8-6<治療>
「フィオーーー!!」
マールに弾かれたおかげで、一気に距離を詰める事が出来た。もう少しで、届く。
「捕まれ!! いや、捕まえる!! 手を、伸ばせ!!」
落ちるフィオに向かって叫ぶ。
「……どうして、放っておいてくれないの…」
振り向いたフィオのその顔は…笑顔では無く、泣いていた。
「五月蝿い! 俺は、救いたいものは、救うって決めたんだ!!」
「……」
「手を、伸ばせ!!」
「…………」
おずおずとだが、フィオの手が伸ばされる。もう肩口付近まで無くなってしまった腕が。
だがそれで、十分だった。
こちらに向かう意思が、少しだけ落下する角度と速度を変化させ、俺たちを近づける。
はためく袖の残骸を掴み、引き寄せ、抱き締める。
小柄だが、ふくよかな体がすっぽりと俺の胸に収まる。
「……折角…諦めた、のに。」
フィオが胸の中で小さく丸まり、ぽつりと呟く。
地上までは、もう数100mしかない。
落ち着いて、鞄を開き、もう一本の巨大な<女王螂の剣>製の剣を取り出し、魔力を込める。
タメは一瞬。
「降臨しろ! <勇者の剣>!」
逆手に持ち、地面に向け発動させた<勇者の剣>が伸びる、伸びる、伸びて、突き刺さる。
そして剣に念じる。徐々に切れなくなれ。と
地面に突き立った剣の抵抗が、段々と増え、減速を始める。
急停止は、可能だ。だがそんな事をすればフィオが無事では済まない。
「止、ま、れえええええええええええええええええええ!!!」
声をあげ、剣に意思を伝える。
強く、強く。
「救ってみせろ」と。
そして
地上約10m。ついに、俺たちは止まった。
「やっ……た!」
本当にギリギリだった。そのギリギリの賭けに俺は勝った。
フィオも、無事だ。
マールも、ソフィーをぶら下げたままバサバサと翼を羽ばたかせ降りてくる。
剣を、縮める。地面まで後数メートルになった所で解除、飛び降りる。
…今回は剣が崩れなかった。一瞬の発動になら、耐えられるようだ。
そうこうしていると、ぼて。とぞんざいにソフィーが地面に落とされた。
『流石にこの体では重いのじゃ…』
…まぁ、そうなのだろう。
哀れな感じに打ち捨てられたソフィーは、意識を取り戻していたようで、起き上がろうとしている。
助け起こしてあげたいが、今はそれよりも…
「―――<ヒーリング>」
急いでフィオに治癒魔法を施す。こちらの方が、不味い。
既に崩壊は肩に及んでいる。これ以上進行すると…死ぬ。
傷を塞ぐように急速に魔力を巡らせる…のだが、効かない。止められない…
「………ソフィー、ごめん、俺だけじゃ無理だ、手伝って!」
よろよろと、こちらに向かって歩いて来ていたソフィーに手助けを求める。
俺の下手糞な治癒魔法では無理でも…ソフィーなら。
「…わ、わかりました―――<治癒回生>………あ、れ? ―――<治癒回生>! ど、どうして…?」
ソフィーが治癒魔法を行使する。だが、その手からは治癒魔法独特の光は出ず、全く効果が表れない。
手元も、目線も震えている。
「おちついて、深呼吸して。混乱してるんだと思う。だけど今はそれは忘れて。フィオが危ないんだ。」
ゆっくりと、丁寧に言い聞かせるようにして、言う。
ソフィーの瞳が冷静さを取り戻し、すーはーと深呼吸を行う。
「――――――――<治癒回生>」
数回深く呼吸をし、今度こそソフィーの両手から治癒魔法が発動する。
だが、崩壊が止まらない。
「……無理です。私が書いた…だから、分かる。……もう私は助かりませ」
「黙ってろ!!」
ふざけるな、こんな結末は嫌だ。
治癒魔法を行使しつつ叫ぶ。それでも進行を遅れさせる事は、出来ているのだ。
『………』
「何か、何か手立ては、無いのか…」
歯噛みする。二人掛りの治癒魔法によって出血は抑えられるのに、パラパラと腕が灰の様になって崩れて行くのが止められない。
「………フィオさんを、…救う手立ては無いのですか?……………マール」
ソフィーが震える声でだが、端的にマールに聞いた。
『無くは無いが…の』
「知ってるのか? いや、知れるんだったか? なら…」
『ならば、どうするのじゃ? おんしに問えるのか?』
俺に、問えるのか?
マールに問うという事は、貸しを作るという事。
狭間の世界で俺は散々な目に合わされ、それからはマールに確認するのは軽い疑問程度だけにして極力問わない事にしていた。
…特に、大事な事は。
そしてここ最近に垣間見た得体の知れない様々な言動。
マールに大きな貸しを、作っていいのか?
逡巡する。だが、それも一瞬。
「教えてくれ! 何か、何かあるんだろ!?」
俺は問う、フィオの命に比べれば、そんなものは安い。
『…ふふ、ついに問うたか。じゃが問われたならば、答えよう。切れ』
「…切れ?}
『おんしの剣で、人の英知の剣で。そやつの体の術式回路と一体化してしまった全てを、魔法脈を、全て魔導心臓より切り離し術式を維持出来ぬほど切り刻め』
「そんな、事が?」
『できる。おんし次第じゃ』
出来る、のか? <勇者の剣>にそんな使い道が?
だが魔法脈を全て切るということは…
『むろん、成功しても全身不随じゃ。…治療は再び<生命強化>から始めるしか無いの』
魔法脈は働きこそ血管に近いものだが、その性質はむしろ神経に近く、かなりの部分が癒着している。
全て切リ刻めば…ただでは済まない。
そして俺が制御を過てば、<勇者の剣>は、フィオを消し飛ばす。
でも…
「…やるさ。俺の、責任だ」
俺が救うと決めた。だから、俺の責任で、やる。
ソフィーに治癒魔法を任せ、再び剣を持ち出す。
この剣で2度目の<勇者の剣>。発動せず爆散しても、おかしくは無い。
頼む……
「降臨しろ<勇者の剣>」
再び魔力を込められ、剣が<勇者の剣>を纏う。できた。応えて、くれた。
後はこの剣で、切る。
『余計な物を切るでないぞ』
マールが俺にプレッシャーをかける。
「大丈夫です。ユートさんならきっと、できます」
ソフィーが俺を励ます。
「行くぞ、フィオ」
「…………信じて、居ます」
返事を聞き、俺は全身を覆える程の厚みの刃に変化させた<勇者の剣>をフィオに向けて振りぬいた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
強引な手術は、成功した。
崩壊は止まり、即座に生命維持の為に魔法脈の代わりに、応急で魔方陣を書き込んだ。
血流や呼吸などの必要不可欠な部分を補い一命は取り留めたが、フィオはもう、瞬き一つすることは無い。
<生命強化>は施したが、恐らく最低でも1月はこのまま。その後元のように動けるようになるのに何時までかかるかは、分からない。
さらに完全に失われた両腕を治療し終えるのは、もっと先になってしまうだろう。
…俺とソフィーの為に、フィオはこうなった。
治るまでの面倒は、俺たちが見よう。
そう考え、フィオを抱き抱える。
治療を施している間にレキは飛び去ってしまっていた。
<ヴイーヴル>ももういない。追う事は、不可能だ。
帰ろう、神殿へ。そして、王都へ。
「行こうか、ソフィー、マール」
「ええ、そうですね。」
『………』
声をかけると、マールが複雑な表情を浮かべ俺の顔を凝視していた。