7-5<それぞれの戦い、玉座の間へ>
「…そうですか、空は、メリアに暫く任せても良さそうですね」
あと少しでお姉様が暴れる空域にたどり着く、と言ったところでお姉様から現状の報告が届いた。
「ええ、そのようですわね。お父様が心配です。急ぎ、降下しましょう」
お母様の提案に賛同する。
聞いた限り、状況は不味い。
城門を閉ざしたのはマニュアル通りなのだろうが、そのせいで城内はかなりの長時間援軍の見込めない戦闘を強いられる。
さらに詳しい数は不明だが、推測するに指揮監督と空軍以外の兵達への抑圧の問題から王宮内の兵数は、<人型>の方が多い可能性が高い。
モンスターの中でもかなり弱い部類の<人型>だが、それでもモンスター。
急ぎ、向かわねば間に合わないかもしれない。
「では、ここからは貴女が指揮をなさい。次期アーリントン家当主となるのは貴女になるのですから」
そうやって分析と推測をしていると、お母様が口を開いた。
………え?
「え、えええ!? で、ですがわたくしは軍人ではありません! お姉様と違って階級だってもっていませんわ!」
真面目に戦況を分析していた所に、唐突にお母様から放たれた爆弾発言に声を上げて困惑する。
「今は緊急事態です。それに次期アーリントン当主となれば既に少将クラスの階級が約束されてますわ」
確かに、当主になるとなれば自動的にそうなるのも、その通り。その通りなのだが、
そもそも私はお姉様と違って、ただの貴族の子女としての教育しか受けていない。なので当然軍には所属したことが無い。
お姉様はもっと小さなころに自ら志願し、武功を立てて破竹の勢いで階級を上げていった。
言わば実戦でのたたき上げ。
戦歴に伴う信頼がある。
お母様だって14歳で初陣を飾り、その後も幾度と無く華々しい大戦果を上げていた。
私は何も無い。お母様と、お父様と、お姉様と…比べるまでも無い。
何故、そんな私にこんな場面での指揮をなんて?
誰か、他に、と思い慌てて後ろを振り返る。
後ろに居るのはおよそ150程の兵士と、ワイバーンを拝借し無理矢理ついて来たベル。
…今回の作戦の人員は、陸軍でも選りすぐりの兵士数10名と、お姉様の率いる特殊任務隊の隊員。
陸軍が誇る、最高の練度の兵士たち。
なのだが、あまりにも実戦部隊のみを連れてきていたので小隊長級こそ居るものの佐官等上級仕官の兵士が、指揮官級が一人も居ない。
そもそもその役目はお母様と、お姉様が担う事になっていた。
「それに知っておりますのよ? 貴女が趣味で、などと言うのもおこがましい程に勉強をしている事も」
「…」
さらに、お母様が言葉を続ける。
「まぁ、わたくしが指揮官などという面倒な役回りをやりたくない。という側面もありますけどね。ふふふ」
「お母様………」
だってそういう役回りはあの人やメリアの領分ですもの。と言ってわざわざしなを作って笑う。
こんな時に、なんて事を…いや、元々こういう人だったか? 記憶を探る。…思い当たらない。
どうやら私の知らないお母様はまだまだ多いらしい…
「で・す・が、愛しの彼を捕まえるのに、アーリントンの家督はこの上ない武器になるでしょう? そしてその為には家督に恥じない娘である事を示す必要がある筈です」
さらに続けられたその発言にどきり。とする。
「…お、お母様? もしかして知っているのですの?」
「バレバレですわ。…メリアに遠慮していたのでしょう?」
…気づかれていた。趣味の事もだが、既に目をつけた人が居た事までも。
そんな素振りは見せていないつもりでしたのに…
「…その、お、お姉様や、お父様は…」
「気づいて居ない、でしょうね。わたくしだから分かったのですよ?」
貴女の好みなどお見通しですわ。とお母様が笑う。
「…」
「覚悟を決めなさい。今日から貴女がメルディア=ルグス=アーリントンです」
「…はい」
そうだ。お姉様が「後宮に入る」と言い出したからにはこうなる事は分かっていたはずだ。
今日からは私がルグス(第一継承者)になる。
無理は承知で、それでも憧れていた地位。
「全軍、聞こえますわね? エーリカ=アム=アーリントンですわ。これより指揮をメルディア=ルグス=アーリントンに任せます」
にわかにざわめき立つ。仕方ない。この大事な局面で指揮官を軍人でも無いこんな小娘に託す、というのだから。
ですが、
そっと自分の口元に触れる。ああ、やはり。
緊張感はある。プレッシャーも物凄い。なのに、なのに、
笑みが抑えられない。
喜んでいる。楽しんでいる。
やはり私もアーリントンの、お母様の娘だったようだ。ならば、もういいだろう。
