第9章 胸騒ぎ
1.
エンデュミオール・ルージュたちが西東京支部に帰着したのは、11時をちょうど回ったころだった。帰途、既にサヤサマから、ニコラ一党の北東京支部襲撃と対応措置の事は聞かされていた。
とりあえず相手の出方を見つつ、自分たちは支部で休息という指示に従いつつも、なんとなく釈然としない。が、『日仏政府間で緊急協議が間もなく開催される』と聞かされては、もはやこの件は自分たちのコントロールできる範囲を超えてしまったのだと納得を一応した。
意外な人物たちの出迎えを受ける。その表情に走る驚愕も一緒に。
「! タカトリ……!」
「あらアンヌ様、ごきげんよう」
朗らかなあいさつを受けて、アンヌは独りごちた。
「そうか……ついに……」
そして、サヤサマに向かって姿勢を正す。
「ならば話は早い。私はニコラを止めたい。ゆえに、支援をお願いしたいのだ」
「分かりました」と即答して、サヤサマは付け加えた。
「支部長さんからのリークで、ニコラが倉庫街にいないことは分かっていました。ですので、北東京支部への襲撃に対する防衛は間に合いませんでしたけれど、配下を3名ほど捕獲しております」
その後は戦略的撤退をして、政府から周辺地域に外出禁止令を含む非常事態宣言を発令してもらったうえで、北東京支部周辺を封鎖包囲していること、日本各地にあった伯爵家のアジトは全て制圧したことを説明された。
アンヌもソフィーも、苦虫を噛み潰したような顔でうなずいている。その顔が深刻な表情に変わり、永田に向けられた。
「ん? なぁに?」
「……そなたの、過去を伝え聞いた」
スタッフたちの気まずい顔。タカトリケの人々の、話についていけないが空気を呼んだ表情。それらが交錯する中、ただ一人、永田だけが今まで見せたことのない厳しい表情でアンヌを見すえていた。
「許してもらえるとは思わない。だが、わたしたちの手でニコラを必ず止めて、この国を去る。どうか、もう少しだけ時間が欲しい……いや、いただけないだろうか」
頭を深々と下げてじっと待つアンヌの姿に驚かされる。すぐに彼女にならったソフィーたちにも。
永田が、深い溜め息をついた。そして、こちらも頭を下げる。
「分かりました。よろしくお願いします」
そして永田は、サポートスタッフの1人に連れられて、男性用仮眠室へと向かった。外出禁止令が出ていることもあって、スタッフ全員に支部での待機命令が出ているのだ。女性用仮眠室はアンヌ主従で占めてしまっているための緊急措置である。
アンヌたちも、仮寝所に戻っていった。こちらはサヤサマに『明朝、状況報告をしますから』と言われて。
ルージュはアンヌに呼び止めて、言葉をかけた。
「ありがとう」と。
やるせなさそうな顔で向き直って、アンヌが首を振る。
「すまない。決断が遅すぎた。もっと早く……いや、もはや詮無きことよ」
こちらも首を振って、差し出した右手。アンヌはきょとんとしたあと、やけに照れた表情で握り返してきた。
「これから、よろしく」「ああ、よろしく」
むすっとしているソフィーにも。
「……まさか、エンデュミオールと手を握る時が来るとはな」
その表情は厳しいままだったが、握手は柔らかく、温かいものだった。
一方、体調が悪化した永田の青い顔を見送る暇も無く、支部長以下サポートスタッフは会議室へと向かった。彼らには、旧北東京支部スタッフの安否確認が待っている。恐らくそのまま、会議室で雑魚寝だろう。あとでルージュたちも雑魚寝に合流することになっていた。
