6-2<会談2>
「ねぇ、フィオ、あの人さ、もしかして長寿族?」
「……はい、そうです」
神殿のだだっぴろい廊下を歩きながらフィオにこそっと質問する。
ワイバーンを降りて最初に近づいてきた案内役の人。
その人の耳がオサと同じ形だったので、もしかしたら…と思ったのだが、正鵠を射ていたようだ。
「やっぱり? いやあオサと同じ耳だったから? 意外と居るんだね長寿族」
「…オサ、ですか?」
フィオにこっそりと耳打ちしていたのに、意外にも反応したのは先導して前を歩いて居たレキさん。
あれ? 知ってるのかな?
「知ってる人? オサ=ルトス=アルストラって言うんだけど?」
「………知っています。ですが、彼は…」
「…彼?」
「ええ、300年前の戦いでの功労者です。ですが生きているとは思いませんでした」
…当時9歳だって言ってたのに功労者? それに彼? 何か食い違っているような気がする。
「えっと俺の知っているオサってのは白髪で、見た目10歳ぐらいの少女なんですけど?」
「………では彼の娘か孫かもしれません。親の死と共に名を継ぐ事は多々ございますので。…それにしても、どちらでお会いに?」
「神殿の北の森を抜けた先の小さな村です。「オサの村」って言う」
「…」
あまりにもそのままな村名に言葉を失い額を押さえるレキさん。
…その気持ちは分かる。愛称のネーミングセンスといい、オサのそういう所はかなり変だ。
「申し訳御座いません…ですがそのような近辺に同族の方がおられるとは…」
「私もびっくりしました…ですが何か理由が有るようです。家出娘だ。と言っておられましたし」
ソフィーも補足する。
「家出…そうなのですか…いえ、ですが朗報です。機会が有れば一度会いに行って見ようかと思います」
同族同士、何か積もる話でも有るのかもしれない。
「そういえば長寿族の方ってどのぐらい居るのですか?」
まだ目的地には着かないようだしついでに聞いてみる。
黙っているとこれから有る会談の事とかを考えてしまいなんだかそわそわするのだ。
それに希少種らしいのに早くも2人目に出会ってるし。
実は結構居るんじゃないか?
「そうですね…ここベルム王国には…居留地に全98人が生活しています」
「え…」
「ふふ、少ない、と思われたでしょう?」
「は、はい。予想以上に…」
いやでもそういえば以前ソフィーから聞いていたような…いかん。記憶があいまいだ。
「他にも氷雪の国シルベリア王国、熱砂の国ローレシア王国にもそれぞれ一つずつ居留地がございまして、その3つを合わせても総人口は僅か332人しかございません」
「…」
「ふふ、これでも300年前から比べると30人増えているのですよ? それから居留地を出ている者ですが…今は私を含めて3人しか居ない筈です。オサさんは、初めてのケースですね。きっと居留地外で生まれたのでしょう…興味深いです」
「なるほど…ち、ちなみにレキさんはどうして外に?」
「ふふ、お恥ずかしい事ながら、セバスチャンに憧れましてね」
「…そう、なのですか?」
なんとなくセバスさんを振り返り見る。
うん。人によっては憧れてしまいそうなナイスミドルではある。
「ええ! 主の意を汲み、如才なく動き、時には家令として、時には警護として、また時には盟友として、師として、その才能を遺憾なく発揮し究極にたどり着いた完・璧なる執事……。素晴らしいではありませんか! その存在を知った時、まさにこれしか無い、私の才は辺鄙な居留地生活では生かせはしない。私はセバスチャンになる為に生まれて来たに違いない!! と、気づきましてね。お恥ずかしながら、養成学校の所在を知った時にはもう自分が長寿族である事など忘れ、思わず門を叩いていました」
予想以上に饒舌にレキさんが語る。
ちょっといきなり過ぎて引いた。
「先輩は歴代最高成績を残して卒業した伝説の男とまで呼ばれたセバスチャンですから。」
セバスさんが尊敬の眼差しでレキさんを見る。
「歴代最高…」
…俺の成績表は中の中でした。エリートさんですね。すごいですね。
………ひがんでどうするよ。
「当然です。人が至れる究極に我々長寿族が至れぬ、とならばそれこそ先祖に顔向け出来ません。」
自信満々に胸を張り、レキさんが応える。
………謙遜すらしなかったよ、この人。
「先輩が減点されたのは只一つ、自身の名前を別の呼び名で呼ばれる事を一切認めなかったことぐらいですから。」
「それはまた…なんでそんなことで?」
「ええ、我々長寿族にとって名とは往々にして先祖代々守り通してきたものですから。私の名も曽祖父から受け継いだ由緒正しき名前なのです。それを他の呼称で呼ばれ、はい。と返事をするなどと…先祖に誓っても許される話ではございません」
