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第1章 鳥、流れ行く果てに

1.


 アンヌたちがベルゾーイに誘導されてたどり着いたビルの工事現場。そこで待っていたのは――

「お嬢様、お久しぶり」「さ、こっち!」

 こいつら確か、アキバでユウナと一緒にいた小娘たち……アンヌは執事を鋭く見すえた。

「これはどういうことだ? なぜこいつらがここにいる?」

 ベルゾーイはサングラスを取ると、深々と頭を下げた。

「説明は無事脱出できてからいたします。どうかこのベルゾーイを信じてください」

 ソフィーとクララが不安げな視線を交わすのを横目に、アンヌは不本意な気持ちを抑えてうなずいた。続いて、日本人たちのほうへ正対する。

「アンヌ・ド・ヴァイユーだ。世話になる。よろしく頼む」

 ソフィーたちも戸惑いながら自己紹介し、今度は小娘たちが口を開いた。

「あたし、カワバタ・チハヤ。よろしく」

「ボクはクロイワ・ケイ。よろしくね」

「ボク……?」とソフィーが怪訝そうに首をかしげる。

「それは男性の一人称ではないのか?」

 チハヤが面白げに相棒を小突いた。

「ボクっ娘について解説しろとさ」

 言われてケイはぷいとそっぽを向いてしまった。それだけではなく、

「さあ、行くよ!」

先頭に立ってビルの内部へと足早に立ち入ってしまった。チハヤは笑いながら、アンヌたちは警戒感を隠さずに後を追う。

 廊下(になるはずの通路)を進んで幾つかの角を曲がり、外に出た。また柵を外して小娘たちは首だけ出して左右だけでなく上もキョロキョロ。

「よし、行こう」

 ここからは、夜のオフィス街の暗がりを縫って進むことになった。なるべく人通りが少ない時を見計らってダッシュし、目の前の暗がりに駆け込む。

 それを5回ほど繰り返して、アンヌの心に疑念が湧いてきた。

(こいつらはどこへ向かっているのだ? ベルゾーイはわたしを助けたいあまりに、敵に嵌められているのではないのか?)

 6回目の駆け込みが済んだところで、アンヌはついに我慢しきれなくなった。制止の声を発して、全員を止める。

「そろそろ、我々をどこへ連れて行くつもりなのか説明してもらおうか」

 チハヤとケイは困り顔で答えた。

「説明は無事脱出できてからって執事さんが言ったじゃん?」

「そもそもお前たちは何者なのだ?」

 小娘たちはベルゾーイを見た。

「なんにも説明していないの?」

「はい。説明する時間がありませんでしたし、すればお嬢様は首を縦には振らなかったでしょうから」

 それを聞いて、ソフィーの目じりが釣り上がった。

「ベルゾーイ! 貴様、お嬢様をいったい――「声が大きい!」

 チハヤの警告は遅きに失した。上空から羽ばたきの音が複数したかと思うと、アンヌたちの前後に2体ずつ鳥人が降り立ったのだ。

 アンヌとソフィーの側に、退路を塞ぐように降り立ったリシャールが慇懃な口調で勧告を発した。

「お嬢様、今素直にお戻りになられるなら、危害は加えないと約束いたしましょう」

 その言葉に、チハヤが口を歪めて反応する。気がつけば彼女は、アンヌのソフィーの間に割り込んでいた。

「なるほど、鳥人間って、バカばっかなんだね」

「チハヤ――」

と、これも執事とメイドの間に立つケイが、自分たちの前途を塞ぐ鳥人たちを見すえながら笑う。

「お嬢様もソフィーさんも、その鳥人間だぜ?」

「あ、そっか。じゃあ――」と口がまた嘲弄に歪む。

「ええと、ミシェルだっけ? そいつの部下はみんなバカばっかってことで」

「死ね!」

「やなこった!」

 売り言葉に買い言葉に続いて、チハヤとケイがポケットから取り出したのは、白水晶だった。

「! お前たち――「変身!」

 彼女たちがポーズをとって白水晶を腕に押し当てると、大量の光がそこから溢れ出た。それは彼女たちの前で八枚羽根の風車を形作り、リシャールたちが慌てて放った光弾を回転して弾き飛ばした!

 その風車が下がって彼女たちそれぞれを包み込み、

「とぅ!!」

 質量操作系のエンデュミオールたちは両脇に立ち尽くすフランク人たちを2人づつ抱え込むと、マフラーをなびかせて飛び上がった!

