7-7<それぞれの戦い、玉座の間へ2>
ここまでの戦いで観察し、<人型>について幾つか新たに分かった事がある。
まず一つ。明らかに<人型>は目で見ていない。
足下に出来ていた些細な段差に躓くもの、柱に激突するもの、壁をずっと叩いているもの。
どれも同じ行動原理。彼らの探知能力がどういうものかは分からないが、
兎に角障害物が有っても気づかずに、ひたすら真っ直ぐ得物を狙っている。
そして、もう一つ。
近づかない限り、こちらに攻撃を仕掛けてこない。
玉座の間に向かう道中の敵の反応は、目的地に近づけば近づく程鈍くなった。
最も近い得物を狙うのは知っている。
だが、遮蔽物の無い方向に敵が居るのに、そちらには見向きもせず遮蔽物の向こうの敵を追うとは知らなかった。
ただ、こちらに来ないなら遠くから倒してしまおう、と一度攻撃を加えてみて判明したのだが、ひとたび攻撃を受けると狙う得物を変更し、攻撃を受けた方向へと襲い掛かる。その際には周囲に居たものも同調する。
どれも実に単純な行動だ。
地上に降下して数10分。
道中はおよそ10匹程度の<人型>と遭遇する程度で、私達はあっさりと玉座の間の数100m手前にたどり着いていた。
玉座の間の入り口にはバリケードが築かれ、物凄い数の<人型>が集まってる。
…少なく見積もっても、150は下らないだろう。
だが今はこちらに見向きもしない。
バリケードの向こうの方が人数が多く、此方の方が距離がある為だ。
…さて、どうする?
攻撃すれば、どれほどの人型が向かって来るか分からない。
全てが同時に向かって来れば、流石におしまいだ。
遠距離から特大威力の魔法で吹き飛ばす…のはお姉様の得意分野。
障壁や治癒専門の私や、そもそも魔法の詠唱、制御が苦手で魔道具に頼るお母様では効果が見込めない。
兵に撃たせるにしても、数が多い。
<十重刃扇・鳳>をお母様に返し、その最大威力を持って削ってもらう…?
難しいか。この魔道具は一度に複数の敵を倒す事が可能だが、その数には限りがあり、1回倒すのにもタイムラグを生じる。
だから二つを持って補うのだが…それでも足りない。
かつてその穴を塞ぐ重要な役割をこなした2人の人物は、バリケードの向こうで奮闘中だろう。
相手が本能で動いているので対策は立てやすいのだが、如何せん個々の身体能力の高さが不味い。
一撃で戦闘不能にされかねない相手に雪崩のように襲われてはひとたまりもない。
逡巡する。いつまでも考えて居ては居られない。
と、状況を観察していた視界に何か人の頭大のモノが捉えられる。
あれは…そうか。
何故あんな所に転がっているのかは知らないが、都合が良い。利用しよう。
作戦を決定する。
「…ベル。<風槌の腕輪>はありますか?」
「ありまスよ?」
「お貸しくださいまし。」
「いいでスよ? でも、これ、殺傷力が無いでスよ?」
「問題ありませんわ。」
「そうでスか? …はい。どうぞ。」
ベルから<風槌の腕輪>を受け取る。
これは魔力を込める事で風の塊を作り、遠距離で殴りつけるように使うことが出来る<風槌>を発生させる魔道具だ。
だが基本は牽制、制圧用の非殺傷武器。捜査局の兵はほぼ全員が持っているが、それ以外の兵はまず持たない代物。
…だからこそ都合が良い。
「…中央はわたくし達とお母様。その左右で2組の3列横隊、さらに斜め横隊、その後方向転換、中央を臨むように30度。鶴翼と似ていますが微妙に違います。注意を。」
指示を受け、兵達が素早く方円を3列横隊に変更する。
僅か4、5秒で組みあがる一糸乱れぬ横列…見事な物だ。言葉使いこそおかしいが、錬度は本物。
流石はお姉様の率いる精鋭か。
「全体、5歩、外側へ。さらに間隔をもう一歩ずつ開いてください。そして2列目、外側に向かってさらに一歩。1列目の真後ろでなく、前の二人の間に入ってください。」
指示を続け、およそ70人の兵士が陣形を組み上げたところで、お母様を伴って前に出る。
真上から見るとやや開けた「逆ハ」の字。だが中央の私達3人とお母様は独立し、突出している。
すうっと息を吸い、長い説明を始める。
「まず、中央からわたくしが一撃を加えます。そして、あの集団を吹き飛ばし、一旦分散をさせます。
