6-3<会談3>
「単刀直入に言いますね。私は今回の事態を無かった事にしたいのです」
最初に口火を切ったのはソフィーだった。
この応接室に居るのは5人。
俺とソフィーとマール、そしてバルナム卿とフィオ。
レキさんは部屋の外で待機している。
非公式の、会合。その最初の一声。
だが、それは。
「ですが、既に事態は起こっているのです。どちらかが降伏して、決着を見ないことには…」
当然、受け入れられない。
「確かに事態は起こりました。ですが人的被害はそれ程深刻ではありません。加速度的に起こった事態を把握できず諸侯貴族の動いていない今こそ穏便に事態を収める絶好の機会なのです」
「しかし、それでは私も納得ができません。王家の存続は…<召喚魔術>が成功しておりましたので認めますが、我々も覚悟を持って動き、犠牲を出しているのです。おいそれと止まれません」
「では、幾分かは貴方の要求も呑みましょう。それは五大家会談で纏めればよいのでここでは省きますが、それで手を引いて頂けませんか?」
「私を信じてついて来たものに示しがつきません」
「ですが、既に空軍は落ち、実質捕虜になりました。それも怪我人程度で犠牲は皆無です。もう、貴方に勝ちは無いのです」
「…今、この場で貴女と彼を抑えてしまえば、という可能性を考えなかったのですか?」
「それは不可能です。ですよね? フィオさん」
「………はい、義父さん、……彼を抑える事、は、不可能、です」
「…ここには兵50名、<人工人型>200体、ワイバーン50匹、ヴイーヴル30匹が居るのですよ? それに比べ貴方方は3人、いや4人だ。…他のものは王都に人質解放に向かったのでしょう? どうすればこの状態で強気に出られるのですか?」
『ふむ?』
「……義父さん、聞いてください。数をどれ程集めようと無駄なのです、王と王妃にはもう、私たちでは傷一つ負わせる事すら出来ないのです。」
「…本気で言っている、のか?」
「……はい。」
「<召喚されし者>がもたらす、新しい技術ということか?」
「……はい。実際に多くの人と共に確認しました。……王が、王妃を剣で切りつけ、建物の壁を突き破る程の威力で叩き付けましたが…全くの無傷でした。……その後、メリアがどんなに攻撃を加えても彼にも傷一つ、つけられませんでした。」
「本当、なのか? トリックではないのか?」
「話で聞くだけじゃなんだし、今やってみようか? なんならあんたがやっても良いよ?」
「……」
そう言って手を机に置く。
「フィオ、刺して。」
「…………」
「やって。お願い。」
「……はい」
王女に貸し与えられた、腰の短剣を抜く。
……やる、しかない。
逡巡し、決意し、振り下ろす。だが、手元が振るえ、机を刺してしまった。
「もう一回」
「………はい。」
机に1/4程突き刺さった刃を引き抜き、再び構える。
今度こそ、当てないといけない。
手の振るえを抑えるためにさっきより力を込め、振り上げ、振り下ろした。
今度は外さなかった。けれども、ガキン! と岩を殴りつけたような感触がして、私は短剣を取りこぼしてしまった。
「………」
「見ての通りです。そして、これはソフィーにも使用しています。」
…劣化版で、魔法には効かないんだけどね。
思うが、黙っておく。十分なはずだ。
「魔法も試してみる? メリアの<渦炎陣風結界>でも服しか燃やせなかったけどね。」
「……」
…全力でやってくれ、とは言ったがまさかマッパにされるとは思わなかったけどね。
これも、黙っておく。どう考えても蛇足だ…
「……本当です…私もこの目で確認しました。それに、これは防御用。……攻撃用は、別にあります」
「……」
「殲滅、されるだけです。」
『それだけならば妾でもできるぞ?』
「そうなのでしょうね…でも、やめておいて下さいね。マール」
