2-1<臨海都市アーリントン>
結局アーリントン上空にたどり着いたのは、アルモスを出立してから5日目の昼もかなり過ぎた頃だった。
3日で着くはずが、村に降りて休む度に2泊してしまったのだ。
…つまり、あの狂乱の夜は2回行われてしまっていた。
…我ながら、よく総受けで我慢できたと思う。
いやいやいや、そんな事よりも今はアーリントンだ。
よこしまな思考を振り切り眼下の街を見下ろす。
アーリントン。メリアの親族の治める街。
見たところアルモスよりも広く、海に面している。臨海都市、というやつだ。
整備された港があり、大型の船も…かなり多い。
それでもざっと見たところ、大小様々な帆船と大量のオールが生えた中型船ばかりだ。
流石にスクリュー式や蒸気機関のものなどは無い様だ。
魔道具でそういうものがあっても面白いと思ったが…。
そうやって眺めていると軽く2匹のワイバーンが旋回し、降下を始める。
旋回する軌道から降下先を予測しようと視線をめぐらせる。
どうやら降下先は最も大きな建物の広い庭…? むしろ運動場か訓練場。と言った感じの所のようだ。
しかし、その運動場の雰囲気が何かおかしい。
かなりの数のワイバーンと、初めて見るワイバーンの2倍近い体躯の大型飛竜。
そして人、人、人。
…これから軍事演習でもあるのだろうか?
そんな事を考えながらもメリアとソフィーの乗ったワイバーンの後を追って、俺とセバスさんの乗ったワイバーンも着陸体勢に入った。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「お母様!? 何をなさっておられるのですか!?」
着地したワイバーンからいち早く飛び降りたメリアが、集まった人々の中に居た小柄な女性に向かって叫んだ。
「メリア、戻ったのですね? では貴女も来るのです。これより逆賊を討伐に向かいます。」
遠目にも目立つ、鮮やかな赤と白のドレスの上に、ハーフプレートと言うのもどうかという急所を庇う程度に金属板が配置された甲冑を着込んで、羽飾りの生えた飾り気重視の兜を小脇に抱えた黒髪の女性が静かに、厳しく答える。
メリアのお母様。
ということはこの人が話に聞いたアーリントン婦人、エーリカ=アム=アーリントン。
ソフィーの叔母さんということか。
それにしても若い。20台後半から三十路前半そこそこに見える。
「何を言っているのですか!? お母様、寝ていなくては駄目ではないですか! お体が!!」
「私は大丈夫です。メリア、聞きなさい。王都でクーデターが起こりました。」
「なっ!?」
「!?」
メリアに次いでワイバーンから降り、少しヨタつきながらもエーリカさんの元へと駆け寄っていたソフィーも硬直する。
クーデター。つまり内乱? 王都は乗っ取られた?
『あの程度の情報では収まらなんだか…』
懐から頭上の定位置へと戻っていたマールがつぶやく。
俺もワイバーンを降り、メリアとソフィーの元へと向かう。
「主犯格はバルナム卿。つまり空軍と開発局、それに表立って行動は起こしておりませんが貴族連中のおよそ7割が敵方として加担していると思われます。そして王下5大家会談を強襲し、当主4人を捕縛したそうです。」
「そんな…お父様やフェルブルム卿まで捕まった、というのですか!?」
「そうです、ですから私が向かいます。あの人を取り戻すために。」
「無茶です! お母様は病の身なのですよ!? 戦になんて耐えられません!!」
「そうかも知れません。ですが私にはあの人が捕まったと聞いて黙って寝ているなど出来ないのです。メリア、貴女も手伝ってくださいますよね?」
「私に否はありません、ですが、お母様は…」
「本当なのですか、叔母様、バルナム卿がクーデターを起こした、というのは」
硬直が解け、メリアとエーリカさんの傍まで辿りついたソフィーが口を挟む。
「叔母様? その声…貴女、ソフィーリア…?」
「はい叔母様。ソフィーリアです。只今戻りました、ご迷惑をおかけしまして申し訳ありませんでした。」
「そう…無事だったのですね…良かった… メリア、セバス、よくぞ成し遂げました。ですが…」
「お話したい事は沢山あります、ですが、今はお聞かせ下さい。私が姿を眩ませている間に何が起こったのですか?」
ソフィーが疑問を述べる。確かに、そこは俺としても気になる。
「そうですね、貴女は聞いて置かなくては成りません。これから行動を起こすためにも。」
「つい5日程前の事です。バルナム卿が兵を率いて王下五大家会談中に会場を強襲、4家の当主を捕縛し、クーデターを起こしました。」
バルナム卿の言い分は―――
◆◆◆◆◆◆◆◆
エーリカさん曰く。クーデター直後にバルナム卿は所領の貴族宛てに声明文を送ったらしい。
