3-0<トラとロリコン>
ユート達がアーリントンに到着するその前日。
件の五大家会談強襲に始まったクーデターによって、王都の一室に収監されて3日。
その日アーリントン卿の元へやって来たのは、幼い頃から続く腐れ縁の男だった。
「やはり、お前が来たかトラ。」
「予想済み、か。流石と言わせてもらおうか、ロリコン」
「その呼び名はやめろと言っただろうが!?」
皮肉を込めて言った言葉に返す刀で放たれた痛烈なカウンターに声を荒げる。
「先に昔の呼び名を使ったのは貴様だロリコン。それに婚礼年にも届かぬ自分の半分の歳の娘を嫁に娶っておいて言いわけがましいぞロリコン」
「お前は妻が10人も居るではないか!? 人の事を言えた義理か!? それに確か一番若い妻とは俺たちよりも年齢差があった筈だぞ!!」
「ふん。我輩は獣人だぞ。そのぐらい当然というものだ。それに皆18歳以上。当時ですら婚礼に問題は無い。後、12人、だ。」
「10人でも12人でも同じ事だ。多すぎるわ! 全くこれだからケダモノだとブツブツ…」
「三十路で14歳の娘を孕ませたおぬしも大概ケダモノだと思うが、な。そんな事よりもだ」
予断になるが、この件が原因で23年前に、
およそ100数余年ぶりに婚礼年齢が18歳から15歳に引き下げられた。
親バカで法律を変えた、先代唯一の暴挙だ。
…何故か殆ど裏で示し合わせても居なかった筈なのにほぼ全会一致で可決されていたが。
と、そんな事よりも、か
二人で話すとつい昔のようにお互いの痛い所を突き合ってしまう。
だがこんなものはいつもの事。ただのじゃれ合い程度の会話だ。
ついついだらだらと無駄話になりそうになっていたのを止め、話題を戻そうとする。
「ふん。懐柔か?それには断固として乗らんぞ。」
「半分、正解だな。我輩はあくまで中立だ。確かにそう頼まれて来たが、諭す気は然程無い。このあいだの会議で話しそびれた事やらを伝えに来たに過ぎん。」
「このあいだの会議での話?」
思い出す。王家の権限の移譲の話題か? いや、それには我々はあまり関わりが無かった。では、何だ?
「応。アルモス卿の邸宅で起こった事件の事だ。当事者にメリアの嬢ちゃんが居てな…っと」
トラが書類を取り出し、説明を始める。
「メリアが…? メリアはソフィーリア様の消息を追っていたのだが、何故そんな所に?」
キャメル卿の政務室に殴り込んだのは聞き及んでいたが、そちらにも?
「うむ。報告書によると、その件を追っていてアルモス卿が何か知っているらしい、と情報を掴み邸宅に乗り込んだ所、あそこのバカ坊に襲われたようだ。」
「あのやたらに態度のでかい性根の腐ったクソガキか…それで? 襲われた? 返り討ちだろうに。」
そいつの一家の事は知っている。
代々受け持った所領の都市が交易の主要都市になったために肥え太り、増長していた者だ。
たしかキャメル卿に資金提供という名の賄賂を送り、色々優遇させて問題になっていたはず…
だが、事件が起こり親子共に死んだと聞いている。
そこに、メリアが関わっていた?