貴女派手好きだから、と笑って止める。
でも、俺にも分かる。そう言うソフィーの顔が引きつってしまっている。
本気でやめて、と言っている。
「まぁ、そういう事ですよ。だからこういう作戦になったんです。はったりと思うなら、やればいい。全滅させますよ」
「…ユートさん。いけません」
「……ごめん」
調子に乗った。
「ふぅ、とりあえずもう一度、こちらの要求を述べます。降伏し、このクーデターを無かった事にしてください。それはこちらからも手助けします。そして、今回の事件での損失はバルナム家にある程度保障をして頂きます。まぁ、このあたりは5大家会談で詰めましょう。後は私とユートさんの事ですが、知っての通り、国政にはまだまだ未熟者なのです。ですのである程度の政務の移譲も認めますし、5大家には監督をお願いします。悪い条件では、無いでしょう?」
「そう、ですね。そうですが…」
「何か、あるのですか?」
「…私は、この国の腐った体制を正したいのです。そのためのクーデターでした。王家も賄賂を受け取っていた、同罪です。だから、おいそれと納得できない」
「…祖父が金銭を受け取ったのは事実です。ですが、それは私に<マナ結晶>を用意するためでした」
「そうかも知れません。ですが良くない前例を作られた。何時また同じような事が起こるか分かったものでない」
「なら、体制も変えちゃえばいいんじゃない?」
「…」「…」「…」
なんとなく言ってみたら皆黙ってしまった。き、気まずい。
『おんしもなかなかムチャを言うのう』
「なんでさ? 政務を移譲〜とかとそう変わらないんじゃないの? 権力者を蹴落として奪う訳でも、殺して奪うって訳でもないし?」
「それは、そうかも知れませんが、その…」
「良く分からないけどそういう所もその五大家会談で詰めれば良いんじゃない? どの道俺は国政とかサッパリだし」
『それもそうじゃのう』
「…」「…」「…」
苦笑いをされる。困った人だと思われているのだろう。
でも、まぁ言いたい事は言っておこう。折角俺も会談に参加しているのだから。
「俺としてはこの無意味な争いを終わらせて欲しい。そもそも何で争ってるの? 聞いている限りやりたい事、目指す所は一緒じゃないか? 俺もそんな悪徳貴族はこらしめたいって思うし」
「ユート様、動き出してしまった事はそう簡単には収まらないものなのですよ。理解して頂けませんか?」
「いや、分からないね。事の首謀者と、国のトップと、ここには居ないけど5大家? だっけかの国の偉い人は皆こちら側の立場で居る。何とでも出来るんじゃないの? 腐った貴族? 絞め上げればいいじゃない?」
「ですから、そう簡単な事ではないのです…」
「何で出来ない? 誰が納得しない? こんなに平和なのに。今日の命を脅かされる程追い詰められてもいないのに」
なんなら、俺がやろうか? まるで魔王みたいだが。そんな考えが浮かび、喉元まで出かける。
だが、これは口にしない。間違っているのが明確だからだ。
「何が内戦だよ。何がクーデターだよ。おままごとじゃないか。本気で殺し合っても無いのに何言ってるの? って気分だよ」
「…」
『ふふふ、魔族との戦争で人類が滅亡させられ、さらにその魔族を滅ぼした最後の人間の言う言葉じゃ。こやつほど情け容赦の存在し無い殺し合いを知っておる者はおらぬぞ?』
マールも続く。そのとおり。あの戦争には降伏も捕虜も極力殺さないという思考も何も無かった。
ただ、徹底的に敵を殺し、滅ぼす。それが生き残る為の手段。それだけがあの戦争での事実。
「我々は、真剣に…」
「なら殺せよ、敵を。選ぶ必要は無い。誰一人残さずに。お前らがやってる戦いなんてのは人を駒扱いしたルールのあるゲームなんだよ、ふざけんな」
「ユートさん、纏まらなくなります…」
