3-3<逃避行2日目>
「なんだか、特に体力が増えた感じも無く、魔力の総量が減っただけのような気がするんです…」
逃避行2日目の昼過ぎ、森を進みながらソフィーがボヤいていた。
「その感覚は間違ってないよ。<生命強化>は基本の基本、魔力を一部隔離して、増強を計ると同時に体の調子を整えて健康にする<強化魔法>だからね」
がーん。そう顔に書いてあるような顔をされた。
「速く走れるようになったり槍で突かれても傷つかなくなってたりしないんですか…?」
「残念ながら。特に前者は昨日説明した通り基礎をかけ終わってから追加でかけるような<強化魔法>だしね」
「先にそっちをかけて欲しかったたです…」
「それは出来ない。そんな事したら活性化させたとたんソフィーの体が壊れちゃう。」
「基礎を済まさないとダメなのですね…?」
「そう。」
「先は長いですね…この<生命強化>が定着しないと次の<強化魔法>はかけられないんですよね」
「そうなるね」
「先は長いです…」
「まだ始まったばかりだよ、焦らなくてもいいさ。俺が守るし。」
「うー………」
脱、足手まといを考えていたのだ。前とあまり変わっていないと知ると物凄くしょんぼりしてしまった。
一応<生命強化>は生まれたばかりの赤ん坊が健康に育つ為には最適な魔法で、魔力の増強にも良いのだが…
ソフィーの感覚ではやはりイマイチのようだった。
さらに森を進む。1時間おき程度に休憩を挟みながらもモンスターが瞬殺な為か、道行は順調。
そしておよそ3時ぐらいが過ぎたころだった。
「…何だか納得行かないです」
ナイフを投げ、鹿のようなモンスターが弾き飛ばされた後でソフィーが言い出した。
「何が?」
「さっきから投げているらしい短剣が全く見えない事です。投げる、と思ったらパンッ! って音がして、短剣が刺さったモンスターが吹き飛ぶんです。実は時間魔法じゃないんですか? 時を止めて。投げて、解除してドーンって。」
「そんな事はしてないんだけど…」
なんだかそんな特技を持った吸血鬼がいた気がする。
「じゃあどんな速度で投げたら見えなくなるんですか…」
「うーん体感だからおおよそだけど、大体700〜800m/sぐらいだと思う」
「想像出来ないのですが…1秒で700〜800mですか? 瞬間移動みたいな速さじゃないですか…」
「少なくとも音速は軽く超えてるね」
「オンソク…?」
音速は知られて無いのか…
「気にしなくて良いよ、物凄く早いものの一つってこと」
「そうですか…」
「そういえば俺も気になってた事があるんだけど、この鹿もだけど何で<魔導心臓>しか落とさないのが居るんだろう?」
「<魔導心臓>? あ、確か<魔晶石>の事でしたね。多分倒した後残るはずの部分も破壊しているからじゃないですかね?」
「薄々そうじゃないかなぁとは思ってたけど…やっぱりなのか。
…ちなみにあの鹿は何を落とすの? あの見た目に凶悪な角じゃなかったの?」
「<雪毛鹿>は毛皮ですね。普通の鹿と違って蒼白くてキラキラしてるじゃないですか。」
「つまり毛皮を傷つけずに倒せ、と」
…毎回どてっ腹にナイフを突き刺して倒してた、それじゃダメだったのか。
「足と頭部だけでしたら切り落としても良いようですよ?吹っ飛んで全身ボロボロになるのが原因かと」
「難しい…」
「普通一人では倒すことすら困難なのがモンスターなのですがね…なんだか私の中のモンスター像が凄い勢いで崩れて再起不能な感じです…」
「そこは諦めて欲しい」
「そうですね、いつまでもくよくよせずに喜ぶべきですよね…『私の旦那様はモンスターを虫けらのように扱う程強いんです』って」
なにそれ、俺、悪魔か暴君みたいな言われよう?
なんだか褒められている気がしないよ?
「『虫けらのように扱う』は何かイマイチですね…いい表現が思いつきませんね『ボロ雑巾』とも何か違いますし」
「なんだか表現に悪意を感じるんだけど…?」
「毒づかせてくれてもいいじゃないですか。今だけです。私、それこそ決死の覚悟を何度もして居たのに、なんだか拍子抜けちゃってるんです。無駄だったのかな、って。私の頑張り…今だって何も出来ませんし…」
そうか…足手まとい、まだ気にしていたのか
「そんなことはないよ。ソフィーは俺を助けてくれた。」
「?」
本心から、フォローをする。
そんなバカな、助けた覚えが無いと言いたそうな顔だ。
まぁ無理も無い。だから、続ける。
「あの召喚魔法を俺は5年待ち続けてたんだ。」
「そうなのですか?」
「うん。体感でだけど5年間。<狭間の世界>でずっと待ってた。時間の観念が狂った世界で外に出ることも出来ず、誰かが扉を開けたのに割り込むのを狙ったりして待つしか無かった。結局割り込む必要は無かったけどね。」
昨日までの日々を思い出す。どこまで行っても何も無く、何もかもがメチャクチャな情景。
正直マールが居なかったらきっと正気ではいられなかったと思う。
「そして昨日、俺は救われた。だから感謝してもし足りないぐらいなんだよ。」
「そうだったのですか…面と向かって感謝さられるとそれはそれでなんだか照れちゃいますよ?」
「はははは…」
「えへへへ…」
機嫌、直ったかな?
今回はうんちく話を。
ユートの投擲ナイフの速度・700~800m/sは、大体一部の高性能アサルトライフルの弾と同じぐらいの速度です。もっと早い弾を撃つ対物ライフルなどになると、1000m/sを上回るものも有るそうです。つまり、まだまだ非現実的なものではなかったりします。
ともあれ、次回からは大物戦になります!
9/5「」、!、?周りを修正しました。