「しまった! 上か!」

 その言葉が馬鹿にされた証拠とようやく気づいたリシャールたちが、数秒遅れて一斉に後を追ってくる。そのタイムラグを十分に生かして、エンデュミオールたちはビルの屋上に着地しては次のビルへと跳躍を繰り返して逃げた。

 アンヌが配下を見やると、ベルゾーイとクララはエンデュミオールにしっかりしがみついて、必死に耐えているのが分かる。ただのヒトである彼らには、この跳躍は高さから来る恐怖だけでは済まないのだろう。

 その時、ソフィーが金切り声を発した。

「撃ってきた!」

 次の着地で、エンデュミオールたちは跳ばなかった。膝を曲げ、ぐっと姿勢を低くしたまま待つことすぐ、頭上を光弾が低い音を立てて飛び過ぎていった。

「行くよ!」

 また跳躍して、今度は足場に向かって撃ってきた光弾をかわす。それを数回繰り返しながら、アンヌは後ろを振り返る誘惑から逃れられなかった。光弾が飛来する頻度が上がっている気がしたからだ。

 やはり、鳥人たちが徐々に彼我の距離を縮めつつあった。その必死な形相が、オフィス街の灯りに下から照らされて不気味さを増している。

 そして、同時に不審の念が沸き起こる。エンデュミオールたちは、ひたすら真っ直ぐ逃げていた。まるでほかに方策が無いかのように。まるで何かに引き付けられるかのように。

 そんなことを考えているあいだにも距離は縮まり、ついに向こうは剣を抜いた。ネオンが虹色に照り映えるその様は、奇妙に美しい。

 もっと速度を上げろ。そう叫ぼうとした時、エンデュミオールの着けているイヤホンから、聞き覚えのある声が漏れ聞こえてきた。

『そのまま、もう5秒がんばって』

 この声、先日ラーメン屋で対面に座った、あのベリーショート……!

『3、2、1、ブレイク!』

 指示に合わせて左右に素早く開いたエンデュミオールたち。そのあいだを、アンヌの傍らすぐを、これまた憶えのある黄金色の光線が通り過ぎていく!

『ラ・プラス フォールト!』

 かの黒いエンデュミオールのコールと光線の轟音が重なって、アンヌは思わず後ろを振り返った。そして、光線の直撃を受けて墜落していく鳥人を見とめた。

 もはや留まったりせず、一目散に逃げていくエンデュミオールに抱えられて、ソフィーが何事かを後方に向かって叫ぶ。策謀で陥れられたとはいえ、同族なのだ。それが攻撃されているのが辛いのだろう。アンヌも同じ思いを抱きながら、今はただ戦場から離脱するに任せるを得なかった。



2.


 千早と圭が変身し、逃跳を始めた頃。『あおぞら』の会長は変身を終え、戦場へと急行していた。

 戦うためではない。観察のためである。ルージュとブランシュという、先日の戦闘で対鳥人に効果のあったスキルを持つ2人が今日はいない。そこで指揮官役のアクアがどうするのか。そこに今日の興味がある。

 家屋、あるいは店舗の屋根伝いに急ぐ。幸か不幸か、夜7時を過ぎた隣野商店街は営業している店舗が半分ほどで、さほど人目や店の明かりを気にせず跳躍してゆける。

 快調に飛ばしていたその身が"気配"を感じ取ったのは、やはり血のなせる業なのか。続いて忘れようにも忘れられない唸り声と、か細い少女の泣き声が耳朶を打つ。急停止してその音源を捜した彼女の眼は、信じられない光景を目の当たりにした。

 唸り声の主は、1体の妖魔だった。金剛という名のとおり隆々とした体躯と腕力の持ち主である。その皮膚は硬く、通常の得物では傷をつけることは非常に難しい。

 その妖魔に対峙して、1人の少女が構えを取っていた。その手には、どこから持ってきたのか、ステンレス製の物干し竿が月明かりで鈍い光を放っている。その重さゆえか、あるいは怯えが伝わっているのか、竿の先が震えているのが遠目にも分かった。

 少女の後ろの袋小路には、彼女より更に幼く見える少女がへたり込んでいた。泣き声はこの少女から発せられている。そして、少女を抱きすくめて金剛をにらみつける、1人の女性。

(田所優菜……! どうしてここに……)

