9-4<これからのこと>
朝食兼となった昼食は、昨日の夜食と違ってご飯、漬物、汁物、そして焼き魚と洗って切っただけの生野菜。という和食に近い物だった。
ご飯は白米ではなく玄米と雑穀のブレンド。意外な事に煮たのでは無くきちんと炊いているようだった。
浅漬けの野菜はキュウリっぽい味の瓜で、確かミョールという野菜。
切り方と色のせいで見た目はたくあんだが、もうキュウリでいいだろう。そう決めた。
流石に汁物は味噌汁でなくお吸い物、しかし魚できちんと出汁をとって塩で味付けをした、うしお汁といったモノだった。
そして言わずと知れた魚の塩焼き。
どれも塩味がしっかりとしていて美味い。そして懐かしい味だった。
思わず涙がこぼれる。
一言も発する事無く、おかわりし、思う存分味わった。
最初は涙する俺をマールがからかおうとしたのだが、すぐに止めた。誰も、何も言わなかった。
この料理はきっと<召喚されし者>が伝えたのだろう。後の<召喚されし者>の為に。
感謝する。およそ8年離れていても、故郷の味は鮮烈で、強烈だった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
そんな有意義な昼食を終え、お茶を飲みつつ一息入れて、今後の話をする事にした。
「とりあえず、マールが起きたからモンスターの捜索は今日だけで十分できる思う。」
『そうじゃの』
「そりゃまたなんでだ?」
『うむ。妾の索敵範囲はこやつと違い数十キロはいけるからの。』
「それはまた…すごいですね…」
「お前も規格外系なのかよ…」
ソフィーとオサが驚きを通り越して呆れる。ちなみに俺の気配や魔力を探る索敵範囲は殆ど人が居ない前提で1キロそこそこだ。
周囲に人が多いとさらに狭まる。人と魔族の優劣はここで着いたと言って過言でない差だ。
「だから今日は出発の為の準備をしようかと思うんだが、どうだろう?」
提案する。食料や各種消耗品、有るならば足代わりの馬みたいな物が欲しい所だ。
「オレは別にまだ当分居てくれてもいいがな。宿代だって貰った<伐採鼠の歯>と<闇夜狼の刃>にコイツで十二分にお釣りがでるし。シシシ」
そう言ってオサが手元で弄んでいたのは<晶眼蟲の瞳>だった。
大きさは3〜4センチ、色は真紅、見た目は完全に宝石っぽい。
あれを欲しい!と言われた時はオサも女の子なんだな、と感じた。だが実際は換金するらしい…
「道具として未練の無い物の方が換金しても後悔しないから」だそうだ。
流石村長、金銭面でもしっかりしている…と褒めておくべきなのだろうか?
ともあれ、そんな理由でほいほい物を渡すのはどうかと悩んだのだが、
ソフィーにまで「お世話になりましたので。私からもお願いします」
と懇願して来られては折れるしかなかった。ほんと俺は押しに弱い。
「私はなるべく速くアーリントンに向かいたいです。召喚の後行方不明になって、表沙汰には成っていないでしょうが恐らくかなりの騒ぎになっていると思いますので。」
「あー…そういえばそうか。じゃぁ引き止めるのもなんだな…」
『すまんの』
「…いや気にすんな、てかお前が謝るのか?」
『気にするでない』
「あーうん、そうだな…」
微妙にマールが混ぜっ返す。それはさておき、確かに。ソフィーは王女らしいし、
完全包囲して迫っていた追手たちがたどり着いたら王女の姿は無く、護衛と御者の死体。
確実に失踪、いや誘拐も疑われるだろう。
アーリントンは親戚の領地らしいし、早く無事を報告したいと言うのは分からないでもない。
「そうだなー。なら今日明日と調べてモンスターがもう居ない、って分かったらアルモスに馬を走らせるつもりだったが…馬車を出すわ。こいつの換金に討伐報告、それから討伐隊が向かって来てたら謝罪と違約金も出さねぇとなんねぇしな…ついでに乗ってくといい。徒歩よりはマシだろうよ?」
「願っても無い事です。ありがとうオサ。」
「それこそ気にすんな。代金は受け取ってる。」
『おんしは来るのかや?』
「行きたくねぇなぁ…アルモスは領主がうぜぇ、正直大ッ嫌いだ。街の連中には子供扱いされるし。…それに村の復旧も指揮しねぇといけねぇし。」
心底嫌そうな顔をしてオサが言う。領主は兎も角子供扱いは仕方ないと思う。見た目がそれなのだから。
「その言い方だと…行かないといけないのか?」
「あぁ、コイツを見ろよ。この大きさにメチャクチャ濃い真紅。最上級品だぜ?間違いなく換金するにはギルドのオークションにかけるしかねぇ。そうなるとウチの村人じゃ足元見られるのがオチだ。長寿族の俺が出向いて保障しねぇといけねぇ…って訳さ。めんどくせぇ」
『そのぐらいの苦労はあってもバチは当らんじゃろう。』
「まーな。こんなもんをタダで貰った時点でバチが当りそうなもんだもんな」
へへへ、とオサが楽しそうに笑う。
オークション、か。それはつまり<晶眼蟲の瞳>は普通の店では高額過ぎて買取不能ということなのだろうか?
