表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2つ目の異世界  作者: ヤマトメリベ
第3章 クーデター編
127/127

9-1<新しい一歩を>

窮屈な襟元を弄る。苦しくは無いのだが、どうにも正装や制服と言う物は昔から苦手だ。


早いもので、あの騒動から1月が経った。



緊張感を解そうと思い、目を閉じて思い出す。



バルナム卿とセバスさん達と共に、ワイバーンで王都にたどり着いた直後、俺たちは兵に囲まれた。


そしてアーリントン卿に「貴様がメリアの男か!!」と剣を突き付けられた。


…事前にマールが何故か俺の髪と目を偽装したので、何のためかと思ったが、このためだったようだ。


そして皆が止める間もなく振るわれた剣を、白羽取りしたまでは良かった。


「なかなかやるではないか…」と獰猛に笑う貫禄のあり過ぎるオッサンに冷や汗を流していると、マールがその剣に食いついた。



『これ、欲しい』と。



そして俺の偽装は解かれ、後は謝罪の嵐。さらにマールが妻子の病の治療をしたと聞いて号泣。感謝の嵐。


しかし『代金はその剣がいい。』と言われて彼の顔は引きつった。


何故ならそれは初代王より賜った国宝級の大事な大事な宝剣。竜の爪をかたどったアーリントン家の紋章の元ともなった家宝なのだ。


だが、マールはにべもなかった。『爪? 何を言っておるのじゃ? それは角じゃろ?』と。


アーリントン家の面々は困惑した。爪だと信じたものが角だった、と言われたのだ。しかも相手はマール。


メリアもメルもエーリカさんも、嘘だ。とは言えず、さらには『病を戻すぞー』と脅され、


結局その場では駄目だが、後ほどの譲渡を約束させられていた。


ソフィーが肩を落すアーリントン卿に「何か代わりの物を見繕いますから…」と慰めていたのが印象的だった。




くすり、と笑いが漏れる。この時の会話はなんだか楽しかった。




でも、この直後に俺たちは笑えなくなった。


ワイバーンを降り、フィオとイリアさんを預けたバルナム卿が即座に拘束されたからだ。


罪状は「国家反逆罪容疑」巨体の虎獣人、フェルブルム卿に連れられ、彼は連れて行かれた。



ソフィーが、俺が、その場で何を言っても聞き入れてはもらえなかった。


バルナム卿も「これは仕方の無い事なのです」と言って俺たちを止めた。



そして即座に五大家会談が行われた。


バルナム卿も「必要がある」と言われ拘束されたまま参加したが、俺は参加できなかった。


「まだ戴冠式前ですし、国政に関わるのはご遠慮ください」との事だった。


…とてもではないが、納得できる物では無かった。



だがその代わりにと、俺には毎日の座学が待っていた。


大まかな地理と歴史、そして法律ばかりを、叩き込まれた。特に、歴代王の成した事、治世を仔細に渡って学んだ。


…確かに、これを学ばなければ会談に出ても場を混乱させるだけで意味は無い。


納得し、寝る間も惜しみこれまでの人生で恐らく一番必死に勉強した。



その間にも色々な物事は進んだ。



今回の事件の後押しをし、最後の引き金を引いたレキ。


ヤツの逃げ去った方角に調査隊が向かったが、竜の姿のまばらな目撃情報のみで、結局何一つ有益な情報が得られる事はなかった。


ならばオサにも色々聞こうと思い、招待状を持たせて人を送って貰ったのだが、何かを探しに国外へ旅に出たらしく、こちらもまだ連絡はついていない。


そして、レキの情報を、過去の情報を得ようと使者を派遣した長寿族の集落は、もう何十年も前から人が使っていない様な有様になっていた。


慌ててシルベリア・ローレシアの居留地はどうなっているのか質問状を送った所、どちらも今まで黙っていたが、どうやら数十年以上も前から誰も居なくなっていたようだった。


