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狂踊者

作者: shoe

 ピエロ、

 もしくは道化、

 あるいはクラウン、

 一部ではジョーカー。

 どれもおどけ役。

 操り人形のような意もある。

 どちらにせよ、

 ただ壊れたように踊り狂う。

 誰かの手のひらの上か、

 舞台の上でか、の違いしかそこにはない。

 悲しいのに笑い、

 怒っているのに笑い、

 寂しいのに笑い、

 辛いのに笑う。

 仮面を被ったようにただ笑う。

 そう彼らはいくつもの仮面をつけた見世物。

 自由でありながら自由はない。

 今もまた踊りだす。






 スポットライトが一斉に一箇所を照らす。この舞台、サーカスの会場での演目の場つなぎでありながらにして、一番山場の主役ピエロの登場だ。玉のりをしながら陽気なリズムをとって中央に向かう。昨今では象などの動物でもできるような単純な芸だ。

 だがピエロは動物たちではとうていしないようなことをする。気付けばすでにピエロは中央にいた。舞台の真ん中の玉の上で曲に合わせ軽快なリズムで踊る。しかし次の瞬間、転げ落ちた。まさに無様で滑稽な様子だ。それをみて観客は大笑いをする。

馬鹿げた行動が彼らの売りだ。実際のところミスなど彼らはほとんどしない。落ちたのはわざとだ。笑いを誘うため違和感がないように転げ落ちる。そしてあたかも失敗してしまったような、困った顔をし、泣き出す。が、これも嘘だ。次の瞬間にはけろっとした表情で芸を再開する。

 観客はこの滑稽でありながらちゃんとした芸もこなすピエロが大好きだ。しかしこの場に観客はいない。練習中なのか場内には一人も客はいないのだ。ただひたすら舞台の真ん中で狂ったように踊り続けるピエロ。それはなにかに操られた道化のようだ。

 彼は舞台の中央でめまぐるしく表情を変え、泣き、そして笑う。ときには怒ったそぶりも見せるが、すぐ腹を抱えて笑う。言葉は発しないのが彼流だ。なので場内には音楽だけが鳴り響き、音があるのに閑散とした雰囲気になっている。客がいれば拍手ももらえただろうに、今はその客はいない。

 彼はひたすら場内でただ一人踊り続ける。時には手品のように仮面を懐からおもむろに取り出しつけてまた踊る。見ていればわかることだが彼が静止していることはまずない。とまっても一瞬表情を見せるためにとまるだけでその他は常時動き続けている。普通ならずっとそうしていれば疲労が溜まるものだが、彼は何時間同じことを続けようと疲労を顔に出すことはない。まれに疲れたような素振りをオーバーなほどにみせるが、ふざけているようにしか見えない。

 ピエロはまず自分の表情を見せない。なにを感じてもおくびにも出さないのだ。

 彼は嘘つきで天邪鬼でほんとうの姿を誰にも見せない。顔すらも、だ。メイクのためにその顔はわからない。時には頬にドロップや星を描くことすらある。悲しみと楽しみの両方を兼ね備えたその顔は違和感の塊であり、にもかかわらず見たものの笑いを誘う。本来はありえない顔をしているのに、だ。人々のなにがそうさせるのか、誰も知らないだろうがあるいは彼はその答えを知っているのかもしれない。

 演目にひと段落ついたようで彼はやっと少しとまった。そして深々と、頭が地面につきそうなほど深々とお辞儀をした。

 ぱちぱちぱち。

 するはずのない拍手が場内に響く。拍手の元には一人の少年がいた。だがその表情は拍手とは裏腹に、全く楽しそうではなく、むしろ不服そうだった。

 ピエロは首を傾げる。まるでなぜそんな顔をしているんだい、というように。

 少年にはそれがわかった。いやそうとらえた。

 「僕はピエロなんか嫌いだ。嘘の演技をしてなにが楽しい?」

 ピエロはそれを聞くと心底びっくりしたというように飛び上がった。そして次には手を腹に当てて笑い出した。

 「なにがおかしいんだ」

 少年はより不機嫌そうな顔になった。

 しかしピエロは相変わらず笑っている。

 「理由を言え!」

 少年はまくし立てる。

 だが、その台詞を言い終えるころにはそこにピエロはいなかった。

 驚いた少年は舞台を見渡し、観客席を見渡した。右を、左を見渡し、天井にまで視線をめぐらせた。しかしどこにもいない。

 やりきれない気持ちで意識を場内から自分の周囲に戻すと、すぐ隣にピエロがいた。

さっき左右を見渡したときにはそこには誰もいなかったはずだ。だが今すぐ横にピエロがいてこちらを見ているのが現状だ。とても信じられなかった。少年とピエロのいた舞台の中央とは直線距離で考えてもかなりの距離がある。