ここからは私も遠慮はしない。自らの全身全霊、全てをかけて、自らの欲するものを掴み取りに行くまでだ。
母に憧れ、父に学び、文献を漁り、ほぼ暗記するほどに大好きで、
だからこそ想像だけでは我慢する事ができず、秘密裏に様々な識者、経験者に教わった。
私の中の戦争の記録を。
私の中の闘争の知識を。
この初めての実戦で、生かして見せる。
軽く深呼吸をし、口を開く。無駄な挨拶など要らない。そんなものは、何の役にも立たない。
「全軍! 敵は空軍ではありませんわ! 暴走した<ヴイーヴル>と<人型>。空は一旦お姉様にお任せして、わたくしたちは地上を制圧に向かいます。低空飛行で突入、降下、そのまま陸兵は飛び降りなさい! 日ごろの訓練の成果、お見せなさい!!」
「「「「「オ、オオオオオ!」」」」」
兵達がまばらに応える。
「空兵は降りる必要はありません。陸兵を降ろし身軽になったならばメリアお姉様の食い残しを始末に向かいなさい! では、魔法騎、障壁を張って衝角方陣を。いきますわよ!!」
「「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」」」」」
伝えるべき事を伝え、対魔法、対物理の複合障壁を広げ、先陣を切って飛び出す。
私の得意属性は風。そして得意魔法はこの障壁魔法。
元々攻撃魔法より単純な魔法と言えども、発動言語すら必要とせずに出せるのは、王家の血筋のおかげだ。
「お母様、付いて来てくださいまし! 降下地点の確保をお願いしますわ!」
「了解。ですわメル」
兵達の基本のフォーメーションは楔形のアローヘッド。
その先頭、少し前方に飛び出した形で私の乗るワイバーン。直背にお母様のワイバーン。
そしてその後ろに他の騎兵を守るように、楔形に障壁を張った魔法騎で固める。
これが衝角方陣。防御を固めた特殊な強行突破用突撃陣形。
当然先頭の私の障壁の負担は他に比べて圧倒的に大きい。
だが私は王家の血筋の娘。たとえ次女と言えどもその魔力は一般人とは一線を隔する量がある!
突入する。
目的地は王城の中庭。
視認する限り敵の数は極小。
その正面からでなく、何処からとも無く何かが障壁に飛来し衝突する。
「くっ」
何かが斜め後ろから障壁に激突し、爆発した衝撃で、少し揺れる。
やはり。
当ったのは<魔法矢>、<魔法使い>が居る。
勿論それは想定内。衝撃に耐えつつ降下地点に辿りつき、ワイバーンを減速させ無理矢理に超極小旋回。
着陸体制に入りつつ、同時に複合障壁を分離、対魔法障壁のみを全周20数メートル程に広げる。
…わたくしには、強行着陸を行う程の技量がございません。だから、ここで暫く盾になります!
直後お母様の乗ったワイバーンが私の直下をすり抜け、お母様が身を投げ出し、飛び降りる。
その手には小柄なお母様にはおよそそぐわない、身の丈の倍以上、ともすれば3倍近くも有る大戦斧。
あれも、<魔道武具>。魔力を込める事で持ち手に対しての重量が軽減されるので、お母様のような華奢な体でも振るえる。
3つある刃の内中央の槍状の部分を地面に突き立て、石畳を粉砕しながら減速。
少し減速した所で垂直に突き立てていた斧を倒し、引き抜き、ステップ、
お姉様のように編まれ纏められた髪とアーマードレスの裾を翻し、全身を使って勢いそのままに横薙ぎに一閃する。
その場に居た1体の<人型>が、ぼろきれのように千切れとんだ。
…とても病み上がりだとは思えない。
その音を聞きつけ周囲の<人型>が反応する。
しかしごく近くに居たのは僅かに2体。そんなものではお母様は止められない。
体全体を回転させ大戦斧が再び振られる。あっさりとさらに1体を葬り、遠心力を利用しステップ。その場から大きく離れる。
そこに後続の部隊がなだれ込んだ。
槍が、剣が、斧が、我先にと飛び降りた速度を乗せて最後の一体に襲い掛かる。
一瞬で人と刃の津波に飲まれ、最後の<人型>は切り刻まれ、果てた。
着陸する。私は最後だが、ゆっくりはしていられない。
すぐに次の<人型>が寄ってくるだろう。囲まれる前に進まなければならない。
ワイバーンから降り、飛ばす。ワイバーンは賢い動物だ。呼ぶまでは付近で安全な所を見つけ避難するだろう。
全員を見渡す。私を中心に極近くにベル。
そしてその周りで円陣を組むように周囲を警戒するお姉様の部下の特務兵と、お母様。
「カーニス副隊長。こちらへ。申し訳ありませんが、貴方にはわたくしとベルの足になってもらいますわ」
「おう、まかせとけ!」
わたくしとベルはここから先戦闘では足手まといですから………
と思って声をかけたのだが、
…あなた、確か、お姉様には偉く丁寧な敬語を使っていませんでしたか?