不気味な雰囲気だった。長寿族を中心に、誰にも知られる事無く確実に何かが起こっていた。




そうこうしている間に、会談は進み、毎日出会うたび、ソフィーはやつれていった。


気丈に振舞ってはいたが、会談が思うとおりには進んでくれないようだった。



そして一週間程経ったある夜。ソフィーが俺の寝室にやってきて、泣いた。


「ごめんなさい。私には救えませんでした。」と


ぼろぼろと涙を流し、嗚咽を漏らすソフィーをなだめ、話を聞いた。



簡潔に述べると、会談の結果バルナム卿の今回の騒動における刑罰が、死刑以外に選べない。という事だった。


ソフィーがひたすら擁護し、彼らを説き伏せようとしたが、出来た事は共に王都へと帰ってきた事実を背景に、かなり強引に国家反逆罪容疑を撤回させた事と、これからの国政の為にバルナム家はまだ必要だ。と多額の賠償金・保証金と引き換えに存続させる事を認めさせたぐらい。


逃げ去った共犯者のレキを教唆犯とする事で、他の数点の罪と共に、何とかそこまではできた。


だがそれを差し引いても彼の罪状は多く、重過ぎた。


俺が最近習ったばかりの事でも、奴隷法、扇動禁止法、軍律、軍法、いくらでもひっかかっていそうだった。



そしてソフィー自身も全ての臣下を欺き<召喚魔術>を決行していた為に、責められ、会談での発言力を損なっていた。


会談は4人の当主達の主導で進み、さらにはバルナム卿自身が


「私を死刑になさってください、それがあの時約束させて頂いた私からの要望です」とソフィーに嘆願した。


どうにも、できなかった。



「私が、彼を殺さなくては、成りません。彼は、彼の思想は間違ってないのに。」



ソフィーは泣いた。



俺は、どうにかしてあげたい、と思うと同時にいつかセバスさんとお風呂で話したことを思い出していた。


「ソフィーが王家としての教育を修了していない、俺に頼るかもしれない、正しき選択を」そう、言っていた事を。


…最近の勉強のおかげもあって、俺はついにその意味を理解した。



ソフィーは、優しい。でも、優しすぎた。


罪を罪と認め、罰を与えなければ成らない相手でも、共感できるものがあれば彼女は守りたがる。それも、必死になって。


それが、自分の信じる理想だから。


辛い過去がそうさせたのかもしれない。でも、彼女は乗り越えなくてはならない。


感情のままに罪を見逃さず、法に従い、時には感情を殺し、罪を裁く事を。この国の、為政者の義務として。


武器を持ち戦って居なくとも、為政者である限り誰も殺さずには居られない。


ソフィーは、その手を汚さなければならない。それが、ソフィーの修了していない事の一つだったのだ。



だから俺は、言葉で彼女を慰める事は出来なかった。


説明して、説き伏せたなら理解はしてくれるだろう。


だけどそれではきっと、心の何処かで納得する事ができない。


こればかりは、自分で気づいて、決めて、乗り越えなくてはならない。他人に言われてやるのでは、駄目なのだ。


だから俺には彼女を胸に抱いて、「何も言えない…ごめん」と謝りながら、眠りに就くまで優しく頭を撫で続ける事しか出来なかった。



翌朝、ソフィーは会談の詰めに向かい、決断し、認証印を押した。


俺が何も言えなかった訳を察し、理解していた。


ソフィーは、バルナム卿を自らの命令で殺すことを、受け入れた。



…だが、刑の執行の日程はおよそ1年後になった。


バルナム卿自身が刑に対して肯定的で、協力的であった上に、今回の騒動で彼が新しく生み出し用いた魔道具や技術は素晴らしく、それらの図面や仕様を残し、引継ぎを終えるまでは待つ、という事で皆同意したのだ。


今回の騒動で傍観に徹した為に出遅れた貴族連中も、自らの失態を罪に問われるのを恐れ、誰も何も言おうとしなかったが、いざ自分たちにも利益が得られるとなるとあれこれ様々な問題に目を瞑り満場一致で賛成、同意した。