「うむ。実はあのバカボン、今回あの若造が使った魔道具の同系と思われる物を使い<人型>を使役しおってな。メリアの嬢ちゃんは重傷を負って死にかけた。」
「……………!!」
「ま、てーーーーーい!!」
急に走り出し、脱走しようとしたアーリントン卿をフェルブルム卿ががっちり羽交い絞めにする。
「放せ!!! 俺は娘を助けに行く!!!!」
体躯の差があるので足が地面から離れてしまっている。そのままジタバタともがきつつ叫ぶ。
「何時の話だと思っている! それに大丈夫だ、偶然通りかかった長寿族の娘とその連れに治癒魔法をかけてもらい綺麗に完治しておる!」
「………本当か?」
「あぁ、翌日の聴取では既に見た目にも傷一つ無いほどの完治っぷりだったそうだ。流石長寿族と言った所だな。」
「…焦らせおってからに」
落ち着いたアーリントン卿を下ろし、話を進める。
「全く。早とちりもいい加減にしろ、という所だ。で、まぁなんだ。ここからが本題なんだがな?」
にやぁっといやらしい笑みをフェルブルム卿が浮かべる。
お前がそういう顔をすると何か食われそうな気がする。やめろ。
そう思うが口には出さない。流石にそれは侮辱に当る。
「なんだ、気持ち悪い顔をして? もったいぶらずに話せ」
「あぁ、さっきも言ったが事件の翌日に事情聴取をしてな? まぁそこに当事者のメリアの嬢ちゃんと、長寿族の娘とその連れの男を呼んだのだがな?」
「ふむ。」
「聴取した兵が『本当にメリア様だったのか疑いたくなりました』と言うほどに別人になっておったらしいんだわ。」
…何故わざわざモノマネをする。しかも誰の真似か分からん。
「…どういうことだ?」
「つまりな? その連れの男に寄り添ってべろんべろんのでろんでろん。腕まで組んで夢見る乙女みたいになっておったそうだ。」
「 ・ ・ ・ 」
「ま、てーーーーーい!!」
再び走り出し、脱走しようとしたアーリントン卿をまた羽交い絞めにする。
「放せ!!!! 俺はその男をこの目で見てこの剣を交えぬといかんのだ!!!!!」
「5日も前の事だといっておろうに!」
「それでもだーーーーーーー!!!!」
「ええい! じたばたするでない。虜囚の身で出れるわけもなかろうが!?」
ピタリ、とアーリントン卿が止まる。そう、彼は今現在囚われの身。メリアの所になど向かえないのだ。
再びアーリントン卿を開放し、話を進める。
「よーしおちつけおちつけ。貴様も再三『メリアに婿を』と言っておったではないか。喜べばよかろう?」
「だがしかし、何処の馬の骨とも付かぬ男では…」
「そう言うと思ってな? その男の方も調べて来ておる。」
「よし、話せ。さぁ話せ。すぐ話せ。さぁさぁさぁ!!」
「首を絞めるでない」
「五月蝿いロクに絞まっておらんくせに」
「気分の問題だ」
「チッ」
舌打ちし、がっちり本気で首を絞めていた両手を離す。
この男相手だと本気でやってやっと軽く絞まる程度なのだ。
もっとも、剛力系の獣人全てに言える事だが。
「全く。で、その男だが…名はユート=アオスズ、人間、17歳。出身不明。素性不明。ギルドには連れの長寿族の娘に紹介されて同日加入したばかり。そしてメリアの嬢ちゃんが倒し損ねた<人型>を単身葬った。」
「不明ばかりでないか!?」
この時期の<人型>を単身、という所が気になったが、今はそこはどうでも良い。
役に立たない情報に腹を立てる。
「あと妖精憑きだ。会議で話に出たあの半獣の。」
「なるほど、王女の安否情報の出所か。となればメリアもさらなる情報収集の為…?」
「それは違うだろ? あのメリアの嬢ちゃんが男に媚を売るような女か? 知りたければ全力で殴って吐かせるだろ?」
「ぐっ………」
否定できない。メリアならそうするだろう。キャメル卿にまで手を上げたそうだし…
「とまぁここまでが表向きな調査の結果だ。」
「裏もあるのか?」
「ふふふ、我輩の兵はぬかりは無いでな。バッチリ尾行をつけた。その者の報告によると…」
肉球と鋭い爪の生えたネコ科の動物然とした腕でバサバサと書類の束をめくる。
器用なものだ。
「ああ、これだ。尾行するもあっさり発見される。仕方ないので事情を説明し、聴取をした所、幾つかの情報を入手。と」
「…わざと言っておるのか? それでは無能を晒した報告ではないか?」