あわよくば、いくらか始末も出来るでしょう。
その隙を突いて、陣形を崩す事無く進軍。敵が此方に向かって来たところで、停止。
その後横並びになった1列目の方が、わたくしの号令に合わせ魔法を平行射撃なさってください。
1発で構いませんわ。それと狙わないでください。外れはしません。
1列目が撃ち終わりましたら即座に2列目と入れ替わって、3列目の方の後ろへ下がって再び射撃の準備をしてくださいまし。
さらに号令をしますので、それに合わせて2列目の方が一撃を。その後、1列目の方の後ろへ。
3列目の方も同じ手順です。状況次第でそのままローテーションします。
いいですか? 要になるのは決して狙わず左右の隊で十字に射撃が重なるよう真っ直ぐ前を撃つ事です。
わたくしとお母様が狙われても、援護は必要ありません。」
皆が、声を上げず力強く頷く。その顔にはこの作戦の効果の程を理解した、という色が宿っている。
…過剰に詳しく説明するまでもなかったか。
「なかなか、面白い陣形ですわね。」
お母様がそう評価する。
「…<召喚されし者>の母国で「ジュウベエ」とおっしゃられる方が運用なさった、と言う中距離での殲滅用の陣形ですわ。射線の重なる部分に入ったが最後、生きては出られません。…最も、魔法ではなく銃を使ったそうですが。」
「銃、ですか? …あんな欠陥品を?」
そう、欠陥品。天候に左右され、メンテナンスに異常な程手間がかかり、その癖威力も射程も命中率も連射性能もどうしようもない。
しかもモンスターには殆ど効果をなさない完全に対人用の武器。なのに派手な音が出てしまい、暗殺にも適さない。
さらには指定通り鉄で作るとよく暴発事故を起こすので、より硬い<魔鉱石>で代用したため製作コストもかなり高い。
歴代の<召喚されし者>の数名がやたらと拘り、作らせたものの、対物理障壁1枚で無効化されると知りお払い箱になった。
魔法や魔道具を使ったほうが良いのだからどうしようもない。
最近は「魔力を使わず威力のある中距離攻撃ができる」という事で空軍が何とか欠点を改善できないか研究しているらしいが…
…日の目を見るのはまだまだ先でしょうね。
思考を振り払い、お母様に説明の続きをする。
「ええ、彼らは高い魔力量を持っていますが、魔法が一切使えない世界の出身…魔道具も無ければ攻撃魔法も無い。苦肉の策だったのでしょう。ですが…それ故に練られています。」
「成る程。…貴女の兵の運用はあの人やメリアとは大分違いますわね…なんといいますか……えげつない?」
「・・・・・」
酷い評価だった。
「ま、まぁ兎も角、わたくしはどうすれば? 見たところ、エサのような気がするのですが?」
気のせいですわよね? と言う。
ははは。残念ですが、お察しの通りですわ。
「その通り、ですわ。」
「・・・・・」
ごめんなさい。
「で、ですが最低限突破してくるものを討つ程度ですので。わたくしも援護しますし、だいじょうぶですわ。」
「………まぁ、いいですわ。やってやりますとも。」
「それでは総員、魔法による射撃の準備を。得意なモノで構いませんが、できれば貫通力の高いものが好ましいですわ。」
「「「「「了解です!!」」」」」
良い返事ですわ。と思いつつ次はベルに話しかける。
「ベル、対魔法障壁を私達の前面に。恐らく間違いなく<魔法使い>も居ます。兵の魔法を障壁の内側で受けないよう、サイズは注意してください。」
「………了解でス。頑張りまス……苦手でスけど…」
…それでも、やって貰うしかない。
「お母様、初撃の余波で味方に被害が出ぬよう、対物理障壁を水平広範囲に。皆の身長程度のものでかまいません。」
「…」
渋い顔をされた。
「初撃の余波を防いだらとっぱらって頂いて構いませんわ。どの道なだれ込まれますし。」
「…了解、ですわ。」
このぐらいの範囲ならばお母様の制御力でも強引に張れる筈だ。
「カーニスさん。貴方にはこの作戦が上手く行けば重要な仕事が有ります。万全の状態で行けるよう、待機を。」
「応。まかせとけ」
相変らずの返事。
…もう慣れましたわ。だから何も…思いませんことよ…?