くす、とまた笑いが漏れる。何が同意だ、と。




会談が終わった後の話だ。


様々な事後処理と1月も王都を空けた事によるたまった政務の山にソフィーが忙殺されている最中、順番に4人の男が俺の勉強を見にやってきた。


アーリントン卿、フェルブルム卿、フォワール卿、キャメル卿。


皆揃って同じ事を俺に教えて帰った。


4代目の<召喚されし者>が堅物で、捜査局を作り、取締りを恐ろしく強化した事と、


5代目の<召喚されし者>が、戴冠式で「お前はやりすぎなんだよ」と言ってやらかした事を。


4代目が捜査局を立ち上げた事ばかりが書かれ、5代目も他の偉業が沢山あった為、ほんの数行で、ぞんざいに纏められていた内容。


たとえ学んでいたとしても、しっかり気にかけて記憶していなければ、思い出すことは無い。




ふふ、っと笑いが漏れる。せめて示し合わせて一人が来れば良いだろうに。


彼らは皆同じ考えで会談の場を誘導し、あの決断を下させたのだ。



「ユート様、そろそろ…」



ショートカットの少女が、玉座の間の近くの部屋で待機していた俺の元を訪れる。


彼女の出で立ちは、正装です。と言わんばかりのドレス。だが、飾り気は少ない。パーティーではなく、式典用。


玉座の間はこの一月で<召喚の塔>の結界門共々修理が急ピッチで行われ、結界等は修復されていないものの、既に見た目だけなら事件以前の状態に戻っている。



「もうそんな時間なのか…呼びに来てくれてありがとうルーシア。それじゃ、行こうか」


「はい」



閉じていた目を開き、立ち上がる。


ルーシアがすっと足音も立てず俺の背後に回る。



歩き始める。


玉座の間へと。



今日は事後処理の為に延びに延びた俺の戴冠式。



俺は今日、王になる。



そして5代目の<召喚された者>が作った前例を利用する。




それは、「赦律」と呼ばれる特別な慶事の際のみ行える恩赦法。



4代目の<召喚された者>が小さな罪まで徹底的に取り締まり、捕まえに捕まえた大量の収監者を減らし、救済するために作られた特異な法。


勿論この「赦律」の恩恵に預かれない犯罪者は存在する。


だが、今のバルナム卿は国家反逆罪等の恩赦の適用外の罪に、実に上手い事に一つも問われていない。


つまり、やや重めであるが、普通の罪の範疇で、彼は死刑になった。


だからこそ、この「赦律」が抜け道となる。


俺がこの誰もが認める慶事である戴冠式で言い出してしまえば、彼の刑は減刑されざるを得ない。


勿論無罪放免と言う訳ではない。数十年の懲役、労役が課せられるのは避け得ない。


だが、少なくとも死刑では無くなる。


全く。


本当にあの4人の老人は上手い事若い二人を騙し、誘導した物だ。


国政を担ってきたのも伊達ではない。頼もしい限り。




…つまり彼らは分かっていてソフィーを追い詰めた。


そして一度決断を下したソフィーは、もう同じ様な事が有っても大丈夫。


一度自らの意思で乗り超えた精神的ハードルは、2回目以降は大した物ではないのだ。


だから、もう、救っても問題ない。



玉座の間に踏み込む。厳かな空気と集まった要人の量に、気圧される。


歩みを止め、見回す。


この一月で、少し痩せてしまったが、幾分か凛々しくなったソフィーが純白のドレスを纏い、満面の笑顔をこちらに向けている。


視線を巡らせる。やや露出の高いタイトなデザインの漆黒のドレスを纏い、角と尾と毛皮を隠し、人に化けたマール。その隣に……フィオ。


少し離れて真紅のドレスを纏ったメリアとエーリカさん達。


バルナム卿の父を再度含めた五大家の当主たち。


主だった貴族連中、諸外国の要人。


皆、俺達を祝福してくれる。



再び歩み始める。



…さぁ、行こう。


…救いたいものが、また、救えるのだから。

これにて3章は完結となります。ここまでお読み下さりありがとうございました。


次回からは4章「閑話」に…なる予定だったのですが、前々からご報告していた通り、仕事が忙しくここ最近全く新しく話を書けておりません… ですので暫くの間書き溜め休載に入ろうと思います。再開予定日を設ける事はしませんが、なるべく早く再開できるようにしたいと思います。ご容赦ください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