「先祖に…そういえばオサも良く言ってました「先祖に誓って」と」
「ええ、なにせ我々長寿族には原始の次代を終わらせた後の神話の代から2万年に及ぶ誇り高い歴史がございますので。その歴史を育み絶やす事無く現代に伝えた祖先達を敬う事は自らが道を過たぬ為の戒めでもあるのです」
「なるほど。」
2万年とかスケールでけー……
そういえば長寿族って何年位生きるんだろう? オサにも聞き忘れてたし、よし、次はそれを聞いてみようか…
などと話題を考えていたらレキさんの足が扉の前で止まった。
「こちらです。少々お待ちを」
そう言ってノックをする。
「入れ」
聞こえたのは男性の声。
扉が開かれまずはレキさんが中に入り、その後レキさんに「どうぞ」と促されて室内へと進む。
中に入ると薬香の匂いが鼻をついた。
「お久しぶりですね、ソフィーリア様」
最初に話しかけて来たのは寝台の奥に立つ眼鏡の男性。
部屋には、寝台に眠る女性と彼以外に誰も居ない。
そして彼も医者には見えない。
「ええ、そうですね、お久しぶりです。バルナム卿」
呼ばれたソフィーが答える。バルナム卿。
…この人が、今回のクーデターの首謀者。そしてフィオの義父。
これから会談をし、懐柔すべき相手。そう考えると緊張する。
「こちらに居られる、とは聞いていませんでした」
「…医師団を早々に人払いせざるを得ませんでしたので、妻の元を離れたくありませんでした。…今は、薬で眠っています」
そう言って寝台に横たわる女性を見つめる。その瞳は暗く、だが、優しい。
「…マール、お願いできますか?」
『心得た』
ぴょん。とマールが俺の頭から離れ寝台で眠るイリアさんを診察し始める。
目を開き、口を開き、触診。概ねエーリカさんにした事と変わらないような事を済ませた後に口を開いた。
『んーヘルペス脳炎の亜種…といった所かのう? ありふれたものじゃ。つまらぬ』
「…治るのですか?」
ソフィーが問う。
『んー確か発症して4年で、昏睡に程近い意識障害まで出ておったんじゃったか? 脳が大分やられておる。良くぞ今日まで生き抜いたものよ』
「…治るの、ですか?」
同じ言葉で、バルナム卿が問う。
『ふふん。愚問。と言わせてもらおう。このような単純な病など、のっと』
そう言って両手で頭を掴み爪を立てる。
『んー抜いても良いのじゃが、ここは直接殺したほうがよいかの。えい、っと』
マールが頭にかけた腕が淡い光を放ち、そのまま広がってイリアさんを包んでいく。
「殺す?」
『ああ、ヘルペスウィルスを、じゃ。案ずるでない……』
俺とマール以外の全員が、首を傾げる。
ウィルスなるもの自体が分からない。といった雰囲気だったが、あえて誰も質問をしようとはしなかった。
皆、息を呑んで治療を行っているマールを見つめている。
『………うむ。完了じゃ。』
そのままおよそ10数分経ち、光が収まった所で治療は完了した。
「終わったのですね?」
『うむ。後は治癒魔法で十分じゃ。ちょっと重症じゃったから脳を強引に弄ったんでの。意識を取り戻すのに1週間はいるやもしれぬが…もう大丈夫じゃ』
「では…」
『まぁ多少は記憶障害が出るじゃろうが、その他は概ね戻しておいた。目覚めた後生活するのに支障は出ぬよ』
「ご苦労様です。マール。」
『ふふん。これは貸しにするからの? そこの眼鏡とその娘の根暗親子に、な』
指差す。その先にはこの寝室に入ってからずっと押し黙っていたフィオ。
その指先につられ、バルナム卿が視線をフィオの方へと向け、しげしげと見つめる。
「…フィオ?」
「……はい、義父さん」
「お前、角が…」
「……はい、不本意ながら、……治療されてしまいました」
「そうか…いや、すまない。本当にフィオ、なんだな?」
「……はい」
どうやら、印象が変わり過ぎていた為に気づいていなかったようだ。
「では、イリアの方も、信じて良いのですか?」
『妾のような存在は嘘をつかぬ、のじゃろ?』
「そう、なのですが…」
『では信じよ。まぁ案ずる事は無い、数日で答えは出るしの』
「…はい…そうですね」
「では僭越ながら治癒魔法は私が行わせて頂きます。先輩。よろしいですね?」
セバスさんが一歩前に出て、レキさんに確認する。
「ええ、貴方の実力は聞き及んでおります。お任せしますよ。私達は席を外し、本題に参りましょう」
「そうですね。私達は会談に来たのですから」
『ふふふ、今回の貸しは会談では使わずともよかろうな』
「…」
マールの言葉どおり、当初予測されていた剣呑な空気は最早無い。
先手を打ったのは正解だったようだ。
フィオが既に治療済みだった事で、説得力も増した。
後は本題。
「では、参りましょうか」
そういったレキさんを先頭に応接室へと向かう事にした。
9/17 誤字修正しました