「では、始めます。」
そう言って<風槌の腕輪>に魔力を込め、詠唱省略をし、<風槌>を何時でも打ち出せるようにする。
今回は普通に魔法を打ち出すのではなく、発動言語を放ち、操作しなくてはならない。その為の下準備。そして、
…ここからが、腕の見せ所。ですわ。
「―I Rasther et Amot spmos Gronlez-vondm―」
詠唱する。
「―Hrid Leour bill, sndwhirldn poand mrex ttoura avend―」
大破壊は産めないが、ピンポイントでならわたくしでもそれなりの威力が出せる。
「―Be tuis Je swist firrme rl menly shpet suistr ant―」
狙いは、あそこに転がっている、あれ。
「―Eraon an ot Alen Perugh po bloup―」
人の頭程のサイズの、空軍の空爆用兵器、炸裂弾。
「―Crzries oubt shtndmash Je einrte fera Gahutte―」
詠唱を終える。一番難しい段階はここだ。一息に、完璧に、こなしてみせる。
「<風槌>!! <破城槌>!!」
二重魔法。使えるものは使えるが、それなりに上級の技術。
先手を打って唱えられた<風槌>が地面を這い、抉りこむように曲がり、炸裂弾を弾く。
弾かれ、浮き上がり放物線を描くその位置は、敵集団の、背後の、ど真ん中ややこちらより。
狙い通り。
さらにそこで敵の頭上で形作られていた巨大な風の塊がねじれ、先端が尖り杭のような形状になる。
<破城槌>本来水平に向けて発動させるものだが、今回は垂直に落す。
ガン、ガ、ガン、と音を立てて炸裂弾が転がり、狙った位置へと到達する。
「お食らいなさい!!」
叫ぶと同時に<破城槌>が真上から突き刺さり、炸裂弾が<人型>の群れの直背で大爆発を起こす。
流石の威力。もうもうと砂煙を上げ、一瞬で塊だった<人型>が飛び散り、バリケードに、壁に、天井に叩き付けられ、散り散りになる。
何体かは確実に戦闘不能に持ち込んだはずだ。
「いきますわよ! 駆け足、前進!!」
炸裂弾の余波を対物理障壁が受け止め、消滅したのと同時に進軍する。
これで<人型>はこちらに反応する。こちらに向かってきたところで…
「全体、停止! 射撃用意!」
突出した私とお母様に向かって爆発によって散った<人型>の内、こちら側に吹き飛び、比較的軽軽傷で済んだ連中が向かって来る。
引き付け、最大限の効果を成すべき、所で………今だ!