そしてその前に、ルージュたちにはやるべきことがある。戦闘のクールダウンがてら、鷹取家――援軍としてやって来た女性たちからその概要を聞き、明日以降も共に戦う仲間として意思の疎通を図ること。要するに、飲み物片手に歓談して親睦を深めろということである。
アンヌとタカトリケとのやり取りのあいだに、ブラックと双子が手際よく、会議室からスタッフ控室に追加のパイプ椅子を運んできていた。
(こいつらこういう連携は上手だよな)
胸騒ぎがして、ルージュは心中密かに苦笑した。美紀も真紀も彼氏持ちなのに、何を考えてるんだ、あたしは。そう考えながら、額の白水晶を外す。仲間たちも雑談しながら次々と外して――
「わ!! 男の人がいる!!」
「あ……」
驚愕に見開かれた8つの瞳は、変身を解除したブラック――隼人を見つめていた。そのそばで、ミキマキが顔を見合わせた。
「うちら、もうすっかり慣れてもうて」
「ほんま、慣れって怖いわぁ」
だが、鷹取家の人々の驚愕にはまだ続きがあった。正確には、隼人を震える指で指す、ひっつめ髪とショートヘアだが。
「ていうか、『ヴィオレット』の執事さん?!」
「……あー、やっぱり。琴音さんと鈴香さんじゃん」
「そんなぁ」とひっつめ髪が肩を落とす。
「執事さん、似合ってたのに……女装趣味まで……」
「違う!!」
憤慨した隼人をフォローしてあげたくて、優菜は口を挟んだ。
「変身すると女の子になっちゃうんだよ。マジで」
「あの、鷹取沙耶さんですよね?」
今度は理佐。『サヤサマ』から連想したのだろうか。沙耶は少し首をかしげると、急に思い出したように顔を輝かせた。
「ああ! あなた、私の集中講義に来てた子ね? 5列目の一番右端に座ってた」
「え? え、ええ、そうですけど」
「叔母さま、よく憶えてますね」
と小学生が感心していると、沙耶はなんてことないといった顔で答えた。
「うちの学生が騒いでたのよ。『浅間大学のミス・キャンパスが講義受けに来てる』って」
それをきっかけにお互いに自己紹介を済ませ、隼人とミキマキ、鈴香で飲み物を配って、『あおぞら』の面々と鷹取家の4人はなんとなく向かい合って座る格好になった。
「で、その財閥のお嬢様が、なんでこんなことしてるです?」
琴音が微笑むと、ゆっくりと答えた。
「鷹取家本来の家業は、地獄の牢穴から妖魔を送り込んでくる疫病神の手から、この現世を守ることなんです」
財閥は、その妖魔討伐を自前の資金で行わねばならなくなった先祖が始めた商売が、大きくなった結果なのだという。
「大昔は、やんごとなき方々や武家の皆様からの寄付や所領の宛がいでやってたんですけど、次第にそういった方々に余裕が無くなっちゃって」
「戦国時代やね、いわゆる」
真紀の反応にうなずいて、また微笑む琴音。戦場では少し幼く見えたが、こうして説明をしている姿を見ると、大人びて見えるのが不思議だ。
「あの――」と祐希がおずおずと手を挙げた。
「さっき使ってた技、って言えばいいんでしょうか、あれはどういう原理なんですか?」
今度は沙耶がコーヒーを飲む手を休めて、口を開いた。
「私たちには、鬼の血が流れてるの」
今から1200年ほど昔のこと。都の周辺に突如現れて、様々な乱暴狼藉を為す鬼の集団があった。どこからきたのか今となってはもう分からないその集団は、時の帝の怒りに触れたことにより討伐を受け、全て成敗された。鬼の総領と仲違いし、岩牢につながれていた1鬼を除いて。
