4-3<方針決定>
「それがこのクーデターの動機、だったのですね」
全てを聞き終え、その凄惨な内容に皆が黙り込んだ中ソフィーが口を開いた。
「……そうです」
「ある程度知ってはいましたが、それ程だったなんて…それに…お父様が賄賂を受け取っていただなんて…」
エーリカさんも信じられない。と言った口調で呟く。
…無理も無いだろう、真面目な王だったと言う話だ。
「…恐らく、<マナ結晶>の為だったのだと思います。祖父は…死ぬ直前に7つも<マナ結晶>を託してくれました。「召喚魔術を成功させるのだ」と」
「<マナ結晶>を…7つ? どうやって手に入れたのだ? 今はもう産出される物ではないだろう?」
「……多分、精製した」
「精製…だと? そんな事が…?」
「……魔導炉を使えば、理論上は、可能。……1つ作るのに50万個は<魔晶石>が必要だったろうけど」
「ごじゅ…」
「そんな…」
ソフィーとフィオの補足にメリアとメルが絶句する。
質はバラバラだろうが俺の手持ちの一番小さな<魔晶石>1つで1万2千Gにもなった。それを50万個、さらにそれの7倍。
どれほどの額になるのか想像するのも怖い。
「……その為の収賄。だけど、それが国をさらに腐らせた」
「ですけど、それでしたらクーデターなど起こさなくとも…」
「そうだ、五大家と王家で協力すれば」
「……無理。キャメルとフォワールは既に貴族に飲まれてる」
収賄、腐る貴族、いつかソフィーに聞いた話にさらに肉付けがされる。
「……この国の体制は一度ひっくり返さなければどうにもならない」
「やってみなければ分からないではないか!?」
メリアが憤慨し机を叩く。だが、フィオは怯まない、揺るがない。
「……では、何故このクーデターで所領の貴族達が私兵を動かしていないと? ……戦う事すら拒絶した彼らは勝ち馬に乗って利益だけを吸おうとしている」
「序盤は様子見をし、双方の人員や物資、資金提供だけに徹して、温存した武力を背景に終盤に優勢な側へと参戦し、恩を売る。敗者からは金、勝者からは利権、ですか」
セバスさんも補足する。
それはつまり、どちらが勝っても構わない。最終的に勝つ方に自分が居て利益さえ出ればいい。という事か。
どちらかの陣営の思想に同調する気も、殉じる気も無い。金に眼が眩んだ蝙蝠。
…心底腐っている。
「……ご明察」
『やっと全貌が見えて来た感じじゃの』
マールも納得する。だが
「俺は理解し切れない…知らない単語が多すぎる…」
おおまかには分かった…気がするのだが、それも疑問点だらけなのだ。
情報量が多すぎるせいもある。
言うならば穴あきの地図。その穴を想像で埋める為の下地となるこの国の情勢、歴史の知識や固有名詞、常識はまだ殆ど無い。
情けない事に俺の頭では、口頭での1回の説明ではとてもじゃないがその穴を補完しての理解ができない。
何をどうすればいいのか、分からない。
…紙とエンピツをくれ。せめて書かないと覚えられるもんか。
「大丈夫です。私は理解しましたから…これで、方針は決まりましたね」
ギルドで登録の時に使った分厚い紙と無骨なペンを思い出し、そんなものはありはしないだろうと自嘲した所で隣のソフィーがフォローをするように言う。…情け無い限りだが、頼もしい。
『そうじゃの』
「そうですね」
返事をしたのはマールとエーリカさん。
エーリカさんは兎も角、マールまで理解したらしい。
「文を飛ばして貰いましょう。私とユートさんの健在を知らせて、まずは会談です。全面戦争になるのは避けなければなりません」
「人質の事も伝えますか?」
「勿論です」
『ならばもう一つ付け加えよ。貴様の妻と娘の体を治す術がある、それは貴様次第じゃ。とな』
「…マール?」
疑問を挟む。マールが進んで敵を癒そうとする?
『くっくっく。性病で脳が犯されておるのじゃろう? その程度の病なぞ妾には大した物でもないでの。そしてそやつはユート、おんしが治すのじゃよ』
「そういうことか…」
「……何を、言っているの?」
『おんしの義父が折れるならば、おんしの母の病は癒え、おんしの体は元に戻る、ということじゃ。角も、傷跡も、女としても、全てが取り戻せる』
「……ありえない」
『おんしが負けてここにおる事はありえたのかや?』
「……」
マールが畳み掛ける、絶好調だ。フィオも言葉を失って黙ってしまった。
「……それでも、私は今更そんなものは欲しくは無い」
『そうかものう。じゃが、おんしの義父はどうかのう?』
「……」
搾り出されるように放たれた拒絶。
だがそれにも嘲るような口調でさらに畳み掛ける…容赦ない。
『楽しみじゃ。おんしが全てを戻されてしまった時にどうなるのか』
「……私は」
「マール、それ以上追い詰めないであげてください」
「そうだ。お前はすぐそうやって相手をぐうの音が出なくなるまで追い詰めたがる」
ソフィーとメリアが見かねて助け舟を出す。
『くっくっく、性分でな。致し方なかろう? それにしてもよくよくこの国は妾を飽きさせぬ国じゃ…良いのう、良いのう』
マールが笑う。心底楽しそうに、いつもの様に悪意を込めた笑いで。けど、
「…なんだか知らないけど纏まったんなら良いか。マールも満足そうだし」
「楽観的ですわね…大物、と言って良いものかは判断しかねますが」
メルが俺を怪訝な瞳で見る。まぁ理解は及んでない訳だし、仕方ないだろう。
とりあえず「全面戦争は避ける」という言質を聞けたのが大きい。
「平和になるなら、それでいいよ。暗い話もこりごりだし」
そう言って周囲に笑いかける。場が和んだ気がする。
「くす。ユートさんらしいですね。頼もしいです」
「ふふ、余裕の表れだな。流石、と言わせて貰おう」
「……」
皆が微笑みを浮かべる中、フィオだけは全く笑わなかった。
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