「そうか、そうだね。うん。ちょっとヒートアップしすぎた。ゴメン。でも忘れないでくれ。俺は、世界を一つ滅ぼした男だ」
すこし過剰気味に表現し、脅しをかける。
それはここでも同じ事が可能なんだぞ、ということだ。
「……義父さん。彼の言葉は本当、だと思います。この身を治療した魔法も百年、ともすれば千年単位の未来の技術です。……そして空軍は一度消されかけました。彼に。……ソフィーリア様の、殺さないで下さいという嘆願を受けて、代わりにそこの魔族が飛竜を全て落として降伏させたのです」
フィオも説得をする。
「…滅茶苦茶だ。そんな事…いや、違う、そんな理屈は、私は守りたいんだ。救いたいんだ。殺すだけの戦争で済むならそんなに楽な物は無い!」
「なら、どうするんだ? 逆にここであんたを抑えてしまえば、って事も出来るんだぞ?」
勿論それは簡単なことだろう。
さらには俺たちがここに戦力を集めてくると思った筈だ。
だからここに居る兵は恐らく主戦力。つまり王都は手薄になっている。
そこに寡兵といえメリアを先頭に解放軍が向かっている。
今更向かった所でもう遅い。王都もほぼ間違いなく取り戻せる。手詰まりのはずだ。
「それは…」
バルナム卿が息を呑み、返答に詰まる。
「あんたの理屈は分かったよ、でももうあんたは手詰まりだ。単にあんたが認めてないだけじゃないか」
「…」
「いい加減、負けを受け入れろよ。良い大人なんだし。ソフィーも無かった事にしたい。って言ってるじゃないか。後で立て直せば良いだろ?」
そう、チャンスはある。国家反逆罪で死刑という訳でもない、と言っているのだ。
これ程の事を、しでかしておいてなのに。
甘いといわれればそうだろう。だが、彼の思想は、目指す先は、俺たちと然程変わりが無いもの。
だから、俺にはその甘さが正しいと思えた。
だから、この作戦に乗ったのだ。
「失敗するのは悪ではない、それを隠蔽し、誤魔化し、取り返しの付かない傷へと広げる事こそ悪であり、挽回して見せたならば、失敗は成功の礎となる。ですか」
「そうそう、そんな感じ。何だ、良い言葉があるんじゃないか」
「…言葉、だけですがね。ふふ。仕方ありませんか…確かに空軍が落ち私の戦力は殆ど無力化され、敗戦となるのは確かなようですから」
「では、降伏を?」
自嘲交じりにバルナム卿が答えたのに反応し、ソフィーが確認をする。
「仕方ない、ですから…ですが、タダで…とは行きません。王都での会談ではしっかり私の意見も通して貰いますよ」
「まぁ、納得できる内容ならね」
「約束ですよ」
「いいよ。ソフィーも、それでいいよね?」
「ええ…、納得の行く内容でしたら仕方ないですし…」
ちょっとヒートアップしたり、脅したりもしてしまったが、何となく纏まった。
和やかな空気になった所で話が進められる。
「では、降伏宣言の文面をお願いします。後ほどサインしますので」
「ええ、王都に戻ってから。それにこれは非公式な宣言になります。貴方の心にあれば大丈夫ですよ」
「まぁ、けじめという奴ですよ。それに口約束は往々にして反故にされるものです。きちんと書面にする事を忘れてはいけないのです」
「そうですか。では、気をつけませんと。ふふ、覚える事が沢山ありますね」
「はい。…………最も、けじめをつける事になるのは私でしょうがね。」
「? 今、何かいいましたか?」
「いえ、特には。はい。では、向かいますか、王都へ」
「ええ」
「そうだね」
「……はい」
『そうも行かんようじゃぞ?』
マールが一人、否を言う。
え? と思い、その視線の先を追って、応接室の扉へとたどり着いた瞬間、
扉が外側から勢い良く開かれた。
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