その内容は、
王女は祖父王の死による政務局の追求に耐えられず期日を無視し<召喚魔術>を強行、そして失敗した。
さらにその上糾弾される事を恐れた王女は、逃げ出し、行方を眩ませた。
次代の巫女はもう生まれない。
王家による<召喚魔術>での保障が得られなければ、この国はすぐにでも隣国に攻められるだろう。
この国難に対し、技術局は全ての技術を結集して王家の力無くして<次元の扉>を開く術を用意した。
隣国の戦力に対抗するための新兵器も用意した。
だが、王下五大家は今だに逃げた王女を頼ろうとして事の重大性に背を向け、王女の帰還を待つという決断を下した。
故に、私グレイ=ミラ=バルナムはこの国を救うために立った。
今すぐ王家には退場いただき、新たなる体制を整える必要があるのだ。
<召喚魔術>の使えない王家は最早国政に有らずとも良い。
だが廃止しろと言うのではない。これまで300年この国を守り支えてきた実績もある。
何も出来なくなろうと、ただ国の象徴として存在し、積極的に政務に関わらないでいて貰えれば良いのだ。
今までは王家を通さなければ十分な政務が出来なかった。そこを正したいのだ。
それに力が無いのに権力を振るうのでは納得が行かない、と言う者は多いだろう。だから退いてもらうしかないのだ。
今だ帰らぬ王女も、必ず理解してくれる事だろう。
そうすれば他の五大家の方々も追従してくれる筈だ。
だがまず諸君に理解してもらいたい。この国を守るために私に手を貸して欲しい。
我々だけではこの国は内乱になってしまう。
だから私の考えに賛同し、皆仲間になってもらいたい。
これは強制ではない。お願いだ。
この国の平和を守るため皆の力を貸してくれ。
この国の明日を作るために皆の力を貸してくれ。
◆◆◆◆◆◆◆◆
と、言うものだった。
『まぁ見事な詭弁じゃな』
頭上のマールがにべもない感想を述べる。まぁその通りだろうと俺も感じた。
「貴女は?」
『妾はマール、こやつに憑いておる。魔族じゃ』
「魔族? 聞いたことが有りませんね…悪魔の一族とでも?」
『ほう、概ね正解じゃ。』
「それにしてもなんだか、声は女性のようですが、男性のように見えるような…?」
「俺ではなくマールはココです。俺はユート。始めまして」
頭上のマールを指差しエーリカさんに挨拶をする。
「あら、そうだったんですか。済みません良く見えなくて…貴方は?」
「そうだ! お母様! ユートだ、ユートこそが今代の<召喚されし者>。<召喚魔術>は失敗なんてしていない!」
「ですが、見たところ栗色の髪で……魔道具で染色を?」
「マール、頼むよ」
『心得た』
ぽふっとマールが頭を叩き髪と目の色が戻る。
『おんしもな』
ひょいっとソフィーの頭に移り同じように叩く。
「…王女様?」「ではあの男は……<召喚されし者>?」「……成功していた?」
傍目にも目立つ黒髪が2つ現れ、周囲がにわかにざわつく。
「ソフィー、貴女<召喚魔術>を?」
「はい、叔母様。私はやりました……最高の夫を見つけ出しました。」
「あぁ……ソフィー、おめでとう、お姉様もお父様もきっと喜んでおられる事でしょう。」
そっと、エーリカさんがソフィーを抱きしめる。
エーリカさんの方がほんの少し小柄なので、少し微妙だが、目頭に来るもののある光景だ。
『これで、クーデター派の大義名分は崩れたの。』
「ああ! その通りだとも! 王女健在の触れを出そう! 召喚成功の報も! それから王都に行って逆賊を制圧すればいい!」
『じゃが、連中にとっては建前じゃろう。』
「そうでしょうね。」
抱きしめたソフィーを手放し、エーリカさんもマールに同意する。
「どういうことだ?」
『本命は国の乗っ取りという事じゃ』
「…そうなのでしょうね」
悲しそうな声を出し同意したのはソフィー。
「では、名乗り出たなら……?」
『ほぼ間違いなく、暗殺。もしくは偽者の一味の汚名を着せられ討伐隊が派遣される、といった所かの。』
「そんな……」
「ですが、この事実は大きな切り札になります。後は使い所……で………」
そこまで話した所で唐突にエーリカさんがふら付き、その場にくず折れる。
「お母様!?」「叔母様!?」「大丈夫ですか!?」
倒れる前にソフィーとメリアがなんとか支えたエーリカさんを慌てて確認する。
汗が酷い、意識も朦朧としているように見える。…明らかに普通じゃない。
「やはり無茶だったのだ………セバス! 急ぎお母様を寝台へ!!」
「承りました」
セバスさんが素早くエーリカさんを抱え、建物へと向かっていく。
「全軍、一時待機だ! 別命あるまで出発は見合わせよ!!」
メリアが激を飛ばし、追いかける。
俺たちも追うことにした。