1-2<男風呂>
あれからおよそ1時間、曲芸のような飛行は続いた。
最初こそパニック状態だったものの悔しいがその効果は抜群で、いつの間にか楽しくなっていた。
人って慣れる生き物なんだね…
最も、ソフィーは早々に失神していたのだが。
それを見越してメリアと密着して身体を固定させていたのだろうか?
自分も同じように固定されたので後部に座るならばこれが普通なのか?と思っていたのだが…
ともあれ人それぞれか…ソフィーに合掌する。
◆◆◆◆◆◆◆◆
荒療治のかいも有って空からの眺めを楽しむ事に成功しおよそ半日。
まだ夕方にもならない時間帯に中継点の村にたどり着いた。
オサの村と比べても小さい村だが、やはりそれなりの宿がある。
今夜はここで泊まる事になったのだが…部屋割りで揉めたり、風呂で揉めたりした。
結局部屋も風呂も男女別で分ける、俺はセバスさんと一緒。と言う事で説き伏せたが、
マール、ソフィー、メリアの顔はどう見ても納得しておらず、何かを企んでいる気がしてならなかった。
そして今、セバスさんと二人で湯船に浸かっている。
すったもんだあって、女性陣より先に入る事になったので、遠慮して入ってくれないかな?
とも思ったが流石は空気の読める敏腕執事。
お背中をお流ししましょう。などと余計な気を回す事も無く、
風呂の作法やらの説明をしてくれつつ一緒に入ってくれた。
勿論今回は腰タオルの裸同然ではない。二人とも湯浴衣を纏っている。
腰に巻いて縛るだけとは言え、丈は膝上まである。タオルを巻いたのとは隠ぺい力は比べるまでもない。
「そんなことが有ったのですか…」
「ええ、まさか風呂場にまで乗り込んでくるとは…」
丁度話題も以前オサの村であった風呂場強襲の話をしていた。
「今日は私も居ますので、お嬢様達が来る事はありませんよ」
「…本当ですか?」
「この国では婚前の娘が自ら異性に肢体を晒すような真似はまずしませんので。意中の相手を篭絡する為、と言うなら別ですが。」
なるほど。ついでにワイバーンで二人が俺と相乗りをしたがらなかったのは、
ソフィーがセバスさんに抱きつく事になるのを避ける為だったらしい。
…なるほど、やっぱりあの飛行も当初から織り込み済みだった、と言うことか。
まぁそれはそれだ、それよりも…
「…オサは面白半分で来てましたよ?」
「彼女は9歳で精神年齢が止まっているらしいですから…長寿族といえど普通はあんな若さで成長が止まりはしないものなのですがね…」
9歳、オサの話によると母親が出て行った年齢だ。やはり何かあったのだろう。
「…300年ほど前に長寿族と人間に何かあったのですか?」
「300年前と言いますと建国の頃ですね。そうですね…少し、長くなりますよ?」
「構いません」
「そうですか、では…」
そう言って、セバスさんが説明を始めた。
「その頃の少し前までは人間も長寿族もその他の亜人種も皆独立し、時には協力し、時には対立して生活していました。
ですが、マナの高濃度化が深刻化し、そのせいで一部危険域にしか居なかったモンスターが爆発的に増殖してあちこちに発生して、危機的状況となって来まして、ついに人類は種族の壁を超え、生き残るための手段を模索する事にしたのです。
最初こそ討伐隊やバリケードなどモンスターに対しての場当たり的な対策だったのですが、マナ濃度を下げなくてはどうにも成らない、という事が研究により判明しました。
そして研究の末ついに発見されたマナ濃度を一気に下げる手段が<異界の扉>を開く事でした。
…ですがそれを実行するには幾つもの難題があったのです。
それでも人類は協力し、幾つもの問題をクリアし、そして最大の難関にぶつかりました。
強大なマナ蓄積量を誇る<魔晶石>、<神聖魔晶石>を複数手に入れる必要があったのです。
様々な検証結果、<神聖魔晶石>と言われる程のものを持つのは竜種の王竜種だけだと断定されていました。
ですが、王竜種と言うのは当時この世界の全生物中最強を誇った竜でした。
世界中を探しても僅か10頭にも満たない最強の竜の一族。
その棲み処を襲い、甚大な死傷者を出しつつも7つの<神聖魔晶石>を手に入れ、
<異界の扉>を開くことに成功したのは…生き残った我々の初代国王でした。
熾烈極まる戦いで、魔法適正の高い長寿族は勇敢に矢面に立ち、命の限り戦い、死んで行きました。
…全人類種族中、彼らが最も犠牲を出した種族になりました。
戦死による大量の人口減、さらに元々個の寿命が長いせいか、彼らの生殖能力が低い事も災いし、気づいた時には絶滅寸前になっていたのです。
ですから、今は王国だけでなく大陸全土の国で彼らは英雄の一族として保護されています。
現在確認されている彼らの居留地は100数人程度の規模の3箇所のみ…
排他的な彼らはあまり外と接触を持ちたがらず、昔ながらの生活を営んでいると聞きます。
一応例外は居るのですが…それでもオサさんは珍しいですね、
あの年恰好で一人だけで居留地から出て暮らしている方は初めて見ましたよ。」
「なるほど、そういう事だったんですね…」
聞く限り、長寿族と人間が争う事は無いように感じた。
だが、恐らく300年前の戦いで確実に何か有ったのだろう。そのせいでオサは成長が止まった。
推測ではあるが、子供のままのオサは大人になる手段を求めて放浪し、何かの縁で村を作る事になった。といった所だろう。
「その後、<異界の扉>の開放の為の魔術は改良され<召喚魔術>となり、今に至ります。」
「そういえば、毎回王を召喚しているのですよね?」
「そうです」
「王に相応しくない人が召喚される事はなかったのですか?」
「勿論最初はどの方も王としては不足です。ですから王家はどちらかと言えば王妃が実務を執り行います。貴族とは逆ですね。名目上は王が家長になっていますけれど。」
「そうなのですか。少し、安心しました。」
「…」
「……何か?」
「いえ、ソフィーリア様は少々事情が御座いまして…まだ王家としての教育を修了なされておられません。」
「つまり?」
「ユート様に、お頼りせざるを得ない場合が多々、起こりうるかと存じます。」
「…」
「申し訳御座いません。ですが、是非正しき決断を下されますようお願いします。」
「何が正しいかなんて、分からないよ」
「そうかもしれません。ですが、心の片隅にでも置いておいて頂ければ幸いです。」
「…分かったよ」
「よろしくお願いします。この国の未来を」
「重い、話だね」
「それだけの物を託す事になりますので。」
「分かってるさ」
「よろしくお願いします」
前途多難。だが、悪い気分でもない。
ただ失ったものの購いに戦い破壊するのでなく、未来を作る為の戦いをする。
それも武器を持ってではない戦いを。
俺一人なら、無理だと思ったかもしれない。
でも、マールやソフィーやメリア。皆が居る。きっと俺を支えてくれる。
だから、何となく出来るんじゃないかな。という気がしていた。
「長話になってしまいましたね。湯当りする前に上がりましょうか」
「そうですね。お話、為になりました。ありがとうございます」
「そう言って頂けると冥利に尽きます」
確かに。何時までも入っている必要も無い。次に女性陣が控えているのだ。
二人で風呂から上がる事にした。