0-1<メリア起つ>
私の髪は赤い。
父譲りの鮮やかな赤髪。そして私の好きな色でもある。
ちなみに髪質は母譲り。ぴょんぴょんと跳ねたくせっ毛だ。
大半を肩口より上で切りそろえているせいでもあるが、嫌いではない。
だが問題は後頭部から後ろだ。
ここだけは腰までの長さがあって、編んである。その見た目はまるで頭から生やした尾っぽ。
どうしてこういう事になったかと言うと、世間一般では女の髪は長く有るべき。
というのが貴族流一般常識で、昔は私も膝裏にまで届く見事な長髪だったのだ。
だがはっきり言って邪魔で仕方が無かった。
だからある日訓練にかこつけて愛刀でばっさりと切り落としたのだ。
…物凄く怒られたが。
と、とにかくそういうことで妥協として後頭部あたりより後ろの部分だけ伸ばしているのだ。
この程度であれば訓練でも邪魔にならないし、父も母も渋々ながら納得してくれた。
その髪が、せわしなく左右に揺られる。私は急いでいた。
「お嬢様、メリアお嬢様、お待ち下さい。」
つかつかと廊下を足早に進んでいると、背後から声がした。
セバスが私を止めようとしている。だが、私は止まらない。
ここ数日の強烈なマナ異常は<召喚魔術>によるもので間違い無かったらしい。
ソフィーは五月蝿い貴族派連中を出し抜いてついに決行したのだ。
従姉妹であり姉妹同然に育った私にも相談してくれなかったのは悲しいが、それは仕方ないだろう。
私はもう昔のようにソフィーと四六時中一緒に居られる立場にない。
父の城代としてこの地を治めないといけないのだ。
だが、成功したのなら何よりだ。
そう考えていた。しかし、それもつかの間だった。
ソフィーリア王女が行方不明。その報告を私が聞いたのは既に事件から6日も経ったころだった。
秘密裏に伝えられたその事件の一報と同時に、王都より父が帰ってきた。という報告を受け、
いてもたってもいられず、父の元へと廊下を足早に向かっている最中なのだ。
父は今、母の部屋だろう。帰ってくれば必ず母の元へ向かう。邪魔をするには忍びないが、緊急事態なのだ。
扉の前に立ち、立ち番の者に確認する。二人とも、そしてメルも居るようだ。
ノックをし、声をかける
「お父様、お母様、メリアルーナです。よろしいですか」
暫くして、「入れ」という声が帰ってくる。
扉を開き、中へと進む。薬香の匂いが鼻をつく。
「お父様、お帰りなさいませ。お母様、お加減はよろしいでしょうか…」
珍しく寝台で起き上がっている母と、その隣で椅子に座って居る父に話かける。
「私は大丈夫です、それよりもメリア、貴女のその剣幕…ソフィーリアの事ですね?」
「その通りです。私に神殿に向かう許可を下さい。」
「ならん。お前が向かう必要は無い。わしの城代としてここに居てもらわねば困る。」
父が否と言う。まぁ予想通りだ。だが私はもう決めたのだ。
だからはっきりと告げる。
「嫌です。ソフィーの護衛は私の兵から選抜しました。私が確認するのが一番です。」
「素性確認に兵は向かわせておる、それこそ捜査局に任せればよい、お前が向かってなんとなる?」
「私のワイバーンの方が早い。馬車に揺られて向かう兵ではここから神殿まで10日以上かかるではありませんか」
「そんな理由では行かせられぬ」
「お父様、どうしても許可が得られないのでしたら私は勝手に行きます。」
「ならん、と言っている」
「嫌です。」
お父様の頑固ものめ、と自分を棚に上げて睨み合う。一歩も譲るつもりは無い。
「…ならば条件を出そう。帰ってきたならば今度こそ結婚をする事。」
暫くにらみ合っていたが、父上が口を開き条件を突き付けて来た。
またこの話か、と溜息をつく。
父の持ってくる縁談の貴族連中の男供は皆おどおどなよなよとしていて、私は生理的に受け付けない。
アレの相手をするぐらいなら軍の部下達の方がまだマシというものだ。
もっとも、部下たちを相手にする気も全く無いのだが。
「以前より告げている通り、私は私より弱い男の枕頭に侍るつもりは御座いません。それでも良いのでしたらお受けします。」