 その時、金剛が動いた。右手を無造作に振り、物干し竿を軽々と叩き落としたのだ。手を離すのが遅れて、少女も短い悲鳴とともに倒れてしまった。

 優菜は、動かなかった。ただ、会長は優菜の顔に、迷いを見た。その手がポケットの中で握り締められているのを見つけて、確信する。

 今ここで、彼女が握り締めているであろう白水晶を使って変身すれば、金剛を倒せるかもしれない。

 だが、変身を少女たちに見られてしまう。エンデュミオールは正体を部外者に漏らしてはならない。これは厳然たる掟だ。

 守るべきは、目の前の少女か、掟か。

 金剛が足を一歩踏み出したのを機に、会長のほうは迷いを捨てた。立っていた雑居ビルの屋上に身を潜めた彼女の背後に、その身長に比する大きな三日月が3本出現する。念じて、それらを発射した。敵を視認し続ける必要はない。これ・・は、作り出す時にはもう命中するよう念が込められているのだから。

 大きく弧を描いて飛び去った三日月を見送って、身を潜めたまま待つこと10秒足らず。金剛の絶鳴を耳にして、しかし気は抜かなかった。まだ近くに妖魔がいるかもしれないため、その妖気を探る。

(いない、か……)

 それでも、少女たちと優菜の走り去る音が聞こえなくなるまで我慢して、ようやく立ち上がって安堵のため息を密かに漏らした。同時に、最前の光景がまぶたに浮かぶ。

「あの子……」

 それを雑念と振り払って、会長は戦場への急行を再開した。



3.


『ブラック! そっちに1匹行ったよ!』

 そう言われても困る。今のブラックは空を飛んでいるのだから。

 今日の課題は、『例の大跳躍を活用した飛び石戦法』。名づけたのはるいだが、簡単に言ってくれるぜと渋い顔をしても、実際それしかないのだ。まだそれなりに人の往来があるオフィス街をこんな格好・・・・・で走り回れるほど、ブラックは肝が太くない。

 来た来た、何か喚きながら剣を真っ直ぐ構えて突っ込んできた。スライスアローを連射して牽制する。至近弾に顔をしかめた鳥人は軌道が逸れていった。

 そうこうしているうちに放物線の頂点を過ぎ、ブラックは着地点と定めたビルの屋上へと落下を始めた。

『ブラック! 別のが行ったで!』

 自由の利かない体を無理やり捻ると、背後から鳥人が飛んできていた。やはり串刺しが一番効率が良いのだろう、ネオンを反射した切っ先が真っ直ぐこちらに向けられている。

 空中での機動力では、圧倒的に鳥人が勝る。この支部にはいない旋風系なら対抗できるのかもしれないが。

 だから、智恵で勝負だ。

 ブラックはスライスアローを発射。同時に、

『トライアド!』

 アクアのコールが耳に響いて、少し向こうのビルから水柱が発射された。それは誘導されつつ飛来して、ブラックの背後に迫りつつあった鳥人の軌道を変えさせることに成功した。

「アクア、援護サンキュー。無理すんなよ」

 彼女は移動手段がその足しかない。よって、鳥人に目をつけられると逃れる術がないため、できるだけその位置を秘匿していたのだ。

 もうすぐ着地点というところで、グリーンからの通信が入る。

『アクアが襲われてるので、ヘルプ入りまーす』

 前半を無視すればまるでバイトをしているような声色にくすりとして、次に顔をこわばらせた。さっきの鳥人が急旋回して追ってきているのだ。よしよし、こっちに来い。嵌めてやるぜ。

 ビルの屋上は、むき出しのコンクリートだった。そこへ着地し、勢いよく前転を2回する。目的地はこのビルの配電設備。その周りを囲む金網をクッション代わりにして、ブラックは着地に成功した。

 すぐに不吉な羽ばたきの音が聞こえ、鳥人が舞い降りてきた。足を屋上につかず滑るように滑空して、ブラックに肉薄してくる。

 タイミングを合わせて、1、2、3! ブラックは思い切り下にずり下がった。

「ぐっ!」

 避けきれず、左耳に激痛が走る。その痛みすら駆動力に変えて、ブラックは斜め前に転げた。まるで左耳の痛みから逃げるように、右斜めに。

 こらえきれない痛みに息が荒くなる。それでも無理して見上げた先では、鳥人が剣を金網に突き通してしまい、引き抜こうと金網に手を掛けたところだった。

 彼は罠に嵌ったのだ。ブラックではなく、エンデュミオール・イエローの。

 突然、金網全体に電流が走る! 野太い叫び声は数瞬で已み、代わりにいたって朗らかな声が残った右耳に聞こえてきた。

「焼き鳥いっちょあがり~。ブラック、いま治癒してあげるね」

 隠れていた場所から出て駈け寄ってきたイエローの治癒で、左耳は元に戻った。それでもまだちぎれているような気がして思わずさすっていると、それを見たイエローが笑って、すぐに顔をしかめた。

