7-8<それぞれの戦い、玉座の間防衛戦3>
戦い続けること、さらに2時間程。
ひたすらバリケードを乗り越えてきた<人型>をしとめる事を繰り返していた最中に、爆発音が響いた。
バリン! と音を立て、今までの長時間を耐え続けた<竜王玉ロウススフィア>の障壁結界が、ついに限界を向かえ砕かれる。
「今の音は」
『聞き覚えがあるな』
「………炸裂弾だ」
それも恐らく、さっき捨てたもの。それが、爆発した。
まさか本当にあれが爆発するとは…
<槌持ち>が、狙って殴ったら爆発するかも知れない。そんな程度に思っていた。
それが、爆発した。
失策だったか…? いや、バリケードの向こうで爆発したのだ。かなりの数を巻き込んで手傷を負わせただろう。
障壁1枚と引き換えなら、安い。もう一度キャメル卿に張ってもらおう。
「誰か、キャメル…」
たったの5人しか残って居ない兵に指示しようとする。早急に障壁を張りなおしてもらう必要がある。
『お、おい』
「なんだ?」
トラの慌てた声に反応し、見る。ぼとぼとぼと。と数体の人型が、振ってきた。
既に事切れ崩れだしている物もいるが、ゆらり、と立ち上がるものも居る。
「爆風に乗って、乗り越えられたのか」
『そうとしか見えんぞ』
落ちた塊は幾つもあるが、立ち上がったのは3体。
見たところ、五体満足なのは居ない。
危なげなく始末できるだろう。
「…多少は仕方あるまい。何、俺の番だ。始末してくるさ」
『応』
ローテーションを変わり、前へと出る。
終わりはまだ、見えない。
◆◆◆◆◆◆◆◆
鋭く突き出された口腕をなんとかかわし、<竜王爪フランメルグ>を振るい、目の前の<人型>の口腕を切り取る。
当ったら最後の攻撃を幾度もかわすのは実に集中力を必要とする。
「今だ!!」
合図をする。
「こっの…!」「死ね!!」「はぁ、はぁ、はっ!」
3人の兵士が答える。最早槍はない。皆剣で切りかかり、<人型>の胴体を串刺しにして最後の一体をしとめた。
疲労も溜まっている。
負傷をし、治癒魔法で命をとりとめるも戦闘不能に成ったもの。
魔力を使い果たし昏倒したもの。
初期に魔力を使い果たしたものは復帰を始めたが、それでも徐々に兵力は減り、最早俺とトラを含めて7人しか残っていない。
完全な消耗戦。
このバリケードの向こうには、後何体居るのだろうか。
弱気に成りそうな心を叱咤し、再びバリケードの後方へと戻る。
時間は全然経っていないが、対応した数のせいで疲労がまずい。
それに指示の途中だった事をすっかり忘れて迎撃に出たせいで、まだ障壁結界が張られていない。
それの対応もしなくてはいけない。
…トラと入れ替わろう。
小隊と呼ぶのもおこがましい2部隊でのローテーション。
それでも、休めるだけまし。
『おう、交代だ。休めデュラン。しかし貴様も歳だろうによくぞこの長時間を戦えるものよ』
トラがのっしのっしと近づいて来て軽口を叩く。
「はっ、鍛え方が違うわ。妻と娘に王国最強を名乗られて、父の威厳を保つのは大変なのだぞ? はっはっは!」
俺も軽口で答える。
『それもそうか、確かに貴様の所の女供は皆勇ましいからな』
「メルはそうでもないがな!」
『……我輩の目にはメルディア嬢も怪しく映っておるがな…』
トラがすれ違い際にぼそり、と呟く。
「おい待て、それはどういうことだ、貴様、何を知っている?」
聞き捨てならない。太く長い尾っぽを握り、止める。
トラの全身の毛が逆立ち、ビクン! と反応する。
『いや、気にするな。単に目つきが母親そっくりになる時があるだけだ。あと尾っぽを掴むのはやめろ。敏感なのだ』
そう言ってブンブンと尻尾を振り、俺の手を振り切る。
…ちょっと面白いと思ってしまった。……疲れているな。
「メルは髪の色こそ俺の色だが顔立ちも身長もエーリカ似だ。不思議か?」
