8-7<ハイ・エンド>
「…? どうかしたのか?」
何か思い悩むような、複雑な表情を浮かべ俺を見つめるマールに確認する。
『いや、大きくなったのは良いのじゃが…これではおんしの頭に乗れぬ。せいぜい肩車しか、じゃと思うての…』
…不満はそこなのかよ。
でも結局無理によじ登ってきて、肩車をさせられる。
フィオを横抱きにして抱き抱えてるのに。
『よーし。出発進行じゃー!』
「………」
まぁいいか。じゃ、行こうか、と声をかけようと振り返り見ると、今度はソフィーが俺を複雑な表情で見ていた。
いや、これは俺じゃなくてマールをか?
視線がかみ合わなかったので思い直す。
「ソフィー?」
「! いえ、別に、その……えと、そう、…後で、私にも、おねがいします。」
声をかけると、ビクン! と過剰に反応し、何か取り繕うようにそう言った。
「…何を?」
「…その、それを。マールが……していることを?」
「………肩車を?」
「………はい」
恥ずかしいのか目を逸らし、消え入るように小声でそう言う。
…最近のお姫様はこの歳になっても肩車をご所望のようです。
そんな馬鹿な。
ああ、いや、まてよ?
ティーナにも出会った当初はそのぐらいの事は平気でやらされてたし、普通なのか? 姫様基準では。
…そうなのかもしれない。
「まぁ、構わないけど、人目につかない所で、ね?」
「……………そうでは、ないのですが」
「え?」
「いえ、何でもありません。そうですね。誰かに見られたくは無いです」
「そうだよね」
「………はい」
『ふふーん? まぁ、それもいいじゃろ。じゃが、子供に嫉妬とは、感心せぬぞ?』
「……………貴女が子供なものですか」
今度は恨めしそうにマールを睨み告げる。
その意見には同意だ。
「そ、そんな事より行こう? 王都も心配だし…それにここからじゃ神殿まで徒歩で1日ぐらいかかりそうだし…」
「そうですね。でも…きっと王都は大丈夫です。皆が何とかしてくれていますよ。それに私達も、ほら。」
ソフィーが指差す。その先にはセバスさんとバルナム卿の乗ったワイバーンが此方に向かっているのが小さくだが見えていた。
「どうやら帰りは徒歩では無く済みそうだね」
「はい」
やっと和やかに、二人で笑いあう。
今度こそ全ては終わった。レキにこそ逃げられたが、バルナム卿との会談は上手く言ったし、もうこれでクーデターは終わる。
…その時の俺は気づかなかった。
セバスさん達を指差した後に慌てて隠された彼女の指が、小刻みに震えて居たことを。
◆◆◆◆◆◆◆◆
とりあえず狼煙を上げておいてから、フィオの着けていた<拡声の首輪>を着け、効果範囲にセバスさんたちが近づくのを待つ。
念のためマールに索敵を頼んだが、どうやらモンスターの生息していた森は横に向かって抜けていて、既に普通の森になっていたらしく、危険はなかった。
「なぁ、マール。何であの時すぐ返事してくれなかったんだ? 生きてたなら何か言ってくれても良いじゃないか…ほんとに心配したんだぞ?」
そういえば、と思い出して聞いてみる。
本当に、本当に心配したのだから。
『擬体と言えど妾はおんしと違って痛みを感じる余地があるのじゃぞ? あそこまで派手に惨殺されれば失神ぐらいしてもおかしくは無かろうて…』
「「………」」
…失神していたのか。そりゃ返事も無い筈だ。
『いやはや、だがまぁなんじゃ。おんしも<勇者の剣>を持ち出す程怒ってくれるとは。冥利に尽きるものよ。』
「………」
そういわれると、少し恥ずかしい。
完全に我を失って神殿バラバラにしちゃったし。
「………今『ユートさんは痛みを感じない』と言いませんでしたか?」
ソフィーがマールの言葉に反応する。
『ん? ああ、その通りじゃ。頬をつねる程度の事ならば通るが、こやつには攻撃をしてもダメージを与えるのがおよそ不可能じゃからな。』
「…それも<強化魔法>ですか」