「うわ、ほんまに人の焼ける臭いがするがな! かなんなー」

『イエロー、せつなくなるだけやろそんなん嗅いでも。ほどほどにしときや』

 グリーンの通信に、少し震える。いったいいつ、彼女たちは人の焼ける臭いを嗅いだのだろう。

 ブラックの憂鬱な思いなど全くお構いなく、あっかるい通信がアクアから入る。

『こっちはグリーンと共同で1匹捕獲したよ! 残りは逃げた。お疲れさん!』

「勝った、かな?」

「せやな。お嬢様も逃げ切ったし」

 ブラックは立ち上がって、にこやかなイエローと拳を打ち鳴らした。そっと、あの黒焦げから彼女の視界を遮るように動いて。



4.


 優菜は、意気消沈していた。

 彼女は今夜、アンヌ救出作戦への参加予定はなかった。ベルゾーイから支部に緊急の連絡が入ったのが3日前のことで、シフトの調整が出来なかったのだ。

 それでもバイト先に連絡して欠勤にしようとした優菜だったが、

『無理しなくていいよ。俺もバイトで来られなかった時あるし。お互い様だよ』

 と隼人に言われて、それがうれしくて、でも表面は不承不承従った振りをして、バイト先である中国料理店に予定どおり出勤したのだった。

 誤算は、バイトから上がる時に起こった。

 店主夫婦の長女である久美が、7時を過ぎても習い事から帰ってこない。優菜は気安く『あたしが帰り道に寄ってみますよ』と請け合ったのだが、久美の妹がそれに鋭く反応したのだ。

『わたしもゆーなさんに着いてく!』

 夜の街探検に行く気満々の妹。お店が忙しくてなかなか両親に構ってもらえない姉妹のことを常々不憫に思っていた優菜は、これも快諾した。久美と行き会ったら、妹と一緒に帰らせればいい。

 だが、道中のシャッター通りの奥から響いてきた唸り声が、事態を悪化の方向に急変させた。いや正確には、優菜の判断ミスがそれを助長した面は否めない。妹を大通りに待機させるか家に帰らせればよかったのに、何も指示を出さず裏路地に入り込んでしまったのだ。

 あの化け物に追われる久美を発見して、よし変身、と思った時にはもう遅い。怯えきって優菜の脚にしがみつく妹の不審げな眼。それを振り払って変身などできないではないか。

 そして、誤算は続く。こちらに気づいて駆け寄ってきた久美に脱出路の選択を任せたのが失敗だった。地元民だからと任せきった逃走先は、袋小路だったのだ。

 久美が握り締めていた物干し竿が吹き飛び、彼女も倒れた時、優菜は二律背反に苛まれていた。

 変身して、2人を護りたい。

 でも、2人に正体を明かすわけにはいかない。これと見込んだ人物に打ち明けることはある。だがそれは、『あおぞら』への勧誘が大前提だ。

 どうする、どうする、どうする――

 その時、どこかの屋根の上から、大きな光の輪が3つ降ってきた。高速回転して小さな唸りを上げるそれは、久美に近寄ろうとしていた金剛の頑強そうな身体を難なく切り裂いたのだ。

 そのあと、3人で走って逃げ帰ったのだが、店主夫婦に経緯を説明しようとした優菜と久美は絶句してしまった。妹がけろっとしておやつをねだり始めたのだ。それどころか、

『? ゆーなさん、おねーちゃん、なんでそんな顔してるの?』

 ゆーなさんとおねーちゃんを迎えに行って、合流したら走って帰ってきた。妹の記憶はそれで完結しているようにしか見えない。顔には涙の跡がつき、膝には路地裏の泥が付着しているというのに。