降伏して改心したこの鬼を、帝は最近その御心を悩ませていたもう一つの"もののけ"、すなわち疫病神とその眷属たる妖魔に対処させることにした。
「それが我が家の開祖、オビトマル様なの」
以来、脈々と受け継がれた"鬼の血力"を使って妖魔討伐をしてるのだ。沙耶はそう結んだ。
さまざまな表情で、今の話を咀嚼しようとしている面々の中から、今度は小森が声を上げた。
「うちの父、海原商事に勤めてるんですけど」
「あら、そうなんですか? じゃあ、私の母の部下ということになりますね」
琴音がそう言って、続きを促す。
「父から、海原さんがそんな――って言っちゃなんですけど、妖魔討伐してるなんて聞いたことないんですけど?」
「小森さん……もしかして、常務さん?」
確かそうだとうなずく小森に、みんな驚く。
「小森さんがそんなハイソな人だったなんて」と万梨亜と京子が顔を見合わせ、
「だから許婚がいるんですか?」
「え?! 小森さん――「こら! 祐希! バラすな!」
北東京支部メンツが内戦を始めた。そのドタバタを放置して、るいが話を進める。
「それで、どうして小森パパは知らないんですか? ていうか、るいもそんなこと知らないんですけど?」
「お前はいつからそんな偉い様になったんだよ」とツッコミを入れると、るいはむくれた。
「そーじゃなくて、もっと宣伝してもいいじゃん? そんな大事なお仕事ならさ」
「できないんです」
それが、琴音の答えだった。
疫病神が、地獄の牢穴から何らかの工作をしている。過去に顕現した際の発言からの推測で、この世に生きる人々に、疫病神や妖魔のこと、鷹取家がそれに対処していること、それらに関して関心を持たないようにしているというのだ。
「なんで?」
ただ、首を振られるのみ。
「その工作が効いてる人は、妖魔出現の現場を見てもその記憶が残りません」
ふいに優菜の脳裏に浮かんだのは、先日の騒動。『青山飯店』の末娘が見せた、記憶の消失。あれがきっとそうなのだろう。
琴音の話はまだ続いていた。
「逆に我々がその対処をしている現場を見ると……」
そこで言いよどむ琴音。代わりに沙耶が話を継いだ。
「気持ち悪いって言われるわ。それはもう、心から」
彼女の脳裏には、過去の悲惨な記憶が蘇っているのだろうか。その表情は暗い。
「まあ、良く言って魔法使いみたい、悪く言って化け物扱いですから」
これは鈴香の弁。屈託のなさそうな声色にも何か影があるように取れるのは、内容ゆえの邪推だろうか。
「私も訊いていい?」と沙耶が声を改めた。
どうぞどうぞ、とうなずく。みんな、ちょっと重苦しくなった場の雰囲気を変えたいのだ。
「どうしてバラバラなの?」
「……えっと、何がですか?」
優菜が聞き返すと、沙耶は意表を突く行動に出た。端から順に、
「ブラック、ブランシュ、ルージュ、アクア、イエロー――」とみんなのコードネームを列挙したのだ。
「使用言語がバラバラじゃない? 誰が名づけたの?」
「あの、あたしら名乗りましたっけ?」
千早が首を傾げたが、
「戦闘中に呼び合ってたじゃない」と沙耶は平然としたもの。
「聞いて把握してたの……?」「すげー……」
「で?」
いたって短い催促に、優菜は少し周りを見回すと答えた。
「あたしら、自分でコードネームを決めるんですよ。で、今登録されている人のは使えないから、いろいろ工夫してるんです」
「へー、自分で決めるんですか」
と美玖が驚いている。もう夜も更けてきているのに、やけに目が生き生きしている。
(小学生がこんなに夜更かしして、大丈夫なのか?)