『こやつ専用のモノじゃがな。<勇者の剣><勇者の心臓><勇者の鎧>と称する3つのハイエンドがこやつには書き込まれておる。』
「そうなのですか…それは、他の人には?」
「使えないよ。」
主に消費魔力の問題で。
『うむ。こやつの魔力総量の99%以上がこの3つで埋まっておるからの。』
「……ユートさんの、99%?」
『うむ。』
「たまに、攻撃魔法等を使っていましたけど…あれは残った1%未満で使っていたのですか?」
「そうだよ?」
その辺りの説明は大まかだがティーナから受けている。
俺の体は勇者召喚の時生贄になった17人の術者と10体の魔族、そしてティーナの総魔力の9割を取り込む事で、常識では有り得ない量の魔力を宿した。
そしてその為に、初めて理論上だけの存在だった<勇者の剣><勇者の心臓><勇者の鎧>の3つの魔法が人に書き込まれたのだ。
ちなみに当初の名称は別の物だったらしい。勇者召喚にちなんで、そう名前を変換したそうだ。
きっと元の名前の方がカッコよかったんじゃないかなぁと思うことがある。ちょっとファンタジー過ぎる気がするし。
「………ユートさんの魔力総量はどれ程あるのですか?」
「さぁ、測った事ないからなぁ…」
そうこう考えていたらソフィーに聞かれた。
そういえば、分からない。
『教えてやろうかえ? 聞かなかったほうが良かった。と後悔するぞ?』
「…聞いてみたいです」
『ならば答えよう。ソフィー嬢。おんしの100億倍程じゃ。』
「……………冗談、ではないのですか?」
『大真面目じゃ』
「ですが、どうすれば、そんな…」
『ポイントは<勇者の心臓>じゃ。これが魔族を殺めた時に魔力を食らい、己の器に変換してしまう。』
「……そうだったのか」
…倒せば倒すほど魔力が上がったのは確かで、
<勇者の剣>もどんどん大きくなっていってたし経験値を稼いでLvUP。と言う認識だったのだが…
まさかもっと生々しい事が起こっていたとは。
『…おんしも知らなんだのか…まぁ、なんじゃ。ともあれこやつは魔族をほぼ、滅ぼし尽くした。そしてその魔族はその前に人を滅ぼしておった。魔族は人を食らい魔力を己のものにする。つまり、あの世界の、保有魔力を限界まで増強された人間の、さらにそれを食った強力な魔族の、全ての魔力はこやつに集まった。あの世界の人が持つ魔力のほぼ全てがこやつ一人に集結したのじゃ。ちなみに今の妾はこやつの0.00001%にも満たぬぞ』
「…なぁ、マール。なんか俺自分が怖くなったんだが」
『ほら、の? 聞かなかった方が良かったじゃろ?』
「…いえ、知っておいて損は無かったです。それに、他の誰かに聞かれなかったのは幸いです」
『くく、4人だけの秘密、じゃな』
「…4人?」
ソフィーと俺とマール。もう一人は…
『フィオ嬢も反応こそ出来ぬがバッチリ聞いておる』
「「………」」
俺の腕の中に居た。
『くくく、救う、と決めたからにはもう手放す事は出来ぬな? さらに重大な秘密まで知られてしもうた。これは大変じゃ。こやつも囲わねばならぬ』
「………何が、言いたいんだ?」
「…いえ、分かります。彼女も、後宮に入れろ。と言っているのですね?」
『その通り』
「………マール?」
『く、くく、後宮の女王はメリアなどには勤まらぬ。妾こそが相応しい』
「はあ、どうせそんな事だろうと思いましたよ」
「…」
『なんなら、ユートに張り付いていても良いのじゃぞ?』
「いえ、それには及びません。後宮の仕切り、お任せしますよ…ですが、お手柔らかにお願いします。どのような方々が集まるのか分かりませんし」
『承った。なぁに妾の目に敵う娘でなければ、早々に退散して貰うまでよ』
ソフィーが溜息をつき、マールがけらけらと笑う。
…なんだか俺よりマールの方がよっぽど国王に向いているような気がする。
やれやれ、と思い空を仰いだ所で、セバスさんたちの声が届いた。