 なんとか穏便な内容で説明を終えて、久美と青い顔を見合わせていると、久美の祖父に厨房からそっと手招きをされた。

『気にするな。あれはそういうものなのだ』

 どういう意味なのか問う前に、祖父の大きな手がそっと優菜の肩に置かれた。

『久美たちを助けてくれて、ありがとう』

 そんなことない、とうなだれる間もなく、

『ところで、急いでいたのではなかったかな?』

 慌てて別れの挨拶をすると、今度は駅まで走る羽目になった……

 あたしは、護れてなんかいない。助けてなんかいない。その思いを抱えたまま支部の会議室で待つこと5分、アンヌたちが到着し、それからすぐ隼人たちも戻ってきた。

『さて――』

 あいさつと自己紹介も早々に、アンヌは執事を見すえた。その口が言葉を紡ぎだす前に、彼女に呼びかける。

『日本語で話してください。わたしは同時通訳できるほど、フランク語が達者じゃないんで』

 ソフィーやクララが眼を見張る。日本人の口からフランク語が出てきたのが珍しいのだろう。執事はさすがに大仰に表情を変えたりせず黙ってうなずき、アンヌも了承した。

「では、改めて。なぜ、『あおぞら』に投降する道を選んだのだ?」

 ベルゾーイの回答は、澱みが無かった。

「この日本に、お嬢様を庇護してくれる勢力がここしかないと判断したからです。あちらのマドモワゼルが――」

 と、ちらりとるいを見て、

「以前、和平交渉について言及しておられました。それがこちらの統一見解かどうかを、電話にて確認し、投降しても強硬的な手段をお嬢様に対して採られることはないだろうと決断した次第です」

「うわーいい声だな~」「でしょでしょ?」

 るいがうっとりした歓声を上げ、圭がはしゃぐ。その様をじろりと見やって、アンヌはすぐに視線を戻した。

「敵なのだぞ? こやつらは」

「どんな手段を使っても、お嬢様を生かす。それが私の使命と心得ております」

 執事の再度の返答も、断固たるものだった。それを聞いて、アンヌは目を閉じて唇を噛む。しばらく沈黙が会議室内に流れたあと、

「こちらの責任者は、あなただったな」

 立ち上がって、支部長に正対する。

「正直、不本意ではある」

「でしょうね」

 率直な物言いに率直なコメントで返されて苦笑し、アンヌは頭を下げた。

「こちらでしばらく世話になりたい。よろしく頼む」

 ソフィーも慌てて立ち上がり、フランク人たちは頭を下げた。

 そこに、るいの手が挙がる。

「ひとつ、お嬢様に訊きたいことがあるんですけど」と。

「髪型の件?」「いやそーじゃなくて」

 真紀の冗談に笑い返して、るいは席に座り直したアンヌに問うた。

「お嬢様たちは、今後どうしたいんです?」

「どうしたいとは?」

 うちわをパタパタさせて、前髪をひらひらさせながら、アンヌの反問に答える。

「このまま状況が好転するまで亡命生活するのか、積極的に反叔父さん活動に立ち上がるのか、ってことですよ。前者なら支部長さんか誰かが住処を都合してくれるだろうし、後者なら、るいたちもそれなりの覚悟と準備がいるし」

 るいの横に座っていた双子が、ユニゾンを始めた。

「「反叔父さん活動なんて無理やろ」」

 と言い、アンヌたちが眼を見張るのも気にせず、ペットボトルのお茶を飲んでから腕を組む。

「「敵のところに逃げ込んでるんやで? よっぽどその叔父さんが悪いいうことが周知されへん限り、何を言うても『敵と協力してお家に牙を剥く不届き者がなにをほざく』って言われるのが関の山やで」」