「撃ちなさい!!」
「<大地棘>」「<氷槍>」「<水流飛刃>」
「<雷槍>」「<疾風断刃>」「<氷槍>」
発動言語を受け、魔法が打ち出され、突入してきた<人型>の第一陣、およそ10体が倒れる。
流石精鋭、分かっている。全員が発動言語を放った事に感心する。
魔道具を使用すると魔力消費がやや多くなる。この作戦の肝が1発でも多く打ち続ける事と看破したのか。
素早く陣形が入れ替わる、間髪居れずに敵は迫る、だが、まだ少ない。多く巻き込みたい。
だから、多少突破される事になろうともタイミングをずらす。
「撃ちなさい!!」
「<疾風断刃>」「<氷柱飛針>」「<炎槍>」
「<尖土柱>」「<氷槍>」「<水流飛刃>」
2列目から魔法が放たれる。狙い過たず敵集団を補足。2匹突破されたがその分10匹以上を確実に潰した。
よし、良いですわ。
良くぞ、前の2匹に釣られて射撃方向を変えたりせずに撃った。
釣られていれば10匹も倒せていなかっただろう。残ったに2匹は危なげなくお母様が縛り、切り裂く。
さらに隊列が入れ替わり、3発目を、撃とうとした所で異変が起こった。
『ル、ウ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
砂煙でうっすらとしか見えないが、バリケードの極近くで特大の咆哮を上げた一匹が立ち上がり、こちらに向かわず、廊下にあった柱を掴んでいる。
「撃ちなさい!!」
第3射、今度も10数匹を始末した。
だが、奥のあれが気になる。炸裂弾の余波を受けて敵は全て私を襲ってきておかしくない筈なのに、あいつは何を、している?
隊列が入れ替わり再び1列目が先頭に来る。詠唱は、終わっている。
引き付ける。 だが、全体を見渡すのを忘れない。
「射撃体勢を維持しつつ、微速後退!!」
予想以上に圧力が高い。
<魔晶石>、<魔鉱石>には躓くのだが、崩れる前の死体を、倒れた<人型>をかわしてくる。
敵の突撃に合わせて後退する。
「撃ちなさい!!」
4射。さらに後退しつつ、隊列が入れ替わる。
『オ、オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』
先ほどの異常な行動を取った、<人型>が、猛烈な速度で巨大化し、柱を、砕き、バリケードに叩き付ける。
「なっ!?」
『<獣化>か!?』
カーニスが叫ぶ。そういう、事か、つまりあの<人型>もカーニスと同じ。
重傷を負ったことでリミッターが外れ、その本来の力を最大限引き出す事に成功する資質を持っていた訳か。
直径2m強、長さは10mを軽く超える石柱が、バリケードを襲い、砕け散る。
「う、撃ちなさい!!」
しまった、遅れましたわ!
不意に起こった状況に驚き、一瞬遅れる。突破したのは、5体。
まだお母様だけで、始末はつけられるだろう。だが、
問題は向こうだ。起き上がる<人型>が進行方向を2つに分けてしまっている。
…下がりすぎた。さらには先ほどの一撃でバリケードの上部が大きく倒壊、柱の破片による道が出来上がっている。
中に、入られる。
「撃ちなさい!!」
しとめたのはわずか5体。
「撃ちなさい!!」
隊列の入れ替わりを見届け、間髪入れずに次の一撃を撃たせる。
圧力が、高すぎる。
後退を、止められない。
「撃ちなさい!!」
そうこうするうちに<人型>がバリケードを越えて進入していく。
このままでは、お父様達が。
…やはり、やるしかない。
「カーニス! 出番ですわ! お母様をバリケードの中へ! 貴方の俊足なら出来るはずです!!」
ベルを抱え、その背から飛び降り、指示を、下す。
返事をするのももどかしい、と言わんばかりに巨狼と化していたカーニスが突撃し、最前線のお母様が背後から迫ったカーニスの、その首根っこをとらえ、乗る。
「撃ちなさい!!」
…これで直接の守りは無くなった。もう、わたくし自身が、戦うしか…ない。
兵達も既に9度、一人当り3度の魔法行使。
彼らが対モンスター用の威力を持った魔法の撃てる数は、およそ10前後と事前に聞いている。
失神させる訳には行かないから、ここまでに障壁等で使った分を差し引いて、予測される限界は6、7。半分使い切った。
そして最大の戦力は、送り込んだ。…正念場、ですわ。
カーニスが敵の真っ只中をつっきり、バリケード前で飛び上がり、その背を蹴ってお母様が単身バリケード内へと突入したのを見届け、
私は正面に迫る弾幕を突破した<人型>1体に向け、展開した<十重刃扇・鳳>を振るった。