「いいんだよ、多少失敗しても有用な情報さえ拾えば。で、得た情報だが…長いな。要点だけ言えば、王女の安否の更なる保障、<召喚魔術>の成功の可能性が極めて高いと言う事、王女達はアーリントンに向かっている。というとこだ。」
「重要なことではないか!? 何故あの時黙っていた!?」
その情報があればあの若造の決起は免れた筈だ。特に<召喚魔術>の成功は大きい。
「いやぁ下っ端からだったのであの時はまだ報告が上がっておらんでなー。はっはっは」
「笑い事ではあるまい! 早速その報告を持ってバルナムの若造を止めれば!」
「無駄だ」
「何故!」
「薄々気づいておるだろう? あやつの目的は王家の失脚だ。動き出した以上、止まらん。」
「やはりか…だが、何故だ。王家を失脚させる意味が何処にある?」
「それも調べさせた。復讐だ。あいつの妻子を知っているだろう?」
「あぁ…だがあれは…」
「そうだな。あれはバルナムの失点だ。だがな、あの男は一族を粛清した後も気が済まず、王家のせいだとも考えてしまった。」
「そんな、八つ当たりでクーデターを起こしたというのか?」
「あくまで一因ではあるが、そうだな。」
「ますます止めねばならん! このままではこの国は内乱、ゆくゆくは諸外国に攻める口実を与える事になる!」
「応。その通りだ。そしてその内乱の決戦はお前の所の陸海軍本隊とバルナムの空軍の対決になるだろう。」
「なん…だと? 貴族連中の兵は? 動かぬと?」
「ああ、賛同した者は多いがな。それでもそやつらも今は様子見している。王女健在の情報が効いた。あれのおかげでバルナムへ一気に傾向せずに済んだ。」
各貴族の私兵が動かない、という事は主立って動くのはバルナム本人の手駒となる。
ならば空軍本隊を動かす? いやまてよ、そうだとしたら…
「では、まさか既に空軍は?」
「察しがいいな。既にアーリントンに向かった。先鋒はモンスター化させたワイバーンを伴った部隊でフィオの嬢ちゃんが隊長だ。恐らく明日の夕暮れ前にはぶつかる。」
「制空権の確保が狙いか…そして本隊は爆撃装備で後詰め、降伏勧告といった所か。」
「その通りだ。」
…軍人でも無い自分の養娘を隊長にだと? そこまでの自信があるのか?
いや、そんな事よりもこれは私に対する降伏勧告でもあるのだろう。
早急に私が折れれば所領も、家族も助かる。ということか。
だが、私が折れると言う事は…
「今、キャメル卿、フォワール卿はどっちについている?」
「両方、中立を決め込んだ。事は起こった。今更止めても無駄だ、とな。」
糞ッあの日和見ジジィどもが! ますます私が折れる訳には行かなくなったではないか。
「迷ってるんだろ? それで、さっきの男だ。」
…さっきの男? メリアの惚れたという男か?
「4日前だ、あの男と、また別の連れの同年代の少女を伴ってメリアの嬢ちゃんがアーリントンに向かった。」
…17歳程度の男女を連れてメリアがアーリントンに?
「その二人の髪の色は?」
「残念ながら、栗色と空色だ。黒ではない。」
「だが、偽装している可能性はあるな?」
「我輩もそう思ったのだが、女は詳しく確認する事が適わず男は<意言の首輪>を付けてはおらず、発音もしっかりとしたベルム訛り。異世界人のような態度は見られなかったそうだ。」
「…そうか。では…だが何故その男が?」
「あぁ、その男の戦いぶりを目撃した者の証言だ。<人型>と互角に渡り合い、その攻撃が直撃しても耐え切り、<鎧付き>であるのにあっさり切り殺した。らしい」
「…夢でも見たか?」
どう考えても夢物語だ。<人型>の膂力は恐らくこの目の前の男が獣化した状態並。
この時期ならばそれ以上だってありえる。迂闊に食らえば一撃で物言わぬ肉の塊にされるのが必然。
その上<鎧付き>。それを剣で? ますます現実味が無い。
「証言と痕跡は一致した。メリアの嬢ちゃんも証言した。この時期の<鎧付き>の<人型>を、一人でだぞ? そしてメリアの嬢ちゃんと共にアーリントンに向かったと言う事は、軍へ勧誘か貴様への挨拶かそんな所だろう。つまり共に迎撃に出る可能性が高い。」
トラは夢想家ではない。こう見えて辻褄が合わない事や空論を嫌う。だから捜査局を任されている訳でもあるが…
そのトラの中で既に事実と決定付けられていると言うのか? そんな夢物語が?