「ミキマキちゃんが、シリアスモードになってる……」

「「ふっふっふっふっ、現実的な冴えた女と言ってください」」

 ふんぞり返る双子に湧くスタッフたちを横目に見ながら、ユニゾン目撃の茫然自失から立ち直ったアンヌが小声で話しかけてきた。

「ここはいつもこんな感じなのか?」

「ええ、打ち合わせも2割くらいは無駄話ですね」

「こんな奴らに……」

 歯噛みするソフィーを見て、るいが今度は自分の番とばかりに眼を輝かせた。

「次は『くっ殺せ』とか言わないかな。オーク役もいるし。ね? 隼人君」

「こういう時だけ男扱いなんだよな……」「いや断れよその前に」

 思わずツッコミを入れてしまい、アンヌたちの胡乱げな視線を浴びる羽目になった。

「そうよ! きっぱり断りなさいよ!」

 今まで黙って隼人のほうを不安げな目でチラチラと見ていた理佐が、ここぞとばかりに食いついてきた。それを、隼人が打ち返してきた。

「なんで? 島崎さん」

 ぐっと言葉に詰まり、真っ青になる理佐。その様を見て、優菜の心は千々に乱れた。

 あの日から、隼人と理佐とのあいだに深くて広い谷間ができた。そこを流れる冷え冷えとした空気は理佐を凍りつかせ、周囲の人々の心を乱し続けている。

 その証拠に、誰も2人の中をとりなそうとしないのだ。雑談に逃げて、冷気が去るのを待つばかり。その雰囲気に染まらぬフランク人の頭目から、支部長に声がかかった。

「今、叔父に対する反抗活動とかの話が出たが、私としては伯爵家に楯突くつもりは今のところ無い。よって、そなたたちに協力することはできない」

 ざわめきが、一気にこの話題に流れた。

「分かりました」と支部長が答えたのは、しばらく考えを巡らせてから。

「ただし、これだけは憶えておいてください」と付け加えるのを忘れない。

「我々が負けた場合、あなたたちの身の置き所はなくなるということを」



5.


 アンヌたちが当面の滞在場所としてあてがわれたのは、3階にある女性スタッフ用の仮眠室だった。ベッドが4つあるほかはテレビが1台あるだけという侘しさにソフィーは嘆き、

「窓には近づかないでください。狙撃の恐れがありますので」

 そう執事に言われて彼女は天井を仰いだ。

「いったいいつ、我々は日の光を拝めるのでしょう……」

「食堂に行ったらいいじゃない。ここに食事を運ばせて、っていうなら別だけど」

 確かに、フランク人たちの立ち入り可能区域で一番日差しを取り込んで明るいのは食堂である。理佐の言を良しとするアンヌに慰められて、受け入れたようだ。

 さっそく諸事整えるために執事とメイドが動き出すのを眺めながら、アンヌは部屋までついてきたるいの、好奇心丸出しの顔を見すえた。

「今日の戦闘の、詳細な結果が知りたい」

 問われて語るるいの横顔は嬉々としているでもなく、かといって厳粛なものでもない、るいとしては普通の表情であるように優菜には思える。それがしかし、お嬢様にはお気に召さなかったようだ。

「お前は、恐ろしい女だな」

「るいがですか?」

 アンヌはうなずいた。

「整然と説明できることもそうだが、投降してきたとはいえ敵に対して、その同族を攻撃して撃破していくさまを淡々と語れる。それが恐ろしい」

「あ、じゃあ、躍り上がっちゃおうかな?」「止めろ」

 優菜は本気でるいを止めた。るいの性格をほとんど知らないであろうフランク人たちの怒りを買うことが分かるから。

 案の定、アンヌは眉をひそめ、ソフィーは眼を吊り上げた。

「嬉しいのか?」

「はい」にっこり。

「我々を前にしても?」

 とソフィーの声は怒気を孕み始めた。その声の不穏さに、執事とメイドが動きを止めて2人を見やる。

「そりゃもう。だって、勝ったんだから」

「……斃した相手に対する敬意はないのか?」

 責められて動じない。るいの特質であろう。端で聞いている優菜たちは気が気ではないのだが。

「ソフィーさんたちはあるんですか?」

「当然だ! それが戦士として当然の――「ディアーブルに対しても?」

 ソフィーは言葉に詰まった。

「そ、それは違う――「違いません」と言葉を被せて、るいは真顔になる。

「るいたちにとっては同じです。インベーダーなんですよ? 皆さん」

 そこへ、永田が入ってきた。当座の部屋着など身の回りの品を調達してきたのだ。

「あれ? お取り込み中?」

 それを潮時に、優菜たちは部屋を辞すことにした。

「そういえば隼人は?」

 今まで気がつかなかったが、会議室を出てから姿を見ていない。

 どんよりした雰囲気に横を向けば、理佐がうなだれていた。隼人は先に帰ったという。しかも、

「呑みに行かないって誘ったら、明日早いからって……」

「明日は朝一でゼミやね~」

「隼人君と一緒に~ゼミやね~」

 こいつらはなぜ、理佐の神経にヤスリをかけにいくのだろう?

 立ち止まって壁に頭をつき、泣き出し始めたマエカノを気遣おうとして、逆に腕を引かれる。理佐の泣きっ面など気にせずとっくに行ってしまったるいではない。残るは、

「隼人君を、慰めに行ってあげて」

 真紀だった。ユニゾンせず微妙な表情の美紀を少しだけ凝視して、優菜は何も返答せずその場を離れた。

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