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 私は周囲の人間たちとあまり接点を持とうとしなかった。

 いわゆる人嫌いというやつだ。

 村からでさえ、歩いて小一時間ほどかかる距離の、森の中の廃墟と見まがうばかりの屋敷に住んでいた。

 フーシャの森はとても豊かで、私が本から得た知識のみでも、十分自給自足できる程度の恵みはもたらしていてくれた。

 屋敷の半分ほどは先代が集めた収集本で埋め尽くされており、自分にとって生きるのに必要最低限のものと、本さえあればよかったので、村から税金代わりに食べ物や生活用品が運ばれてくる事にさえ『ありがたいが、私のことは放っておいてくれないかな~?いや、むしろ忘れてくれないかな~?』などと思っていた。

 だから目の前にいる黒づくめの女性をどうしたものかと思案中だ。

 できれば森に埋めるか、屋敷の裏手の川に流してしまいたいのだが『マルート・レント・サバラント覚悟!』なんてご指名を受けてしまっている。

 叫びながら襲い掛かるという暗殺者にあるまじき驚くべき暗殺スタイルを披露してくれた彼女は、その叫びにビックリした本棚運び中だったマルートが振り向いたことにより、本棚に殴り倒され気絶した。

 いちおう殺されかかった身としてはその権利があるだろうと、地下にあった先代の趣味のごつくて太い鎖のついた、手械足枷首輪がくっついたやつをはめて転がしてある。

 首に手首足首が固定される形になるので…女性には可哀相な凄い格好になってしまっいる。

 暗殺者なら大丈夫?だろうが、変態趣味の危ないやつとか思われそうだ…。

 『って、問題はそこじゃなくて…』

 非日常すぎる事態に頭がついていってないなと、眉間を押さえて考え始める。

 殺してしまえばそこらへんに捨てることもできたが、うっかりほぼ無傷で生きたまま捕らえてしまった。

 まぁご指名を受けたので、それで正解だとは思う。

 誰かに恨まれるほど人と接点もって生きてこなかったので、誰が自分を殺そうとしたのか全く見当もつかない。

 領地は豊かではあるが山奥過ぎる上にこれといった特産品もなく猫の額ほどしかないのだから、税を徴収する為に誰かを置くにしても人件費の方が高くつくので、どんな貴族も暗殺者を放ってまで欲しがったりはしないだろう。

 王都に向かう一方向以外は雪に閉ざされた前人未到の高い山脈で囲まれているので、国家間の争いに巻き込まれることもない。

 完全に手詰まりになるところだった。

 マルートは転がしてある暗殺者に目を向けた。

 日によく焼けた浅黒い肌に豊かで緩やかに波打つ黒髪に、先ほど襲われた時に一瞬だけ垣間見た意志の強そうな黒い瞳と、総合すればエキゾチックな美人だった。

 あんな場合でなければ見とれていただろうなぁと思う。

 男性なら目を奪われないはずもない出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる魅力的な体。

 なんとなく、私が人を寄せ付けない人嫌いでなければあんなふうに襲い掛かるのではなく、違う暗殺方法をえらんだのだろうなぁと思った。

 ランプの油がもったいないので、ホールにいろいろ持ち出してきたが、いらなかったかもしれない。

 お子様は見ちゃダメ的な、地下にあった先代の収集品を見渡し、とりあえず私は短めのムチを手に取った。


 お屋敷に続く道は、昔は2頭立ての馬車が2台すれ違えるほどの広さだったそうだ。

 先代のサバラント侯爵が人嫌いの変わり者で年も年だけにワシは隠居じゃから…と、フーシャの森の奥の別邸に引っ込んで15年。

 唯一の跡継ぎの孫もまた、幼いころから隠居爺に育てられたせいか人嫌いの変わり者に育った為、馬車道はすっかり獣道と化している。

 そんな道を村娘のリムカは幼馴染のきこりのベックと共に、今朝自分が手づから焼いた固めのパンと、その他の村人達から預かったもろもろの食料や雑貨を村で唯一のロバのミールの背に乗せて、侯爵邸の廃墟に一人で住んでいるマルートの元へと向かって歩いていた。

