9-7<出発の朝>
「なんで俺のベッドでコイツが寝てたんだ?」
朝になり、馬車の前に集合した所で自分の頭上を指差してオサが言った。
そのコイツ、つまりマールはぴょん。とオサの頭からソフィー、俺の頭の定位置へと移動する。
『なに。出歯亀は良くないのでの。』
「・・・」「???」「…………はう。」
反応は三者三様。
俺は口をつぐみ、オサは首を傾げ、ソフィーが赤面した。
…まぁ何が有ったのかというと。
昨日の朝方指摘されたばかりの自分の癖をすっかり忘れ眠った為に、夜中の内に昨日の朝と同じ事を繰り返したのだ。
無意識の内にぎゅーっと。
勿論待っていましたとばかりにソフィーに抱き付き返され、さらにそのまま上半身をあちこち吸われてしまった。
だがその痕跡は既に<強化魔法>の効果で消えている。分かりはしない。
ただ、幾度も触れる柔らかい感触と甘い香りに目覚めたら、息のかかる至近距離で赤面した美少女が何度もキスをして来て、さらに「ユートさんも…」と甘い声でせがんでまで来るのだ。
我慢なんて出来る訳が無い。
ものの数分で理性は白旗を揚げ、求められるまま、求めるままに唇を重ね、舌を差込み、絡ませ、唾液を交換し、後は本能の赴くまま衣服を…という所だったのだがそこで邪魔が入った。
とっくに日が昇り、出発する時間が目前だったためにオサに言われたシズクさんが呼びに来たのだ。
本当に、紙一重だった。もう少し遅ければ、ノックの音程度で頭は冷えなかっただろう。
…残念でないと言えば嘘になるが、流石に昨日の今日でそこまで進展するのもどうかと思う。
だから、これで良かったのだ………多分。
「まぁ、いいか。進展があったなら良いことだ。この国にも、な。」
思い出してみただけで何も言わなかったのに……察せられた。
「オサー?準備できただよー?」
「おー!今行くー!」
打ちひしがれていると、ヤスさんにが馬車の御者台から顔を覗かせる。
ちらりとそちらを確認する。
屋根は無く、荷台には藁と布がクッション状に敷かれていて、既にシズクさんがそこに腰掛けて居る。
…荷馬車というのだっけ?馬車には詳しくない。まぁ多分合ってるだろう。うん。
他の荷物が見当たらないが、荷物は鞄に詰め込めるのでこれで十分なのだろう。
ともあれ準備は整ったようだ。後は俺たちが荷台に乗るだけ。
「んじゃ行くか。到着予定日は6日後の夜か7日後の朝ってとこだ。長旅になるが、よろしくな。」
「あぁ。こちらこそよろしく」「よろしくお願いします。」『よろしくの』
気を取り直し答える。そうだ、旅は楽しく。だった。うん、忘れてはいけない。
「にしし、馬車の長旅ってのは暇になりがちでな、期待してるぜ?お前らの面白い話。」
「期待されても困るんだが…」
いや本当に困る。特に前の世界の話なんて殆どが凄惨な戦争で欝どころの騒ぎじゃない…
むしろ人生経験豊富なオサの話を…と思ったところでソフィーが口を開いた。
「そうですね。私もティーナという女性について く・わ・し・く 聞きたいです。」
ドキリとした。
「なんで、その名前を?」
「昨日買い物途中にマールに聞いたのです。何でも奥さんだったらしいですね?」
「…」
いつの間に…俺も一緒に買い物をした筈なのに気づかなかった。
『妾が話したのはそこまでじゃ。後は自分で話すんじゃな、おんしは乗り越えねばならぬ。この世界で暮らすんじゃろ?』
「…分かってるよ」
ソフィーに寄り添われ、馬車に向かって歩き始める。
晴れ渡った空を見上げ、記憶の中の今だ色あせない明るい彼女の笑顔を思い出す。
なるべくは、辛く暗い話にならないようにしよう。そう誓った。
ここで1章、「二人の逃避行編」は完結となります。ここまでお読み下さりありがとうございました。
次回からは2章「合流編」になります。
序盤数話程は時々名前だけ出てきたあの人たちが主役を張ります。新しい登場人物達はユートに、ソフィーにどういう影響を与える事になるのか…
思いつきでどんどん広がる風呂敷に畳めるのか不安になってきた筆者はおいてけぼりに物語は進みます!