一体あれは幾らになるんだろう?そして俺のコレクションを全部売ればどんな大金になってしまうのだろう。
気になる。街に着いたら色々調べて見たいなぁ、と期待がムクムク膨らむ。
「オークションかぁ、俺も見てみたいな…。出来るなら幾つか出品とかもしてみたいし?」
「お、いいね。なんなら手伝おうか?手数料は売り上げの5%でいいぜ。」
『商売上手じゃの』
「…申し訳ありませんが、アルモスには寄れません。途中で私達は迂回します。」
だが、あっさりと駄目出しされてしまった。
「な、なんで?」『ぬ?』「へ?どういうことだ?」
皆疑問符を発する。勿論俺も真っ先に疑問を述べた。説明して貰えないと未練がある、どういうことなんだ?
「アルモスには間違いなく検問が有ります。私を見つけたら保護するように、と」
『ふむ。確かにそれは有ってしかり、じゃろうな。』
確かに、王女が行方不明なのだ、それぐらいは当然あるだろう。
「だろうな。だが、何で検問を避ける必要があるんだ?健在なのを教えてやれば良いんじゃねぇか?」
「アルモスなのが、問題なのです」
「つまり?」
「あの日私達を包囲した兵はあの街から派遣されたと見て間違いありません。」
ソフィーが断言する。
「あれだけ多方向から来ていたのに?」
「えぇ、むしろ多方向からだったからです。あの地を治めるアルモス卿の許可無くして包囲するようには兵士が来れなかった筈です。首謀者、という事もないでしょうが、少なくとも協力者である事は確実です。となると捕まるわけには行きません。」
『なるほどのう』
「だからアルモスは危険、か。だがよ?アルモスを迂回しても何処かに検問はあるぜ?特にアーリントンとの境は一番張ってるんじゃねぇか?」
「なるべく避けて、最後は強行突破するしか無いと思います。アーリントンにさえ入ってしまえばこちらのものですから。」
「変装する、とかはダメなのか?」
「難しいと思います。私とユートさんは目も髪も目立ちますから。被り物で隠していても恐らく見つかりますし、街中で見つかったら完全に包囲されてしまいます。偽装用の魔道具もありませんし…可能でしたらアルモスの街を抜けるのは一番の近道なのですが…」
「魔道具、ねぇ…残念ながらオレも持ってねぇぞ。」
勿論俺の使える魔法にも無い。
使っている人は居たのだが覚えはしなかった。魔族との戦闘には必要無かったからだ。
だがまさかこんな所でそれを後悔する日がこようとは。
…残念だ、でも仕方ないか。
『なんじゃ、目と髪を誤魔化せば何とでもなるのかや?』
諦めかけたその時、そんなことか。と言わんばかりの口調でマールが答える。
「何か方法があるのか?」
そうだ、俺はダメでもマールになら使えるかもしれない。
萎んだ期待が再び膨らむ。
『なぁにそういうのじゃったら、ちょちょいっとこう色素に異常を及ぼすだけのモノを使役すれば…』
…何か不安な言葉を聴いたような?色素に異常?
『ホレできた。』
「え?」
「んなっ」
「な、何?」
マールが空中に何かを描いて俺の頭をぽふっと叩いたと思ったら、俺の髪が栗色になっていた。
和食の定番味噌と醤油を出そうか、とも考えたのですが…調べてみると作るのにかなり丁寧な温度管理と1年近い時間がかかる事を知りました。
これは流石に…ということで和食メニューはうしお汁に白羽の矢が。私ももう数年単位で食べては居ないのですが、鯛のうしお汁とかとても美味しくて大好きです。