 少年は開いた口が塞がらなかった。まさに驚愕だった。

 そんな少年をみたピエロは自分の口元に人差し指を持っていき。左右にゆっくり振った。

 まだまだこのくらいで驚いちゃいけないよ? それにそんなにすぐに感情を顔に出したらピエロ失格さ、とでも言うように。

 ますます少年は不機嫌になった。おもわず勢いにまかせて殴りかかろうとして、拳を振り上げた。驚き両手を前に出し待ったをかけるピエロをみすえその拳を振り下ろした。

 しかし、なんの感触もない。彼の拳は空をきっただけだった。

 ピエロはどこにいったのか。少年はまた首をめぐらせた。今度はさきほどとは違いすぐに見つけられた。ピエロは少年の横にくまでいた舞台の中央まで戻っていた。そしてまた狂ったように笑う。

 やはり一瞬のうちに移動した。少年は不機嫌をとおりこして不気味だと感じた。得体の知れないこいつはなんのだ、と。

 そして彼は一番聞きたかったこと、聞かなければいけないことを聞こうと決意した。

こんなピエロといつまでも関わっていたくなかったのだ。

 「ここはいったいどこなんだ?なぜ僕はここにいるんだ?君は何者なんだ?」

 ピエロはまた驚いたような表情をし、そして今度は演技がかった仕草で困ったように手をあごにあて、首をかしげた。そんな表情をしていてもおどけるのはやめない。その証拠に困ったような顔をしてはいるものの、右足を少し前にだしつま先をあげ、かかとの一点だけを地面につけているといった、小馬鹿にしたようなふざけた体勢をとっている。

 そうした姿勢で考えたふうな顔をして少したつとおもむろにピエロは体勢を変え両の手のひらを上げ、肩をすくめた。さらには腰に手を当て首を少し下に傾け左右に振ってみせた。

 まったく君はしょうがないやつだな。そんなこともわからないのかい。

 そう言われた気がしてますます少年は腹が立った。おそらく考えたようにしていたのも実際は最初からわかっているのに考えているようなふりをしていたのであって、その後の動作も全てが演技であるだろうことは彼にもわかっていた。ゆえにさらに腹が立った。最初からいままでずっとピエロはピエロを、おどけ役を演じ続けていることに気付いたからだ。当たり前といえば当たり前だが、少年にはひどく納得がいかなかった。自分がまじめに話しているのにもかかわらずそんなことをされたら腹立つというものだ。

 その様子に気付いたのかピエロはまぁまぁとなだめるように手を前にだした。

 少年からしたらその行動すら腹が立った。そもそもお前がちゃんとしゃべっていればことは済むんだと、心のそこから思った。

 「ここからはどうやったらでられる?」

 ダメもとで聞きてみた。案の定返答などない。さぁ、といった感じに肩をすくめられておしまいだ。

 まぁそうあせらずしばらくのんびり見て行きなよ、というようにピエロは空中ブランコに飛び乗った。前後に揺れながら間隔を掴み次のブランコに飛び移る。次のブランコでも同様に前後に振れながら勢いをつけて次のブランコへ移った。だが今度は手ではなく足を使ってブランコにぶら下がった。さらには方向を百八十度変え、来たブランコに向かって回転しながら飛んで、また足でぶら下がるという荒技をやってみせた。

 よくあんなに器用なことができるもんだと思わず少年は目を釘付けにして感心した。

 しかし次の瞬間ピエロは次のブランコに飛び移ろうとし、それまでと同じように飛んだが、ブランコのタイミングが上手く合わず手も足もブランコには届かなかった。

 危ないと思いさすがに少年も身を乗り出したが、あきらかに間に合うわけはなかった。もう無理だと諦め目を伏せようとしたとき、ピエロは空中でくるくると回りそのままきれいに体勢を整え着地した。少年からしたらもはやただの心配損だ。だが少年も根は優しいので、無事であっとことに対してほっとしていた。

 ピエロはといえばけろっとしていてむしろけらけら笑っていた。彼からしたら飛び移るのに失敗して落ちたのも演技のうちなのだ。ピエロは自ら失敗して場を盛り上げる。ときにはこんな離れ技だってやってみせる。だが今日の客はこんなことでは盛り上がらなかった。むしろ心配した分怒っていた。さっきまで得体が知れないだとか気味が悪いだとか思っていたくせに、いざ危なくなれば心配するのが彼の優しさだ。