「今の王国でお前より強い男など存在せぬではないか…」
その通り。お母様が引退された今、王国の兵として最も高い魔力量を持っているのは私だ。
勿論それだけで強さに結びつく訳でも無いが、それに釣りあう男でないと私は縁談を受ける気は無い。
「見つけてください。」
「ならん。いい加減お前もいい歳でないか、そろそろ夫を得、子を成さぬと…」
そう言って父が病床でやせ細り始めた母を見つめる。
母は去年から病床に臥せっている。…どんなに長くてもおよそ5年で死に至る、<召喚の呪い>。
…不治の病だ。
母は前王の2人目の娘だった。そして王家の血筋の女は<召喚魔術>を行った反動に呪いを受ける。と言われている。
まず生まれてくる子供だ。
理由は分からないのだが王家の直系の血が混じると、3代に渡り女しか生まれなくなってしまう。
私も、妹のメルディアも娘しか産む事はできないだろう。…少し寂しいが、それはまだいい。
問題はこの病だ。
同じように3代続く、およそ40歳前後で発症し長くても5年程で死に至る不治の病。
叔母も、祖母も、先祖代々この病を克服する事無く亡くなってきた。
いずれ私達にも降りかかるだろう。
そして今、母は37歳、ついに病が発症してしまったのだ。
父は以前にも増して熱心に、忙しい公務の合間を縫ってそれこそ必死に治療法を探している。
今年で22歳になった私に夫をとらせ、母に孫を抱かせたい。という気持ちも分かっている。だが
「あなた。」
母が首を横に振り父をたしなめる。
「私はあなたとの結婚を望んで勝ち取りました…この娘達にも自分の幸せを捕まえて欲しいのです。」
「だが、それでは…」
「大丈夫ですよ、メリアも年頃の娘なのです。そうかからずとも必ずこれと言った男性を見初めて来ます。」
「…」
「それとも、メルの方が先に捕まえるかしら?メルは私と趣味が同じですもの。」
「お、お母様…!」
ずっと黙っていたメルディアが話を振られて焦る。確かに母とメルの趣味は似ている。…年上好きなのだ。それもかなりの。
母に至っては14で30の父を射止めていた。しかもアプローチは一桁の年齢の時から始めていたらしい。筋金入りだ。
そしてメルディアは今16、有り得ないとは言い切れない。
だが私にはその趣味は理解できない。私は年下が良い。私より強い男ならなお良い。
「メリア、貴女は本当にお父様にそっくり。一度決めたら無鉄砲に進む所も。異性の趣味も。」
「…別に趣味では無くお前だからだよ?エーリカ?」
「あらあら、そう言って貰えますと年甲斐も無く心が躍りますわ。」
のろけだした。
「兎に角、私は行きます!止めても無駄です!」
「だからならぬと」
「セバスチャン、居ますね?」
「は、奥方様。ここに」
母が唐突にセバスを呼ぶ。開けっ放しだった扉の向こうに待機して居たセバスが返事をする
「貴方にメリアの護衛を命じます。この娘、考えなしの無鉄砲ですから。貴方が考える役を担いなさい。」
「お母様!私は馬鹿ではありません!」
「承りました」
「セバス!!」
「あなたも、それで許して貰えませんか?」
「うぬぬぬぬ…」
母の提案に父が唸る。
「………2週間、いや半月、15日以内だ。それだけの間に何か掴め。それが出来なければ、諦める事。分かったか。」
「お父様!?」
許可が降りた。私だってなるべく強引に行きたくは無いのだ。許して貰えるならこれ以上は無い。
「ありがとうございます!お父様、お母様、必ずソフィーの手がかりを見つけて来ます!」
「全く…わしも家を開けねばならんと言うに…だが、仕方ないか…頼んだぞ」
「行ってらっしゃい。メリア。」
「はい!メル、行って来る!」
「行ってらっしゃいませ、お姉さま。ソフィーお姉さまをよろしくお願いしますわ。」
「分かってる!」
家族に宣言し、踵を返し部屋を出る。
気持ちがはやり、小走りになり、駆ける。竜舎まで。
最初に向かうはバルディカ神殿、ソフィーが行方を晦ませた場所だ!!
動き出した新章。数話ほどメリア視点での物語になります。