「本気で言ってるのか? それが事実で…メリアと、それ以上の男が迎撃すると?」
「ああ、さらに尾行したヤツの報告の続きだ。男は妖精憑きではない、悪魔憑き。その力は街を吹き飛ばす事すら可能だと言っていたそうだ」
「俄かには信じがたいが…それが、本当だとすれば?」
「間違いなく、空軍は返り討ちだ。」
「だが、嘘言だとしても…」
「軍に損害はでるだろうが、貴様の家族は殺さず捕虜にするだろう。貴様を恭順させるためにな。」
…恐らく、そういう狙いで来るだろう事は見当がつく。だが事は空の戦いだ。ほんの些細な事で命を落とすのが空戦なのだ。
そして、エーリカが、メリアルーナが、メルディアがそうなったなら、俺はもう絶対に許しはしない。
「なぁ、賭けてみぬか? メリアの嬢ちゃんと、その男と、アーリントンに向かっておるだろう王と王女に。
…実は我輩の孫娘のマリアベルが事態を知って飛び出してしまったそうでな…今アーリントンの連絡役になっておるんだわ…」
「………あの暴走狸娘か」
確かメルと親交があったように思う。どういう仲かは知らんのだが…
ともあれその縁でか何度か家に来ているのを見た事がある。
物怖じせず、明るく元気な良い娘なのだが、如何せん何事にも暴走気味なようで、最終的にパニックに陥ると所構わず天井に張り付く。
…思い出して少し頭が痛くなった。
「あぁ、それが心配で心配で…このまま空軍本隊が攻め込み爆撃を始めるとなるときっとあの娘は巻き込まれてしまう…」
トラが背を丸めしおしおと縮む。この男も孫娘の事となるとまぁとたんにこの爺バカっぷりだ。
…羨ましい訳ではないぞ。孫娘が早く欲しいのは事実だが!
と、また思考が逸れてしまった…いかんいかん…
「それで、賭けろ、ということは最後の賭けにしろと言う事だな? 初戦に負ければ折れろ、意地を張るなと。」
「すまない…」
「いや、良い見極めだ。どの道制空権を取られれば陸軍と海軍が主の俺の兵では応対できぬ。ソフィーリア様も玉砕など求めはしないだろう。」
「では…?」
「ああ、賭けに乗るとしよう。随分と分が悪い賭けだがな…」
致し方ない。相手が悪いのだ。
だが、こちらに勝算が無い訳ではない。メリアが戻っているのならば必ずしも負けるとは限らない。
<狂乱の火炎使い>の本分は空戦でこそ発揮されるのだから。
「すまない…」
「いいさ、だがこうなれば勝ちを拾った場合を考えなくてはな!」
「とりあえずメリアの嬢ちゃんの婚約は認めざるを得ないだろうな」
「…お前、折角人が前向きに検討したのに何故出鼻をくじこうとする」
「いやそんなつもりは無かったのだが…つい」
「…分かった。それも賭けに入れよう、空軍を返り討ちにしたらメリアも家督もその男にくれてやる!」
「おい、ヤケを起こすな。おちつけ」
「五月蝿い! 決めた! もう決めた!!」
「わかった、わかったから、な? 貴様もいい歳こいて若造のような事を言うな。な?」
「くくく、何処の馬の骨か知らんがメリアを泣かせるような事が有れば、初代王よりアーリントン家へと賜りしこの宝剣<竜王爪フランメルグ>で血祭りに上げてやる…」
「だめか、もうきいちゃいない…」
「フ、フ、フ、フ、フ、フ」
アーリントン卿が腰に下げた直剣を抜き放ち、その真紅の刀身を舐めるように眺めながら不気味な笑い声を上げていた。
9/8誤字修正しました。