『あのときの、エーリカ殿。いや、エーリカ姫の目だ。想像が付くだろう?』
「………」
エーリカ「姫」あの時。つまり一番ご機嫌な時だろう。想像してみる。
「いやいやいやまて、あの目は色々やばい。メリアもたまにするが戦闘狂の類の目だぞ?」
『応。その通りだ』
「そんな目をメルが?」
『していた』
「ほんとうに、か?」
『我輩の目は節穴ではない』
「………」
そんな馬鹿な…メルはずっと荒事とは縁の無い生活をしていたはずだ。
王都の貴族学園の幼年学級を卒業し、高等学級に就学している。
まだ卒業こそしていないが、既に何処に嫁に出しても恥ずかしくない淑女に育ったはずだ。
だが、だが、
一抹の不安が捨て切れない。
脳裏によぎるのは「血は争えない」「カエルの子はカエル」
などと言った言葉。
『ま、貴様の娘だしな』
「おいまて、俺の影響だというのか?」
『当然、両方だ。フッフッフ』
「全く…」
やれやれと思って手をヒラヒラさせて追い払おうとした、その時だった。
今まで一番大きな轟音を立てて、バリケードが打ち抜かれ、がらがらと崩れる。
何が、起こった? 慌てて視線をめぐらせる。
もうもうと巻き上がった砂煙の中、中央部を盛大に崩されて高さが当初の半分ほどの小山となったバリケード上、
そこに居たのは、身の丈3m程はあろう巨大な異形の<人型>
しかし何処かおかしい。普通の形ではない。
思い当たる。あれは…トラとは違うタイプだが、獣人が<獣化>した姿そっくりだ!
「馬鹿な、ではあれは<人型>が<獣化>したのか?」
呆然と、呟く。
そんな話は聞いたことも無い。獣人と言えど<人型>に成ってしまえば皆同じだったのに
『糞っ! 今更なんてものが出てくる! おいデュラン!! ぼっうとするな! アレは我輩が抑える! お前の剣でやれ!!』
「できるのか!?」
『やるしか、なかろうが!!』
「そうだな!!」
『貴様らはこの隙に侵入するかもしれぬ普通の<人型>に対応しろ!!』
叫ぶと同時にトラが猛然と駆け、<異形の人型>へと肉薄し、襲い掛かる。
だが、<人型>も器用にそれをかわし、バリケードの残骸から柱の残骸らしき巨大な岩の塊を持ち上げ、投げつける。
『器用な…! <猿人型獣人>が変化したか!』
あの調子で柱を使い、大質量を持って砕いたのだろう。もしかしたらバリケードの向こうに破片で階段が出来てしまっているかもしれない。
…しかし、そんなものは動かない壁だから当てられただけに過ぎない。
巨体を翻し、ひらり、ひらり、とトラが一撃必殺の一撃をかわす。
そして一瞬の隙を突いて飛び上がり、その太い前足と爪で覆いかぶさる。
うまい。首尾よく押し倒し、両腕の根元をがっちりと押さつけえた。
『今だ!』
言われなくとも、その隙を逃しはしない。<竜王爪フランメルグ>が押さえ込まれた腕を肘の辺りで殆ど抵抗無く切り離す。
反対側の腕も、切り離す。後はとどめ、だ!
「トラ! とどめを刺せ!」
『ゴブッ』
<異形の人型>を押さえつけていたトラが
血を、吐いた。
…何が、起こった?
トラの体が縮む。
獣化が、解けていく。
そこで初めて、気づいた。
トラの喉に、首を長く伸ばした<異形の人型>の顎ががっちりと噛み付いている。
<無頭型>では、無かったのだ、
「う、おおおおおおおおおおおおああああああああああ!!!!!」
絶叫し、そのまま横合いから飛び掛かり、頭に剣を突き立て全身で体当たりをしながら、捻じる。
その衝撃で起き上がろうとしていた<異形の人型>はトラから口を離し倒れる。
「トラ! トラ!!」
慌てて解き放たれたトラを見る。
まずい、意識が無い。
それにこの出血速度、頚動脈を切られた。
治癒魔法が、今すぐ要る。
傷口を両手で圧迫し、集中力を限界まで研ぎ澄まし、詠唱。
「―――――――<治癒回生>!!」
なけなしの魔力で治癒魔法を発動する。
急げ、急げ、急げ、急げ!
