3-6<空戦6>
メリアと黒髪の男を乗せたワイバーンが上昇して来る。
そして、その周りをゆったりと回り、純白に煌く幾何学的な大量の輪で出来た球状の魔法。
あれが、さっき兵たちの操る<ヴイーヴル>10体を一瞬で堕とした魔法に間違いない。
しかも見たところ<待機型魔法>だ。つまり、魔力が続く限り消えない。
「……総員、下方から迫るワイバーンに魔法による集中攻撃。……弾幕で視界を塞ぎつつ、あの<待機型魔法>を砕いて」
敵軍を包囲するために散り始めていた兵士に新たな指示を出す。
あの魔法は危険過ぎる。
どういう魔法か分からないが人工と言えモンスターである<ヴイーヴル>を一瞬で10匹も倒す程の威力。
こちらに向けられたら<対魔法障壁>を張っていない兵は恐らく全て、落される。
今すぐ、対応しなければ。
兵士達が慌てて方向を変えて魔法を放つ。およそ30人の精鋭兵士による集中攻撃。
命中率は悪いだろうが、的は大きい、これで砕けない訳が無い。
「……<ヴイーヴル>」
さらに追い討ちとばかりに、残った4匹の<ヴイーヴル>で唯一鎧を着た1匹に指示を出す。
<甲盾熊の盾>の<対魔法障壁>ならば、人の操る魔法ではろくに歯が立たない。体当たりで砕く事が出来るはず。
それにあれ程の威力の魔法だ、恐らくあれこそが今回の戦いの切り札。メリアの自信の源。
だが最初から二人乗りで来た、という事は消費が酷く、あの魔法を使っていては飛行用の魔法も維持する事ができないのだろう。
つまり一度砕けば魔力切れを起こし2度は使えない……筈。
だから腕輪越しに<ヴイーヴル>へと命令する。「突入しあの魔法を砕け。」と
そう判断し、それが間違いだと言う事に気づいた時にはもう、遅かった。
ぷつん。と線を切るような感覚が再び脳裏を掠める。
今度こそ分かった。<ヴイーヴル>が死んで、腕輪の信号が途絶えた感覚だったのだ。
<待機型魔法>を砕こうと光の輪へと突入した<ヴイーヴル>は、鎧ごと粉みじんになって、文字通り消失した。
予想外、だった。
だが推測することは出来たはずだ。メリアを追った<ヴイーヴル>も鎧を着させて居た。
それも反応が無いのだ。つまり、先に堕とされていたのだ。
だが、私は失念した。<甲盾熊の盾>が魔法で打ち抜かれるなど有り得ない、と。
常識に拘泥したのは私だった。
<ヴイーヴル>の突入に先駆け魔法の弾幕を張り、<待機型魔法>を砕こうとしていた兵士がざわつく。
打ち出された30人分の魔法はほぼ命中している。
だが光の輪によって打ち消され、見るからに効いていない。
回避行動すら必要ない、と言わんばかりに悠然と上昇して来ている。
その場に押し留める事すら出来ず、徐々に弾幕が薄れ、
何時しか誰もが魔法を打つ事も止め、息を呑み押し黙る。
勿論この程度で魔力が尽きるような連中ではない。
だが何故、とは思わない。私が感じている事を皆感じたのだ。
開戦前にメリアが告げた言葉が脳裏を巡る。
『分かった頃には全員死んでいる』
震えが、起こった。
息が、詰まる。
――何だ、これは。
戦場に来たこと自体は初めてだが、死を覚悟して居なかった訳でもなく、むしろ望んでいるぐらいの気位のはずだった。
だというのに、甘かった。勝てると信じて疑っていなかった。
寡兵とは言え15体もの<ヴイーヴル>を持ち込んだのだ。
アーリントンのワイバーン隊ではなす術もない筈だったのだ。
だが、現実は違った。
――これが、王の力。
戦慄する。有り得ない程の、圧倒的過ぎる力。
――だめだ。
何も打開策が思いつかない。
――怖い。
芽生えた恐怖が抑えられない。
――勝てない。
勝てる訳が無い。
――殺される。
そう感じ、思考がそう思った事を理解した瞬間。
全身が震えだし、ガチガチと噛み合わない歯が耳障りな音を立てる。
今の今までどんなに辛い目にあっても死を恐れた事など無かった。
違う。殴られようと、剣で貫かれようと、この身は死ぬ事がない、と誤解していたのだ。
今、生まれて初めて私は死を感じたのだ。
<甲盾熊の盾>の<対魔法障壁>を平気で貫き<ヴイーヴル>の巨体を粉みじんにした。
今まで見たことも無い、直視するのも辛い、……まるで太陽のような物凄い輝きの魔法。
目の前にある理解不能なそれは、圧倒的で、絶対的な死。
――これが、恐怖。
恐怖は人を停止させる。
誰もが動けない中を、悠然とメリア達を乗せたワイバーンは舞い上がり、
私の前方、数10メートル程の所で上昇を止めホバリングを始める。
「動くな」
声が、聞こえた。冷徹な、断罪するような、淡々とした男の声。
同時に私の周りを護衛するようにホバリングさせていた3匹の<ヴイーヴル>が、
真っ二つになって絶命し、墜落しながら崩れ去った。
9/4<ヴイーヴル>の数の描写などを加筆しました。