口々に褒めてくれた。

「セレクトショップが本業で、参謀はパートて、それでええんかいな?」

 本職の主任参謀がいるため、パートの出番は少ないのだと説明されたが、なんとなく腑に落ちない。

「しかしまあ、なんつーか――」と優菜が枝豆を食べだした。

「ド派手な人だったな」

 ケバいとか原色好きとかそういうのじゃなく、"大人の女"という表現がピッタリくる。むせ返るような色香に目眩しそうになったかと思うと、すっと引いて愛嬌溢れる笑顔で見つめてくるのだ。あの、たった1時間弱の面接で。男の人には効果覿面だろうな、と理佐は思う。

 仲間たちも同じ思いのようだ。

「うちらはまだまだ小娘やね」「ほんまやね。精進せんと」

「あんなふうに進化したミキマキちゃんなんて、見たくないなぁ」

 るいが自分の言葉にケラケラ笑い出して、

「まあでも、パートの出番は少ないっていうのは、たぶん謙遜か嘘だね」

「どうして?」

 ジョッキを置いて問いかけると、るいは説明してくれた。先日の支部での待機の時、庭師に言われたのだと。

「鷹取家の親族寄合で認められた、特例の一つなんだってさ。あの人と妹さんが」

「ああ、あの就職の制限の話か……」

 思い出して、心が沈む。この就職難に、まさに降って湧いた災難だ。

「ほんま、どないしようね?」

「ダメ出し企業一覧、作ってくれへんかな? エントリーシート送る無駄が省けるやん?」

 ミキマキも枝豆に手を出した。

「そういえば、なんで沙耶さんがいたんだっけ? あの店に」

 理佐の疑問は優菜によって回答が得られた。このあいだ緊急で呼び出した埋め合わせと称してお店を手伝いに来たらしい。

「なんつーか、こう、お嬢様っぽくないよな」

「接客はぎごちなかったけどね」

 ものすごく無理やり作った笑顔でレジ対応をしていた沙耶の姿を思い出して、みんなでくすくす笑う。

「あの店員さんも一族の人だったしね」

「社会勉強の一環なんやろか?」

「ま、一つ言えることがあるわ」

 理佐はお代わりを頼むと、断言した。

「隼人君をあのお店には近づけられない」

「……なんで?」

「なんでって……浮気されたら困るじゃない」

 みんなの視線を、受けて立つ。

 沈黙という名のにらみあいは、るいのスマホへのメール着信によって破られた。正確には、るいが発した奇声によって。

「ヒャッハー! 琴音ちゃんから返事来た!」

「なんの?」

 さっき真紀が言ったダメ出し企業一覧を送ってくれとメールしたらしい。その結果は、

『それを自分で調べるのが、就活です』

「チクショー! 女社長め!」

「しっかりしてるなぁ、おい」

 優菜たちが笑って焼き鳥に取り掛かるのをよそに、理佐は唇を噛んでいた。

 さっきの沈黙が、憎い。みんなの視線が、痛い。

 許せない。

 理佐は店員を呼ぶと、

「スクリュードライバー1つ」

「理佐怒りのスクリュードライバーキター!」

「なんでそんなバカ甘い酒ばっか飲んで太らへんの?」

「いつか糖尿病になるで、理佐ちゃん」



 2時間後、へべれけになった理佐は、しかし友人たちが貸そうとした肩を断って、ふらふらと店の外へ歩み出した。

「さ、もう1軒行くわよ」

 また視線。また沈黙。

 許せない。でも、あなたたちには敗けないわ。

 彼は。ちゃんと分かってくれているから。

 『理佐ちゃん』って。呼んでくれるから。

 わたしと一緒に買った服を。大切にしまってくれているんだから。

 次の店を求めて歩を進める理佐は、鼻歌を歌った。いつか理佐と彼が観覧車に乗って口付けを交わした時、ゴンドラの中に流れていた、あの曲を。



4.


 男は、力を求めていた。

 自分をないがしろにする、自分の血をないがしろにする者どもをひれ伏せさせるために。

 自分に相応の地位と待遇を与えるよう送った手紙は無視された。返事すらよこさぬその傲岸な態度に、男は決意を固めたのだ。

 ならば、邪道をもって覇を唱えるべしと。

 男は仲間を捜し求めた。それが一定の数に達した時、男は力を得るための手段も習得していた。次は、それを試してみる段階だ。選んだ地はフランク共和国だった。

 生業の貿易商として伯爵家の実力者に近づき、彼の日本侵略の参謀役をもって任じた。

 目的は2つ。

 伯爵家の人員を日本に侵略のため送らせて、男の"試行"への障害を少なくすること。

 また、伯爵家と鷹取家とを噛み合わせ、かの宿敵の戦力を少しでも削ってもらうこと。

 第一の目的は達成した。男と仲間は伯爵家の至宝が安置された大修道院近くに難なく潜伏することができ、さまざまな秘術を駆使した術式を長期間――男が本業のため中断したことを除いても、実に4ヶ月以上も――行った。その結果拡大した地獄の門の裂け目は、ディアーブルの大攻勢を惹起したのだ。

 だが、第二の目的は達成できなかった。その大攻勢に傷ついた伯爵家は、予定していた数の人員を日本に送り込むことができず、日本での攻勢は中途半端なものとなってしまったのだ。そして、

「あの小娘……」

 双眼鏡越しに観察しても分かる。周囲から向けられる敬意から、一族でも高位にあると推測される巫女。その怒涛のような実力の前に、ニコラ以下配下が大槌を打ち付けられた卵のごとく粉砕されてしまったのだ。

「なればこそ――」と男は莞爾と笑った。それは、じめじめした復讐ではないということを仲間、いや、今や彼を頭と仰ぐ配下に示すためである。

「術式を開始する。我ら山際一族の復活のために」

 男――栗山は笑顔のまま、しかし声は厳かに告げた。

 西からの黒雲は去ったが、瘴気のごとく沸き出でたるかのような雷雲が足下より立ち上らんとしている。


悠刻のエンデュミオール Part.7 END

 最後まで読んでくださって、ありがとうございました。感想などいただければ嬉しいです。特に、会長=沙良というのをどの辺りで気付いたかを教えていただけると、今後の参考になります。よろしくお願いします。

 思えば、いろいろな涙が流れた巻でしたね、今回。いや書く前は前回のあとがきどおり、優菜のむせび泣きくらいかと思ってたんですよ? ほんとに。でも展開とイベントを並べていったら、「あれ? 終わっちゃうじゃん愚者の石編」となりまして。ごめんなさい。

 これにて、悠久の刻を生きてきたエンデュミオール、沙良の引き起こした物語は終幕となります。『Part.8』から始まるは、もう一つの悠刻である鷹取家の物語。『Final Resolution!!』につながる少し長めの幕間劇、宿怨の鬼還編です。

 さて、次回の公開は『繚華の龍戦師 Ⅱ』となります。2017年2月17日(金)から公開を開始します。故郷の街を襲った惨禍を、サーシャを失った哀しみを引きずったまま、王都への旅に出発したクロイツとアリシア。伯女のお供として旅する彼らは、行く先々で様々な人々に出会う。そして、様々な突発事態にも。彼は果たして無事に王都へたどり着けるのか。お楽しみに。


 そうそう、明日、掌編を一つ公開します。はい、『1.2』です。

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