血を戻す事など後回しに、これ以上の出血を防ぐ為切られた頚動脈を繋ぐ。
時間は、ほんの数十秒。トラの瞳に意思が、宿る。
気管に流れ込んだ血を抜き、傷口を応急だが塞いでいく。
…間に、合った。
こんなに高速で魔法が発動できた事があったろうか?
驚きと共に、気が抜け、どすんとその場に座り込む。
「ははは、…貴様、俺より先に死ねるなどと…思うなよ!」
「ゴフッ、ゲボッ! …馬…鹿…野郎がっ!!」
感極まっていた俺をトラが裏拳気味に思いっきり殴り飛ばす。
「がっ…」
何を? と、思った瞬間、先ほど両腕を切り落とし頭を貫き倒したはずの<異形の人型>の顎が、
ガブリ、と一瞬前まで俺がへたり込んでいた、その頭部があった所に裏拳気味割り込んだトラの左腕に食らい付いていた。
「気を…抜くな!! 早く、こいつにとどめを刺せ!!!」
「応!!」
<異形の人型>の頭に突き立ったままの剣の柄を掴み引き抜き、そのまま首を刈り取る。
ズ…ンと再び巨体が倒れ伏し、今度こそ、崩れはじめた。
「すまん、トラ、助かった」
「ぐ、…何、我輩もあまりに上手く押さえつけられたものでつい気を抜いてしまったわ」
「ふふ、ならばお互い様という訳か」
「遺憾だが、な」
ふらり、とトラが立ち上がる。<異形の人型>に噛み付かれた左腕はだらりと垂れ下がっている…折れたようだ。
「トラ、下がれ。治療を受けろ」
「そうは行かしてくれそうにない」
トラが見つめる先を見る。
そこには、今まさに悠々と進入してこようとしている…<人型>。
数は………6体。
「ふ、なんともはや」
「応。正念場だ」
兵たちにはもう剣しか武器は無く、魔力も尽き、今立っているのは我々7人。
だが、まだだ。俺は諦める訳には行かないのだ。
剣を構え、すぅっと息を吸い、吐き出すと共に声に変える。
「来い! 化物ども! この俺の命ある限り、ここから先には一匹たりとも通しはせん!!」
「応とも、我輩の命もだ!!」
トラも続く。
「ベルム王国陸軍総帥、アーリントン家第16代当主、デュラール=ミラ=アーリントン……」
「ベルム王国捜査局総監、フェルブルム家第18代当主、レイモンド=ミラ=フェルブルム……」
「「推して参る!!!!」」
名乗りをあげ、啖呵を切り、駆ける。待ちなどしない。
そうだ、何時だって、攻めて、攻めて、攻めて、活路を切り開く。
俺たちは、そうやって戦場で生き抜いて来た。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「があああああああああああああああああ!!」
バリケードの残骸を乗り越え、6体の<人型>がバラバラに飛びかかってくる。
丁寧に無力化してとどめを刺すような戦いはもうやめだ。一撃で、仕留める。
その一体を、真正面からすれ違い様に口腕をかいくぐり、懐へと潜り込むようにして胴を真っ二つに切り裂いた、その時だった。
ふわり、と場にそぐわぬ甘い匂いのする風が吹いた。
その直後バラリ、と真っ二つに切り裂いた<人型>が胴だけでなく、全身をブツ切りにされて砕ける。
トラが殴りかかったものも、砕けている。
さらにバラリ、バラリ、バラリ、バラリ、と残りの<人型>もバラバラになる
何が、起こった? いや、この切り口は…
「ふふふ、ああ、久しぶりに聞けましたわね。あなたの勇ましい言葉を。たまりませんわ」
馬鹿な、この声、は…
聞き覚えの有る、艶の篭った、熱に浮かされたような甘い声。
そんなことはありえない。
だが、その有り得ない筈の人物がバリケードの残骸を軽々と飛び越え、こちらにやって来る。
「間に合いましたわね。あなた。ご無事でしたこと?」
「馬、鹿…な…エーリカ? 何故、ここに…?」
「あらあらご挨拶ですこと。わたくしがあなたの危難に駆けつけないでいられるものですか」
「………」
そんな馬鹿な。エーリカの病状は深刻で、最早戦えるような状況ではなかった筈だ。
ここに来られる筈が無い。
『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア』
