4-2<邂逅2>
「入れ」
組み立て前の剣を机に置き、いつものような声を出してユートを招き入れる。
扉が開き、セバスがこちらを見て一瞬驚く。決戦着で無かったのが意外だったのだろう。
だが、驚愕も一瞬。
次の瞬間にはいつものすました顔になり、来客を部屋の中へと促す。
栗色の髪の青年が、頭の上に金髪の妖精を乗せて部屋へと入ってくる。
その姿を見止めた瞬間、ドクン、と心臓の鼓動が跳ね上がった。体温が3度は上がった感がする。
だが、抑える。今の私はこの昂ぶりを抑える術が、ある。
「良く来たな、ユート。」
自分で呼んでおいて、なんて挨拶だ、と思う。だが、上手く言葉が出て来なかったのだ。
この昂ぶりに身を委ね、飛びついてしまいたい欲求に駆られる。だが、我慢する。
そしてどうやら一人では無かったようだ。
もう一人、後ろから誰かが顔を覗かせ、ユートを押しのけ私の前へと飛び出した。
「お姉様!ご無事でしたか!?<人型>に襲われて重傷を負ったと…」
誰だ、この娘は?私を「お姉様」と呼ぶのはソフィーとメルだけだ。
そしてソフィーは黒髪、メルは赤髪、空色の髪の知り合いは、居ない。
思考をめぐらせ、目の前に来て私の手を掴んだ娘をしげしげと見つめる。
空色の瞳と髪、だが、この声と…顔は…
「ソフィー…?」
「はい、そうです!メリアお姉様!ああ、ご無事で良かった…」
ソフィーの目に涙が光る。どういうことだ、何故、ここに?
『混乱させておるぞ』
妖精が言う。その通りだ。私は混乱している。
「とりあえず…コレ、ぱっと治せる?」
『朝飯前じゃ』
そう言って妖精がユートの頭をぽふ。っと叩く。
変化は劇的だった。
夜の薄暗い室内灯だけの明かりでもそれと分かる真っ黒な髪と、瞳。
ぴょん。とユートの頭から飛んだ妖精がソフィーの頭に着地し、同じように叩く。
こちらも一瞬で色が変わる。濡れ烏色のしっとりとした長い黒髪、菫色の瞳。見慣れたソフィーの姿。
では、ユートは、<召喚されし者>?
思考が進む、まて、これ以上は考えてはいけない。
頭の中で本能的な警鐘が鳴り響く。だが、考えてしまった。
<召喚されし者>は、王女の、ソフィーの、夫。次期国王。
私には、届かない。
足元が崩れ落ちたような気がした。
目の前に居る筈の二人が遠のいて行くような感覚を覚える。
意識が、一瞬遠のく。
だが、振り絞るように声をだした。姉としての意地で。
「ソフィー、良かった。無事だったんだな。」
「はい!ユート様に助けていただきました…」
「そうか」
ユートが<召喚されし者>と聞いて一気に頭の中のパズルが組みあがる。
残された<意言の首輪>、偽護衛の死因、ソフィーが消えた理由。
<甲盾熊>を倒したとも言っていた。ならば、北の森を抜けたのだ。尋常でない速度で。
<人型>と戦っていた時の彼なら、そのぐらいやってのけるだろう。
全てが納得がいった。そして、私の気持ちは、砕けた。
「良かった、ソフィー、皆心配したんだ。それに<召喚魔術>も成功したんだな。おめでとう。」
「はい!ご心配をかけまして申し訳ありませんでした…」
「良いんだ、ソフィーが無事なら、良いんだ。これ以上は無い。」
ソフィーが無事だったのは嬉しいのに、私の心には大穴が開いて寒々しい。
「これからどうするんだ?」
「はい、一度アーリントンに戻りまして叔父様の庇護の下<召喚魔術>成功の一報を出したい、と考えております。」
「そうだな、それが一番だな。お母様も喜ぶ。」
「はい!お話したい事がたくさん、たくさんあります。お姉様にも、メルにも。」
そう言うソフィーは幸せそうだ。
そうだ。彼女の人生を賭けた悲願が達成されたのだ。
嬉しくない筈が無い。
幸せでない、筈が無い。
「ごめん、ソフィー、私はまだ本調子じゃないようだ。今日は安静にしたい。また、明日話さないか?時間はあるだろう?」
「あ、ご、ごめんなさい…つい、…分かりました。ではまた明日にでも来ますね。」
「ああ、ユートも、今日はもう帰ってくれて構わない。色々ありがとう。」
「あぁ…」
訝しげな顔をしてユートが頷く。今は、ユートの顔を、声を、感じるのが辛い。
「それではまた明日。お休みなさいお姉様」
「ああ、お休み、ソフィー」
そう言い残し、再度偽装を施したソフィーとユートが出て行く。
セバスも見送りに行かせた。
…一人に、なりたかった。