 そんな彼の心配とは裏腹にピエロは笑い続けていて次のことをしようとしていた。

 正直少年はため息をつかずにはいられなかった。さっきあんなことがあったのにまだなにかやるのか、と。

 ピエロは口元にどこから出したかマッチのようなものを近づけた。もちろん火がついている。そしてピエロが息をおもいきり上に向かって噴くとその息の軌跡にそって火の柱ができた。ようはファイヤーブレスというやつだ。大道芸でならばよくみるがこんなサーカスの舞台のような狭い空間でやることは珍しい。火事の危険もある。そもそもピエロは普通そういったことはしない。だがこのピエロはなんでもこなすのだ。

 火を噴き終わったところで一応ひと段落なのか、ピエロは大きくお辞儀をした。少年は一応拍手を送ったが、ピエロが調子に乗ってもっともっととジェスチャーでいうので拍手することすらやめた。するとピエロは目に見えて肩を落とした。落としすぎだというくらいに。

 なんて思っていたらすぐ今度はジャグリングのピンを取り出した。上に向かって投げる。高い。天井まで届きそうだ。思わず少年は目で動きを追った。ピンはある程度の高さまで到達すると今度は落下し始めた。そのまま落下し続け、床に落ちた。 

 おかしい。

 本来着地地点にはピエロがいるはずだ。少年は嫌な予感がした。そしてそれはくしくも当たっていた。またすぐ隣にピエロがいた。しかもいつのまにか仮面をつけている。満面の笑みを描いた面だ。ものすごく愉快そうにしているその面は彼にとっては不愉快でしかなかった。だが殴りかかったところでかわされるのはわかっているので今度は何もしなかった。

 それをわかってかわからずかピエロはずっと少年の見ていた。いや正確には仮面のせいでその視線がどこに向けられているかはわからない。ただ少年のほうをむいてはいる。

 少年としてはこんな気味の悪い顔ずっと向けていられたくはないのだが、そんなことを言ったりしたところでこのピエロが言うことを聞くとは思えない。開き直ってここぞとばかりにいろいろ聞いてみることにした。

 「結局おまえは何者なんだ?」

 さぁ? 肩をすくめるだけ。

 「ここからはでられるのか?」

 イエス。首肯。

 「どうやったら出られるんだ?」

 さぁ? ケタケタと笑う。

 「おまえは僕をばかにしてるのか?」

 ノー。激しく首を左右に振る。

 「ここに僕を連れてきたのはおまえか?」

 ノー。首を振る。

 「ここはどこなんだ?」

 サーカス。手を大きく広げて場内をさす。

 「お前は嘘つきなのか?」

 うん、まぁね。首肯。

 「じゃあさっきからのやりとりも嘘か?」

 ノー。首を振る。

 「お前はなんだかなんでも知っている風な素振りをしているけど、そうなのか?」

 そんなことないよ。首を振る。

 以上が一連の少年とピエロのやりとりで、少年の解釈とピエロの実際の行動だ。少年にはピエロが言葉を発しなくても何が言いたいのかなんとなくわかる気がしてきていた。特別わかりたくはないが、なんとなくわかるのだ。表情などが見えるわけではない。むしろ表情なんて読み取れない。仮面の下がどんな顔なのかも、どんな表情なのかも。

 しかし、例えわかっても好感は抱けなかった。むしろ嫌悪感は増す一方だ。ピエロのほうもそのへんはわかっているようだが、妙に愉快そうにしている。そのことがますます少年を苛立たせる。愉快そうにしているのはわかるのだが、なぜなのかまではわからない。嫌悪感を抱かれているのに愉快になるなんて普通だったらおかしい。

 だからこそ少年はさらに苛立たずにはいられない。彼がピエロだということをふまえてもそこまで完全に道化でいる人がいるのだろうかと少年は思う。その後すぐ、そもそも人間かどうかも怪しいと思い直したが。

 さすがに少年の不機嫌さを考慮したのかピエロ少年の傍を離れ、再び舞台中央に戻った。次はなにを始める気なのか。そもそもなぜそこまで頻繁に少年の前で芸を見せ続けるのか。彼は別に見たいわけでも見せてくれと頼んだわけでもない。

 だがピエロは少年に見せ付けるように芸を繰り返す。彼が見せたいだけなのか、それともほかに理由があるのか、それは本人にしかわからない。だが絶対にこのピエロはそれを語ることはしないだろう。

 このピエロとのやりとりをとおして、また観察していて彼はピエロについていくつかのことを知った。

 ピエロはほんとの感情はかけらも見せないということ。

 むしろ作ったような感情表現をすること。

 重要な部分は全部隠すということ。

 嘘つきであること。

 よくおどけてみせること。

 物理的にも内面的にも仮面を被るということ。

 そして狂ったように踊るのが好きだということだ。

 ますます少年はピエロのことがわからなくなった。知れば知るだけわけがわからなくなる。不可解で納得のできないことばかりだ。

 「おまえはほんとに変なやつだな」

 気付けばそんな風につぶやいていた。

 さすがにこの発言には驚いたようで、次の準備をしていたピエロが始めてその手をとめた。実際には見えないが目を瞠ったようにも見える。

 これにはさすがに少年も愉快になった。それまで感情や心情の動きといったものを少しも顔に出さなかったピエロが、初めて表情に本音をだしたのだ。ピエロにもやはり普通の部分もあるらしい。

