第一節 長い長い眠りの終わり
嵐が過ぎ去った翌朝、戴天山大明寺に一人の少年が現れた。かつての大侠客、紅袍賢人の武芸書を求めて。
まるで水底から浮かび上がるかのように、長い長い眠りが覚めようとしていた。
夢を見ているのか、それとも本当に眠りから覚めたのか、まだわからない。ただ意識だけがそこにある。なぜ目覚めようとしているのかわからないが、それはきっと、目覚めるべき時が来たからという、ただそれだけのことに違いない。とりあえずは呼吸の間隔を取り戻そう。――少しずつ、早く、早く。千秒に一回から、百秒に一回、十秒に一回へ。それに伴い、心臓の拍動も早めて行く。血脈が流れ出すと、後は勝手に五感も回復し始めた。まずは全身の触覚から。次いで聴覚。口に何も含んでいないのだから味覚は不要だし、視覚も意味を成さないとわかっているから後回しだ。嗅覚は取り戻さない方が良いとわかっているので、これも後に回すことにした。つまり、今彼女に必要なのは触覚と聴覚だけということだ。
触覚はすぐに周囲が変わらず土ばかりであることを伝えてくる。やはりまだ、埋まったままなのだ。しかしそれに加えてひんやりとした冷感がある。湿っているのだ。きっと彼女を呼び起こしたのはこれだろう。地表では雨が降っているのか? おそらくそうに違いない。
まいったな、と彼女は心中で呟いた。今彼女は指先一つ動かせない状態にある。圧縮された土は既に彼女を取り込んだまま岩と化している。この状態で水分だけが浸出してこようなら、きっと溺れてしまうに違いない。土中で溺れるとはなんとも面妖なことであるが、完全に呼吸を止めてしまうわけにも行かない以上、そうなることはもはや必定である。
(どうしよっかなぁ~。こまっちゃったなぁ~)
やや自分自身でも暢気だなと思いつつ、しかし取れる策など無いこともまた事実。徒に悲観に暮れるよりは現実を受け止めるのが良かろう。それはある種の達観だろうか。
(――あら?)
ふと、何かが聞こえた。水の染み出す音? いや違う。何かの足音? それとも違う。獣の鳴く声? 近いようだが、ちょっと違う気がする。
「……うおぉぉぉぉー! これはまた凄まじいのぉー!」
人の声だ。




