7-5<猪退治1>
ヤスさんは、ルヤース=シクラという名前だった。
どうでもいい事では有ったが、少し意外だった。オサの命名で「ヤス」と呼ばれていたらしい。
アンナさんことアインス=レジーナさんが洗濯物を手渡した時に教えてくれた。
オサの略称の決め方は変だ。と
俺もそう思う。
そして少し早めの夕食をオサと3人で囲んで、久しぶりの料理らしい料理に舌鼓を打った。
メニューは香草と穀物を詰めた鳥の蒸し焼きや、肉と野菜の炒め物。
他にも旅の合間にお世話になったスープの進化版と言った物や、野菜のサラダとチーズ、そして歯ごたえのある丸いパン。
山間の村だというのに、塩味もしっかりとしていて美味しかった。塩は潤沢なのかもしれない。
だが、我々のために奮発してくれた可能性もあるので、感謝だけして触れないておくことにした。
そして数時間後
日が暮れて然程の時間も経っていない今、ヤスさんと出会った柵の当りに俺は立っていた。
「で、どうしてここに居るんですか?」
残念ながら一人では無かった。
「えっと、その、ユートさんと離れたくありませんでしたので…」
と言ったのはソフィーだ。彼女は追われる身でもある、一人は心細いのかもしれない。確かに仕方ない。
だが問題はもう一人。
「折角の機会だからな。<召喚されし者>の実力も見たかったしな!」
元気一杯に返事したのは、さっき見たときと違い普通な感じの服に着替えたオサだった。
なかなか良い服だなー、とは思っていたが、あれは客を迎えるための礼服のようなものだったのだろう。
とはいえこの服もヤスさん達に比べると大分良い物に見える。…まぁ似合っているならそれでいいか。
とまあ、そういうことで2人でもなく今ここに居るのは3人だった。
改めて頭を抱える。
「そりゃ見られて困るものでも無いですけど、危ないかもしれませんよ?」
「わーってるって。でもさーあの<甲盾熊>を一人で蹴散らした猛者と聞いちゃさー」
ソフィーも<時鎖緊縛>で頑張ったんだどなー。と心の中で語り、チラリとそちらを見る。
夕食時、オサに身振り手振り付きの熱意のこもった解説を繰り広げた当の本人はうんうんと頷いている。
「それに<甲冑猪>なら一瞬で倒しちまうんだろ?なら安全そうだし、この目で見たくもなるってモンだろ?」
「はぁ、まぁ良いですけど…」
「にししし、ケチケチすんな。女にカッコ良いトコ見せてくれよ、色男。」
「…こんなちっこい子に言われても」
「あ?今オレを子供扱いしたな?これでもてめぇよかかる〜〜〜く10倍以上生きてんだぞ!!……そりゃまぁ、性格は外見に引っ張られちまうんだけどよ…っきしょぅもっと…………さえあれば…」
「ご、ごめんごめん、悪かったって。あと最後の方聞こえなかったけど何て…?」
「うっせー気にすんな。ほっとけ。」
プイッとそっぽを向くオサ。言葉のワリに別に怒っては居ないようだ。
大体わかった。この程度は言葉遊びのじゃれ合いか。
気を取り直して気配を探る。まだかなり離れているが、捉えられた。
「来たみたいだ。」
「…来たか」「来ましたか。」
一転、緊張が走る。ソフィーは見慣れていてもモンスターに対する常識がある。
そして俺の戦いを見たことの無いオサはことさらに緊張感を露にしていた。
「行こう。」
二人が頷く。暗闇を徒歩で進もうとしたら、オサが呪文を唱えた。
「−Lt o-Dvanc dn dt Daire luvoir esu linui−
――<梟の目>」
魔法名が聞こえると同時に視界が明るくなる。
「へぇ、夜目の魔法か。便利だね」
「お前さんには要らないようだがオレは無いと見えないんでな。」
「私はありがたいです。ユートさんの顔も良く見えますね。」
別に急ぐ必要も無い。鞄から<刺突兎>の角を5本取り出しながらゆっくりと歩いて気配のする方向へと進んだ。
「いた。」
距離およそ200m。建物の残骸の陰から3mはある<甲冑猪>を2匹、視認する。
畑に鼻っ面をつっこみ、その下あごの先端から伸びた巨大な一角の牙で掘り起こし、ブモブモと何かを食べている。
こちらには、まだ気づいていないようだ。
2人に目配せしておいて、飛び出し、一気に駆ける――。
一瞬で残り50m付近まで近づき両手に持ったナイフを投擲、
それぞれ脇腹・背後にナイフの一撃を受けた2匹が地面を転がるように吹き飛ぶ。
巨体と金属製のような体毛のせいか、ナイフは完全に体内深くまで突き刺さるのだが貫通には至らないのだ。
そのせいで、派手に吹っ飛んでいく。
――まず2匹。
さらに突進の勢いそのままジャンプし、先ほどの2匹の奥に居た3匹目の頭上を飛び越えつつ3本目を投擲。
斜め上からナイフで背中を貫かれた<甲冑猪>が地面でバウンドし、事切れた。
――3。
向きを軽く調整して着地する。と、同時に残った2本を投擲する。距離5m程の至近弾。
俺の着地点目掛け猛然と突撃していた2匹の<甲冑猪>が頭から貫かれ、つんのめり、
少しだけ地面から浮き、バウンドし縦回転しながらこちらに転がってくる。
着地と同時に両手で投擲した為、とっさに横に行けない。ここは乗り越えよう。
とりあえず転がってくる<甲冑猪>の片方を跳び箱よろしく片手を付いて飛び越える。
――これで終わりっと。
背後で最後に打ち抜いた2匹がぶつかり、動きを完全に停止したころにはもう体が崩れだしていた。
7/2 誤字修正しました。