 しかし次の瞬間には元に戻りこちらを指差して笑い転げた。もはや演技なのは少年にはわかっていたのでそれは滑稽以外の何物でもなかったが。思わず少年が苦笑したくらいだ。

 こほんとわざとらしい咳払いをして気を取り直したように準備を再開するピエロ。

 今度はほんとにジャグリングをするようだ。しかしなげるのはピンではなくナイフ。

両手に数本のナイフを持ったピエロは一本ずつ投げてゆき、しまいにはそのすべてでジャグリングをはじめた。

 ふつうなら刃の部分が当たってしまうだろうが、そこは曲芸のプロだ。全くミスはしない。取っ手の部分だけを正確に掴んではまあ投げていき次のナイフの取っ手を掴む。その繰り返しだ。そらには途中からナイフに回転をかけ始めた。しかしやはり刃には全く触れない。

 どうしたらそんなことができるものか、そんなことを少年は考えていた。さきほどまでの嫌悪感は今ではほとんどなくなっていた。

 ただひたすらに彼の芸を見るだけだ。

 しばらく続けた後、彼はナイフをずべてキャッチしジャグリングを終えた。今回はおどけはなしのようだ。

 そうしてまたお辞儀をする。少年はまた同じように拍手を送った。

 ピエロはそれをみてしばらく考えたようにしてから、今度はゆっくりと少年のもとに向かってきた。

 「僕が何物か知りたいかい?」

 仮面でくぐこもって聞き取りづらいがはっきりとピエロはそう言った。

 初めてピエロが声を発したのだ。

 少年は驚き、首を縦に振るしかなかった。

 「僕はね」

 そういって自らの仮面に手をかけた。そして取った。

 ピエロの顔を見た瞬間少年は自分の目を疑った。

 その下には少年と同じ顔があったのだ。しかし表情は違う。右目は笑い、左目はかなしんでいるように垂れ下がり、口元はおこったようにふさがれている。あきらかに不自然なおかしい顔をしている。本来人ができるはずのない顔だ。

 「なぜおまえは僕と同じ顔をしているんだ?」

 少年は聞かずにはいられなかった。

 「なぜって僕が君で、君が僕だからさ」

 ピエロはなんでもないふうに答えた。

 「僕は君の中に存在していて、君は僕の中に存在している。人はピエロを飼い、ピエロに踊らされて、またピエロを踊らせて生きている。僕は君で、君は僕だ」

 言っている意味はなんとなくわかった。少年もまた仮面を被ったピエロなのだ。二つは一つで、一つで二つだ。いくつもの顔、仮面をもった不自然な生き物それが人間なのだと。すべてを言われたわけではない。でも彼にはなんとなくわかった。それが彼で彼がそれなのだと。

 二人でみつめあっていると場内にサイレンが響いた。

 「そろそろ閉演みたいだね。よかったじゃないか帰れるよ」

 「そうか」

 二人の会話は淡白なものだ。

 お互いの言おうとしていることはなんとなくわかってしまう。

 ピエロはくるりと向きをかえるとまた中央に戻った。

 そして少年のほうへ振り返ると、「またね僕」と言った。

 「またねピエロの僕。正直もう会いたくはないけど」

 少年は笑いながら返した。ピエロはその言葉に満足したようだった。

 少年は立ち上がって出口に向かった。ふりかえることはなく、その背中にはなにか最初とは違ったものが見えた気がした。

 そうして少年は出口の向こうへと消えた。




 

 場内に残ったピエロにおつかれさま、と手を置く者がいた。

 それは仮面をつけた道化だった。この道化もピエロであり、ジョーカーであり、クラウンで、仮面をつけたものだ。

 ピエロはかすかに笑うと何も言わず舞台の奥へと消えていった。

 最後に残った道化は場内を見渡し、がらんどうで満員の客席に向かって感謝と敬意を示すように深々とお辞儀をした。

 またのご来場お待ちしております。というように。その仮面のしたにはやはり誰もしらない道化だけの表情が隠されている。仮面は語らない。道化も語らない。語ったとしてもそれは嘘か真か。

 道化のお辞儀を合図にするように場内のあかりはすべて消えた。そこには真っ暗の空間が広がるだけだ。今もピエロたちはこの中で踊っていることだろう。


お読みいただきありがとうございました。


何年か前に書いた作品です。

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