優菜が心配していると、美紀と真紀がしゃべり始めた。
「そーそー、スキルも自分で作らなあかんしな」
「ぎゃー! うちの黒歴史をばらす気やな!」
鷹取家の面々が目を見張っているのは、双子の掛け合いにではないようだ。
「ええええ?! 変身したらなぜか必殺技が使えるようになるとかじゃないんですか?」
ふるふるふる、とみんなして首を振る。
「どんなスキルにするかちゃんと考えて、何回も練習しないとモノにならんのやで?」
「ま、その点ボクらはスキル無いし」
「でも能力の微調整には練習せんと」
沙耶が呆れ始めた。
「世知辛い魔法少女ね……あんな派手なの、どこで練習してるの?」
「大学の裏山とか、山奥の採石場跡とかっすよ」
隼人の言葉に、紅茶をお上品にすすっていた琴音が鋭く反応した。
「え? じゃあ、浅間大学の裏山で謎の怪光現象って……」
「あ、うん、俺たちの練習」
琴音は憤慨し始めた。
「ひどい! 隼人さん、わたしたちに嘘ついてたんですね!」
「いや待て」と隼人も負けない。
「正直に言って、信じる? 『魔法少女に変身した俺たちがスキルの練習してるんすよ』って言われて」
ぐう、と詰まった琴音の横で、何かに気づいた者これあり。
「……てことは、ブラックさんの光線技って……」
美玖が泣きそうである。
「ああああその、うん、エストレのパクリというか、その……」
しょぼんとする姿もかわいい美玖と、同じく琴音。沙耶はさすがにそこまでは気落ちしていないようだが、目が潤んでいる。
「子どもの夢を壊すなよ」
さっそく千早が隼人に絡んできた。もちろんこれにも負けじと言い返すのは、もはや痴話喧嘩の域だろう。
「っせーな! お前ぇもライバーのパクリだろうが!」
「パクリ言うな! オマージュだ!」
「ああ、そういえばライバーダブルパンチ、やってたわね」
痴話喧嘩は思わぬところに飛び火した。沙耶だ。
「お! 分かります?」
目を輝かせた千早だったが、
「ええ、あれ、第27話のミイデラゴミムシダマシ女に使ったシーンの再現でしょ?」
「え?! えーと……」
「沙耶様、お言葉ですが――」と横から琴音が口を挟んだ。
「あれは第42話のステラーダイカイギュウジャガーに使ったシーンだと思います。パンチのタイミングがずれたせいで一度敗北して、そこからおやっさんに特訓してもらう流れですよ。ね?」
美玖がおずおずと手を挙げた。
「あの、わたし的には第27話じゃないかと……」
その発言をきっかけに、3人で侃々諤々の議論が始まった。身振り手ぶり付きで。
おろおろする千早と圭は、鈴香に助けを求めた。彼女は微苦笑するのみで議論に加わらず、コーヒーをお代わりしようと立ち上がったのだ。
「あの人たち、どうしたの急に?」
「この人たち、一族揃って変身ヒーロー大好きなんですよ。だからこの手の話になると止め処が無いと言うか、周りが見えなくなるというか……」
鈴香の呆れ気味の表情を、優菜たちも共有した。一部の地域を除いて。その地域住民から声が飛ぶ。
「鈴香さんは違うの?」
「わたしは分家の成れの果てですから。そもそもわたし、鷹取の人間として育ってないんですよ」
そう言ってお代わりを注ぎに行く彼女の表情は複雑なもので、
(まだまだ話されてない事情が一杯あるんだな)
優菜は自分もお代わりをしようと席を立った。それに何人かが続いて戻ってきて、ようやく泥沼の内戦は解決への糸口を――
「27話よ」「42話です」
「チハヤっち、終わらせてやれよ」
優菜の言葉を聞いて、3人はキッと千早を見すえた。
「……42話です」
薄めの胸を張る琴音と、納得いかない表情の叔母と姪。今度は隼人が揶揄する番となった。
「バカだなお前ぇ、第37話のリュウグウノオトヒメノモトユイノキリハズシ男って言っときゃあ、角が立たなかったのによ」
「なによ裏切り者、あたしにライバーのことで嘘つけっての?」
「裏切ってないっつーの」
にらみあう、モトカレとモトカノ。マエカノはそれをじっとりと見つめて、動かない。マニアックな会話に混ざれないだけかもしれないが。
なぜかアワアワしだした沙耶が、急に思いついたような声を出した。
「あ! と、ところで神谷君?」
「はい?」
「今いくつ?」
いきなり何を言い出すのかと凝視する一同。隼人はさらりと20歳と答えたが、視線が痛いのだろう、眼が泳ぎまくった沙耶は暴挙としか表現しえない無茶振りを披露した。
「琴音ちゃん、鈴香ちゃん、どう?」
「ななななななななにがですか?!」「どーしてそういう話になるんですか!」
今度は自分たちに視線が集中した2人は、それを避けるように、美玖まで巻き込んで4人で額を寄せる。
(いきなり何を言い出すんですか沙耶様!)