 今日はいつもと違って荷物がかなり多い。

 「黒い目と髪ってどんな風なんだろうねー」

 「ちょっと楽しみだよなー」

 昨夜遅くのことだ。

 リムカもベックもまだ未成年なので村の酒場には昼間しか入れず、それゆえに二人とも見たわけではないのだが、黒髪黒目のグラマラスな美女がやって来たらしい。

 昔お世話になった御礼がしたくてサバラント侯爵を尋ねてきたのだという。

 美女は夜明けと共に、すでに侯爵邸へ向かったそうだ。

 一夜明けて村はその噂で持ちきりだ。

 よほどの美女だったらしく、サバラント侯爵…誰もそう呼ばないマルートぼうやの所への荷物は、村の男達が何かを期待しつつ気合を入れて荷物を持ち寄った結果、普段よりも遥かに大量になってしまいロバの背にのせて運ぶことになったのだ。

「キーニャ姐さんより美人っているんだねー」

「そーだなー?世の中やっぱ広いよなー」

 キーニャ姐さん(…おばさんと言うと半殺しにされる)は、まだ30代前半の村一番の美人だ。

 昔王都に出てったけれど、旦那さんが死んでしまったので、戻ってきて一人で村唯一の酒場をやっている。

 肌の色は雪みたいに白くてキラキラと光に輝く銀髪だし、クレーナ湖より澄んだ青い目で、ちょっと冷たい感じのする都会的?な美人さんだ。

 細身なのに、胸はハーナおばさんより大きい。本当にこぼれんばかりの胸ってああいうのを言うんだろう。

 「キーニャ姐さんより大きな胸ってどんな事になってるんだろうねー」

 「…」

 「うーん?牛のミルミルみたいな胸かなー?」

 「8つあるのか…うげー」

 どうやらベックはイケナイ想像をしてしまったらしく、顔が真っ青になっている。

 自身の妄想によほど衝撃を受けたのか、そのままへなへなとしゃがみこむ…が、しゃがみこむその反動を利用して背中にしょっていた戦闘用の馬鹿でかい斧をすばやく茂みに全力投球。

 飛んでいく斧の後を、すべるように踊るような足取りで鉈を手にしたリムカが追う。

 そして…。

 「あり…?」

 茂みの中の何かに向かって鉈を構えたまま、そのまま硬直する。

 「あー?どしたー?リムカー?熊かと思ったけど、蛇とかだったかー?」

 間延びした口調とのんびりした足取りでリムカの元へ向かうベック。

 リムカの後ろから覗き込んだベックは「あちゃぁ~」と、一言。

 そこには肩に斧の刺さった黒づくめの男が倒れていた。

 「あうー、わ…私じゃないもん!ベックがやったんだもん!」

 片手に鉈を持ったまま泣きまねしつつ口に手を当ててふるふると頭を振り後ずさるリムカ。

 ノリノリだったリムカを少し恨めしそうに見上げつつ、ベックは言った。

 「まー、なんか息あるみたいだし?とりあえずマルートんとこ持ってこーぜ?」

 「うん。そだねー」

 

 数分後…侯爵邸のホールの扉を開けたリムカが口をあけたまま真っ赤になって硬直した。

 子供には刺激の強すぎる光景がそこには広がっていたのだ。

 「やぁリムカ。何しにきたんだ。帰れ。」

 速攻追い出しにかかるマルートに、ベックが言う。

 「このまま帰って、そこらへんのSMちっくっつーかまんまSM道具の話したら、村の連中押し入ってくると思うぞー?黒髪黒目のエキゾチック美女のアハンウフンな姿もサービスおまけつきで話しとくわー」

 どことなく見下したよーな目線のベックは片手でリムカの目をふさぎ、そのまま立ち去ろうとする。

 「マテ?ちょおおおおっとマテ?お茶ぐらい飲んでっていいぞ?というか飲んで行くといい。…お願い。後生だから飲んでいってくださいぃぃぃいい」

 珍しく涙目になるマルートのお茶の誘いに快く応じるベックと、衝撃から立ち直れないリムカは、マルートの部屋(本のある部屋以外で雨漏りがしないのはそこだけなのだ)に場所を移動するのだった。

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