プロローグ 一つの終わり
魔王城最上階、玉座の間
「はぁ、はぁ、はぁ……ここまで、だな。魔王……」
普段ならば豪奢な玉座と赤い絨毯に彩られ、静謐な雰囲気を漂わせるその部屋も今は夥しい血と肉片に塗りつぶされ、むせ返るような空気が充満している。
そんな中、剣で胸を貫かれ床に縫い付けられた魔王を踏みつけ、息も絶え絶えの勇者が語りかけた。
「流石の…、お前も……もう、動けないようだな……」
床に縫い付けられた巨大な魔王には、最早胴体と頭しか残って居ない。
かつて威厳に溢れていた6枚の翼も、数多の人間を打ち砕いた腕も、両足も、一瞬で人体が融解するような毒の棘を持った尾も、全てが切り落とされ芋虫のようになった無残な姿を晒している。
『…おのれ・…勇者、め』
「はぁ、はぁ、…俺は…帰るんだ」
『帰……る…?』
魔王が血を吐き、むせる。
『フハ…!ハハハッ…!、貴様に、帰る、場所が…有るの…か!』
魔王が嘲笑する。肺の辺りを完全に貫いて居るので空気は抜け、血で喉が詰まっている筈なのだが、声を出している。
最早体もロクに動かないというのに、恐ろしい生命力だ。
「有るんだよ…もう俺にはそこしかないんだ、ティーナも、フィオナも、皆、皆!ここでの居場所は…お前が奪った!!」
勇者が叫ぶ、それは魔王軍によって奪われた勇者にとってのとても大切な、大切な人の名。
『だから…?もう、何も無いのに……来たと?これだけ、殺しつくして…復讐で…ないと?』
「そうだ、帰るんだ…だからお前の<魔導心臓>はいただく!!」
勇者の腕が魔王の胸に無数にある傷口の一つに突き入れられる。
その奥の心臓を千切り取ろうと、さらに深く突き込まれる。
『アアアアァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアそうか!!』
『そうか!!貴様も…異邦人だったか!勇者ァ!!!』
勇者の腕がさらに沈み<魔導心臓>に触れる。
「それが、どうした!!」
『ガハッ…ハハハハハハハ』
『ならば…まだ我にも…貴様に一矢報いる術が…有る!!』
「!?」
魔王の体から紫色の光が放たれ、同時に玉座の間に大量の魔方陣が現れる。
「何を!?」
『・・・ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ』
魔王が高らかに嘲笑する。
さらに魔方陣から放たれる光が激しくなる。
魔方陣の光が強くなるにつれ、魔王の体がぼろぼろと灰のように崩れ、崩れた端から消え始める。
魔族の死が、始まったのだ。だが、
『フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ』
魔王は嘲笑をやめない。
「この期に及んで何かの魔法を使うつもりか…ッ!この…!」
何をする気か知らないが、やらせはしない。<魔導心臓>さえ奪ってしまえば魔法も停止するはず!
勇者が慌てて魔王の<魔導心臓>を千切り取ろうとさらに手を伸ばし、ついに、掴む。
それと同時に
――世界が、割れた
『ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ』
「何だ!?<魔導心臓>が!?」
――落ちる
掴んだはずの<魔導心臓>を中心に、勇者の体がどこへと無く落下していく。
『ハハハハハハ』
唐突に、嘲笑を止めた魔王がその首を鋭く持ち上げ、勇者の肩に齧りついた。
「ぐあっ」『!?』
「こ………の!」
噛み付いた魔王の頭を力任せに引き剥がす。ボロボロと崩れ行く魔王の体から、その衝撃で首が千切れ、転がる。
転がった魔王の頭が崩れきる直前、一瞬だけ見えたその顔には何故か驚愕の色が浮かんでいた。
「何を……何をしたんだ!」
勇者の体が魔王の<魔導心臓>に吸い込まれていく。
「魔王――――――――――――――――!!!!」
魔王の体が崩れ消え去ったと同時に、飛び散っていた魔王の残骸も、勇者も、玉座の間から消えた。
夥しい血痕も消え、ボロボロに破壊の限りを尽くされた部屋と、床に突き立った勇者の剣だけがそこに残されていた………
(―――フフフ…<次元落とし>とは、な。最期まで愚かな奴じゃったのう…魔王よ)
(―――貴様の自殺に付き合う気は無いでのう、妾は勇者と行かせて貰おう…フフフ)
何処とも知れぬ暗闇へと落ちて行く中、勇者の耳に誰かの独白が聞こえた気がした。
初投稿になります。今までは一読者でしたが沢山の方の作品を読んでいて触発されてしまいした。
未熟者故の拙い所は多々ございますでしょうが、楽しんでいただければ幸いです。