(だって、なんか険悪だったし……)
(ムチャクチャですよ、叔母さま)
(そーですよ、隼人さんだって困ってるじゃないですか)
確かに、優菜がチラ見した隼人は微妙な表情を隠すようにお茶をすすっている。
(そ、それより、気づいてないの?)
(今度はなんですか?)
(あの女の子たちも含めてだけど、誰一人妖魔の話に拒否反応が無いのよ?)
(あ……!)
……なんだろう。優菜の触覚が雲行きの変化を敏感に察知する。
(ね? これなら、呪いも越えられるかもしれないじゃない)
(いや、それとこれとは話が別じゃ……)
「あのー」
(それなら、沙耶様こそどうですか?)
(わ、わわわわわたしはほら、年上だし……)
「すいませーん」
優菜の呼びかけにやっと気づいて、鷹取家の人々は慌てて席に戻った。なにやら別の話題でごまかそうとしているが、そうは問屋が卸さない。……なぜそう意気込むのか、優菜自身にも分からないのだが。
「全部聞こえてますよ。……呪いって、なんです?」
さっきまで仲間たちが三々五々していた雑談が、"呪い"という単語一つでこうも静まるものなのか。
沙耶は気を落ち着けるためだろう、コーヒーをぐっと飲み干すと、小さく溜め息一つ。それから訥々と語り始めた。
「私たち鷹取の一族には、ある呪いがかかっているの」
鷹取家の開祖・オビトマルの話には、続きがあった。
彼は助命の聖恩に報いるため、粉骨砕身した。おかげで妖魔が都を騒がすことも少なくなり、帝は大変に喜ばれたのだ。叙位任官や数々の褒賞のほかに、自らに仕える女官を一人、彼の妻とすることにもそれは表われた。
オビトマルは喜んだ。流浪の鬼が、朝臣として帝に認められたのだ。ますます忠勤に励むこと限りなし、であった。
だが、妻とされた女性は失意に沈んでいた。帝に仕える身から、ヒトならぬ鬼の妻に下されたのだ。オビトマルがどんなに優しくしようとも、妻を大切に扱おうとも、人外に抱かれているというその無念は変わらなかった。いや、オビトマルの子を身ごもったことで、無念は怨念へと変質を遂げていった。
そして十月十日ののち、出産の興奮で、妻の怨念は遂に弾けた。オビトマルが吉報を伝えようと参内した留守を見計らって、産み落としたばかりの我が子に向かって呪を投げつけたのだ。
『この子と睦み事を為す者に、全き死を』
呪いの対価は、己が命。
妻は庭に走り出ると、楡の木の枝で縊て死んだ――
飲み物を飲む手を止めて、静かに聞き入る優菜たち。その顔を眺めるともなく眺めて、沙耶は語りを再開した。
「呪いは、数多の僧侶や修験者の手で、緩和された。逆に言えば、緩和しかできなかったの。
『他所人が一族の者と結ばれるには、その他所人が妖魔討伐を心から理解し相手を支えると、祝言の際に心から誓わねばならない』
それが、いまだに私たち一族に漏れなく掛かっている呪い……」
仲間たちの抑えた語りあいを代表するように声を上げたのは、祐希だった。
「それは、発動するとどうなるんですか?」
「発動するというか、条件を満たせないと、だけどね」と沙耶は断って、
「相手が死ぬわ」
「……自分じゃなく?」
こくりとうなずく沙耶。今度は万梨亜が身じろぎをしたあと手を挙げた。
「それ、実例あるんですか?」
これにもこくりとうなずかれて、優菜たちのあいだにさーっと驚愕が拡がった。
「10年……11年前か……」と言って目を伏せたあと、沙耶の話は続く。
「鷹取の女性が、彼にどうしても妖魔討伐のことや呪いのことを話せなくってね。それらを伏せたまま祝言を挙げようとしたのよ」
当然、父母を初め親族は猛反対した。したのだが、
「そういうのって、強硬な態度を取られると意固地になるというか、余計に燃え上がることもあるじゃない? その女性がそうだったの」