…それに一応今はわたくしが上司…の筈ですわよね?
帰って来た品性の欠片も無い返事に当惑する。
言葉にこそ出さないが、疑問が頭の中で吹き荒れる。
こうして面と向かって話した事などございませんでしたが…
ちらりと他の兵士を見るが、こちらも何処か兵士然とした気配が感じられない。
…なんというか、己の手持ちの武器を見つめたりしてにやにやしている。狂戦士の類といった方がしっくりくる。
陸軍が誇るエリート兵…なんですわよね?
少なくとも私が知識として知っている兵士とは、何かが違う。
現実は、文献や口伝の知識などでは計りきれない、と言う事だろうか?
それにしても…一体お姉様は部下にどういう教育をして来たのでしょうか…
「やるぜ……<獣化>」
軽い眩暈を覚えていた所で彼が呟き、物凄い勢いで身体が変化を始める。
ほぼ人だった顔立ちが、口が裂け、鼻が突き出し狼のそれに変貌して行く。
「お、おおおお! す、凄いでス! エイドスなのに、<獣化>だなんて!」
ベルが歓声を上げる。それもそうだろう。彼はフェルブルム卿のようなゼロスではない。
ベルと同じでエイドスと呼ばれる人寄り、つまり外見的にはほんの一部だけ獣の特徴を有する獣人。
そういった獣人で<獣化>出来る者などそれこそ極少だ。
フェルブルム卿の配下ですら片手で数える程しか居ない筈。
そして彼が意識を残した完全な<獣化>できることを知っているのは彼と私達アーリントンの人間と一部の部下しかいない。
何故なら彼が<獣化>できるようになった経緯が特殊過ぎた為、公開するのは問題になると思われたからだ。
誰かに再現に挑まれても困る。お姉様が殴り殺しかけたせいですし。
…それは兎も角として、その秘密を、公然と明かす。
全身の骨格がゴキゴキと嫌な音を立てて変質していく。
全てが収まったその時そこに居たのは、手足と尾の先端と顔の一部だけ白い、茶褐色の体毛をした4m弱程もある巨狼だった。
『さあ、乗りな。』
「ええ。さ、ベルも…」
「は、はいでス!」
気になる事は振り切り、短い会話だけこなし、2人でその背に跨る。
「おおー、も、もふもふ…す、凄いでス。あああ、あ、あの、後でお話し…いえ、お茶をしませんか? 色々聞きたい事が、有るでス」
『かまわねぇぜ。可愛いお嬢ちゃんとってんなら幾らでも。なんなら夜通し、朝まで耳元で囁いてやってもいいんだぜ?」
「やたー!」
・・・何かベルが逆ナンをしていた。
いや、<獣化>の秘訣を聞きたいのか。獣人の憧れですものね。
でもカーニスさんの発言はどこかのテラスで優雅にお茶を頂きながらのお話ではなく、寝台でと言っているように聞こえるような…
まだ13歳のメルに…犯罪ですわよ…と、考えていたら、お母様が戦斧の刃を一つ外し、私に寄越した。
「お母様? これは…」
「3本、です。それなら貴女にも使いこなせますわ」
笑顔で答えられ、手に取った戦斧の刃の一つを見る。
…これはお母様本来の魔道武具。その通り名の由縁となったものの、片割れ。
それをこの大事な局面でわたくしに貸して下さるという事は…
私は戦闘要員として数えられてはいなかった。だから、武器を持っていない。
指揮権を預けられたこの場で出来る事は、せいぜい指揮と魔法による防御用の障壁、治癒程度だと思っていた。
だが、これを渡されたと言うことは…私にも戦えと言うのだろう。
「円陣を方円にします! お母様を先頭に、玉座の間まで一気に駆けますわよ!!」
声を張る。方円への変化は移動しながら行える。その中央が私とベル。
手元の刃、銀地に鮮やかな真紅の模様が描かれたそれに視線を落す。
私ではお母様のようには舞えないだろう。だが、十分だ。
進軍開始と同時に魔力を込める。
戦斧の刃としての擬態である肉厚の刃がみるみる内に解け、薄く広がり、その真の姿、巨大な金属製の扇<十重刃扇・鳳>が私の手の中に現れた。