二人して呆けて居る内にエーリカの背後から<人型>が新たに乗り込み、襲い掛かって来ていた。
飛び掛ってくる<人型>に剣を握り直し、迎撃しようとする。が、それをエーリカに槍で防がれた。
「無粋ですわね」
ぶん。と槍を持たない腕が振るわれ風が起こる。
と、同時に<人型>がその場で急停止、さらにばらりと切り刻まれ、砕ける。
その手に握られているのは、銀地に鮮やかな蒼色で模様が描かれたごく一般的なサイズの扇。
だがそれはエーリカの魔道武具<十重刃扇・凰>。それも完全展開されている状態のサイズ。
10本の多刀刃が1枚に付き数本の竜髭で繋がれた、伸縮自在で操作自在の中距離斬撃用<魔道武具>
両手に<鳳>と<凰>を持ち、戦場で舞い踊るかのように敵を切り刻み、風を纏って血風を巻き起こす。
それが、全盛期の、前代の王国最強の名を欲しいがままにした戦場の舞姫の戦闘スタイル。
これを完全展開で扱えるものなど、他に存在しない。
「あらあら、トラちゃん、重傷ではありませんか…」
そうこう考えている内に、エーリカが折られたトラの腕を見止め、治癒魔法を発動する。
見る見るうちにトラの腕や体の傷が癒えていく。
「ほら、あなたも」
「あ、ああ」
今度は俺が治療される。
傷が癒えていく。夢ではない。
「く、くく、く、く、…まさか、まさかこの局面で<血風纏う舞姫>が助けに来る、とはな!」
「あらあら、トラちゃん。今はもうわたくしは人妻ですのよ? <舞姫>だなんて、おこがましいですわ。例えるならそうですわね、舞…婦とかかしら?」
…うーんでもちょっと微妙ですわね? と首を傾げる。
「どちらでも良い! おまえ、<召喚の呪い>は…」
「完治しましたわ。ええ、それこそどうでも良いことですわ。わたくしはここに居て、戦えます。あなたも今はやるべき事が有るのでしょう?」
「そんなまさか…いや、そうだな、その通りだ」
そうだ、驚いてばかりなど、居られない。
そんな俺をエーリカは望まない。
気を引き締める。
「うむ、話など全て片付けた後で構わん。ふふ、何という日だ。血が滾って仕方ない! …さあ、20余年ぶりに背を貸すぞ、おてんばな妹姫よ…<獣化>!」
再びトラが<獣化>する。
「あらあらまあまあ、妹姫だなんて。それはまた、娘時代を思い出しますわ。でしたらあなたも、あの頃のようにお願いできますわね?」
「無論だとも」
そう言って<獣化>を済ませたトラの背に跨り、エーリカに手を差し伸べる。
差し出された俺の腕にそっと手を乗せ、エーリカもひょいっと飛び上がる。
「では、お背中をお借りしますわ。それと、はい。これはあなたの槍ですわ」
腕の中に横抱きにすっぽりと納まったエーリカから槍を手渡される。
二人の結婚祝いに「いつまでも二人で揃って戦い抜けますように」と誓いを込め、
わざわざ改造し大戦斧にできるようにしていたエーリカの扇と俺の槍。
亡き父から<竜王爪フランメルグ>を家督と共に受け継いでからは二人の寝室に飾っている時の方が長くなってしまっていたこれを。
持って来てくれたのか…小柄なエーリカにはこの槍は扱い辛かったろうに。
それでも俺のために。
ジン、とこみ上げるものがある。
だがそれは飲み込み、槍を握り、脇に挟む。
兵に借りた槍とは違う。圧倒的なまでの安心感。
「うふふ、まるであの初めての戦場のようですわ…」
『応、まさにあの時の、ルイン平原の戦いの焼き写しよ』
「ならばこの戦、勝ったも同然だな」
「ええ、さぁあなた。往きましょう、メリアも、メルも待っていますわ」
胸に抱いたエーリカが指差し促す。未だ砂煙の舞う崩れたバリケードの向こう。
聞こえる。兵士の戦う声が。
エーリカが連れてきた兵がこの残骸の向こうで戦っているのだ。
…援軍は来た。気力は満ちている。この腕に大切なものがある。
ならば100人力、いや、我ら3人が揃えば万人の敵だろうと退けられる。万人力だ。
「ああ、往くぞ!トラ!」
『応!』
トラが高らかに吼え、俺たちはバリケードを乗り越えた。