結局、父母は折れたがその他の親族は全て欠席という異様な状況のまま、祝言は行われた。
「翌日の朝、夫は寝床の中で、遺体で発見されたわ」
「死因は何ですか?」
祐希がすかさず問いかける。今日はやけに発言が多い。
「心臓を大型の動物の手で抉り取られたことよ。写真で見た感じ、遺体の胸がザックリというかゴッソリというか、そういう感じにえぐれてたわ」
「……見たんですか」
理佐が青い顔でつぶやく。両手に包んでいる紙コップは傾き、今にも中身がこぼれそうだが、それにも気づかない。
「見たんじゃないわ。見せられたのよ。一族全員に回覧されたわ。呪いは都市伝説じゃない。旧家によくある由緒不明の言い伝えなんかじゃない。そう改めて周知徹底するために、わざわざカラー写真でね」
琴音が美玖を見やる。
「美玖ちゃんは15歳になったら見せられると思うよ」
「うええええええええ嫌だなぁ」
実に女子小学生らしい素直な感想にくすりとする。たとえ女子大学生でもそんなものは見たくないが。一方、まだその話題にこだわっている者もいた。
「……大型の動物の手?」
祐希である。それを見て、沙耶と琴音はなぜか覚悟を決めたような表情になった。
「その女性はその晩、どうしてたんですか?」
来た、という顔をして、沙耶は琴音と顔を見合わせると答えをゆっくり搾り出す。平静さを装った、哀しみの籠もった声で。
「夫の横で意識と記憶を失っているのが発見されたわ。そして――」
眼を閉じ、少し溜めを作ると、
「女性の手と口は夫の血で塗れていた。そしてその爪のあいだからは、夫の肉の欠片が検出された……」
「「つまり、下手人は……」」
ミキマキがユニゾンしていることに言及する余裕は無く、皆震えた。
女性は心神喪失であったこと、凶行の記憶が無いことなどにより不起訴となったが、いまだに自宅に閉じこもりきりなのだという。
「……そういうわけで、私たちにとって、恋愛とか、結婚っていうのは、とても大変で重いイベントなの。呪いが発動するのが怖くて、お付き合いや結婚をあきらめたり、逆に断られたりしたことなんて、この1200年間で数え切れないほどあるわ」
それに、疫病神の工作の件もあって、一族の成婚率は一般のそれより低い。沙耶はそう言い終えると、ためらった。まだ何か、言い足りないことがあるのだろうか。
「そういうわけで、神谷君――」
沙耶は、彼女にできる限りということがありありと分かる、精一杯の笑顔を隼人に投げかけて、
「理解――してくれたかな」
みんながしている眼を、あたしもしている。
彼は、そんなみんなの視線をあえて受けて、沙耶に向かって微笑んだ。
「ええ、美人の家系だって事はよく分かりまし――」
理佐がみなまで言わせず、やおら立ち上がると、座ったままの隼人を殴り飛ばした!
部屋の隅まで吹き飛んでぐったりと伸びる隼人を見ても、ちっとも可哀想じゃない。そうよ、全然可哀想じゃない……ッ。
るいがぐっと伸びをした。
「さ、シャワー浴びて寝よっと」
それを潮時と、一斉に席を立ってシャワールームへと向かう。
「え?! え!? あの、隼人さんは――」
「大丈夫よ、隼人君だから」
「ノックアウトされてるから、ビックリドッキリお色気イベントも起こらないしね」
「ああでもボク、念のため残って見張るよ。お先にどうぞ」
「「さ、美玖ちゃん。お姉さんたちが洗ってあげるんやで~」」
「ふえ?! 双子さんたちが同じ――ってキャー!!」
「こらエロ双子!」
「最近、素面でも出てくるようになったね……」
姦しい中、優菜は一人残って隼人の姿を見つめていた。
胸騒ぎがする。
でもそれが何かは分からず、優菜はみんなに見えないよう、隼人にこっそりむくれ顔を投げつけると、みんなの背中を追った。